Ch.031 唯「隻眼グルメレース」
2学期の中間テストでまたもや赤点を取ってしまった私は今回も澪ちゃんに泣きついた。
「わかったよ。勉強見てあげるから鼻水拭こうな」
「ありがとー澪ちゃん」
1学期は軽音部のみんなが家に来てくれたんだけど今回は澪ちゃんとのマンツーマンが実現しました。
やったね。ていうか私がそうなるように日にちを選んだんだけどね。
今回は週末に教えてもらうから澪ちゃんには家に泊まっていってもらうんだ。
ああ~楽しみだよう。あっそうだ、私も色々と準備しないと。ええと、まずはお菓子でしょ、それから呑み物とーお菓子とー……よーし今日の夜に買いに行こう。
私はお泊りに向けて準備を始めた。
週末はあっという間にやってきた。
「それじゃあ一旦帰ってから唯の家に行くから」
「うん!」
澪ちゃんと別れて家路に着く。
今日のこれからの事を考えるとドキドキが止まらない。
勉強の事は微塵も考えていなくて、ただ今日の夜にすることだけを考える。
そうしていると心が落ち着かない感じになってくるんだ。
「おじゃまします」
「澪ちゃんいらっしゃい!」
ついに澪ちゃんが家にやってきた。
それだけで十分なのにお土産までもらっちゃった。
「澪さんありがとうございます」
「あ、憂ちゃん、どういたしまして」
ちょっと歯切れが悪い。
澪ちゃんの視線は憂の左目についている眼帯をチラリ。それから目線を下げた。
私の部屋に通してから少しお話をする。
「憂の目の事言ってなかったよね」
「え、あ、うん。前に来たときからだいぶ経ってるのにまだ眼帯つけてたから……。憂ちゃんに悪い事したな」
「大丈夫だよ。憂は気にしてないよ」
澪ちゃんに憂の目の事をやんわりと濁して伝えた。
澪ちゃんと勉強している時は私が落ち着きがなくて何回も怒られちゃった。
そんな辛い勉強時間が憂の声で中断される。
「お姉ちゃん晩ご飯出来たよ」
「わかった今行くよ」
「それじゃあ一旦休憩だな」
澪ちゃんの中で晩御飯は休憩時間になってるみたいだけど私にとっては本日の勉強終了の合図だよ。
なんていったってこの後にお楽しみが待っているんだから。
晩御飯を食べた後、私は澪ちゃんに部屋でデザートを食べようと勧めて半ば強引に決定した。
「このアイスおいしいな」
「実はコレ私が作ったんだよ」
「うそっ。凄いよ唯」
「えへへ」
憂に手伝ってもらったんだけどね。
さてと、そろそろ……。
「澪ちゃんジュース注いであげる」
「うん、ありがとう」
この日のために用意したジュースを注いであげる。
「どう、おいしい?」
「うん、甘くておいしいよ」
「それはよかった」
「澪ちゃん知ってる? 目にも利き目っていうのがあるんだって」
「へえ、どうすると分かるんだ?」
「まず両手で小さい丸を作って腕を伸ばします。それで私の机に置いてある人形を覗いて見て。それから片方ずつ目を閉じてみて」
「わかった」
「そうすると自然と利き目に合わせて見ているから片方の目からは人形が見えなくなるはずだよ」
「本当だ、私の場合だと右目に合わせてたみたいだ。左目はズレちゃってる」
「じゃあ澪ちゃんの利き目は右だね!」
「そうだったんだ」
そうかあ。澪ちゃんの利き目は右なのかあ。
それから暫く二人で喋っていると。
「――ん? 唯の顔赤くなってないか?」
「え~そうかな。そういう澪ちゃんも赤いよぉ」
「実はさっきからなんだかポワポワする……」
「あっわたしもだよ~」
不審に思った澪ちゃんがジュースの容器を手に取る。
「おい、これって……!」
「ジュースだよ? ほら書いてあるじゃん」
『ジュースみたいなお酒』ってね。
「馬鹿、これお酒じゃないか!」
「大丈夫だよ~」
