―それからさらに数日後

私は大学が始まるまでの間、誰とも会うことなく自宅に引きこもっていた。
その間もよくムギちゃんから電話が来ていたけど、私はそれを無視し続けていた。

それからムギちゃんだけではなく、みんなからもよく電話がかかってくるようになった。
私はみんなからの電話も無視し続け、気が付けば着信履歴は一日で50件を超える程だ。
もう放っておいてほしい…それがその時の私の本音だった。


そして、それからさらに数日後

唯「…はぁ」

私は部屋で一人ため息をついていた。
しばらく続くこの憂鬱感も、当分続くんだろう…

コンコン…

「…お姉ちゃん、起きてる?」

ドアの向こうで憂の声が聞こえる。
私は鬱陶しそうに返事をした。

唯「…起きてるよ」

「おいなんだよその声は!」

唯「えっ!?」

私は驚いてドアの方に注目した。
だって…この声は…

唯「…りっちゃん?」

「だけじゃないですよ、私もいます」

「私もだよ」

「まったく…こんな真昼間から部屋に引きこもってるなんて…」

次々と聞きなれた声が聞こえてくる。
もしかしてみんな、私が電話に出ないからってわざわざ会いに来たの?

唯「…みんな、何しに来たの?」

律「何しにって…唯に会いに来たんだよ」

梓「そうですよ、早くドアを開けてください」

がちゃがちゃ…とドアノブを捻る音が聞こえる。
普段私は部屋に鍵をかけることなんてないのだが、あの日以来部屋に鍵をかけるようにしている。 だれにも部屋に入ってきてほしくないから…憂にも…

唯「…帰ってよ」

澪「えっ?」

唯「お願いだから帰ってよ!」

私はドアに向かって叫んだ。感極まって涙まで出てきてしまったが、ドアが開かない限りこの涙を隠すことはないだろう。

ドアの向こう側が静まり返り、部屋には私のすすり泣く声が響く。
今みんなはどんな表情でいるのだろう。きっと私に呆れているんだろうな。

律「…唯、泣いているのか?」

澪「なぁ唯、ここを開けてくれよ」

唯「…無理だよ…開けられないよぉ…ひっぐ…」ポロポロ

梓「みんな唯先輩のことを心配してますよ?」

唯「うぅ…」ポロポロ

それはわかっている。わかっているからこそこのドアは開けられない。
みんなの優しさが、今の私には辛すぎるから…

律「…無理に開けなくてもいい、だから聞いてくれ」

律「唯、お前ムギと別れたんだってな」

澪「お、おい!今ここで言うことじゃ…!」

和「いいから…ここは律にかけてみましょう」

律「唯、お前は本当に大馬鹿野郎だな」

唯「…!」

律「せっかく頑張って手に入れた幸せを自分から手放すなんて勿体ねぇ真似しやがって」

唯「……」

…返す言葉もない。
でもこれは仕方がないことだったんだよ…

律「おまけにそのショックで部屋に引きこもるなんて…自分で別れるって決めたんだろ?」

唯「……」

梓「り、律先輩!そのことに関しては私が悪かったんです!だから…」

律「梓は黙ってろよ。確かに間接的に梓は関わってるかもしれないけど、今悪いのは唯だよ」

梓「で、でも…!」

律「いいから、私は唯と話をしてるんだ」

律「…ムギから聞いたよ。梓が唯のことを好きだってこと聞いたんだってな」

唯「…聞いたよ」

律「だからムギと別れるって?馬鹿かお前」

唯「…!」

律「ムギの気持ちはどうすんだよ。お前は梓の気持ちに対する罪滅ぼしをしたつもりなのかも知れねえけど、ムギはどうすんだ?」

唯「……」

律「どうするか考えてなかったんだろ?自分のことで精一杯だったからさ」

唯「…うるさい」

知った様な口をきかないでよ…
こうするしか方法はなかったんだから…他にどんな方法があったって言うの?

律「なんだ?怒ったのか?お前みたいな馬鹿でも怒ることなんてあるんだな!」

唯「うるさい…!」

馬鹿にするのもいい加減にしろ…
ならりっちゃんにはどんな解決方法があったって言うの!?
なにもないくせに…偉そうなこと言わないでよ!

