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――そして一週間後。律が案じていたような事態は起こらず、学園祭を三日後に控えて。

澪「いやー、唯のギターもだいぶ上達したな!」

唯「」コクリ

さ「唯ちゃん、昨日の課題ぶん、ちゃんと発声練習してきたかしら?」

唯「」コクリ

澪「……なんで喋らないの?」

唯「こ゛え゛か゛か゛れ゛た゛」

澪「」

さ「」


――結局、本番は私がボーカルになってしまった。どういうことなの……

終わってみればそれだけでは済まず変な衣装は着させられるし、下着まで晒してしまうし、本当に踏んだり蹴ったりの学園祭となった。
ただ、悪かったことばかりじゃない――


ワァァァァァー

澪(っ…人が…たくさん…! 律っ……)

律(澪――いや、そろそろしっかりしてもらわないと。いつまでも私と一緒にいれるわけでもないんだぞ?)

澪(っ、そんな……無理…怖い……)

失敗したらどうしよう。演奏を間違ったら、歌詞を忘れたら、みんなの頑張りを台無しにしちゃったらどうしよう。
恐怖が、プレッシャーが、頭の中で巡り巡って踊り狂う。他のモノ全てが認識できなくなるほどに。

……そうだよ、私は楽器や歌の練習こそしてたけど、プレッシャーに打ち勝つ特訓なんてしていない。
少し引いたところで演奏するのが限界の私が、そもそもこんなに沢山の人の前で、私がいつも通りにやれる保障なんて、何一つないんだ――!

澪(っ……だめだっ――)

押しつぶされそうになった、その時。
怖さばかりが渦巻いて他の全てを拒む私の心に、なぜか一つだけ、すっと入ってきたモノがあった。


唯「澪ちゃん!!」


澪「っ!?」

唯「私、澪ちゃんが頑張って練習してたの知ってるから!」

澪「あ……」

見てた…の?
唯が、私が誰よりも自分の事を見て欲しい人が、見てくれていた…?

唯「私のせいだから偉そうなことは言えないけど…でも、澪ちゃんは誰よりも頑張ってたんだから、絶対大丈夫だよ! がんばろう!!」

澪「唯……」

……確かに唯のせい、ではあるけど。でも唯の代わりだから、私は頑張れたんだよ。
唯も頑張ってたから、それを無駄にしたくないから、私は頑張れたんだよ。

……そうだ。ちょっと恥ずかしいくらいで、私達の重ねてきた時間を、ぜんぶ無駄になんて出来るものか!

澪「――歌います! ふわふわ時間ッ!!」


――間違いなく、最高の演奏が出来た。
それに唯は、まだ喉も痛いはずなのにコーラスで参加してくれた。それが何より嬉しかった。
と同時に、その痛む喉で私を勇気付けてくれたんだと思うと…また助けられちゃったな、という気持ちにもなるけど。

でも、この頃になると逆に開き直れてきてもいた。
きっと、私と唯は一生の友達になれる。ずっと一緒にいられる。だから焦ることなんてない、と。
じっくり、少しずつ唯に恩を返していけばいいと。


でも、すぐに私はそんな考えを悔いることになる。
もっとも、悔いたことろで時間は戻らないのだけれど。


――新年度。

澪「」ポツーン

……どうしよう。まさか友達誰とも同じクラスになれないなんて思わなかった。
それに…唯と律、ムギは同じクラスだって言うじゃないか。何か間違いでもあったらどうするんだ…!
いや、それも心配だけど、同じくらい私の今後も心配というか不安だぞ……便所飯コース一直線じゃ――