「何にも大丈夫じゃない!」
澪ちゃんのは私のと違ってトッピングしてある特製ジュースだから大丈夫だよ。
「……」
「澪ちゃん眠いの?」
「うん」
「寝ちゃっていいよ」
「でも、勉強」
「私は大丈夫だから」
「……」
澪ちゃんは返事をしないで寝ちゃった。
そんな澪ちゃんを笑いを堪えきれずにニコニコしながら見つめる私。
変に思われなかったかな。多分大丈夫だよね。
「澪ちゃん? もう寝ちゃった?」
わざとらしく尋ねて、ついでに身体を揺さぶるけど澪ちゃんは全く反応しない。
うん、完全に寝ちゃったみたいだね。
私は机に突っ伏した澪ちゃんを優しく床に寝かせた。
イタズラをする前の子供みたいに笑みが零れる。実際イタズラしちゃうんだけどね。
まずは澪ちゃんの綺麗な顔を、特に瞼を凝視した。ちょっと釣り目で澪ちゃんの可愛さが存分に詰め込まれているその部分。うわあ睫毛長い。いいなあ。
さてと、それじゃあ。
「澪ちゃんの綺麗な瞳、見せてね」
澪ちゃん右目の上瞼に生えている長い睫毛を摘んで、捲り上げる。
そこには綺麗で透き通るような、焦点の合っていない瞳。
「きれい……」
この焦点の合っていない瞳はとてもいい。活動していない瞳はどこか不思議な印象で、それから嗜虐心をそそる。活き活きしたいつもの瞳も可愛くて好きだけどね。
至近距離でたっぷり観察してから一旦瞼を元に戻した。
私は急ぐ鼓動を落ち着けながら、澪ちゃんに跨って四つんばいになる。
「今日は味見だけだから。いただきます」
自分にしか聞こえない声で囁いて、再び澪ちゃんの右瞼を開く。
私がこんなに至近距離にいるのに恥ずかしがらずに視線を逸らさない瞳。私が口の中を見せても無反応。瞳に私の舌が触れそうになっているけどピクリとも動かない。
ゆっくりと顔を近づけて舌先で澪ちゃんの瞳に触れた。
ああ、あまじょっぱい。
正確な味は微かに涙のしょっぱさがある程度だけど。それでも私にはあまじょっぱいと感じられるんだ。
今まで荒い息を抑えながらゆっくり丁寧に扱ってきたけどもうだめ。二舐め目の途中から我慢できずにむしゃぶりついた。
あああああおいしいよ、おいしいよ。
夢中で乱暴にしゃぶっていると、澪ちゃんが小さく唸った。
心臓が止まるかと思ったけど、それで我に返ることが出来た。
いけないいけない、いくら起きないからってこれじゃあ駄目だよ。
冷静になってから改めて澪ちゃんを見返す。澪ちゃんの右目に生えている睫毛と目尻が濡れていて泣いているように見えた。
「ごめんね澪ちゃん、今度は優しくするからね」
濡れそぼった睫毛を引っ張ってもう一度右の瞳を出す。それから今度は優しく瞳の周りを舌先で撫でる。目尻から始めて下瞼をなぞると、私のザラザラした舌先にちくちくする睫毛の感触とつるつるな眼球の感触が同時に訪れる。
ゆっくりとなぞって目頭まで到達したら今来た道を通って目尻に戻る。そうやって何度も下瞼を往復していると不意に舌先に違和感が生まれた。
一旦瞳から離れて舌先を歯茎に押し当ててみると、感触が。
ああ、これは澪ちゃんの下睫毛だね。抜けちゃったのかあ。
その澪ちゃんの睫毛を唾液で包んで飲み込み、眼球の味見を再開した。
今度は別のところも舐めたいな。
そう思って澪ちゃんの上瞼を手前に引っ張る。半目になってる澪ちゃんも可愛いよ。
そうして出来た眼球と上瞼の間に私の舌を挿入した。
あんまり強く引っ張ったら駄目だからね。やさしいく、やさしいく。舌先1センチも入っていないけど、このくらいでいいかな。
それから澪ちゃんの眼球と上瞼の間を前後左右に蹂躙する。元々そんなスペースも動く余地も無いけれど、いろいろな方向に舌先を1ミリ動かすだけで私の鼓動は痛いくらいに速くなる。
