【0】
――唯が風邪で休んだある日のこと。どういう流れかわからないが、私がちょっとした過去話をすることになった。
澪「――ずっと……ずーっと昔。それこそ幼稚園か、遅くても小学校低学年くらいかな。当時はまだ私だって明朗快活な女の子だったんだ」
紬「ウソだー」
澪「あれっ意外な所から意外な言葉が飛んできた」
律「私も信じてないけどな」
梓「まぁ、信じる信じないより最後まで聞きましょうよ」
梓もそうは言うが間違いなく信じていない。顔が笑っている。
おかしいな、私に憧れてるとか聞いたのに。
澪「……腑に落ちないけどまぁいいや。とにかくその時、よく一緒に遊んでいた名前も知らない姉妹がいたんだ。双子だったのかもしれない。あまりにもそっくりな姉妹だったから」
梓「聞かなかったんですか?」
澪「名前も知らないのに姉妹か双子かなんて聞けないよ」
律「……なぁ、よく似た姉妹ってものすごく心当たりあるんだが」
澪「唯と憂ちゃんとは別人だよ。私がその姉妹と唯達を重ねて見てるのは事実だけど、それでも違うんだ」
梓「なんでです?」
澪「それは――」
―――
――
【-2】
――約四年前。
紬「――斉藤! 斉藤ッ!!」
斉藤「なんでしょうお嬢様」
紬「何ですかこれは!!」バサッ
斉藤「…これ、とは?」
紬「新聞のこの記事よ! 『自殺を図った少女、見知らぬ少女にキスされて救出される』って見出しのこの記事!!」
斉藤「……読んで字の如くですが」
紬「現場はどこなの!? 少女達の名前は!? 何処に行けば逢えるの!?」
斉藤「内容が内容ですので名前は公開されていませんが、場所は桜が丘のようですな」
紬「電車で行ける範囲ね……そして少女の居る割合が高いのは言うまでもなく女子高――!」
琴拭紬、色恋沙汰を感じ取る嗅覚に優れた女。
彼女はその天性の素質で進学先を決定した。
【-1】
――桜が丘女子高等学校、入学式当日。
高校入学という特別な日……であるはずなのだが、私はそれまで過ごしてきた日々と何も変わらず、常に周囲に目を配って生きていた。二重の意味で。
片方はもちろん、私が人目を気にする性格だというのがある。そしてもう一つは……
律「みおー、そんなキョロキョロするなよ」
澪「……クセなんだ、しょうがないだろ」
律「まぁ命の恩人に逢いたい気持ちはわかるよー? でもな、あまりにも挙動不審だって言ってるんだよ!」
澪「うるさい気が散る」
もう一つの理由は、数年前に私を助けてくれた彼女を、ずっと探しているから。
命を絶とうとした私を、親友の律の声さえも疑うほど追い詰められていた私を、いとも容易く救ってくれたあの子の事を。
手がかりなんて何一つない。頼りになるのは私の記憶だけ。だからこそ常に周囲に目を配り、探し続けてきた。ずっと、ずっと。
律「…相手も名乗らなかったってことは恩を感じられても困るってことだろ? そんなに縛られるなよ」
澪「ダメだ、私の気が済まない」
律「……はぁ。こうなったら聞かないんだもんなぁ」
当たり前だ。最低でも一言感謝の言葉を述べるまでは止まれない自覚がある。
だからこそこの高校を受験した。女の子が多いのはもちろん女子高だし、あの場に居たという事は近所に住んでいるはずだし、それに……その、女の子にキスする女の子なんて、そういう環境――女子高がやっぱり相応しいというか。
とにかく、ここならあの子に逢えると私は確信を持っていた。根拠なんか何一つない推理だけど、間違いなくそれは確信と言えた。
そして、入学から二週間が経とうかという頃。彼女は私の前に現れた。
律「みんなー! 入部希望者が来たぞー!」
紬「まぁ!」ガタッ
澪「本当――」
……続く言葉が私の口から発されることこそ無かったが、致し方ないことだろう。
律が後ろ手で引っ張ってきた彼女が、ずっと探してきた人だったんだから。
あ、ちなみに律は事情を知ってこそいれど顔を知らないから気づかなかったのだろう。でも今の私の驚愕っぷりに何か感じるところはあったらしく硬直している。
だが、そんなことよりも気になることが。
紬「ようこそ軽音部へ! 歓迎いたしますわ~」
律「よ、よしムギ、お茶の準備だ!」
紬「はいっ!」
お茶の準備に走るムギと、こっそりと私の顔色を伺う律。そして何故かオロオロする新入部員らしき彼女。
ちゃんと、ちゃんと私は彼女と視線が合った。目と目が合った。
なのに。
それなのに。
なぜ、驚いているのは私だけなの?