和「あ、澪」

澪「あっ!」

和「よかったー、唯ともクラス離れちゃって心p――」

澪「よろしくっ!」ガシッ

和「早っ!」



――だが、こんなのは序の口にすぎなかった。
新入生歓迎会で唯と息の合ったダブルボーカルを披露し、二人の相性を確かめ合ったのも束の間。
そう、奴が現れたんだ――

梓「――中野梓です! よろしくお願いします!!」

唯「かーわーいーいー!!」

さ「ネコミミつけてみ」

律「ニャーって言ってみ」

梓「にゃ、にゃー?」

唯「あだ名はあずにゃんで決定だね!」

澪「………」

律達がからかう対象が梓に移った…のは、別にいい。それどころか喜ばしいことだ。
ただ、唯の視線が、今まで私に注がれていたはずの眼差しが、全て向こうに行ってしまった。
それが……どうしようもなく寂しかった。もちろん梓は大切な後輩なんだ、憎んだりなんて出来ないけれど。でも……

律「…いや、あまり気にするなよ? 後輩を可愛がりたいのは誰だって一緒だろ?」

澪「そりゃそうだけど…」

律「いいじゃないか。澪も尊敬されてるみたいだぞ?」

澪「それは…嬉しいけど」

律「最初だけだって。な?」

澪「うん……」

そうだ、きっといつかは飽きる。
梓には悪いけど、私はそう思い込むことでどうにか自分を保っていられた。


和「――軽音部はどう? 唯はうまくやってる?」

澪「一つの事覚えたら一つの事忘れて大変よぉ」

あ、私今唯の保護者っぽい! ヤッホゥ!
……ん、そういえば和は唯の先代保護者なんだよな……いろいろ聞いておいてもいいかも?


唯「――あの二人、なんだかいいムードですわよ? りっちゃん」

律「ううっ、よかったなぁ澪。お前のことだからぼっちで便所飯してるんじゃないかと思ったが…友達作れたんだな…」

唯「っていうかクラスに知り合いがいたってだけじゃん…大袈裟な」

律「それでも澪からすれば大きな進歩なんだよっ!」

唯「あはは……まぁ、本題忘れてないよね?」

律「おうよ! 突撃だー!」

唯「おー!」

澪「ギャー! なんか来たー!」

和「あら唯。何かあったの?」

唯「実は期末テストのことなんだけど――」

和「却下。自分でやらないと力にならないわよ?」

唯「いじわるー、ぶー」

……唯のあしらい方…勉強になるなぁ。やはり和からはいろいろと学ぶことはありそうだ。
ただ、本音を言うならば唯が私を先に頼ってくれたら私がコーチしてあげるつもりだった。ちょっと悔しい。


――結局、期末テストはいつも通り、律には私がつきっきりでコーチすることになり。
一方唯は憂ちゃんに助けてもらったらしい。それってどうなんだ。

澪「そういえば、憂ちゃんはどこに進学したんだ? 一つ下だったよな、確か」

和「えっ? 唯、言ってなかったの?」

唯「あー、うん。憂はね、主婦になりました」

澪「えっ!? 結婚したの!?」

唯「そうじゃなくて…その、私が家事とかサッパリだからね、家にいてくれるというか…」

要約すると進学も就職もしなかった、ということだろう。
レスポールを買えるくらいのお金はあるんだし、金銭面の問題ではないだろう。というか、唯が言ってるままの理由だと思われる。

和「…まぁ、そう簡単に言える問題でもないわよね」

澪「和は知ってたの?」

和「まぁね。幼馴染だし」

……軽く言い放てる立場が羨ましいよ、和。
しかし憂ちゃん、最終学歴が中卒って、このご時勢かなり辛いんじゃないだろうか。いい子なだけに不憫すぎる。
そして、そう思っていたのは私だけではなかったようで。

律「でもなぁ……言いにくいけど、さすがにそれは行きすぎじゃないか? 憂ちゃんにも憂ちゃんの人生が――」

和「言いたいことはわかるけど、憂は中学さえもマトモに通ってないのよ?」

律「そう…なのか?」

和「色々あったのよ。そして、憂は唯の世話をすることに自分の居場所を見出した。大体そんな感じ」

バッサリと切り捨てる和は、それ以上の追求を拒むようであり、また、他人が口を挟むなと脅すようでもあり。
要するに有無を言わさぬ力強さを持っていた。そしてもちろんそれは唯の、そして憂ちゃんのためだとわかるから、和個人を批判もできない。

