…………
『はい、あずにゃん♪』
『「ぶ」?……お土産ですか?』
『そう!私がこれ!「ん」!』
『……?』
『『『『せーのっ』』』』
カタッ
『あっ……これって……』
『……クスッ』
『「おけぶいん」!桶を愛する部員のことだ!』
『違うだろ!』
『「ぶいおんけ」! 東北地方に生息する妖怪の名前だぁーっ!』
『おおーっ!』
『それも違う!』
『なにいっ!じゃあ次は……』
『「けいおんぶ」……』
『んっ?』
『……えへへへへ』
『せいかーい』
…………
鞄につけた、「ぶ」のキーホルダー。
先輩達のとあわせると、「けいおんぶ」となる。
梓「……でもこれは、みなさんに貰ったものですし……」
律「全部、捨てるんだろ?」
律先輩は、こっちを見ずに言った。
梓「……そうですね、じゃあ」
……賭け、だったのだろう。
梓「……」
全てを知っている律先輩にとっても、私にとっても。
これをこのゴミ袋に入れて、本当に終わり。
最後のチャンス。
私は鞄から、「ぶ」を取り外し、ごみ袋を見つめた。
でもなんとなく、私にはわかった。
これで、終わるんだって。
けじめ、なんだって。
……さよなら
さよなら
さよなら
さよなら
大好きな、
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―――
――
―
すてないで
すてないで
そう、聞こえた気がした。
梓「っ!」
手首を、握られる感触。
律「!……」
その感触の前に少しだけ変わった、小さな世界。
澪「!……グスッ」
具体的に言えば、真っ青な顔で目を見開いて、
紬「え……?」
今まで座っていた椅子から勢いよく立ち上がり、飛び出し、
純「あっ……」
まるで何も考えずにとびだしていったような。
憂「……お姉ちゃん」
そんな、唯先輩が、私の目の前にいた。
唯「え……あっ……」
突然うろたえる先輩、
なぜか私はその姿に激しい苛立ちを感じた。
梓「……なにするんですか」
唯「っ!……それはこっちのセリフだよ。さっきから黙って見てたら……」
梓「……あなたには関係ないでしょ」
唯「っ……関係なくないよ、捨てるぐらいならこっちに返してよ」
梓「……嫌いな私の使ってた物なんていらないでしょ」
唯「……そういう問題じゃないよ。とにかく返しなさい」
梓「嫌です!これは私が軽音部を辞めるっていうけじめなんです!」
唯「勝手に辞めておいて何がけじめよ!」
梓「その辞めるきっかけを作ったのは誰よ!唯先輩でしょ!」
唯「っ!……とにかく……ダメぇっ!」バッ
唯先輩は私から「ぶ」のキーホルダーをひったくり、キーホルダーを胸にその場でうずくまった。
梓「あっ……か、返してください!」
唯「やだ!いやだいやだいやだぁっ!」
だだっ子のようにいやいやする先輩。
感情が高ぶって激昂していた私は、そんな先輩から力いっぱいでキーホルダーを取り返そうとしていた。
梓「私は軽音部を辞めるんです!それはもう必要ないんです!」
唯「やめちゃやだぁ!」
……っ!
どうして……
どうして、私はあなたを思って……
それなのに……
それなのに……!
梓「ふざけんなあっ!」
ハァハァと、肩で息をし、やがて唯先輩が思いついたようにボソリとつぶやいた。
唯「……わかったよ」
梓「えっ……?」
唯「あずにゃんがやめるくらいなら……私が軽音部辞めるよ……」
……えっ
なにそれ……
梓「……そんなことしろなんて誰も言ってないでしょ!何のつもりですか!」
唯「そうだよ……最初からこうしとけば良かったんだよ……ばかだなぁ……私……」
唯先輩は虚ろな表情で、部室の扉へと歩こうとしていた。私はそれを引き止めた。
梓「待ってください!話は終わってません!」
唯「ちょっと待っててよ、今から退部届け貰ってくるから」
梓「まって……待ってください!」
いやだ……こんなの……こんな結末、認めたくない!