律「なんだ、聞こえねえぞ!もっと大きな声で喋ってみろよ!」

唯「うるさいっ!!!」

律「なんだよ、悔しいのか!?悔しかったらかかってこいよ!」

…ダメだ、ここでドアを開けてしまう訳にはいかない。
悔しいけど我慢だ…

唯「……」

律「…かかってこいよ!!!」

澪「律!少し落ち着け!」

律「澪は黙ってろよ!」

澪「ここに来た目的を忘れたのか!?唯に追い打ち掛けてどうすんだよ!?」

律「だってこいつは…!」

澪「いいから…落ち着いて話せよ。唯が心配なのは知ってるからさ…」

律「……わかった」

和「…ねぇ唯、あんたを一番心配してたのは律なのよ?だから許してあげて…」

唯「…うん、ごめん」

律「私もごめん…なぁ唯、やっぱりお前は馬鹿だよ」

律「お前は…この三年間何を見てきたんだよ」

唯「……」

その話は前に聞いた。
でもこればかりはみんなを信じてどうにかなることじゃない。
どうにもならないことだったんだよ…これが私なりのケジメの付け方なんだから…

律「…わからないならいい。後でもアルバムを見てくれ」

唯「アルバム…?」

律「あぁ、それを見ればみんなの気持ちがわかるさ」

唯「…わかった」

律「それじゃ私達、そろそろ帰るわ…あ、そうだ。ムギから伝言なんだけど、別れても私達は素敵な友達でいよう…だって」

唯「……」

律「…あと、怒鳴って悪かったな…それじゃ…」

りっちゃん達が帰った後、私はアルバムをぱらぱらとめくった。
そのアルバムの中の私達は、常に笑顔でとても楽しそうにしている。

唯「……」

それを見て初めて気が付いた。もうこの頃には戻れないと…
寂しくたって私にはみんなに会う資格なんかないんだと…

結果、このアルバムはりっちゃんの言葉の意味を教えてはくれなかった。
残ったのは酷い喪失感だけ。

……


唯「あ…あ…」ポロポロ

でも今は違う…りっちゃんの言っていた言葉の意味がようやく分かった。
この意味を知って、私の涙はとめどなく溢れ続けていた。

だって…最後のページのそこには


                唯への寄せ書き

このページは我が軽音部のエース、平沢唯の為に特別に設けたページである!
みんな、唯に対する日頃の思いをここに書き記せー!


色々あったけど、なんだかんだで楽しかったよ。
唯が入部してくれてなかったらこの部は廃部だったんだもんな。ありがとう、唯。
                      秋山澪

初めて見たときからずっと好きでした。
でもこの恋は決して成就することなどないって思っていました。
だから今、私は唯ちゃんと付き合えてすごく幸せです!
大学に行っても仲良くしましょうね♪
                           琴吹紬

先輩と一緒に部活を続けられて、本当に楽しかったです。
また一緒に演奏しましょう!その日を楽しみにしています!  
                            中野梓


もっとお菓子が食べたいので卒業しないで下さい
                          山中さわ子

高校生活もあっという間だったな。本当に楽しかったよ。
でもお前があの日入部しなかったら、私達はきっとここまで楽しむことは
できなかったと思う。だからこの場をかりて言わせてくれ。
唯、軽音部に入部してくれて本当にありがとう!                    
                           田井中律


 何があっても私達は仲間だ!私達が一番輝いていた「この時代」を忘れないように!
                           軽音部一同


そうだ…私達は何があっても仲間なのに…
あの日りっちゃんはこの事を言いたかったんだ…
なのに私は…あの時すでにあの頃のことを忘れていたんだ…

唯「ごめんなさいみんな…ごめんなさい…!」ポロポロ

溢れる涙が止まらない…私はなんて取り返しのつかないことを…!

