…………
律「……でさー」
澪「お前、それは……」
紬「まあまあまあ……」
梓「でもそれって……」
いつもの放課後の部室。私たちはいつもの通り、お茶を飲みながらケーキを食べ、 雑談に花を咲かせていた。
ただ、私が先ほどから一言も喋らないことを除いて
律「唯……、お前なんかあったのか?」
いつもと違う私の様子に、りっちゃんが少し気を使ったように聞いてきた。
唯「……なんで?何もないよ」
私は平静を装った。りっちゃんは納得していない様子だ。
すると
梓「……何もないなんてこと無いでしょ。どうしたんですか」
唯「……」
……きた。この子だ
梓「……?」
私が黙っていると、この子は不思議そうに私の様子をうかがっていた。
どうしてそんな仕草まで……
沈黙に耐えかねて、私は口を開いた。
唯「……あんたには関係ないでしょ」
梓「……!」
律「え」
紬「ふぇ?」
澪「ゆっ……?」
……おどろいた。
自分でも恐ろしくなるほど冷たい声だったから。
あずにゃんだけじゃなくて、他のみんなまで驚いていた。
唯「……」
ツカツカツカ
しかし、これはチャンスだと言わんばかりに、私はあずにゃんに近づく。
唯「……」
梓「あ……あの……」
あずにゃんは怯えたように、私を見上げる。
……ちっちゃくて、かわいい
唯「ちょうどいいや……私、中野さんに話あったんだあ……」
梓「な……なんで中野なんですか……?」
唯「……大事な話だからだよ」
……そう、とっても大事な話。
なのに、どうしてあずにゃんは、ほっぺを少し赤くしてるの?やめてよ
……期待、しちゃうじゃん
唯「私あんたのことずっと嫌いだったんだぁ」
梓「……えっ」
嘘
唯「……ずっとムカついてたんだぁ……」
唯「あんたいつも偉そうにして……」
唯「後輩が自分一人しかいないからって調子こいてんじゃないの?」
嘘、嘘、嘘
梓「そ……そんなこと……」
唯「それにさぁ……」
ガシッ
梓「っ!」
私はあずにゃんの細くてきれいな腕をつかむ。
いとしくて、頬ずりしたいけど
唯「あんたいつも私のことバカにしてんでしょ?」
梓「な…んで」
唯「私より頭も良いし、ギターだって上手いしさぁ」
これはほんとのことだ。
あずにゃんが、呆然とした顔で、私を見つめている。
唯「顔だって私なんかよりずっと可愛いし……」ギュッ
これも、ほんと。
いますぐ抱きしめたい。
唯「他にも私よりずっと良いとこだらけだし……」
唯「……ずっと私のこと見下してたんでしょお?」
……もしそうだとしても、私は……
梓「やっ……やだあ……」ポロ……ポロ……
ああっ……あずにゃんが泣いちゃった……
こんな…こんなこと……
わたしが……全部わるいのに……
律「っ……おい!唯やめろ!」ダッ
ガシッ
唯「っ!……」ガタン
見かねたりっちゃんが、わたしを突き飛ばして、あずにゃんのもとに駆け寄る。
わたしとあずにゃんの距離は、大きく開いてしまった。
梓「ふぇえ゛……っ……う゛え゛ぇっ……」グスッ
澪「梓!……大丈夫か?」
紬「どうしたの唯ちゃん?梓ちゃんと何かあったの?」
泣き止まないあずにゃんの傍に、他のみんなも集まる。
私は、ごく淡々とした口調で、こう言った。
唯「……どうもこうも、今言った通りだよ」
唯「私は、中野さんのこと大嫌いなんだよ」
……嘘
律澪紬「……!」
梓「……!……うえ゛え……っええ゛え゛え゛え゛……」ボロボロ
律「……ゆいっ!」ドンッ
唯「……っ……ごめん、私今日帰るね」
律「おい待て!梓にあやまれ!」
唯「……じゃあ、またね」
ガチャ バタン
……
和「あっ、唯」
唯「……」
和「どうしたの?軽音部のみんなはどうしたの」
唯「……」
和「……唯?」
スタスタスタ……
……
ガチャ
憂「あっ、お姉ちゃんおかえり」
唯「……ただいま」
憂「……?」
憂「今日は帰り早いね。部活無かったの?」
