……

たったったったっ ぴたり


唯「やあ、お嬢さん。ご機嫌うるわしう」

梓「その声は……昨日のお花を買ってくれた方?」

唯「えへへ」

梓「ごめんなさい、昨日お釣りを渡しそびれちゃって」

梓「今すぐ用意します!えっと、あれ、ここに財布が、あれ?」ワタワタ

唯「お釣りはいいから、今日はこのお金で買えるだけの花を売って欲しいのだけど、いいかな?」

梓「えっ、そんなこんなに……」

唯「だめかな?」

梓「だめなんてそんな!もう全部持ってちゃってください!」

梓はカゴいっぱいの花をすべて唯に渡した

唯「わあっ、ありがとう!」

唯「ねえ、名前をきいてもいい? 私は唯っていうんだ」

梓「あ……わたし、中野梓と言います」

唯「うーん、あずさ……あずにゃん、って呼んでもいーい?」

梓「にゃん!?」

唯「うん、なんか猫みたいだからあずにゃん」

梓「ね、猫って……恥ずかしいです……」

唯「あずにゃんは照れ屋さんなんだ」

梓「そのあずにゃんって呼ぶのやめてくださいよう!」

唯「照れちゃってかーわいい!」ぎゅっ

梓「ひゃっあ!なにしてるんですか!?」

唯「あずにゃんに抱きついてるんだよ?」

梓「や、やめてください!(ううう///ちょっとこの人へんな人なのかも……)」

唯「ちぇー」

梓「……ふう」

唯「ねえ、あずにゃんさん、もしよかったらで良いんだけど」

梓「はい?」

唯「あのね、私は車を持ってるの!」

梓「は、はい。……なんのお話ですか?」

唯「そう、それでね、もしあずにゃんがよかったらでいいんだけど」

唯「もうお花売りの仕事がこれでおしまいなら、あずにゃんのお家まで私の車で送っていってあげたいなって思うんだけど……どうかな」

梓「だめなんてそんな!でもいいんですか?」

唯「えへへ、私があずにゃんとドライブしたいんだよー」

梓「えっと……じゃあ、よろしくお願いします」

唯「やった!きまりだね!」

梓「その……」

唯「ん?」

梓「すごくうれしいです、唯さん。ありがとうございます」

唯「へへ。それではお嬢さん、お手を拝借。車を置いたとこまで連れてってあげるからね」


唯ちゃんはおずおずと出された梓の手を掴んで、紬の屋敷へ引き返した

唯「(やっぱりあったかい♪)」


唯「あずにゃんは何歳?」

梓「17です」

唯「じゃあ私が一個上なんだ」

梓「そうなんですか? もっと上かと思ってました」

唯「ええ~っ、私の声ってそんなに老けてるかなあ」

梓「ちがっ…!その、唯さんは大人っぽいから……」

唯「そーかなー」

梓「(あれ?あんまりおとなっぽくないかも……)」

唯「あずにゃんより私の方が年上だから唯先輩って呼んでもいいよ」

梓「……唯さんって変わった方ですね」

唯「唯先輩って呼んでくれない……」ガーン



紬ちゃんのやしき!

