少し冷たく言い過ぎたかな。澪先輩とムギ先輩が何もわからなそうに頭にハテナマークを浮かべた。

律先輩はそのままの体勢だった。あっ、唯先輩がピクリと反応してくれた。

律先輩の方にトコトコと歩いていき、鞄からあるものを取り出した。

まあ、律先輩は中身知ってるんだろうけどね。


梓「律先輩」

律「……おーう、どした?」

梓「……これ、受け取ってください」サッ

律「おいおいラヴレターかよ……りっちゃんモテモテだなあ……」ピラッ


先輩は少しだけ薄く笑うと、白い封筒をぶっきらぼうに開け、中身の紙に目を通しだした。

その時の顔が、ちょっとだけかっこいいなぁ、と思った。


梓「……」

律「……おーい、梓 これ間違ってるぞー。何だよ今さらドジっ子キャラに方向転換かー?」


あっ、律先輩。目の下ちょっとだけ赤くなってる。



梓「……いえ、それで合ってます」

律「……これでホントにいいのか?」


……昨日泣かしちゃったからなぁ……



梓「……はやくしてください。外で憂と純が待ってるんです」

澪「……なんだよ、何持ってるんだよ、律」

律「んー? ああコレ?」ピラッ


ごめんなさい、先輩……


澪「え……」

紬「えっ……」

唯「!……」




……ごめんなさい。



梓「……退部届けです。今日をもって軽音部を辞めさせていただきます」

律先輩が、ふぅ、とため息を吐いたと同時に、澪先輩とムギ先輩がガタッと音をたてて立ち上がった。

唯先輩は真っ青な顔をして、私の方を見つめていた。

……それを少し、うれしいな、とおもってしまった。


澪「ちょっ……ちょっと待ってよ……!」

紬「梓ちゃん……!どうしてぇ……」


悲痛な声を聞いて、耳が痛いなと思いつつ、私はその原因となった人をジッ、と睨んだ。


梓「……どうして?……そんなこと、そこの人が一番知ってるんじゃないですか?」

唯「!……」ビクッ


原因となった人……唯先輩がサッと目を逸らした。この前までの威勢はどうしたのだろう……



紬「まっ……待ってよ……梓ちゃん……考えなおしてぇっ……」ポロ…

澪「あずさぁ……お前がいなぐなっだらぁ……グスッ……放課後ティータイムは……どうなるんだよ゛ぉ……」ボロボロ



梓「……ごめんなさい。澪先輩、ムギ先輩。……でも、もう嫌なんです」

梓「……私のこと嫌いな人と、私が嫌いな人が一緒に音楽やってるなんて……耐えられないんです」



律「……梓、もう書けたぞ」ピラッ


律先輩が、必要事項を書き終えて退部届を渡してくれた。
震えた手で書いたような、汚い字だなあと、少し笑えた。


澪「りつぅ!お前……!」

律「……仕方ないだろ、梓が辞めたいって言ってきてるんだから」

律「……無理に引き止めることなんてできないよ……」


静かに淡々と先輩は言った。


梓「……ありがとうございます。律先輩。あとはこれをさわ子先生に渡すだけです」


それだけで、私はその瞬間から、軽音部員ではなくなる。



澪「そんな……あずさぁ……う゛え゛っ……ひっぐ……やだあ゛……」ボロ…ボロ…


澪先輩が耐え切れなくなったのか、顔をボロボロにして、泣き出してしまった。

ああ、私はなんてひどいことをしてるんだろう……


唯先輩を、ちらりと見た。

唯先輩は視線を自分の膝の上に向けていて、その表情を伺うことはできなかったが、

顔が真っ青だということだけはここからでもわかった。


唯「……さよなら……だね」ボソッ


真っ青な顔で唯先輩がこっちを向かずに言った。


……そっか、唯先輩。私のこと止めてくれないんだ……


梓「……」

澪「……ゆいぃ……グスッ……あずさはぁ……お゛まえ゛のごと……」

律「澪!」バンッ

澪「ひっ!……」ビクッ


澪先輩が何かを言おうとして、律先輩に咎められた。

……何があったんだろう……おっと、それよりも……


梓「……そうですね、平沢先輩。でも、その前に……」

梓「……二人とも、入ってきて」

ガチャッ

憂純「……失礼します」

紬「……憂ちゃん、純ちゃん……」


部室の外で待っていてくれた憂と純を呼んだ。

二人とも気まずそうな顔……

いや、悲しそうな顔をしていた。


律「……どうして、二人を?」

梓「……手伝ってほしいことがあったんです」


二人には、まだ何をするつもりか伝えていない。

恐らく部室の外で退部届けを出したことすら寝耳に水だったろう。


梓「……みなさんにお願いがあるんです」