唯「うん……」
唯「ちょっと……ごめん」
タッタッタッ
憂「ああっ、おねえちゃん、お弁当箱だしてってー!」
「……あとでだしにいくよ」
憂「……はやくしてねー?」
……
ガチャ
唯「……」
バタン
唯「……」
唯「うっ……」ジワ…
唯「ううっ……うええ゛えっ……うええ……」ボロ…ボロ…
ペタン
唯「うあっ……うあああ゛あ゛あん……」ボロ…ボロ…
ある日、私は後輩の女の子に、恋心を抱いてしまった。
そして今日。私はその恋心を捨てる決意をした。
……次の日……
放課後の、部室。
まだ誰もきていない。
あずにゃんは……今日、来るのかな。
……私は、後輩のあずにゃん、
中野梓ちゃんに、恋をしてしまった。
ちっちゃくて、ギターがうまくて、ネコみたくて
ときどき「ふにゃあ」ってたまらなく可愛いけど 、いつも音楽初心者の私に優しくしてくれる。
後輩なのに、可愛い妹みたいで、それでいて頼れる先輩みたいな、お姉ちゃんみたい。
そんなあずにゃんに、わたしは、恋をしてしまった。 抜群に可愛い女の子に。
そして私も、女の子である。
いくら私とて、それがどういう事かわからないわけがない。
自分の気持ちがはっきりとわかってくるたびに、パアっと心が温かくなるが、
それ以上に、氷のように冷たい不安が、私の心に押し寄せた。
何度も何度も、悩んだ。
「私のこの気持ちはいけないことなんだ」って。
夜にベッドの上で何度も何度も泣いた。
でも誰にも相談できなかった。
インターネットの相談サイトに、悩みを書き込んだこともある。
でも、その質問に対する回答は無責任な肯定や否定、意味不明な誹謗中傷などに溢れた。
とうとう誰にもこの悩みを打ち明けることができなくなった私は、自分の殻に閉じこもるようになった。
そして、殻に閉じこもるようになって、初めて気づいた。
私が、一人でこの悩みを抱えてこんな状態になるのに、
それが、仮にあずにゃんと付き合ったら、どのような事になるんだろう、と。
相談サイトに乗せられた私の相談の内容に集まった誹謗中傷の言葉を思い出し、私はゾッとした。
いやだ、だめだ。
私はこんなだから、仕方ないけど。
あずにゃんが、大好きなあずにゃんが、こんな風に貶されるなんて、耐えられない。
離れなきゃ、あずにゃんを守るために、私から、あずにゃんを、離さなきゃ。
そうしてとった行動が……昨日の……
唯「……っ」
……だめだ。思い出したら涙が出そうになる。
昨日、家に帰って部屋に入った瞬間、涙が溢れて止まらなかった。
ごめんね、あずにゃん。ごめんね。って
あずにゃんは何も悪くないのに、傷つけて、痛い思いさせて、
……泣かせちゃって、ごめんね、と
心の中で、何度も何度も謝った。
それと同時に、私は悟った。
私は、もう絶対にあずにゃんと結ばれることは無い。って。
ガチャッ
梓「……こんにちはー」
唯「……」
そうこう考えてるうちに、あずにゃんがやってきた。
私の顔を見た瞬間に、ビクッと小さく身体を震わせ、不安気な表情になった。
そして、そのまま立ちすくんでるあずにゃんに、私は声をかけた。
唯「……中野さん」
梓「はっ……はい!」ビクッ
……はは、あずにゃんたら、「中野さん」て呼ばれるのにすごく反応してる。
唯「……どうしたの?はやくこっちきなよ」
梓「は……はい」
恐る恐るいつもの席に座るあずにゃん。
何も喋らない私の様子をビクビクしながら伺っている。
あずにゃんは何しても……かわいいなあ……
唯「……中野さん」
梓「はいっ!」ビクッ
私が声をかけたら、あずにゃんは面白いくらいにビクッと身体を震わせた。
……まあ、そうさせたのは私だけどね。
唯「どうしたの?何か言いたいことあるの?」
梓「い……いえ別に……」
唯「そう……」
会話が、止まる。
最終更新:2011年08月16日 23:59