律「――え、辞めるって言いに来たの?」ショボン
?「う、うん…」
澪「え……」
きっとこの時の私は、何よりも寂しそうな顔をしていただろう。
そりゃそうだ、ずっと探し続けていた人が私のことをわかっていないばかりか、唯一出来かけた繋がりさえも絶たれようとしているのだから。
……だから、この時ばかりは律の強引さに感謝した。
律「でもうちの部に入ろうと思ったってことは、音楽には興味あるんだよね?」
?「まぁ、一応……」
律「なら私達の演奏を聴いてみてから判断してみない?」チラッ
澪「あ……うん、そうだよ! 聴いてみてよ!」
そして――
ジャラーン
?「あんまりうまくないですね!」
律「バッサリだー」
?「でも……すごく楽しそうです! 入部したいです!」
澪「あ……ありがとう!」ガシッ
?「ひゃっ!?」
い、勢い余って手を握ってしまった…!
……って、よく考えたら数年前にもっと恥ずかしい事してるんだから別にいいか。
とにかく、本当によかった。まだ一緒にいられるんだ…!
澪「これから一緒に頑張ろう!!」
?「で、でも私、全然楽器できないし…」
紬「それならギター始めてみたらどうかしら?」
ムギ、ナイスアシストだ!
律はドラムだしムギはキーボードだから、彼女がギターを始めれば近しいベースの私は自然と接する機会が増える!
接する機会が増えれば、彼女も思い出してくれるかも……!
?「あ、あの、それともう一つ言っておかないといけないことが…」
律「ん? なに?」
?「あまり遅くまでは練習できないと思うんだ……その、妹がね、帰りを待ってるというか、夕食の材料買って帰らないといけないから」
律「んー、それくらいなら大丈夫大丈夫。でも家で自主練はしとけよー?」
?「う、うん。頑張る」
澪「まぁまずはギター買わないといけないけど」
紬「じゃあ週末見に行きましょうか」
律「そーだな。じゃ、今日はとりあえず入部届だけ受け取っとくよ」
?「あれ? 渡してないっけ?」
律「……澪、知らない?」
澪「私達のはそこの引き出しの中にあるはずだけど…」
生憎、私はまだその子の名前を知らないからハッキリとは言えない。
律は部長だから知ってるはずなんだけど……しっかりしてくれよ、もう。
律「……ん、あったあった。そういえば確かに見たような気もするわ。んじゃいっか」
澪「あ、ちょっと待って律。見せて」
律「ん、あぁ、ホレ」
書かれている要項に目を通す。学年は一緒、だけどクラスは…別。
そして、そこに書かれている名前は…
澪「…平沢さん、か。あらためてこれからよろしく」
唯「唯でいいよ。よろしくね、えっと…」
唯「うん。よろしく、みおちゃん」
そう微笑む彼女は眩しくて。やっぱりあの時のあの子で。
それは要するに……私のファーストキスの相手で。でも、向こうはきっと覚えてなくて。
悔しい気持ちも勿論あったから、本来の目的の『あの時のお礼』は、平沢さ――唯が思い出してからに延期することにした。
その代わり……と言っては何だけど、絶対に思い出させてやる。そう決意して。
和「――え、結局軽音部に入ったんだ!?」
唯「うん。どうしても入部してほしいって言われて」
和「マジで!?」
唯「まじまじ。超まじ」
