むかしむかしとある街に

唯ちゃんという浮浪者がおったそうな


唯「うう、お腹すいたよう……なにか食べもの落ちてないかなあ」ガサゴソ

唯「あっ、アイスのふた発見!」

唯「ぺろぺろ…ひさびさの甘いものだよう!」

唯「……ひもじい」

唯ちゃんはたいそう貧乏で

住むところもなくその

日暮らしの生活をしていました


唯「あと残ってるお金は小銭がいち、にい……たくさんと」

唯「せんえんと、いちまんえんさつが一枚」

唯「これだけあればアイスがお腹いっぱい……ごくり」

唯「はっ、だめだめ!このお金はもしもの時のために取って置く分なんだから!」グウウウ

唯「もうちょっと賑やかな街の方へ行って食べ物さがそ…」


唯「やった、飲食店のゴミ箱発見!」

唯「うーん。お、おお?」ガサゴソ

唯「鳥の骨!まだお肉がけっこう残ってるよ!」

唯「いっただきまーす!!」

和「ちょっと、そこのあなた」ツンツン

唯「わひゃあ!あっ、チキン落としちゃったよ……どうしてくれるの!」

和「警察官に怒鳴りかかるとはいい度胸ね」

唯「お、お巡りさん。ごめんなさい、つい熱くなっちゃいまして…てへへ」

和「そんなことよりあなたこんなところで何やってるの?」

唯「う……(食べもの漁ってたなんて言えないよう…)」

和「名前は?職業は?住んでるところはどこなの?」

唯「いえ、そのー……」

和「きびきび答えないと逮捕するわよ」

唯「逮捕!? ご、ごめんなさーい!」ピュー

和「あっ、こら待ちなさーい!……まったくもう」


――――

唯「あぶないとこだった……お巡りさんには気をつけなくっちゃ。逮捕はされたくないもん」

唯「けっきょく食べ損なっちゃったし……まあ、どうにかなるかな!」

唯「くんくん……なんかこっちから良い匂いが」


梓「お花、お花はいりませんかー」


唯「なんだお花の匂いかあ……」

唯「だけどあのお花売りの女の子、かわいい子だなあ」


梓「お花はいかがですかー」


唯「(さっきから全然売れてないのに、あんなに声を張り上げて)」

唯「(きっとあの子も貧乏なんだろうな……わたしに同情されたくないだろうけど)」

唯「……」ボー

唯「だめだよ、私にはお花を買う余裕なんてないよ」

唯「でも、少しくらいなら……うん……お金もあるもん。だいじょうぶだいじょうぶ!」

梓「お花はいかがですかー?」

唯「お嬢さん、お花を一つくださいな」おずおず

梓「はい!えっと、どちらからお声を?」

唯「こっちだよー」フリフリ

梓「あっ、すみません」

唯「!(この子、目が見えないんだ)」

梓「どうぞ。ひとつ400円です」

唯「(ぐ、けっこう高いね……こうなったら1000円札さまの出番だ!)」

唯ちゃんはポケットからなけなしのお金を取り出すと、花売りの手に握らせました

唯「はい。おつりはいらないよ!」ギュッ

梓「えっ? そんなの悪いですよ」

梓「しかもこれ10000円じゃあ……だめです!今すぐおつりを!」ワタワタ

唯「(ま、間違えて一万円渡しちゃったー!?)」

唯「(どどどどうしよう、いまさら返してなんて言えないし……)」

梓「お客さん!お客さん!もう行っちゃったのかな……どうしよう」

唯「(まだいるよ、お嬢さん!)」

梓「すてきな声の人だったな……きっと綺麗なお金もちの女のひとなんだろな」

唯「……」

梓「どんな人なんだろう……」

梓「私なんかとは違って教養があって、かわいいお洋服を着てて……」

梓「やさしい人なんだろうな」

唯「(なんか夢見ちゃってるみたい)」

唯「(お金は惜しいけど、このまま居なくなった方がいいかもね)」

梓「あの方、また来てくれるかな」

唯「(機会があったら。ばいばい、かわいいお嬢さん)」



よる!

