たくさんのケンタロスがこちらに向かって、ジリジリと、少しずつ接近してきます。
「大丈夫ですか、ガルーラ」
「ガル」
私の問いかけに頷いてくれました。ここがポケモンセンターなので、ある程度のダメージはすぐに回復できますが、手持ちをなるべく温存しておいた方がいいですし。
「ではいきま……」
「待って、あずにゃん!!」
私が一気に攻めようとした時に、ゆい先輩に止められました。
「何ですか、ゆい先輩」
「駄目だよ、このまま、戦って倒しても誰も得はしないよ」
「それはそうですけど……」
「思うに、皆、頭に血が上ってるんだよ」
「まあ、それもあるかもしれませんが」
「だから、私、歌うね」
「はい?」
意味が、まったく分からないんですけど。
「ここは心を和ませないとね。では、ミュージックスタート(わたしの恋はホッチキスを想像して下さい)」
ゆい先輩は歌を歌いだしました。それは空気を読んでいないといえばそうですけど、さっきまで、怯えていた人達もゆい先輩の歌声に聞き惚れています。私達に対峙していた、ケンタロス達、さっきガルーラに飛ばされたケンタロスやウインディまでもが、ゆい先輩の歌声に聞き惚れています。まあ、私も冷静に状況を見てますけど、十分に聞き惚れていますけど。ゆい先輩の曲が終わると、皆がゆい先輩に惜しみない拍手を送ります。
「みんな~、ありがと~」
「すごいです、ゆい先輩」
「すごいよ、お姉ちゃん」
ポケモンセンターにいる、皆さんが、『ゆーい、ゆーい』とコールが起こっています。
「ケンタロス(戦うのが馬鹿らしくなってきたな)」
「ガル(ええ)」
「……ウインディ(……いい仲間達にめぐり合えたんだな)」
「ガル(ええ、運がいいことにね)」
「ケンタロス(確かにこんなことをしても仕方がないかもしれない。私達も帰るとするか)」
「ポケモンさん達」
ゆい先輩はケンタロスに声をかけます。
「たしかに、サファリパークはポケモンを捕まえることでお金儲けをしてるかもしれないけど、そこにはポケモンと人間さんの新しい出会いの
場でもあるんだよ。だから、人間さんを嫌いにならないでね」
「ケンタロス(善処しよう)」
ケンタロス達はどうやら、ゆい先輩の歌で、満足してくれたのか、帰って行きます。
「待ちやがれ!!」
空気を読まずに、金髪の男が散弾銃をケンタロスやウインディに向けてきます。
「な、何をしてるんだ」
近くにいた男の人が金髪の男に聞いてきます。
「うるせえ!!裏切ったポケモンや危険なポケモンにはこれくらいすべきなんだ」
金髪の男は今にも、引き金を引きそうです。
「や、やめて下さい」
私は反射的に、ケンタロスやウインディを庇うように金髪の男に対峙します。
「な、なんだ、クソガキ。邪魔をするなら、てめえから、撃ち殺すぞ」
「だ、駄目です。せ、せっかく、ゆ、ゆい先輩のおかげで、皆落ち着けたのに、こんなことをするなんて……」
私の足はガクガクと震えています。それでも、私はこの場を離れるわけにはいきません。
「うるせえ!!」
バーン
その金髪の男は何の躊躇もなく、引き金を引きました。私はグッと目を瞑ります。
「危ない、あずにゃん!」
ガシャーン
なにかが、ぶつかったような音がします。そして、私に何かがぶつかってきて、私は尻餅をついてしまいました。私が目を開けると、
「ゆい先輩!」
私の腕の中にゆい先輩がいました。
「ああ、ギー太、大丈夫かい」
ゆい先輩はおそらく、私を庇う時にギターを盾にしたのでしょう。ギターを見ると幸いにも傷がついてないようです。一体、どんな素材で出来てるのやら。
「ゆい先輩も大丈夫ですか?」
私はゆい先輩に問いかけます。
「あ、あずにゃん。私は大丈夫だよ。あずにゃんは?」
「私は大丈夫です。ゆい先輩のおかげです。……ゆい先輩?」
私がそう言うと、ゆい先輩はその目に大きな涙をため、私の胸に顔をうずめてきました。
「ぐすっ。どうして、こんな無茶したの。危なく死んじゃってたよ」
「ご、ごめんなさい」
「謝ったって許さないよ。罰として、私をギュッと抱きしめなさい」
「なんですか、それ」
「早く!!」
「わ、分かりました」
私はギュッとゆい先輩を抱きしめます。
「ああ~、あずにゃんに抱きしめられてるよ~」
「なんだか、乗せられてる気がしますね」
「気にしない、気にしない」
「でも、ありがとうございます。ゆい先輩が庇ってくれなかったら……」
「あずにゃんが無事でよかったよ~。でも、あのあずにゃんも格好よかったよ~」
ゆい先輩は顔を上げ、私に視線を合わせます。
