「え、梓!?いつの間にいたんだ」

「いや、今さっきですけど……。どうしたんですか?悩みがあるなら、相談に乗りますけど」

「えーと、だな。少し、言いづらいんだが……」

澪先輩は一息入れて、意を決したようにこう言った。

「なあ、梓。もう、やめないか」

「何をですか?」

「旅を……ポケモンリーグを目指すのを諦めないか」

「……えっと、今なんて」

「ポケモンリーグを目指すのを諦めてくれないか」

いきなり、こんなことを言われて、私の頭はちょっと、混乱している。皆で約束したじゃないですか、一緒にポケモンリーグに出るって、と
か、言いたいことはいろいろあったけど、

「……どうしてですか?」

月並みな言葉でしか返せなかった。

「……さっき、ゆいにも見せたけど、これ、梓達だろ」

澪先輩が見せたのは、昨日の新聞だった。その新聞にはセキチクシティのサファリゾーンのポケモン脱走とシオンタウンのロケット団占領について書かれたものだった。その中には、未確認だがツインテールの少女と幼稚園児の子供が活躍したと書かれていた。

「分かるだろ?ロケット団もこれだけのことを邪魔されたんだ。ロケット団に眼をつけられているだろう。これ以上、旅を続けるのは危ない」

「……」

「ムギの知り合いが梓達を匿ってくれる。だから、ゆいやポケモン達も一緒にそこで暮らすんだ」

澪先輩の言ってることも分かる。私を心配して言ってくれてるんだから。……でも。

「……嫌です」

「……え?」

「嫌です!!澪先輩達が私を心配してくれるのはありがたいことだと思いますが、ここまで、一生懸命旅をしてきましたし、なにより、ポケモンリーグで、澪先輩達と戦いたいんです!」

私はそう言うと、澪先輩は驚いたような顔をした。

「あずにゃん、声大きいよ」

「あ、すいません」

私は周りの人に頭を下げて、いすに座る。

「とにかく、私は旅を続けます」

「……死ぬかもしれないんだぞ」

「大げさですよ。それに、私にはゆい先輩やポケモン達がいますし」

「えへへ~、あずにゃんは私が守るよ~」

「……分かった。じゃあ、勝負しよう」

「はい?」

「勝負をしよう。私が勝ったら、諦めてもらう」

「それはいいですけど、私が従うとは限りませんよ」

「従ってもらう」

「そんな無茶な」

「分かった。従わなくてもいい。とにかく、梓には現実を見せてあげるよ。勝負は2対2だ。先に相手のパーティを全滅させたほうが勝ちだ」

「まあ、いいですけど」


私達は、ヤマブキシティ郊外に来ました。

「ルールはさっき言ったとおりだ」

「分かりました」

私は内心ワクワクしていました。状況はあれですけど、憧れの澪先輩と初めて、自分のポケモンで戦うんですから。

「雨も降りそうだから、サッサと始めよう」

「はい」

「では……」

「「バトルスタート」」

「来てください、ハッサム!!」

「来い、エビワラー」

さあ、いよいよ、戦いが……!?

