梓「……あの!」
唯「……なに」
梓「わ……私、唯先輩に……何か怒らせるような事したでしょうか……?」
恐らく、あずにゃんが精一杯勇気を搾り出して喋った言葉。
唯「……中野さん」
梓「……はい」
唯「……言いたいこと、あったんじゃん」
梓「え……あっ……」
そんな言葉に、最低の返しをした。
違う。
嘘をついてるのは、私だ。
最低なのも、私なんだ。
梓「あ……う……ごめんなさい」ジワッ
なのに、あずにゃんは、泣く。
自分が悪いんだって、思ってしまう。
唯「まぁいいよ、あずにゃんが私をを怒らせることだっけ?」
……あっ、
あせって喋っちゃったから……
梓「……はい」グスッ
唯「……別に、何もしてないよ」
梓「……え」
……気づいてないみたい。
唯「ただね、昨日言った通り」
梓「……」
私は、できるだけ淡々と喋り、威圧感をあずにゃんに与えるように努めた。
怯えた表情のあずにゃんを見てると、どうやらこの努力は実っているらしい。
唯「私はね、中野さんの事が大っ嫌い、なんだよ」
梓「……!」
出た、本日最大の嘘。大嘘。
唯「ていうか、すぐにそうやって泣くところ?そこも嫌いかも」
梓「……っ……グスッ……」ポロ……ポロ……
……またあずにゃんが泣いちゃった。
あずにゃんが泣いちゃうのは本当に嫌なのに。
私はあずにゃんの笑ってる顔が大好きなのに……
唯「……でもね、中野さん。私に嫌われても泣かずに済む方法があるんだよ?」
梓「っ……グスッ……ふぇっ……?」
淡々と、私は意地悪く喋る。
唯「……中野さんも、私のこと大嫌いになれば良いんだよ」
梓「……え」
そして、自分の心を、壊す。
……今の私は、どんな顔をしてるんだろ?
ガチャッ
突然、部室の扉が開いた。扉の向こうにいたのは……
唯「……りっちゃんたち、来てたんだ」
律「お前、梓になんて言った」
……ありゃりゃ。やっぱり扉の向こうで聞き耳立ててたみたいだね。
……こんなりっちゃんの怒った顔。澪ちゃんと喧嘩したときぶりだよ。
唯「やーん♪ りっちゃんのいけずぅ そんな怒っちゃいやあん♪」
律「ふざけんな!梓がどんな気持ちでお前に話かけたかわかってんのかよ!」
いつものノリで話しかけたらキレられちゃった。
まあ当たり前か……
唯「わかってるよお……だから答えてあげたんじゃん」
でもさ、わかってよ。
りっちゃんが本気であずにゃんを想って私を責めてるのもわかるけどさ。
紬「唯ちゃん……!なんで……」
不安そうな顔して私を責めるムギちゃんもさ。
唯「……もぉ、何回も言わせないでよお。だから私は中野さんが……」
澪「もうやめてえっ!!」
唯「……!」
澪「もうやめてよおっ……グスッ」
律「澪……」
ほら、澪ちゃんなんてさ。この空気そのものに耐えられなくなって泣き出しちゃったじゃん。
はいはい。悪いのは全部私ですよーだ。
……そうだよ、悪いのは全部私。悪い空気作ったのも怒られるようなことしたのも全部私。
全部
ぜんぶ
ぜーんぶ。
私が悪いのです。ふんす!
主な被害者はあずにゃんだね。
……でもさ、
誰か
誰かだけでいいから
わかってよ……
私のことも……
わかってよ……っ!
梓「……みなさんごめんなさい、私今日帰りますね」
気まずい雰囲気の中、あずにゃんがポツリと言った。
よし、けーれけーれ
紬「梓ちゃん……」
唯「あーあ、中野さん練習せずに帰っちゃうんだー。調子こいてるー」
ガタン!