唯「今日は散々だったなあ。食べものにはありつけないし、お金はほとんど使っちゃうし」

唯「ふふっ、それにしてもあの子、私をお金もちと勘違いするなんて」

唯「やわっこくてあったかい手だったな……ひとに触れたのなんかいつぶりだろ」

唯「このお花、いいにおい」クンクン


唯ちゃんはおなかこそ空いていたけれど興奮がおさまらず

寝床探しをかねて川沿いの道を散歩することとした

唯「きみを見てるといつもハートどきどきー♪」

唯「揺れる思いはましゅまろみたいにー」


歌う唯の目前をとぼとぼと歩く人影があった

街一番の金持ちの琴吹紬である

紬「はあ……」

この紬、今宵で命を絶つ決心をしていた

若くして良家のあるじとなることの精神的負担は想像にあまる。

おそらくは現代でいう鬱病の気があったのだろう


唯「あの人なにしてるんだろう……」

唯「岩と自分の体をロープに結んで、これって……自殺!?」


紬「もう何もかもおしまいよ!そおれ!」

唯「ちょっと待ったー!」ガシッ

紬「いや!やめて!邪魔しないで、私は死ぬのよ!」

唯「だだだ、だだだだだ!」

紬「だだだってなに!」

唯「だめだよう!死ぬなんて、にんげん命あってのものだよ!」

紬「だからその命を捨てようって言ってるの!放して!」

唯「だめ!おちついて!」

紬「放してえ!」バシーン

唯「ひゃっ」


ぼちゃーん

紬「あら、なにもあの人が落ちることないのに・・・」

唯「おたすけー、わぷっひわあ」

唯ちゃんは泳げなかった


紬「さあ、この手につかまって」

唯「ひいい・・・はぁっ、はぁっ、死ぬかと思った・・・」

紬「だいじょうぶ?」

唯「と、ともかく死ぬなんてだめだよ・・・!なにがあっても生きていくんだよ!」

紬「・・・」

唯「ねえ、私をごらん。一文無しで服もこんなにぼろぼろだけど、案外楽しくやっていけるよ」

唯「そりゃたまにはつらいことやくるしいこともあるけど」

唯「それでもさ、愛と勇気をもてば楽しく生きていけるんだよ!」

紬「・・・ぐすっ、でもわたし、もうどうしたらいいのかわからないのよ」

唯「ほんとにつらい時はさ、ちょっと休憩して歌でも歌えばいいんだよ!」

紬「歌?」

唯「うんっ!」

唯「きみをみてるといつもハートどきどき♪」

唯「ゆれる思いはましゅまろみたいにふーわふわっ」

紬「ふふ、なんだか楽しい歌ね(でもどうしてこのタイミングで恋の歌なのかしら・・・)」

紬「分かったわ!わたし、自殺なんてもうよすわ!」

唯「! よかったー」

唯「さ、それじゃそんなロープなんてもう外しちゃって」グルグル

紬「ありがとう、あなたは命の恩人ね」

唯「えへへ、それほどでも・・・あれ、このロープなんかむずかしい・・・」

紬「いいえ、ぜひお礼がしたいわ!」

唯「いいよお、そんなの」テレテレ

紬「私の気が済まないの、おねがい。・・・こんな岩とはもうおさらばよ、えいっ」

唯「ちょっ、まっ、私の手にロープがからんでひゃああ」


どぼん

紬「あら?」
唯「ひえええええ」バシャバシャ


……

ともあれふたりは意気投合し街へと繰り出したのであった

紬と唯は身分こそ違えどすっかり気があい、

大いに飲み、大いに食べ、笑いあい小粋な歌を歌って一晩を明かした




あさのまち!


ぶろろろろろ・・・

唯「ふうう、私たちたいそう飲んだねー」

紬「飲んだわー」

カッチカッチカッチ

唯「ところでムギちゃん?」

紬「なあにい」プップー

唯「そんなに酔ってて運転平気なの?」

紬「あらあら、ほんとう?この自動車私が運転してるのー?」

唯「!?」

きききききぃ!