斎藤「これは平沢様」

唯「うむ。斎藤君。」

斎藤「…?」

唯「この花を花瓶に挿しておいてくれたまえ。私はこれからこの車でこちらのお嬢さんを家まで送って差し上げる。」

唯「ではよろしくたのんだよ執事の斎藤君」エッヘン

斎藤「……」


梓「(す、すごい。お家に執事さんまでいるんだ……)」


唯「さ、あずにゃん行こっ」

梓「はい。私、車に乗るのってはじめてです」

唯「怖くないからねー、あずにゃん」

梓「怖くなんてありません」

唯「そう?じゃあ行っくよー!」

……

唯「――さ、着いたよ。」

梓「もう着いたんですか?」

唯「ではもう一度お手を拝借、降りるとき気を付けてね」

梓「はい、大丈夫です」

唯「あずにゃんの手は小さくてかわいいね」

梓「びっくりしますから、へんなこと言わないでください!」

唯「ここがあずにゃんの家かあ。素敵なとこだね」

梓「狭いアパートですけど、唯さんみたいなお金もちの人とは住む世界が違いますから……」

唯「ぎくっ」

梓「?」

唯「あはははは……」

梓「唯さん、今日は本当にありがとうございました」

唯「ううん、それより時々ここに会いに来てもいい?」

梓「唯さんが来てくれたらうれしいです」

唯「ほんとう?」

梓「もちろんです!」


二人は何度も何度もさよならを言って

それから梓はアパートの階段を上って自分の部屋へと帰っていった


梓「憂お母さん、ただいま」

憂「おかえり、梓ちゃん。今日はずいぶん早かったんだね」

梓「ねえお母さん!私またあの素敵な女の人に会ったんだよ!」

憂「昨日梓ちゃんが言ってた人?」

梓「うん!その人がここまで車で送って来てくれたの!」

憂「梓ちゃん、よっぽど嬉しかったんだね」ニコニコ

憂「恋する乙女の顔になってるよ?」

梓「にゃっ///? もう、なに言ってるのお母さん!そんなんじゃないもん!」

憂「えー?」

梓「いい人だけど、なんかちょっと変わった人なんだ」

梓「…………やさしい声で…」

憂「(やっぱり梓ちゃん恋してる)」



貧しい親子が和やかな会話を交わす家の外

唯ちゃんはひとり罪悪感に萎れていた……

唯「嘘ついちゃった……」


唯「なんであんなに見栄はっちゃったんだろう……」

唯「もし私がただのホームレスだってばれたら、きっとあずにゃん軽蔑するよね……」

唯「……」


……

紬の家

菫「紬お嬢様、起きてください。お嬢様」ユサユサ

紬「ん……ふあぁ……菫ちゃんおはよう」

菫「おはようございます。そろそろお出かけの時間ですよ」

紬「わかったわ。ありがとう……ん、なんだか頭が痛いわ。風邪かしら……」

菫「お嬢様、お酒が……」

紬「菫ちゃん、首のとこにアザみたいのが出来てるわよ。どこかにぶつけたの?」

菫「!」サッ

菫「これは、えっと、紬お嬢様がぁ…///」ゴニョゴニョ

紬「? 大丈夫、痛くない?」

菫「はい、痛かったというか嬉しかったというかむしろ気持ち…なんでもないです!」

紬「気を付けないとダメよ、女の子なんだから」

菫「あ、はい(……この様子だと寝る前のことは覚えてなさそうだなあ)」ハア

紬「着替えを手伝ってくれる?」

菫「はい!よろこんで!」

斎藤「いえ、ここは私が」

紬「あなたはさがってなさい」


がちゃり

紬「……それにしても頭が痛いわ」ズキズキ


唯「はー……」


紬「え?私の車に知らない人が乗ってる…!?」

唯「あ、ムギちゃーん!車ここに置いとくねー」

紬「あの……どちらさまでしょう?」

唯「やだなあ、私だよー。ムギちゃん忘れちゃったのー?」

紬「どなたかは存じませんが私はこれから出かけますので……」

唯「……ムギちゃん?」

紬「ともかく私の車から降りなさい!」

唯「うん……ごめん」


あぜんとする唯を残して紬の運転する車は慌ただしく発進した


唯「ムギちゃん、どうしたんだろう……」


がちゃり

菫「あ……平沢様、でしたよね」ペコリ

唯「うん。キミはムギちゃんの妹さん?」

菫「妹だなんてそんな!私はただの召し使いです」

唯「そうなんだ(服かわいいなー)」

菫「それより、お嬢様がなにか変なこと仰りませんでしたか」

唯「あ、そうなんだよ!ムギちゃんったら昨日あんなに仲良くなったのに、なんだか急によそよそしくなっちゃって」

菫「やっぱり」

唯「やっぱり?」

菫「はい……紬お嬢様はお酒を飲むと人が変わったようになってしまって
  いろんなことをやらかすんですけど、酔いが覚めるとなにもかもすっかり忘れてしまう
  という癖の持ち主なんです」