唯「また戻りたいよぉ…!あの時代に戻りたい…!」ポロポロ

私は震えるその手で携帯電話を掴む。
まだみんなの番号は残っていた。みんなとは二度と会うつもりなんて無かったのに…
私は消せないでいたんだ…

私はまずりっちゃんに電話をかけてみた。
携帯を持つ手に力が入る。

唯「…お願い…出て!」ポロポロ

がちゃ

「この番号は現在使われていないか…」

唯「え…?」

頭の中が真っ白になる。
それだけ大事なもの手放してしまったんだ。

「この番号は使われていないか…」

唯「そん…な…」

私は全員に電話をかけてみた。でも、結果は全員同じだった。
携帯を握る手に力がなくなり、それはするりと指の間を滑り落ちる。

唯「なん…で…どうして…?」

なんで?これは当然の報いだ。今まで仲間達を避け続けてきたんだから。
今更仲間面したってもう何もかもが遅すぎる。

唯「もうみんなには…会えないんだね…」


深い絶望が私の体を包む。
もうあの頃に二度と戻れないなら…

…生きてたってしょうがないよね。

私は台所に立ててある包丁を手に持った。

唯「…これで、私はあの頃に帰ることができるのかな?」

誰に聞いているんだろう。それに死んだってあの頃に戻れる訳じゃない。
…それでも、今よりはずっとましだよね。

唯「…さようならみんな…ばいばい、今の私…」

今までの記憶が一気に甦る。
楽しかったこと、悲しかったこと、がんばったこと…
そのどれもがあの時代のことばかり。

私は今からこの素敵な思い出の中に戻ることができるんだ。
楽しみだな…じゃぁ、今から行くね


もし私が生まれ変わっても、次は決してあの時代を忘れない。

ジリリリリリリリ!

唯「…え?」

私が包丁を腹に突き刺そうとしたその時、勢いよく目覚ましー太が鳴った。
なぜ?どうしてこの時間に?

唯「…まぁ、今から死ぬ私には関係ないか」

ジリリリリリリリリリリ!

唯「……」

ジリリリリリリリリリリ!

唯「……」

ジリリリリリリリリリリ!

唯「あーもううるさいなぁ!」カチッ

プルルルルル  プルルルルルル

唯「…今度は電話?」

一体誰だろう?
これから私は死のうと思ってるのに…

唯「はいもしもし平沢です!」

「あ、お姉ちゃん!」

唯「…憂?どうしたの?」

「お姉ちゃん次いつ休み?」

唯「土日だけど…どうして?」

「そう!なら土日は必ず帰ってきてね!」

唯「え?どうして?」

「いいから!それじゃみんなで待ってるからね!」

がちゃっ

唯「あ…ちょっと憂!…切れちゃった」

なんだろう、随分急だなぁ…それにみんなって…
…みんな?

唯「みんなって…まさか!」

今の私になら憂の言う「みんな」が誰なのか分かる様な気がした。


―土曜日

唯「う…ん…」

唯「ふわあああ、まだつかないのかな」

ガタンゴトン…ガタンゴトン…

私は外の風景に目をやった。
昔懐かしい景色、ここらはあの頃から何も変わってないなぁ
まるであの頃に戻ってきたみたい。えへへ…変なの、いつも来る時はこんなこと考えないのに。

ガタンゴトン…ガタンゴトン…

唯「……」

ガタンゴトン…ガタンゴトン…

唯「………」

ガタンゴトン…ガタンゴトン…

唯「……zzz」

唯「よーし、ついた」

私は荷物を持って電車から降りる。
すると下りた途端、懐かしい風が私の髪を優しくなでた。

私の心は今までと違う、まるで積荷を下ろしたみたいに軽い。
その軽くなった心を風がすりぬけていく。
こんな感じは久しぶりだ。

唯「…なんだかあの頃に戻ったみたい」

何も考えてなくて、心がいつも穏やかだったあの頃に。
…でも、そう思うだけで戻れた訳じゃないんだ。
もうあの頃には戻れない、だから私はせめて…

「唯ー!!!」

「お姉ちゃんこっちー!!!」

「せんぱーい!!!」

「唯ちゃん♪」

唯「あ、みんなー!!!」


もう二度と、あの時代を忘れない。


唯「やや!」      ~おしまい~



最終更新:2010年01月22日 17:48