律「……言ってみ」


私は、すっとひと呼吸し、言った。


梓「……この部室にある、私がいた形跡を全部処分させてください」



全員が虚を突かれたような表情をした。


紬「そんな……そこまで……」

律「……わかった、もってけ」

紬「ちょっと!りっちゃん!」


悲痛な声を上げるムギ先輩をかわしつつ、律先輩は唯先輩に視線をむけた。


律「……唯、いいんだよな」


その場の全員が、唯先輩に注視した。

唯先輩は真っ青な顔で無表情を崩さずに聞こえるか聞こえないかの声で言った。




唯「……好きにすればいいんじゃない?私だってそんなのいらないよ……」




紬「ゆっ……!」


律「……」


あっ


あっ


ああ、そっか



私、本当に唯先輩に嫌われちゃったんだ……



梓「ありがとうございます。憂、純。ちょっと手伝ってくれる?」



もうなにがなんだかわからないや



憂「……うん」

純「梓……」




梓「ええと……はい、まずはこのアルバム。このアルバムから私が写ってる写真を全部抜いて」

憂「梓ちゃん……」



もう、憂

今話かけないでよ。



なきそうなかお、みられたくないんだから。


……


梓「……これで大体そろったかな。」

純「写真にDVD……それに楽譜やら何やら……」

憂「結構な量あるね……」


私が写っている写真。

私が映っている映像。

私の担当パートの楽譜。

その他の、私の軽音部の思い出たち。



梓「……マグカップはムギ先輩にお返します」

紬「……」


ムギ先輩は悲しそうな顔で受け取ったマグカップを見つめた。


純「……さっ、じゃあこれを鞄に詰めて……」

梓「……何言ってるの?」ガサゴソ

純「……え?」


純がきょとんと私の方を見た。

うん、普通はここにまとめたものは一旦持ち帰り、家でどうこうすると考えるだろう。

でも、私は……



紬「……ゴミ、袋?」


……もうそれじゃ



梓「……」ガシッ……

ビリッ!ビリリッ!ビリッ!ガサッ



だめなんだ



憂純「あっ!」


律澪紬「!?」


唯「……!」



軽音部と、お別れしなくちゃ、だめなんだ。


紬「なん、で……」

梓「……どうせ捨てるんです」


ビリリ! ビリッ



澪「やめ……やめでよお゛……あ゛ずさぁ……」


澪先輩、涙と鼻みずで、顔がぐしゃぐしゃになってる


ビリリッ! ガサッ



紬「な……んでぇ……どお゛じでぇ……」


ムギせんぱいは、顔にてをあてて泣きくずれた




バキッ!グシャッ!ガサッ

律「……」


全ぶ知ってたはずのりつ先輩は、む表じょう。でも、てがかたかた震えて、なみだがポロポロと、こぼれだした



ビリリッ ビリリ


純「梓……」

憂「……」


私のわがままに付き合わせたうい、と、じゅん。なきそうな、かおで私をみてる


ビリリッ ビリッ


梓「……っ」


……ゆいせんぱいは?




唯「……」


……なにも、変わってなかった。


……わたし

わたしは、どんな顔してるんだろう?


唯せんぱいに、いきなり嫌われて。

仲直りしようとしたら、おもってもないことを言ってしまって、

せんぱいを気をひこうと、こんな……最低なことして……


しかも……それで、なにも変えれなかった。



……ああ、なんだ。


私、どっちにしろ、もう戻れないんじゃん。



……


梓「……これで終わりました」


澪「うう゛っ゛……グスッ」ボロボロ

紬「おねがい……やめでぇ……グスッ」ボロボロ

律「……」


ゴミ袋一杯に入った思い出たち。

……これ、どこに捨ててけばいいんだろ……はは……




梓「じゃあ、この退部届け提出して帰りますね」

梓「……今までお世話になりました。じゃあ行こっ。憂、純」

純「えっ……うん」


……私は、それだけ言うと部室の扉へ向かって歩き出した。

この扉を開けた瞬間に、私は軽音部員ではなくなる。


私が扉の取っ手に触れようとした。


「梓」


……その瞬間。


梓「……はい?」


律先輩が、私を引き止めた。


律「……鞄のそれ、いいのか?」

梓「えっ……?」


律先輩に言われて、初めて気づいた、最後の思い出。


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最終更新:2011年08月17日 00:09