和「……それでいいの? 憂のこともあるのよ?」
唯「…うん、だから早く帰らせてってお願いしたよ」
和「こんな自分勝手な部員掴まされて大丈夫かしら、軽音部」
唯「耳と胸が痛いなぁ」
――そして週末。私達軽音部は四人でギターを買いに来た…のはいいのだが、唯の手持ちが足りず。
唯「――ちょっと待ってて、銀行行ってくる!」
澪「え?」
唯「お金! おろしてくるから!」
そう言って走り出す唯。
私達は黙ってその背中を見送る……つもりだったが、なんとなく不安なので、
澪「私も行く! 二人は待ってて!」
律「…なんか迷いそうだもんな、唯」
澪「そこまでは言わないけど…なんか目が離せないから」
と、私も唯を走って追いかける事にした。
だが店を出て数メートル走った曲がり角で、
唯「疲れたぁー」
澪「早っ!?」
地べたに座り込む唯と遭遇。危ないな、もう少しで蹴飛ばすところだったぞ。
唯「あ、あれ、みおちゃん。どしたの?」
澪「一緒に行くよ。私も手持ちが心許ないんだ」
唯「あ、うん。ありがと…」
澪「…疲れてるところ悪いけど、立って。あまり皆を待たせてもいられないし」
唯「うへぇ」
澪「……ほら、手」
唯「…ありがと」ギュッ
……握った手は、忘れもしないあの時の温かさそのままで、どこか恥ずかしくて早足で歩き出してしまう。
――いや、あの時は手じゃなくて主に唇だったんだけど。でもその後に抱きしめられた時の全身の温もりも勿論覚えてるけど――ってそうじゃなくて、えっと……
……うん、ダメだ、意識するともっと恥ずかしい。話を逸らそう。
澪「あー、その、お金足りそう? 下ろしても足りないなら貸すよ?」
唯「ん、結構貯金あるし大丈夫だと思うよ。それにお金関係で友達を頼るくらいなら親から借りるよ。後々こじれそうだし」
澪「ん、そうか……」
言ってることは正論なんだが……なんか、こう、頼りにされてないようにも思えてしまう。
いや、もちろん私が唯の立場でも、友人からお金を借りたりはしないと思うけど。額も額だし。
……でも、頼りにして欲しかった。もちろんそれは、あの時私を助けてくれた唯に対する私なりの感謝の気持ちの押し付けの一つの形にすぎないけれど。
そして、それを覚えてない唯からすれば、それは到底理解できないだろうけれど。
……考えてもしょうがない。
この件は考えても行動しないことには絶対、事態は好転しない。そしてこっちから行動するのは…無理っぽい。
だって「私とキスしたこと覚えてますか」なんて普通は聞けない。恥ずかしすぎる。
それに、なんか癪だし……だから、どうにかして唯のほうから思い出させる。思い出してもらう、それしかない。
澪「…そういえば唯は、なんで音楽に興味持ったの?」
唯「え? えっと、ちょっと昔に逢った女の子がね、ベースやってる、って言ってて」
澪「えっ……?」
唯「それで興味があったってだけだよ。大した理由じゃなくてごめんね?」
いや、謝られても困るっていうか、それって私じゃん!
――あの時、助けてもらった後、唯は私を落ち着かせる為か趣味の話とかを沢山振ってきた。その時に確かに私は音楽と答え、ベースを持っていることまで告げた。
絶対私じゃん! なんで唯はそこまで覚えてて私を覚えてないんだ!?