「あずにゃん、もうこんな無茶しちゃ駄目だよ」
「……はい」
「くそが。余計な邪魔をしやがって」
金髪の男がもう一度、散弾銃で撃とうとしますが、
「えいっ!」
ジョーイさんが後ろから、モップで頭を叩き、
「今だ、取り押さえろ!」
周りの人達も金髪の男を取り押さえます。
「大丈夫、お姉ちゃん達」
さっきの男の子が駆け寄ってきます。
「う、うん、大丈夫」
「よかった~」
「ケンタロス」
ケンタロスが私達に近づいてきます。ケンタロスはガルーラの方を向き、
「ケンタロス(なるほど、お前達がこのトレーナーにつく理由が分かった気がする)」
と、鳴いて、去っていきました。
「何なんですか、一体」
「……さあ?」
ゆい先輩はクスッと笑って、そう言いました。
「さて、それじゃ、今のうちに脱出を……」
ガシャーン
と、突然にポケモンセンターに衝撃が走りました。
「わっ!突然何が……」
「今、外を確認してみます!」
ジョーイさんは外に出て、顔色を変えて、戻ってきました。
「どうしたんですか!?」
「プ、プテラが……」
「プテラ!?」
「とりあえず、外に出てみようよ、あずにゃん」
「そうですね」
私達が外に出てみると、上空にプテラが飛んでいます。そのプテラが口から、はかいこうせんを出したりして、暴れています。
「ど、どうしましょう」
「……よし、空を飛ぼう」
「……はい?」
突然のゆい先輩の発言に耳を疑いました。
「今……なんて?」
「よし、空を飛ぼうって、言ったんだよ~。ゆいちゃん真拳奥義『あずにゃん☆自転車』」
ゆい先輩の掛け声で、自転車が出てきます。
「これをどうするんですか……」
「まあ、乗ってみなさい」
「はあ」
私はゆい先輩をかごに入れて、自転車に乗りました。
「さあ、出発だよ~」
「はいはい」
私は自転車をこぎ始めました 。すると、だんだんと、地面から浮いて、空を飛び始めました。
「何なんですか、これは!!」
「なんだか、映画のシーンみたいだね」
「何をのんきなことを……」
「さて、あずにゃん君」
「なんですか」
「私が歌いだしたら、サムちゃんを出してね」
「はい?何でですか?」
「まあ、出せば分かるよ」
私達がこうして、話してる間に、プテラがこっちに気づいて、向かってきます。
「と、とにかく、頼むね」
「あ、ちょ、ちょっと……」
「ミュージックスタート!!(翼をくださいを想像してください)」
「ああ、歌いだしちゃいました。ええい、こうなったら、出てきてください、ハッサム!!」
私はハッサムを出しました。すると、ハッサムの背中から、天使のような翼が背中に生えました。なるほど、これはゆい先輩の歌の力……。
「プテラ」
プテラはその翼を使って、ハッサムに向かってきます。
「サム!」
ハッサムはプテラのつばさをうつ攻撃を両手のはさみで受け止め、はじき返します。そして、今度はお返しとばかりに、はさみで、プテラに攻撃を仕掛けます。
「プテラ!」
プテラはハッサムのメタルクローをつばさで受け止め、力で押し返します。まさに、互角の戦いです。
「ハッサム」
「プテラ」
互いの攻撃がキーン、キーンとクロスし、空中戦が始まりました。プテラがすてみタックルを仕掛ければ、ハッサムはそれをかわします。お返しとばかりに、ハッサムがシザークロスを仕掛ければ、プテラはそれを正面から受け止め、そのまま、ハッサムを突き飛ばし、つばさをうつ攻撃を仕掛けてきます。ハッサムはそれをかわしきれずに、正面から、まともにうけて、
ガシャーン
と、近くにビルに飛ばされてしまいました。その衝撃で、ガラスやコンクリートが下に落ちています。
「……はあ、はあ」
ゆい先輩はハッサムが戦ってる間にも、ずっと、歌い続けています。さっきから、ずっと、歌っているので、だいぶ辛そうです。……私には何も出来ないんでしょうか。ゆい先輩はこうやって、必死に歌を歌って、ハッサムを援護してますし、ハッサムはあのプテラと戦っています。それなのに、私はただ、自転車をこいでいるだけです。私も、皆の力になりたい――。
「ジー」
私がそんなことを思っていると、歌いながら、私の方を見てきました。その目には
『あずにゃんにもできることがあるよ』
と、言っている様な気がしました。
「わ、私にできることなんかありませんよ……」
私はそう言いながら、涙ぐんでしまいました。だって、悔しいんです、何も出来ない自分が。
『あるよ』
それでも、ゆい先輩は目で語ってきます。
『プテラにはなくて、サムちゃんにはあるものが。そして、それはあずにゃんにしかできないんだよ』
私にしか出来ないこと?
