「あのヒト達って、澪達のことか?」
唯はうなずく。
「没収されたんだろ。停学中に友達と連絡取られちゃ、処罰にならないからな」
「でも、謝りにも来ないんだよ?あんなことしておいて。律ちゃんなんか、何もひどいことしてないのに謝ってくれたのにさ」
唯の暗い目に、冷たい怒りが宿っている。律はその怒りの強さにたじろぐ。よっぽどひどい目にあったんだろうなぁ。あたしには想像もつかないくらいにひどい目に。
「唯を刺激しないように、って学校の処置なんだよ。本当はあたしも、来ちゃいけないことになってんだ」
「…律ちゃんは私に謝らなくていいのに謝ってくれたし、来ちゃいけないのにわざわざ来てくれた。その律ちゃんに、話したいことがあるんだ」
唯の光のない目が、律を見つめる。律はその目に吸い込まれそうになる。
…こいつはこんなに傷ついた目をしてるのに、どうしてこんなに惹かれるんだろう。
「律ちゃんの言う通り、私は学校に戻ってもいい。だけど、軽音部はもう退部したいの」
「唯…」
「私は二人の部員に憎まれてるの。一人は澪ちゃん、もう一人はあずにゃん」
「…」
「本当は学校にもあまり戻りたくないんだ。私を憎む幼なじみがいるから」
「でも約束通り、学校には戻るよ。…私ね、律ちゃんが来なかったら、これからギー太売りにいくとこだったんだ。…ギー太見てると、嫌なこと、たくさん思い出すからね」
「ゆ、い」
律の胸に、熱いものがつっかえていた。唯に呼びかけようとすると、それが邪魔をしてしわがれた声になってしまう。
律は一語一語、釘を打つようにしっかりと発音して改めて呼びかける。
「…澪達が、さ。何で退学に、ならなかったと、思う?」
普通の声を出すのが難しい。胸のつかえが喉を責める。
「さわちゃん、なんだよ。あのさわちゃんが、澪達を退学にしないで、くれって、校長に頼んだんだ。すごい剣幕で。本人は、否定してるけど」
鼻の奥がツンと痛み出す。律は乾いた咳を吐き出す。
「何で、さわちゃんが、そうまでして、澪達を庇ったと思う?…軽音部がなくなるのを、阻止するため、だけじゃないよ…」
律の目が曇る。目の前の唯が滲む。律は乱暴に目を拭う。
「…仲直りしてほしかったんだよ…唯と。そうじゃなきゃ、和を…軽音部と関係ない和を…学校に残したりなんか、するかよ…」
「たぶん、わかってたんだよっ…。もし、退学に、なっちゃったら…二度と、和解、できないって…」
拭っても拭っても、律の目は霞む。唇の端がわなわなと震えている。
「…それだけ、唯のことが、好きなんだよ…。さ、さわちゃん、だけじゃない、よ…」
唯はティッシュを箱ごと差し出す。律はそれを強引に払いのける。
「一度だけ、澪に…会ったんだ。処分が、決まる前の、澪に…。澪、お前を…傷つけたって…泣いてたんだ。お前に、嫌われた、って…」
…あの澪がそんなことをしてたなんて。自分をさんざん辱めてくれたあの澪が…。
「唯、勘違いするなっ…。だ、誰もお前を憎んでなんか、いないんだよっ…。あたし、もっ…、他の、みんなも…」
「みんな唯の事が好きなんだよ!」
律はそれだけ言うと、その場に泣き崩れてしまう。床につきたてられた指が、何かをつかむように丸まる。 だが唯は納得できなかった。疑問符が頭の中を跳ねまわる。
「でもでも、じゃあどうしてみんなあんなひどいことしたの?どうしてひどいことたくさん言うの?好きなら好きだってそう言えばいいのに」
律は涙に濡れた顔を上げると、ニヤリと笑ってみせる。鼻の下を、人差し指でこする。
「唯、お前、小学校で、クラスメートの男子にひどいこと言われたことないか?」
唯は遠い記憶を反芻する。
「もし言われたのなら、たぶんそいつは唯のことが好きだったんだよ。変な話だろ?…好きなやつに、冷たくする、なんてさ」
「でも、それだって限度があるよっ!…だって、私の胸、こんなにされちゃったんだよっ!!」
唯が着ていたシャツをたくしあげ、傷跡の残る胸を露わにする。
白い肌や薄い桃色の先端に、律の目が奪われる。目元がほんのりピンク色に染まるのを見て、唯は慌てて胸を隠す。
「…いやー、いいもん見せてもらったわー…。まさか唯自身による露出サービスとは…」
「り、律ちゃんひどい…!」
「あはっ、冗談だよ。…たぶん、その傷も唯が好きっていう感情の表れだよ。もちろん痛くてつらいのはわかるけどな」
「じゃあじゃあ、和ちゃんが私に言った“人形”ってのは」