「……」

「大丈夫、あずにゃん。手が震えてるよ」

「あ、はい。大丈夫です」
さすがは澪先輩です。戦いが始まったら、なんていうオーラですか。今まで、戦ってきたどのトレーナー達よりもすごいです。


「いきますよ、まずは先制をとって、バレットパンチです」

ハッサムは素早く、エビワラーに接近し、パンチを繰り出す。

「受け止めろ、エビワラー」

2匹のパンチが激突する。その衝撃で私達に風が吹く。

「やるじゃないか」

「澪先輩こそ」

2匹のモンスターはお互いにパンチを打ち合う。力はほぼ互角。このままいけば、澪先輩にも……。

「ところで、梓」

「何ですか?」

「何時になったら、本気になるんだ?」

「え?」

その声とともに、ハッサムはふっ飛ばされそうになるも、なんとか、こらえてました。

「今の攻撃は……」

「エビワラー、こうそくいどう!」

私が状況を理解する前に、エビワラーはハッサムに一瞬で、接近します。

「エビワラー、トドメだ。ほのおのパンチ!!」

エビワラーの鋭いパンチがハッサムに命中し、体が炎にまみれて、吹っ飛ばされて、そのまま、気絶してしまいました。

「そ、そんな、ハッサムが……」

「どうした、梓。もう、ハッサムは終わりだよ。次のポケモン……どうせ、ゆいだろうけど、出しなよ。もっとも、私はゆいの攻略法は分かってるけどな」

「むむ、すごい自信だね。こうみえても、私はあずにゃんがトレーナーになってから、私はまだ、負けてないもんね。強がったって、無駄だよ」

「……」

「どうしたの、あずにゃん」

「……」

「あずにゃん!!」

「は、はい、なんですか」

「ボーっとしてちゃ駄目だよ。ほら、早く、次に出すポケモンを決めなきゃ。もっとも、次は私だよね」

私には嫌な予感をビンビンと感じていましたが、実際問題として、ハッサムより強いポケモンはゆい先輩しかいませんし。

「では、頼みますよ、ゆい先輩」

「うん!!」

「きたか、ゆい」

「澪ちゃんはポケモンを交替させないの?」

「必要ないだろ」

「ふん!その自信が命取りになるんだよ。いくよ、 ゆいちゃん真拳……」

「見せてあげるよ、ゆいの攻略法を」

エビワラーは素早くゆい先輩に接近し、その小さい体に、最初にハッサムに与えた技、おそらく、マッハパンチを繰り出してきます。

「わーーーーー」

ゆい先輩は小さい体にその攻撃を受け、コロコロと転がっていきます。

「大丈夫ですか、ゆい先輩」

「うー、大丈夫、大丈夫。まだまだ、余裕だよ」

ゆい先輩は立ち上がろうとします。追撃があるかもしれないと攻撃をしたエビワラーのほうを見ると、エビワラーはいません。

「あれー?エビワラーは?」

「ゆい先輩、上です!」

エビワラーはゆい先輩の上空に飛び上がり、ゆい先輩にその拳を振り下ろします。

「あでっ!!」

立ち上がろうするゆい先輩の背中にエビワラーの拳がめり込みます。

「ゆい先輩!!」

「へ、平気、平気。まだまだ、大丈夫だよ」

「……降参しないのか?」

「ま、まだまだ、戦えるよ。これから、私の大逆転劇だよ」

「……」

「どうして、そんなに悲しそうなんだい、澪ちゃん」

「……いや、なんでもない。エビワラー、続けるんだ」

エビワラーはゆい先輩の背中に拳を打ち付けるべく、上に手を上げます。

「そう何度も、同じことはさせないよ。ゆいちゃん……」

「させるな!!れんぞくパンチだ!」

エビワラーはゆい先輩の背中に何度も何度も、打ち付けます。……私はその光景を見たくなくて、眼をそらします。そんな時、空から、ポツポ
ツと雨が降り始めました。

「………めて下さい」

「どうした、梓」

「止めてく……」

「待って、あずにゃん。まだ、私は戦えるよ!」

私が降参をしようとすると、ゆい先輩に止められました。

「で、でも……」

「ポケモンなんだから、多少のダメージは平気だよ。それに、ここから、逆転だよ」

ゆい先輩は仰向けになり、リズムよく、パンチを繰り出すエビワラーの目に砂……(といっても、雨も強くなり、泥といった方がいいかもしれませんが)を投げます。

「エビ!」

エビワラーは目を押さえて、よろめきます。

「よし、ここから、逆て……あれ?」

ゆい先輩の足がガクッと崩れ落ちます。

「あれれ、どうしたんだろ。まだ、戦えるのに、体が言うことをきかないよ」

多分、さっきのダメージがきいているのでしょう。立ってるだけで、やっとといった感じです。

「……ゆい。立ってるってことがどういうことか、分かるか?」

澪先輩は顔を歪めて、ゆい先輩に問いかけます。雨もだんだんと強くなってきます。

「分かってるよ。でも、私は倒れないよ」

「……どうしてだ?」

「あずにゃんとポケモンリーグで優勝するんだ。だから、倒れない」

「……そうか。じゃあ、トドメだ」

エビワラーは拳を構えて、ゆい先輩に叩き込もうとします。

「ゆい先輩!」

私の体は自然に動き出しました。

エビワラーの拳が私に迫ってくる。ああ。多分、この一撃で、私は負けるだろうな。

「ゆい先輩!」

突然、あずにゃんが私とエビワラーの間に割り込んできた。

「あずにゃん、危ないよ!!」

バン

エビワラーはあずにゃんの顔スレスレで、拳を止める。でも、びっくりしたのか、あずにゃんは尻餅をついてしまいました。雨が強くなってき
ているので、あずにゃんの服はビショビショのドロドロだね。澪ちゃんの体は震えている。それはきっと、雨のせいではないだろう。まったく、そんなに辛いなら、こんなことやらなきゃいいのに。でも、きっと、それだけ、あずにゃんのことが大切なんだろうね。

「分かっただろ、梓」

澪ちゃんはあずにゃんに近づいてくる。

「これが敵なら、梓は死んでたんだ」

「……」

「たしかに、今まではロケット団を倒してきたかもしれない。でも、次はこうなるかもしれないんだ」

「……」

「私だって、ポケモンリーグで梓と戦いたいさ。それはそうだろう、梓は私、いや、私達にとって大切な仲間なんだから。でも、それ以上に、
命が危ないかもしれないんだ。命にはかえられない」