ただ、二人の間には割って入れないような絆があるような気がして、また少し嫉妬してしまった。
……思ったよりもライバルとなりうる人は多いようだ。


――夏休み。今年も海で合宿をしたんだけど、唯は髪型を変えてなかった。残念。


――そして夏休みが明けて。唯のギターのメンテナンス関係でさわちゃんに売られかけた。
冷静に考えれば冗談だとしても酷い話なんだけど、唯に絡まれたのも久しぶりだったので少し嬉しかったのを覚えている。

それよりも、夏休み明けといえば学園祭だ。梓も交えた初めての舞台。
梓は唯を巡るライバルだけど、それ以前に同じ部活の仲間だ。こういう時はちゃんと一致団結しないとな。

――と思っていた矢先。

唯「風邪ひいたぁ……」

澪「おいぃぃぃぃぃぃ!?」




【1】


――
―――

――そして今に至る。今は厳密には学園祭三日前。
唯抜きでの空虚な練習は私にとって大した価値はなく、律のティータイムの提案に安易に乗ってしまい、どういうことか過去話をする流れに。

澪「――えっと、唯と憂ちゃんは、仲良く姉妹やってるじゃないか、今も」

梓「今も、って……まさか」

澪「うん。その昔逢った姉妹の片方、姉の方にはもう逢えないから、かな。死んじゃったんだ。理由も知らないし、名前も知らない私はもちろんお葬式にも出れなかった」

紬「……急に重くなった」

澪「ごめん。でもそこまでなんだ。姉のほうが死んだのもマ――お母さんが近所の親伝いに聞いたらしいし、妹の方とも未だに会えてないからね」

律「……もしその姉が生きていたら、唯と憂ちゃんみたいな姉妹になっていたかな、ってことか」

澪「そういうこと。まぁ彼女が死んじゃったせいで私はちょっと塞ぎこみがちになっちゃった、っていうオチだよ」

律「あぁ、私の出逢った『本ばっかり読んでる澪ちゃん』が出来上がったのはそういうワケがあった、って話なのね」

澪「うん」

梓「…まぁ、子供心には大きすぎますよね、仲のいい友達の死なんてものは」

澪「だからこそ唯と憂ちゃんには、ずっと仲良くいて欲しいと思うよ」

紬「でもそうなると、澪ちゃんの一番の障害は憂ちゃんよ?」

澪「ちょ、ムギ!?」

梓「障害? 何するつもりなんですか? 澪先輩は」

律「梓、お前も障害なんだぞ? 気づいてないかもしれないが」

澪「こら律! 余計な事言うな!」ゴツン

律「あいたー!?」

梓「え? え?? 何なんですかー!?」

……やはり、去年の合宿の時のお風呂場での一件を知っている人にはバレバレなようだ。なんか悔しい。


――学園祭前日になっても、不幸なことに唯の風邪は治っていないようだ。
唯にメールしてみたところでは憂ちゃんが看病してくれているらしいが。病院に連れて行っておくべきだったかな…
だって唯の家の両親、あまり家に居ないし。

不安になった私は、一人で唯の家までお見舞いに行くことにした。
人の家に勝手に入るわけにもいかないので家の前からとりあえずメールしてみる。起きてればいいけど……

澪「……お、起きてるのか」

返信されてきたメールには家の鍵の隠し場所が書かれていた。そんな簡単に教えていいのか。
いや、信頼されてるという意味では嬉しいんだけど。そうじゃなくて、憂ちゃんが家にいるんじゃなかったのか…?