澪「あの、唯――」
唯「それにしてもあのギター、かわいかったよねぇ」キラキラ
澪「――は?」
唯が見ていたギターはレスポールだったはず。かわいい…か?
そもそもギターの可愛い要素って何だ?
唯「もうね、なんか運命感じちゃったよ。この子しかいない! って」
澪「………そ、そう…」
ダメだ、まったく感覚がわからない。
少し不思議な子だな、唯って。少し不思議、略してSF、なんちゃって。
……とか言ってる間に銀行に着いたのでお金を下ろし、帰りは特に何も無い、所謂『他愛ない話』をしながら戻った。
――そうして唯は無事(?)、相棒のレスポールを手に入れ、次の部活の日。
チャラリーララ チャラリラリラ~
律「チャ○メラ!?」
澪「唯…家でギター練習してないの?」
律「自主練しろって言ったのに……ほったらかしなのか?」
唯「そ、そんなことないよー!? すっごい大事にしてるんだよ?」
紬「どんな風に?」
唯「鏡の前で(以下略
添い寝(以下略
写真(略
ボーっと眺めてて一日が終わっちゃうこともしょっちゅう…」
律「弾けよ」
……やっぱり、どこか不思議な子だなぁ。
まぁそりゃ普通の人は見ず知らずの女の子に…キ、キスなんてしないと思うけど。
……ただのキス魔なんてことは…ないよな?
――その後、痛いのが怖いことがバレて唯に「かわいい悲鳴」って言われたり、指をぷにぷにされたり、コード表を渡してあげたりして解散になった。
唯の意思をちゃんと汲んでる律は案外部長の器があるのかもしれない。
ともあれ、唯との距離は縮まった気がする。思い出してもらえるかは、まだまだわからないけれど――
和「――あ、唯っ!」
唯「あ、和ちゃん!」ガッ
和「ぬるぽ」
唯「」ガッ
和「なにそれ、新しい挨拶?」
唯「ちがうよー。えへへ、ギターのコード教えてもらったんだー」
和「へぇ、頑張ってるのね。憂のことはそっちのけで」
唯「……なんでそうイジワルな言い方するかなぁ」
和「冗談よ。姉妹の絆に口を挟むつもりもないし割って入るつもりもないって言ってるでしょ?」
唯「憂も…わかってくれてるよ。ちゃんと話したんだから」
和「…あの子のこと?」
唯「あの子の事も、軽音部のことも、ちゃんとわかってくれてる」
和「いい妹を持ったわねぇ」
唯「……ねぇ和ちゃん、本当に憂は…家事が好きなのかな? 家事だけしてれば幸せなのかな? 私は、こんなことをしていていいのかな?」
和「……ちゃんとわかってくれてるんじゃなかったの?」
唯「ちがうよ、わかってくれてるんだよ、憂は。でもそれは私にとっての幸せで、憂にとっての幸せじゃないよね?」
和「幸せだって本人が言ってるんでしょ? 信じてあげなさいよ」
唯「でも……私なら、そんなの面白くないし…」
和「そうね、ぶっちゃけ私も家事だけやって生きていけなんて言われたら殴るわね」
唯「だよね……って、どっちなのさ」
和「どっちでも信じてあげなさいって言ってんの。憂が自分を偽ってるなら話は別だけど、憂が考えて最善だと思って出した結論なら、ちゃんとそれなりの理由があるんだから」
唯「本当に家事が好きだとしても、嘘だったとしても?」
和「そう。あの子のつく嘘はきっと優しい嘘よ。ちゃんと他人のことを思いやれる優しい子なのは、唯も知ってるでしょ?」
唯「…うん」
和「ならそれに報いないといけないの、あなたは」
唯「……そっか」
和「そうよ」
唯「………」
和「ところでもうすぐ中間テストなんだけど」
唯「マジ?」
和「マジ」
唯「……憂に――」
和「自力でやりなさいよ?」
唯「……はい」
最終更新:2011年07月25日 22:12