澪ちゃんは目に涙を浮かべて、あずにゃんに訴えかける。

「……」

あずにゃんはうつむいて、黙っている。

「……私はもう行くよ」

「……」

「いきなり、こんなこと言われても、判断できないよな。明日まで、ヤマブキシティにいるから、梓の答えを聞かせてほしい」

「……」

「……じゃあな」

澪ちゃんは去っていった。。

「……あずにゃん、帰ろうよ、雨も強くなってきてるし」

「……ゆい先輩」

「なんだい、あずにゃん」

「澪先輩の言うことも、分かるんです。もし、今のがロケット団だったら、負けてましたもんね」

「うん」

「今までの戦いで、私は大分強くなったって感じて。これなら、澪先輩にも勝てるって」

「……」

「でも、澪先輩に簡単に負けました」

「そうだね」

私としては情けないけどね。

「……ゆい先輩、私はどうしたら、いいんでしょうね」

「それはあずにゃんが決めることだよ」

「ですよね」

「でもね、あずにゃんがどんな答えでも、私はあずにゃんについていくよ」

「ありがとうございます。……雨も強くなってきましたから、帰りましょうか」

「うん」

「あ、ポケモンセンターにも寄らなくちゃ。でも、服も濡れてるから、後でもいいかな。すいません、ゆい先輩、それでもいいですか?」

「……うん」

私には分かる。あずにゃんは一生懸命誤魔化しているけど、本当はとっても悔しいんだってことを。だって、私を抱く手はこんなにも震えているから。

「……」

「おい、澪」

私は声をかけられ、振り向くと、傘を持った律とムギがいた。

「ほら、傘だ。……といっても、もう無駄だろうけどな」

ずぶ濡れの私を見て、律は笑う。

「余計なお世話だ」

「そうかい、そうかい」

「何しに来たんだ、お前は」

「まあまあ。……梓ちゃんはどうするのかしら?」

「戻ってくれるといいけどな」

「ごめんなさい。オーキド博士に頼まれたことを澪ちゃんに押し付けるみたいになってしまって」

「……いいよ、別に」

「まあ、これで、澪は梓に嫌われるわけだな」

「……」

「りっちゃん!大丈夫よ、澪ちゃん。梓ちゃんも分かってくれるわ」

「……だといいけどな」

「さてと、じゃあ、私達も戻るか」

「……さっきから、楽しそうだな」

「そうか?」

「りっちゃんは梓ちゃんはどうすると思うの?」

「さあ。私には分かんないさ。梓が決めることだしな。……ただ」

「ただ?」
「……いや、なんでもない」

「……はあ」

私はゆい先輩の髪を洗いながら、考える。これから、どうすべきか。

「悩みごとかい、あずにゃん」

「ええ、まあ。……というか、ゆい先輩も知ってますよね」

「まあね。どれ、私が話を聞いてあげよう。話してみんしゃい」

「でも……」

「話してるうちに考えがまとまるかもしれないじゃん」

「……そうですね」

「まあ、私じゃ、頼りにならないかもしれないけどさ」

「いいえ、そんなことありませんよ」

「ははは。褒めても、何もでないよ」

「……澪先輩が私を心配してくれてることも分かります」

「うん」

「現に純がいなかったら、前回もあぶなかったですしね」

「そうだね」

「でも、澪先輩と戦って怖かったですけど、楽しかったんです」

「ほうほう。どんな風にだい」

「ワクワクしたんです。ポケモンリーグにはもっと強い人がいるのかなって」

「なるほど、なるほど」

「だから、もっと、旅を続けたいんです」

「なら、続ける?」

「でも、澪先輩が私のことを心配してるのは分かるんです。それを無視するのはどうかと」

「結局どうしたいのさ」

「どうしましょうね」

「それはあずにゃんが決めるんだよ!」

「分かってますよ。まあ、とりあえず、お風呂を出て、ご飯にしましょうか」

「そうだね」

「気にすることないわよ。梓ちゃんなら、分かってくれるわよ」

「だといいがな」

私はムギたちとホテルの食堂で食事をしている。正直、気が重い。

「あ、あれ、梓じゃないか。おーい、あずさー」

「ブー」

「おい、汚いぞ、澪」

「誰のせいだ!」

「あ、律先輩にムギ先輩、それに……澪先輩」

「や、やあ」

「……どうも」

(おい、どうするんだ、律)

(どうするんだって、一緒に飯を食うだけだよ)

(おい)

「一緒に食事でもしない?」

(ムギー)

「え、……まあ、いいですけど」


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最終更新:2011年08月03日 04:20