唯「ままま、前見て!あぶない!」

紬「うふふ」

唯「待ってムギちゃん!私が運転するから、危ない!」

紬「ありがとー唯ちゃん」

唯「ハンドルから手ー放さないで、アクセル踏みすぎ!」

紬「ここが私の家よー」

唯「ふう、死ぬかと思った・・・あれ、ここって」

唯「あの子が花を売ってた通りの近くだ……」

紬「ういーっ。唯ちゃん、どうかした?」

唯「う、ううん。なんでもないよ、ムギちゃん。この車いいクルマだね!」

紬「気に入ったならあげるわ」

唯「えっ、悪いよお」

紬「うふふふふ、おーい、斎藤ー?私が帰ったわよー」


がちゃり

斎藤「お帰りなさいませ、紬お嬢様」

紬「うふふーたーだーいーまー。私の留守中に電話とかあったかしら」

斎藤「ありません。お嬢様、ずいぶんお酒をお召しになったようで・・・」

紬「ほほ」


唯「お、お邪魔しまーす」

斎藤「・・・どなたでございましょう」ジロジロ

唯「へ?えっとわたしムギちゃんのお友達でー」

斎藤「お引き取り下さい」

唯「え?で、でもムギちゃんが」

斎藤「お引き取り下さい」

唯「で」

斎藤「お引き取り下さい」

唯「・・・」



菫「お嬢様お帰りなさい。昨晩はどこで―」

紬「まあ、すみれちゃあん!」ガバッ

菫「きゃっ!? ・・・お嬢様お酒くさい」

紬「菫ちゃんはいいにおいよ」クンカクンカ

菫「お嬢様また酔ってぴゃあああ///」

紬「結婚しよ?ね?結婚しちゃお、す・み・れ?」モゾモゾ

菫「やめてだめですお嬢さあああああっ!?」

……

斎藤「お引き取り下さい」

唯「けちんぼ、もういいよ!」


唯「・・・ちぇっ」

がっかりして踵を返した唯ちゃんの耳に

覚えのある声が聴こえてきた


お花はいりませんかー…


唯「この声!」


それは昨日の少女だった

梓「綺麗なお花はいかがですか?」

唯「(あの子、今日もここに来てたんだ)」

唯「(えへへ、やっぱりかわいい子だなあ……)」

梓「お花はいりませんかー」


唯「そうだ、ムギちゃんに頼んで……!」


……

菫「オヨメニイケナイ・・・」

紬「すっきりしたわー」ピッカー

菫「あはは・・・」

紬「ところですみれちゃん、私のお客さんは?」

菫「お客さん?ですか?」

紬「ええ、私の命の恩人で友達なんだから!」

菫「さあ、私は見てませんけど・・・」



唯「ムギちゃんの家ー、ムギちゃんの家ー」

唯「あ、でもあの執事さんが入れてくれるかな……」


「サッイトオオオオオオオオオオオオ!」ドオオオン


唯「わっ!?びっくりした、今のなに!?怪獣!?」


「私の友達をどこにやったのおおおおおおおおおおお!!」

「しかしお嬢様……」

「今すぐいれてさしあげなさい!今すぐよ!」

「しかし」

「サイトオオオオオオオオオっ!?」


唯「……」


がちゃり

斎藤「失礼。平沢様、お嬢様がお呼びです」

唯「あ、はい……」オズオズ

斎藤「……」

唯「……(ムギちゃんは怒らせないようにしよう)」


紬「唯ちゃーん!!会いたかったわああ」ガバッ

唯「えへへ、さっき別れたばっかだよう」

紬「ねえ、唯ちゃん、私と結婚しましょ?ね?」

菫「え……」

唯「結婚はしないけど・・・」

唯「ねえ、それより、その頼みづらいんだけど……そのう」

紬「なあに?」

唯「花を買いに行くから、お金を貸してくれる?」

紬「お安いごようよー。このくらいで足りるかしら?」

唯「こんなに!?充分だよ、ありがとう!じゃあちょっと行ってくるねえ」

紬「はあい、行ってらっしゃ~い♪」

唯「あっ、そうだ。車もちょっと借りていい?」

紬「いいわよお……なんだか私ねむくなってきたわ」

唯「ありがとうムギちゃーん!!」


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最終更新:2011年08月11日 21:52