その時だった。
バタン!
突然、扉が大きな音を立てて開いた。
「!……」
部室にいた全員が、固まって扉に注視した。
「!……」
さわ子「はい、それまでよ」
律「さわちゃん……」
その扉を開けた主は現れた瞬間からずかずかと歩きながら、一方的に喋りだした。
さわ子「まず唯ちゃん、あなたが退部届を申請したとしても、この私が退部を許可しません。だからあげれませーん」
唯「えっ……」
さわ子「次に梓ちゃん、退部届を顧問に請求せずに勝手に持ってちゃダメでしょ、ゆえにその退部届も許可しませーん」
梓「……」
さわ子「……まぁ、それはそうと、アンタたちいつまでケンカしてんのよ」
唯「……さわちゃん。これはケンカじゃないよ。だってケンカは仲の良い人同士でするものでしょ?」
さわ子「……唯ちゃん」
唯「大嫌いなんだ……中野さんも私のこと……私も中野さんのこと……」
……なぜだろう、唯先輩に「大嫌い」と目の前で言われてるのに、
まるで心が傷つかない、心に突き刺さらない。
……本当の言葉のように、聞こえない。
代わりに……唯先輩が、自分で自分を傷つけるように見える。
さわ子「……いつまで自分を傷つけるつもりなの?」
唯「……え」
私の気持ちが、そのまま伝わったかのようにさわ子先生が言った。
さわ子「……唯ちゃん、ひとつ謝っておくわね」
さわ子「唯ちゃんがあの日話してくれたでしょ。それで私、絶対口外はしないって言ったでしょ?」
唯「うん……」
さわ子「……ごめんね。約束破っちゃった」
あの日……約束って……なんだろう?
唯「……え?」
さわ子「……ここにいるみんなに、まぁムギちゃんはともかく……話しちゃった」
唯「なっ……」
さわ子「りっちゃんや澪ちゃん、あと憂ちゃんに真鍋さん、鈴木さんにも話したわね?」
純「……はい」
律澪「……」
憂「お姉ちゃん……黙っててごめんね」
唯「先生……どうして……」
唯先輩は、ひどくショックを受けたらしく、ぼそりと言った。
身体がカタカタ震えている。よほど他の人には知られたくない内容だったのだろうか。
さわ子「でもね……一人にだけは話してないの」
唯「ひとり……まさか」
さわ子先生と、唯先輩、二人が私の方を見た。
……ああ、そうか。「あの日」というのは
私と唯先輩が完全に決別した日。
……私だけ、先生の無理やりな理論で帰らされたあの日のことなんだ。
そして、私が無理やり帰らされたのは、
その唯先輩の「絶対に知られたくない秘密」が
私に関係のあることだから、だったんだ。
さわ子「さっ、唯ちゃん。これで恥ずかしがることはないわ。みんな知ってるもの」
さわ子「……梓ちゃんに、自分の気持ち、ちゃんと伝えなさい」
唯「やっ……やだ……」
さわ子「どうして?」
唯「気持ち悪いって、思われちゃう」
さわ子「……別に良いんじゃない?だって梓ちゃんとはさよならするんでしょ?」
唯「そっ……そんなの」
唯先輩は、一瞬黙り込んだあと、スッと立ち上がった。
唯「……も、もういいよ!わたし今日帰る!」
そうして自分の鞄をつかんで扉へと向かった。
扉に近づき、開けようとした瞬間、扉がひとりでに、わずかだけ開いた。
和「……行かせないわよ。唯」
唯「のっ……のどかちゃ……」
和「……ここまでみんなに気を使わせたのよ。あんた一人だけ逃げちゃダメ」
唯「な……なんで……なんでみんな……」
和「……」
キィ…
ガチャ
逃げ道を失った唯先輩は扉の前で呆然としていた。
さわ子「……それに嫌いな相手に気持ち悪がられて、何が問題あるの?顔も合わせないし話しもしないでしょ」
何事も無かったかのように、さわ子先生が再び喋りだした。
最終更新:2011年08月27日 22:10