それを押さえつけながら澪ちゃんと出会ってからのことを考えてみた。
澪ちゃんと最初に出会ったのは4月だから、もう半年になるのかあ。
澪ちゃんは一見クールでカッコいいけど、本当はそうじゃなくてとにかく可愛いんだよね。それに優しいし。もちろんりっちゃんやムギちゃんもかわいいよ。
そんな掛け替えの無いトモダチを手に入れることが出来てよかった。軽音部のみんなに私はある意味惚れちゃったね。そこで思った。高校ではこの子達にしようって。
でも食べちゃったら勿体無い。だって二回しか味わえないんだから。
その辺の人のを食べてもちっともおいしくない。ていうかまずいと思う。
やっぱり長い時間を一緒に過ごして仲良くなった人じゃないと。私がその人のことを好きになればなるほどその人の眼球は美味しくなるの。だから今回は味見だけ。
と言っても憂のしか食べたこと無いんだけどね。あれは美味しかったなあ。十年来の付き合いだし、何よりお互いがお互いのことを大好きだし。
でもあの時は勢い余って食べてしまったけど、今はすごく後悔している。
我慢できなくて食べてしまったけど今にして思えば後2、30年は我慢するべきだった。10年ちょっとであんなに美味しいんだから、半生分の味は想像もつかないよ。それに左目は憂の利き目だったから余計にね。せめて右目にしておけばよかった。
なんて、澪ちゃんのを舐めながらこんなこと思ってたら失礼だよ。
利き目は最後までとっておくって決めてあるから、今日はあえて利き目の味見。
でも……舐めれば舐めるほど切なくなってきちゃう。どうしよう。
息は荒く、舌の動きも乱暴になってきちゃった。
止められない。
何とかしないと。何とかしないと。別のことで満足しないと。
左手で澪ちゃんの瞼を押さえつつ、肘で自分の体重を支えてみる。ちょっときついけど無理じゃない。少し澪ちゃんに圧し掛かっちゃうや。ごめんね。
空いた右手でスウェットを脱がして私の下半身はショーツのみに。
自分のショーツに右手を這わせながら眼球を舐めた。
ああおいしい、おいしいよ澪ちゃん。私達は出会ってから半年しか経っていないけれどもうとっても仲良しだよね。だってこんなに美味しいと感じるんだもん。
澪ちゃんの事、軽音部の事、それから今のこの状況と澪ちゃんが起きちゃったらどうしようって事と、それからそれから……。
おおよそ考え付く変態的で興奮できる妄想をしながら、眼球を舐めて。
下瞼の中に舌を入れて澪ちゃんに挿入していると錯覚した時、私は果てた。
「んっ……あ……はあっ、はあっ」
私が戻ってくると同時に左腕は限界を迎えて澪ちゃんに覆い被さってしまった。
私の身体は汗だくで澪ちゃんに申し訳ないと思いつつも身体を動かす事が出来なかった。
少し休んだ後澪ちゃんから離れて、澪ちゃんを見つめる。
澪ちゃんの目の周りは私の涎でぐちゃぐちゃだった。零れた涙のようになっている。
ごめんね。
あ、澪ちゃんおはよう。良く寝てたね。あれ、覚えてないの? 昨日は――。でもさ、あのジュース美味しかったでしょ? あっ怒らないで。ごめんごめん。え、目に違和感が? それにカピカピしてる? とりあえず顔洗ってきなよ。そしたら朝ごはん食べようね。
ごめんね。
本当はこんな風になるはずだったけど、私我慢できそうにないや。
せめて利き目じゃないほうにするね。
私は立ち上がってクローゼットの奥から道具を取り出した。
「流石にこれは起きるかもしれないから、もうちょっと強めに寝てもらうね」
そういえば澪ちゃんって注射とか苦手そうだよね。そんなことを思いつつ時間を置く。
次に開瞼器を取り出して澪ちゃんの左目に取り付け。中々上手くいかない。もっと思いっきりやってみよう。よし、これでいいかな。