唯「それってかなり危ないんじゃ……」

菫「そういうわけで今のお嬢様は平沢様のことを覚えてらっしゃらないのではないかと」

唯「せっかく友達になれたのになあ」

菫「すみません平沢様……」

唯「様なんてつけないでよー、えっと……」

菫「菫と申します」

唯「菫ちゃん、かわいい名前だね」

菫「!?(かっかかかかわいいだなんて…もしかして私口説かれてる!?)」

唯「見たところおんなじくらいの歳なんだし敬語も使わなくていいよお」

菫「いっ、いえ!そんなわけには行きません!平沢様はお嬢様の命の恩人です!」

唯「命の恩人……」

菫「お嬢様から聞きました。お嬢様の恩人なら私にとっても大の恩人です」

唯「そんな大層な人間じゃないよ私……」

唯「むしろひどい人なんだよ……どぶの中のヘドロのような女なのさ…あはは」


菫「あの、なにかあったのですか?私でよければ相談に乗りますけど……」


唯ちゃんは経緯を菫に話した

貧しい花売りの梓と出会ったこと

身分を偽って彼女に近づいたこと

唯「――と、こういうわけなんだ」

菫「そうだったのですか……」

唯「ほんとの私はただのニートのホームレスなのに……ムギちゃんの車でお金もちの振りなんかして」

唯「あはは、ばかみたいだよねー……」

菫「平沢様……」

唯「……」はあ

菫「……」

唯「(わたし、このままじゃダメだ)」

しばしの沈黙のあと、唯ちゃんは立ち上がった

唯「……わたし、働くよ!」

唯「働いてほんとのお金もちになるんだ!」

菫「唯さん、その意気です!」

唯「おお!やるぞお!…………でも働くってどうすればいいんだろう?」

菫「琴吹家の力で仕事を紹介してあげられるかもしれません」

唯「ほんと?菫ちゃんありがとー!ぎゅーっ!」

菫「ひゃあっ!?平沢様いけません!私にはお嬢様という人が……はあん///」

唯「!?」



こうして唯ちゃんは働き始めたのだった


職場と梓の家を往復する生活が始まった

愛する少女のためとはいえ、しごとは楽ではない


唯「ちこくちこくー!」ドタバタ

澪「またかお前は……」

唯「ごめんなさい上司の澪ちゃん」

澪「まったく!次遅刻したらクビだからな!」

唯「はあい……もう、澪ちゃんったらかわいいんだから怒んないでよ……」

澪「か、かわいいってそんな///」

唯「?」

どうやら唯の声には魔力のようなものがあって

そのスウィートボイスをささやかれると思わずきゅんっとなってしまう作用があるようだが

しかしそんなことはこの話にはなんら関係がない


澪「とっ、ともかく!さっさと仕事だ仕事!」

唯「はーい」


職場は市の嘱託を受けた清掃局

唯は毎日そこから荷車を曳いて、市内の塵芥馬糞人糞犬の糞に屁の河童を回収してまわる

なんとも鼻の曲がる話であるがロマンスにあらずもがなの情景はつきものと御了解願いたい


唯「ううっ、ひどいにおいだよ~」

唯「お馬さんはどうしてこんなにウンチをするのかな、ちょっと食べすぎなのかな」

唯「それにこんなにあちこちしていかなくってもいいのに!」プンプン

唯「せめてどっか一か所に決めてくれれば……」

唯「そうだ!いいこと思いついたよ!」


ウマ「ヒヒーン」パカラッパカラッ

唯「こうして馬車を牽くお馬さんの後ろについて……」

御者「あのー……」

唯「あっ、お気になさらずです!」

御者「……」

ウマ「ヒヒヒヒーン」パカラッパカラッ


唯「まだかなー、まだかなー……」

ウマ「ヒヒーン……」ブルッ

唯「――――――いまっ!」


馬がそのかすかな「徴候」を示した瞬間を唯ちゃんは見逃さず

卓球のラケットを返すような仕草で馬の肛門の真下にゴミ袋をあてがった

神技である

ウマ「ヒヒーン……////」プリプリプリ

ウマが排泄を終えるころには どっしり とした重量が収まるべきところに収まったのだった


唯「上手くいったよ!やった!……って手にちょっとついてるひゃああ!」

ウマ「ヒヒーン!」


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最終更新:2011年08月11日 21:53