今日は合奏無し、ずっとパート練習の日だった。
意外なことに、コンクールメンバー揃っての合奏は毎日ってわけじゃないみたいだ。
なんとか譜面を丸暗記した私は細かい奏法なんかを奏に教えてもらう。
もちろん、聞いたことのある奏法がほとんどだ。
しかしそれは『こういうちまちましたテクニックはパス!』と、私が練習するのを避けてきたものばかりだった。
全く、こんな形でツケが回ってくるとは思わなかったぜ。
音の強弱のバランスや周りの楽器との掛け合いなど、バンドとは勝手が違うこともたくさんあった。
さらに、元々走り気味の演奏をする私だけど、合奏の際にはそれを改めて痛感させられた。
私が吹奏楽とバンドの違いで一番悩まされていること、それは指揮者の有無だ。
走ってしまった・・・と慌ててテンポを落とすと笑っちゃうくらいぎこちない演奏に聴こえる。
かと言って指揮棒の動きに合わせて演奏していると、自分の中のリズムが崩れていくのだ。
どうしようか、なんて考えながらの帰り道。
私の思考を遮ったのはとある人物の一言だった。
「お疲れ。調子はどう?」
律「あぁ、吹先輩お疲れ様っす。どうもこうも・・・私、本番までに間に合うのかな・・・。」
吹「それはあなたの努力次第よ。」
律「まぁ、そうなんすけど。」
吹「正直ね、私も驚いた。たいしてテクも無いように見えたあなたの実力がこれほどまでとは。」
律「うわひでぇ。」
吹「だって事実よ?ライブでは走るし、そのくせ人一倍楽しそうに演奏するし・・・最初はワケがわからなかったわ。」
律「最初・・・?」
吹「去年の学園祭よ。」
律「聴いてくれてたんですか。」
吹「えぇ。・・・私ね、部活に関してひとつ悩み事があるの。」
律「それは、私が聞いてもいいことなんですか?」
吹「えぇ。むしろあなたに聞いてもらわないと意味がないことだわ。」
律「え?」
吹「私達吹奏楽部の演奏、どう思う?」
律「どうって、自分もその中に入って演奏してるんで客観的には・・・。」
吹「例えば・・・あなた、第二楽章ずっと休みじゃない?」
律「はい、そうですね。」
吹「その時のみんなの演奏聴いて、どう思う?」
律「音のこととかはよくわからないけど・・・一生懸命だなって思います。」
吹「・・・やっぱりね。それが今の私の悩み事なの。」
律「え?なんで?いいことじゃないですか。」
吹「もちろん、悪いことじゃないわ。でも・・・」
律「でも?」
吹「あなたはそんな演奏を聴いてて感じる?『楽しい』って。」
律「・・・。」
律「確かに、『楽しい』の前に曲の展開に食らいつこうという必死さが伝わってくるっていうか。」
吹「そう・・・私ね、あなた達軽音部が、実はすごく羨ましいの。」
律「そうですか?」
吹「だってあんなに楽しそうに演奏できるんだもの。それって素晴らしいことだと思うわ。」
律「・・・。」
吹「テクニックがどうとかじゃなくて、あなた達の音は常に一つになっているわ。」
律「それは・・・そうかもしれませんね。なんてったって私が部長ですかr」
吹「私達もね、そんなバンドになりたいの。」
律「(遮られたww)・・・あれ、吹奏楽部でも『バンド』って言い方するんですか?」
吹「?えぇ、するわよ。」
律「じゃあ私バンド掛け持ちしてるのか!」
吹「うふふふ、そういうことになるわね。」
吹「この浮気者ぉ!」
律「ち、違うんだ、澪。浮気じゃない、浮気じゃないぞー!?・・・って先輩!?」
吹「あははは!引っかかったわね!あの子の声真似、結構似てたでしょ?」
律「ちょ、せんぱーい!脅かさないで下さいよ!wwでもすっごい似てたwww」
吹「でしょう?家で練習したもの。」
律「ちょwww先輩、家で何やってるんすか!wwww」
吹「ふふw」
律「あははww」
律「先輩がこんなに面白い人だとは思わなかったですw」
吹「あら、ありがとう。」
律「先輩・・・先輩なら、きっとできますよ。」
吹「田井中さん・・・?」
律「バンドの音を一つに、先輩ならできると思います。」
吹「ありがとう。」
律「私もその輪を乱さないようにしないとなー・・・なんて。」
吹「走ること、やっぱり気にしてるのね?」
律「そりゃ気にしますよ・・・。」
吹「こんなこと言うのも変だけど・・・それは気にしないで。」
律「え、いやーそりゃ無理っすよww」
吹「・・・なんであなたがズレるかわかる?」