追い討ちをかけるように私が言うと、思い切り壁を殴る音が聞こえた。
音がした方向には、りっちゃんが立っていた。
律「……お前黙ってろ」
うわ、超こわい。
これ以上何か言ったら本気で殴られそう。あっ澪ちゃん超怖がってる。
梓「……唯先輩」
唯「……なに?」
そんな空気の中、あずにゃんが私に話しかけてきた。
私はすこし驚きながら、あずにゃんの方を向き、返事をした。
梓「……私、唯先輩の言うとおりにします」
唯「……え?」
律澪紬「……?」
一瞬、訳がわからなかった。
えっ?私何か言ったっけ。さっきからいっぱいいっぱいだから思いつきで喋ってんだよねー
もちろん、みんなも意味がわかってないっぽい。
そして、私があずにゃんの言葉の意味を理解する前に―。
梓「……私、唯先輩のこと大嫌いになります。……どっか、私から見えないところに消えてください」
唯「……!」
あっ
あっ、あっ
あーはい。そうね。
さっき言ってたね。「中野さんも私のこと嫌いになればいい」って
私が言いだしっぺだったね。
律「おい……」
澪「ちょ……ちょっと」
紬「あ、梓ちゃん!?」
梓「……じゃ、そういうことで」
ガチャ バタン
一瞬の、出来事。
ただそれだけ言うと。あずにゃんはこの部屋から出て行ってしまった。
律「……おい、梓止めにいくぞ」
澪「あ、ああ……」
紬「梓ちゃん……」
りっちゃんが、何か言ってるや。
でも、何の話してるのかよくわかんない。
唯「……」
律「……唯、お前はここにいろ」
唯「……なんで?」
……ねえ。ほんとに
なんで?
なんでこうなっちゃったの?
あっ、
そうか
わたしのせいか
……
……てへっ
律「……いいから」
澪「おい、早くしないと……」
律「ああ、行こう」
ガチャ バタン
他のみんなも、部室から出て行った。
私だけが残っている。
唯「……」
みんな、いない。
唯「くふふふふ……あはははははは!」
あずにゃんもいない。
唯「あははははははは」
唯「あははははっあ……あ゛ははは……」ポロ……ポロ……
あずにゃんは、もうわたしのまえに、いない。
あっ、もうむり。げんかい
……
紬「ふぅ……はあ……」
飛び出していった梓ちゃんを引き止めるために、
私とりっちゃん、澪ちゃんは手分けして学校の中を探すことにした。
りっちゃんが一階の生徒玄関を。澪ちゃんは2年生の教室の周りを。
そして私は今は人の少ない特別教室の集まる棟を中心に探している。
しかし梓ちゃんの姿はどこにも見えず、人のいない廊下を私はうろうろしているだけだった。
どうしよう……どうしよう……
「あらー?ムギちゃん何してるの?」
私がおろおろしていると、不意に背中から声をかけられた。
ビクリと驚き、振り返ると、そこにいたのは……
さわ子「軽音部はどうしたのよー。まさか今日の活動はかくれんぼとか?」
のんきそうな顔をしているさわ子先生が立っていた。
紬「さっ、さわこ先生」
さわ子「あっ、まさかかくれんぼで最後に勝った人が一番おいしいおやつ貰えるとかってやってんじゃないでしょうね」
紬「ちっ、違うんです。あの、その」
私は、さわこ先生に今の状況を説明していいものか考えた。
説明すれば梓ちゃんを探すのを協力してもらえるかもしれないが――
でも、先生に話すことで今度は唯ちゃんの行動が問題に見られるかもしれない。
さわ子「遊ぶのもいいけど、ちゃんと部活もしなさいよね。あ、でも今日のおやつを食べてから――」
紬「せんせいっ!」
私は思わず大声を出してしまった。
先生は言葉を止め、私をじっと見つめた。
さわ子「……なにかあったの?」
最終更新:2011年08月17日 00:01