一通りの準備を終えてから深呼吸。
よし。
外眼筋を切り離してしまえば後はくりぬくだけ。
こんな考えでも何とかなってしまうあたり、私って凄いのかもしれない。
「すごい……」
眼球ってこうしてみると意外と大きい。
澪ちゃんの可愛くて大きな瞳はさらに大きくなった。
まるまるとしていて、これは本当に、美味しそうだ。
「ふふ……ははは……」
手に持った眼球を舌で舐めた。
色々なしょっぱさがあるけれど、それでも甘いよ。
「くっふふ……っは」
引き笑い。どうしてこんなに笑いが零れるんだろう。
瞳を右手に持って、左手についた液体を舐める。ちょっと固まってきちゃった。
ああやめよう。もう我慢できないからまだるっこしいのはやめよう。
右手の眼球を見据えて。
「いただきます」
大口を開けて放り込んだ。
んああ、最高だよ。これは最高。きっと最高。
吐きそうになるのを押さえながら眼球を口の中で転がす。
血の味と、なんだかよくわからない味と、涙の味もしてるはずだけど他の味が濃くていまいち感じ取れない。それでもこれがとても美味しい物だって理解している。だから美味しい。美味しすぎる。
直径2.5センチの澪ちゃんは口の中だとより大きく感じられた。
まだ噛まないよ。
口に入れて味を楽しんで少し冷静さを取り戻した。今はとにかく堪能しよう。
粒ガムを口に入れて決して噛まずに舐めるだけ。そんな感じで。
右のほっぺに入れたり、舌でつついてみたり、硬口蓋と舌で圧迫してみたり、甘噛みして澪ちゃんを楽しむ。
いいよ澪ちゃん。澪ちゃん美味しいよ。
それじゃあそろそろ。
右の歯に澪ちゃんの眼球をセットした。
やっぱり最初は噛みにくい。
少しずつ力を入れていくと、ポロッと歯から逃げてしまった。わざとだけどね。
もう一度歯に固定して力を入れる。ポロッ。
惜しむように何度か遊ばせる。
さて、今度はしっかり舌でも固定したよ。
ゆっくりと力を入れていく。今度は逃げられない。球体が少しずつゆがんでくる。この感触は中々味わえない。こんにゃくゼリーを凍らせて表面が少し溶けた状態かな。……いや、芯がやたら硬いナタデココかな。
そんな事を考えていると、眼球からドロッと液体が漏れた。
来てる、来てるよ。
口内に液体が溜まってくる。
三分の一くらいまで歯を食い込ませたところで本気を出す事にした。
暫く眼球と格闘して、それから。
ぐちゃ。
気が遠くなる気配。
半分にする事に成功した。
半分になったそれを左右の歯に乗せて再び噛み砕く。
口に溜まった液体を飲み干して、眼球の残骸を吸い尽くす。
最後は筋みたいなものが口に残っただけ。それも丸呑みして食べ尽くした。
「ごちそうさま」
美味しかったよ澪ちゃん。ちょっと勿体無い気もするけど。もう片方は何十年後かに死んだら食べさせてね。
――――――――――――
呼び鈴を鳴らして暫くすると和ちゃんが出てきた。
「どうしたのよ、こんな夜中に」
「ちょっとね。ねえ和ちゃん、眼鏡とって見せて」
「は? なんでよ」
「お願い」
「わかったわよ、ほら」
和ちゃんの両目をじっくり観察する。何よりも綺麗で、私の人生の目標の瞳だ。
これほどまでの瞳は私の世界で他に無い。だから後25年我慢して、それから私が死ぬ前に世界で一番のこれを食べる。和ちゃんの瞳を想像して強く強く思い残した。
「……? どうしたのよ、変な子ね」
「えへへ、大きく育ってね」
はあ? という呆れたような笑い方をする和ちゃん。
暫く会えないけど、私は忘れないよ。
むしろ忘れようとしても無理だね。
この先どんなに探してもこれ以上のものは見つかりっこない。
忘れられるわけ無いよ。
そんなに美味しそうな瞳。
END