律「そりゃ、わたしが走るからっすよ。」
吹「正確には違うわ。」
律「どういうことですか?」
吹「あなたは指揮者に合わせようとしていないのよ。」
律「な・・・そんなことないぞ!?」
吹「あなたはね、指揮者の手の動きに合わせようとしているだけなのよ。」
律「・・・!」
吹「指揮者も機械じゃないの、人間なの。」
吹「だからね、もちろん気分が乗って多少リズムが揺れたりすることもあるのよ。」
吹「指揮者だって一緒に演奏している仲間の一人なのよ。私とあなたの違いなんて、
言ってしまえばあなたがスティックを握って、私はタクトを握ってる、それくらいなの。」
律「先輩・・・。」
吹「あなたライブの時はみんなとアイコンタクトとったりするわよね?」
律「そりゃ・・・みんなと合わせようと思うと、自然とそうなりますね。」
吹「何が言いたいかっていうとね、指揮棒じゃなくて私を見て欲しいの。」
律「・・・!」
吹「私はあなたと演奏がしたい。でも、あなたは私をメトロノームくらいにしか思っていない。 それって凄く悲しいことよ・・・?」
律「・・・先輩の言う通り、っすね。私は指揮者に合わせようと、先輩じゃなくて
先輩の手の動きばっかり追っていた気がします。」
吹「えぇ。もちろん、あなたが軽音楽と吹奏楽との勝手の違いに戸惑っているのはわかるわ。」
律「・・・。」
吹「でも、あまり固く考えないで。バンド経験のない私がこんなことを言っても説得力に欠けるかもしれないけど・・・。些細なことに惑わされないであなたはあなたの音楽をすればいいと思うの。」
律「・・・はい!」
吹「明日の合奏、楽しみにしてるわね。」
律「任せてください!」
吹「今度私をメトロノーム扱いしてみなさいよ?罰ゲーム発動するからね!」
律「そ、それは勘弁してください!www」
ムギのスタジオ!
紬「りっちゃん、上手くやってるかしら。」
澪「大丈夫だよ、あいつなら。」
唯「コンクール楽しみだね!」
澪「あいつの走り癖にみんな戸惑ってるんだろうなww」
梓「・・・案外逆かも知れませんよ?」
唯「あずにゃん、なんで?」
梓「バンドと違って吹奏楽には指揮者がいますからね。」
澪「うーん、確かにやりにくいかもな。」
梓「やりにくいのももちろんですが、私思うんです。律先輩一人が走っちゃうんじゃないかなーって。」
紬「それはあるかもね。私達はりっちゃんが走ったらそれにブレーキをかけつつ、りっちゃんのリズムに合わせることができるけど・・・。」
梓「吹奏楽の場合、みんな指揮者に合わせようとしますからね。指揮者が律先輩に合わせようとしても、それに他の人がついて来れるかどうかは甚だ疑問です。」
紬「そもそも指揮者とパーカッションのリズムがズレるっていうのが致命的なのよね・・・。最悪、走ってしまったとしても、両方のテンポが合っていれば走るだけでズレることもないと思うんだけど・・・。」
梓「えぇ・・・。バンドでは指揮者が居ない分ドラムを頼りつつ、みんなでテンポの修正ができますからね。吹奏楽ではなかなかそれが敵わないんです。ダイレクトでリズムを共有できるバンドと違って、一度指揮者という媒介を通して演奏していますから。
パーカッションと指揮者がズレればみんな混乱しちゃいますよ。」
澪「・・・なんか心配になってきたな。」
唯「大丈夫だよ!」
一同「!?」
唯「だってりっちゃん一生懸命だもん!休み時間だってずっと譜面と睨めっこしてるんだよ!?」
澪「唯・・・。」
唯「りっちゃんはやれば出来る子だから大丈夫なんです!何も心配はいりません!以上!」
澪「唯、その通りだ・・・。」
唯「でしょ?澪ちゃんもそう思うでしょ?」
澪「あぁ。ただ、唯に言われてはっと気付いた自分がちょっと悔しいや・・・ww
律のこと、私が一番信じていてやらないといけないのにな。」
唯「夫婦のすれ違いってヤツだね!」
澪「すれ違ってないぞ!?不覚にもちょっと心配しちゃっただけだ!」
紬「つまり、澪ちゃんは旦那様の様子が気になって仕方がないのね!?」
澪「ちょ!律は旦那じゃないぞ!」
紬「あらあらまぁまぁ!りっちゃんが嫁だったなんて、私はてっきり」
澪「わー!だからそもそも夫婦じゃないってば!梓、なんとか言ってくれ!」
梓「噂をすれば旦那様じゃないですか。」
澪「へ?」
律「よっ!」
澪「律!」
最終更新:2010年01月22日 21:51