「和のやつ、そんなこと言ったのか。いやはや、清楚なふりしてかなりアブナいご趣味をお持ちのようで」
「えっと、じゃあ…」
止まらない唯の舌を、律が片手で遮る。彼女の目は、まるで聞き分けのない子を優しく諭す母親のようだった。唯はこんな律の目を初めて見る。
「じゃあ、あたしの番な。かなり恥ずかしい告白するから。…誰にも漏らすなよ」
唯はきょとんとしながらも頷く。いつの間にか、彼女の瞳には感情の光が灯っている。本人が知るはずもないが。
「あのな…。私、してたんだよ。唯を使って。…その、なんていうんだっけかあれ、えっと…その…えっと、…オナニー」
「ぶっ」
唯が目を白黒させて吹き出す。律は途端に告白したことを後悔する。恥ずかしさで顔が熱い。また泣きそうになってしまう。
一方で、心のどこか片隅では恥を晒したことを手放しで肯定していた。爽やかで涼しい諦めの感情が、羞恥に苛まれる心を冷ましてくれる。
「あーもう、普通にキモいだろ?軽蔑するなら、勝手にしろ」
「…でも、実際にイタズラするのとは違うよ」
「一緒だよ。影でこそこそとお前を汚してるんだから。…それに、あたしはお前を妄想でかなりハードに汚してたんだよ。澪なんかよりずっとひどく」
澪や梓よりもひどいこと…唯は恐ろしさのあまりに身震いする。
「えっと、じゃあ…もし私がここで無抵抗で寝てたら、律ちゃんは迷わずに空想とおんなじことする?」
唯はベッドに横になり、胸を強調させるように両手で持ち上げ、足をくねらせる。唯なりのセクシーポーズらしい。
律の心に、赤やピンクの花が一面に広がった。喉のあたりがきゅっと締まり、切なくなる。
自然に、そろそろと手が伸びる。鼻息が荒くなるのが止められない。涎をこぼしそうになる。
律は唯の全身を、視線で犯しにかかる。学校では黒のストッキングに覆われていた生足を、強調されたささやかな胸を、愛らしい大きな瞳を…。
瞳に帰ってきた光が潤んでいるのを見て、律は急速に胸の花が消えてゆくのを感じた。荒れた鼻息も、自然に止まる。残ったのは、喉の切なさだけ。
「…できるわけないだろ。冗談でもそういうことすんな。バカ」
律は鞄をひっつかむと、唯の部屋から逃げ出そうとする。これ以上ここにいたら、本当にやりかねない自分が怖い。
「…止めんなよ。ギター」
「律ちゃんっ!」
唯が呼び止めるが、聞こえないふりをする。
「…してもいいよ。律ちゃんなら」
ドサッ。律の鞄が手から落ちた。胸が急速にバクバクと騒ぎだす。頭の中を、真っ白な花火が四方八方に飛び交う。
唯はいじけたように唇を尖らせ、目をあさっての方向にそらしていた。ピンクに染めた頬がたまらなく愛おしい。
「…あとでオカズにされちゃ、たまらないもん。これ以上、道具扱いされるのは嫌」
唯の口から、似つかわしくない卑猥な言葉が飛び出す。
律はこのまま、ここで死んでもいいとすら考えた。
…憂は帰ってこない。夕飯の材料を買うにはあまりに長すぎる。
たぶん、姉と律を二人きりにしておくための口実だったのだろう。律は憂の真心への感謝がひたひたと溢れてくるのを感じた。
その律は、どうしても最後の一枚が脱げずにやきもきしていた。ベッドの上では、唯がすでに一糸まとわぬ姿で横になっている。
「律ちゃーん。いつまでもパンツはかないでいると風邪引いちゃうよ。早くあったまろうよー」
唯が急かし、猫のように身をくねらせる。それだけで律は秘所の中心が火傷しそうに熱くなる。 だが、どうしてもスポーツブラが取れない。唯に胸を晒すのが怖い。
律は柄にもなく、ガチガチに固まってしまっていた。ふと、文化祭のライブで緊張しきっていた澪を思い出す。あいつもこんな思いをしてたんだなぁ。
「ゆ、唯こそ、風邪引いちゃうから、布団にでもくるまっててくれ」
「大丈夫だよ。私おバカだから、風邪引かないの」
「嘘つけ!」
一週間前、凍えて壊れきっていた唯を思い出す。今の唯には、あの唯の面影はどこにもなかった。律は改めて安心する。
とはいえ、安心してもこの状況はちっとも進展しない。
「もー、合宿のお風呂では平然としてたくせにぃ」
「状況が全然違うわいっ!」
「しょうがないなぁ。何なら、私が取ってあげるよ」
唯がベッドから起き上がり、律の上に屈み込む。律は唯のを目の前にして、軽いパニックをおこす。
なんてザマだ。律は両手で顔を隠す。妄想の中では唯に陵辱の限りを尽くしたのに、唯のやつに押されっぱなしじゃないか。