……とりあえず、隠されていた鍵を使ってお邪魔する。

澪「唯ー、大丈夫かー?」ガチャ

唯「ふへぇ……みおちゃん…」ズビズビ

澪「うわぁ、いきなりすごい鼻水だな! 本当に大丈夫なのか?」

唯「んー……本番は私抜きのほうがいいかも…」

澪「……あー、そうだ、梓から伝言だ。唯が出ないなら棄権する、ってさ」

唯「あずにゃん……それって…」

澪「もちろん私も同じ意見だ。もう一日しかないけど、治すよう努力しなさい!」

唯「はい……」ズルズル

澪「……すごい汗だな…」

唯「あー……着替えた方がいいかなぁ」

澪「そうだな……憂ちゃんが看病してくれてるんじゃなかったのか?」

唯「…あまりにも長引くから、憂に移しちゃ悪いと思って……」

澪「逆だろ…あまりにも長引くなら、尚更ちゃんと看病してもらって治さないと」

唯「うん……でも見ての通り、憂には出て行ってもらっちゃったし…」

澪「………」

おかしい。
ようやく、遅すぎるくらいにようやく私の心に芽生えた不信感、あるいは違和感。
あれほどちゃんとした憂ちゃんが、唯の看病をしないなんて有り得るのか?
和も言っていた、唯の世話に自分の居場所を見つけた、と。
なのに、何故憂ちゃんはこの場にいない? 一体、今どこで何をしているんだ?

唯「――うぃっくしっ!」

……いや、今は考えるのはよそう。唯の風邪を治すことが先決だ。
一日でどこまで出来るかはわからないけど……

澪「……熱は? 薬は飲んだ?」

唯「うーん……熱冷ましをちょっと前に飲んだんだけど」

澪「ということは汗もそれから来てるのかな。じゃあ……」

……やっぱ、あれだよな。汗を拭いて、着替えさせるべき…だよな。

唯「?」

澪「……脱げ」

唯「……みおちゃんって…」

澪「汗を拭いて着替えないと風邪が治らないから脱げ!///」

唯「は、はひっ!」

澪「……た、タオルでも持ってくる。どこだ?」

和「はい、タオル」

澪「あぁ、ありがt――」

……え?

澪「うわぁぁ!? いつから居たの!? 和!」

和「たった今よ。澪が脱げって迫ってる時」

澪「すっごい誤解を招く言い方!?」

和「まぁ私は帰るから、あとは若いお二人でよろしくしなさいな」

澪「誤解招きすぎ!?」

唯「あー、のどかちゃん……あのさ…」

和「……唯、澪。ライブ楽しみにしてるからね。今はそれだけを考えなさい」

澪「あ……うん」

唯「……うん」

和「…それじゃ」ガチャ

結局、何をしに来たのかはわからなかったけれど。和も和なりに唯を心配してるんだというのはよくわかった。
生徒会で忙しいだろうに、こうやって暇を見つけてはお見舞いに来ていたのだろう。
……私の憂ちゃんに対する疑問の答えがどうであれ、和は和らしく唯を心配している、それは事実だ。
そしてそんな和は、私にちゃんと忠告してくれた。ならばそれに従おう。

澪「……じゃあ、脱がすぞ、唯///」

唯「う、うん……///」

パジャマの前ボタンを外しているだけで顔が赤く、熱くなっていくのがよくわかる。私も、唯も。

澪(あ、寝る時はブラしないんだな、唯は――)

って、ついマジマジと観察してしまう。落ち着け、落ち着くんだ私。
……そうだ、和の忠告に従い、無心で、ただ無心で。
これは看病だ、いやらしいことなんて何も無いんだ。っていうか一緒にお風呂に入った仲じゃないか、何を今更……

唯「……し、下着は?」

澪「………」ゴクリ

唯「み、みおちゃん? 目が据わってるよ?」

澪「……悪いけどそのままでガマンしてくれ。私がヤバい」

唯「う、うん…? よくわからないけど、さすがに下着は恥ずかしいし、助かるよ…」

澪「じゃ、じゃあ拭くぞ…?」

唯「よ、よろしくお願いします…」

――眼前に広がる宝石のような肌に、そっとタオルを乗せ、力を込めた。
そしてそれ以降の鼻血以外の記憶は無い。


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最終更新:2011年07月25日 22:18