ガシャーン
私が迷ってる間にも、ハッサムはプテラのアイアンヘッドで、飛ばされて、ポケモンセンターの屋根に激突しました。ま、まずいです、あそこ
には人が……。強いです、プテラは。野生のポケモンでも、なんていう実力ですか。ハッサムじゃ勝てないんですか。……野生?そうだ、私はハッサムのトレーナーなんだ。私も一緒に戦わなくちゃ。私がそう決意すると、ゆい先輩は優しく、ニコ~という笑顔をしてくれました。
「……サム」
ハッサムはポケモンセンターの屋根から、再び、空に戻ってきます。
「プテラ(まだ、戦うのか?)」
「……サム(ああ)」
「プテラ(諦めの悪い奴だ)」
プテラは牙にほのおをためて、噛み砕こうとハッサムに迫ってきます。
「ハッサム、かげぶんしんです!!」
ハッサムは私の指示を受けて、自分の分身を作り、その一撃をかわします。
「ハッサム、反撃です。バレットパンチで先制をとるんです」
おそらく、プテラには素早さでは勝てないでしょう。でも、この攻撃なら……。ハッサムの攻撃は体制を整える前のプテラに命中しました。バレットパンチは先制攻撃を取れる攻撃ですからね。
「プテラ!」
プテラは今の攻撃に怒ったのか、口にエネルギーを溜めます。
「ハッサム、はかいこうせんが来ます。みきりです」
プテラのはかいこうせんがハッサムに迫りますが、それをハッサムは冷静にかわします。
「プテラ(何故、力でぶつかってこない。さっきのように)」
「サム(さあ?)」
「プテラ(くそがーーーーーー)」
プテラは勢いをつけて、とっしん攻撃をしてきます。まともに受けたら、厳しいですね。
「ハッサム、みがわりです」
ハッサムは自分の分身を作り、プテラはその分身に攻撃を与えます。
「反撃です。ハッサム、アイアンヘッド!」
ハッサムはこちらを向こうとする、プテラにはがねのあたまで一撃を加えます。
「ぐはっ」
プテラはその衝撃で、怯んでいます。プテラにははがねタイプの攻撃は弱点ですし、今がチャンスです。
「ハッサム、はがねのつばさです」
ハッサムは自分のつばさとゆい先輩が作り出したつばさを大きく広げ、プテラに攻撃を仕掛けます。怯んでいるプテラはそれをかわしきれずに、直撃します。
「……プテラ(どうして、お前ほどのポケモンが人間なんかと一緒にいるんだ)」
「ハッサム(確かに私も人間はあまり好きではないな)」
「プテラ(なら、どうして……!?)」
「ハッサム(最初はあの、ゆいというポケモンへの恩返しからだったが、今は面白いからさ)」
「プテラ(面白いだと!?)」
「さあ、ハッサム。最後の一撃です。おんがえし!!」
ハッサムはその手にエネルギーを溜めます。
「ハッサム(だってな)」
ハッサムは私とゆい先輩を一瞥します。なにか、あったんでしょうか?
「ハッサム(ポケモンと恋人同士になろうなんて、トレーナーは世界中探したって、私のマスターだけだぜ!)」
ハッサムは勢いよく、プテラに向かいます。
「プテラ、プテラ(人間とポケモンが恋人だと。人間はポケモンの敵なのだ。……ふざけたことを抜かすなーーーーー)」
プテラも自分のもてる力を出し攻撃する技……ギガインパクトで、ハッサムに攻撃を仕掛けます。
「「いけーーーー、ハッサム(サムちゃん)。スクラップフィストー!!」」
ハッサムのはさみとプテラの頭が衝突します。
「ハッサム(見事だ)」
ピキピキ
ハッサムのはさみがひび割れています。
「プテラ……プテラ(ああ、お前もな。……お前とおれの差はなんだったんだ)」
「ハッサム(信じてくれる人がいるか、いないかの差だ)」
「……プテラ(……お前のトレーナーなら、私を信じてくれるかな?)」
「ハッサム(もちろん)」
プテラの頭も、ひび割れて、力尽きたのか、落下し始めました。
「あずにゃん」
「はい!」
私はハッサムを素早くボールに戻し、モンスターボールをプテラに投げます。しばらく、ボールが動きますが無事にゲットすることができました。
「やりました、プテラ、ゲットです!!」
「わ~い、やったね!」
私達が地上に着いた時、キョウさん達が出迎えてくれました。
「君達はすごいな!!」
「まさに伝説と呼ばれるような戦いだったわ」
「そ、それは言いすぎですよ」
「いやいや、それほどの戦いだったぞ」
「そうですよ、謙遜しなくてもいいですよ」
皆さんが口々に褒めてくれます。ちょっと、照れくさいですね。
最終更新:2011年08月03日 04:02