唯は顔を隠してしまった律を見て、柔らかな笑みを浮かべる。偽りの仮面ではない、本物の笑み。
「今の律ちゃん、本当に女の子みたい」
「…それ、普段のあたしが女らしくないって言いたいのか?」
「うーん、普段の律ちゃん、男の子みたいだから。でも、そんな律ちゃん、好き。…私、男の子に生まれたかったな」
男に生まれれば、こんな思いはせずにすんだのに。そんな風に聞こえなくもない。
「男だって大変だぞー。聡なんか、あれで結構苦労してるみたいだし」
「…まあ、女の子じゃないと、こうして律ちゃんとできないしね」
唯は改めて、律の胸に手を伸ばす。唯の胸が目の前にある、唯があたしの胸見ようとしてる…。律は失神しそうだった。
唯は律のスポーツブラのホックを外そうとするが、なかなかうまくいかない。元々そんなに手先が器用ではないのだ。梓がやたらと手間取っていた理由がよくわかった。
悪戦苦闘する唯を見て、律は自分から外す決意を固める。あまり時間を無駄にすると、憂が帰ってきてしまう。この魔法のような時間が終わりを迎えてしまう。
「あ、できた」
律の決意は無駄に終わった。
律の胸を守っていた布が外される。律は慌てて、胸を両手でがっちりと隠し、前かがみになってしまう。
「もー。律ちゃんズルいよ。私のばっかり見て」
「唯こそずるいぞ!何でそんなに平気なんだよっ!」
「もう見られるの慣れっこになっちゃったもん。澪ちゃんにあずにゃんに、和ちゃんに、知らないお医者さんにも…」
唯の顔に陰りがさす。忌まわしい記憶が蘇ろうとしているように見えた。律は覚悟を決める。
少しずつ、胸をきつく締め付けていた手を解いてゆく。ゆっくりと、ゆっくりと…。やがて、勢いよく腕を投げ出す。
「わ…か、可愛いっ!律ちゃんのおっぱい、すっごく可愛い!」
唯が狂喜する。子供のように律の胸の感想を口走る。
律の胸は、ほとんど平面に近かった。緩い斜面のてっぺんに、小さな苺のような先端部がぷっくりと突き出ている。
「律ちゃん、私、すっごく自信ついたよ!ありがとう!」
「うるせえっ!そんな目で私を見るなっ!チキショウ、つるぺたとでもおせんべ胸とでも、何とでも言え!」
律は半べその泣き顔になっていた。唯はそんな律を、微笑ましげに見つめる。
「律ちゃんも、自分に自身持ちなよ。すっごく可愛いんだから。…食べちゃいたいくらいに」
律は唯に胸を舐められる自分を想像する。途端に頭に雷が落ち、一人で七転八倒してもがく。
灼熱の鉄板の上のエビのように暴れる律を、唯はしっかりと抱きしめる。そして彼女の髪を優しく撫でる。かつて梓にしていたように。
「いー子、いー子」
律は心に温かく、優しい液体を流されたような気分になった。涙まで出そうになってくる。梓の気持ちが、よくわかった。
「…律ちゃん、本当にありがとう」
二人は生まれたままの姿で、唇を交わらせる。唯は律の頬を、両手で優しく包む。かつて和が自分にしたように。
唯の舌を感じるたびに律はビクッ、ビクッと体に震えを走らせる。唯の手のひらが、とても気持ちいい。
ベッドの上。
律は赤子のように、唯の胸に吸いついていた。不器用に舌を動かし、硬く尖った突起をつつく。もう片方の先端は、指でこねまわす。
唯はフン、フンと鼻を鳴らし、律の頭を抱き寄せ、髪を撫でつけている。唯は相変わらず、胸が弱い。目の前が霞み、いやらしい声が漏れそうになる。
律はこの上なく幸せだった。唯の胸をこうすることを、どれだけ望んでいたことか。これは妄想ではないのだ。
唯は鼻声を出す。
「り、律ちゃん、私、ヘンになっちゃうよ…早く律ちゃんの胸、ちょうだい」
律は先端部に絡ませる舌を解き、唯の胸から指を離す。
「ごめんな、痛かったか?」
気づかう言葉が嬉しい。唯は首を横に振る。
「な、唯。…唯の胸の傷、これはこれで可愛いと思うよ」
律は白く消えかけている梓の爪痕に、指を這わせる。途端に唯の体が跳ねる。
「えー、でも嫌だよ。おっぱいに傷があったら、将来お嫁さんに行けなくなっちゃうよう」
お嫁さん。その言葉が律胸の柔らかい場所をチクリとつつく。唯も将来、誰かに嫁いで、自分の手から離れてしまうのだろうか?…そんなのは嫌だ。
ベッドで仰向けになっていた唯が起き上がり、反対に律を仰向けに寝かせる。唯は完全に主導権を握っていた。妄想と逆だ。
最終更新:2010年01月22日 03:05