やがて光は徐々に薄らぎ、二人の姿が再び露わになりました

その姿は先程の狩衣ではなく、まるで異国の者のようです


「私はこれより『梓姫』ではなく『梓』として!」

「私はこれより『唯麻呂』ではなく『唯』として!」

「「普通の女の子として共に生きてゆきます!!」」

『な……なんですって!?梓、本気なの?』

「和……私は本気だよ」

『でも、共にって……私達の寿命は地上の者より遥かに長い事くらい知っているでしょ?』

「えぇ、知っていますよ」

『なら、どうして!?』

「和殿……ご安心を。私は先程、あずにゃ姫……もとい、あずにゃんから薬を貰い、既に飲みました」

『……『不老不死の薬』を?』

「はい。そうです」

『……それだけ本気って訳ね』

「あずにゃんと共に生きるためなら、このくらい当然です!」

『そう、わかったわ。では……、唯殿、梓を頼みましたよ』

「はい!!!」

『それじゃ、梓……』

「和……ウグッ……ごめ、ごめんね……エグッ……我が儘いっぱい……しちゃって……グズッ」

『……良いのよ。さっきも言ったけど、私も今回の事に関してはちょっと頭にきてるからね』

「……でも……ヒック……でもっ……」

『もぉ……別にこれが今生の別れって訳じゃ無いんだからさ』

「グズッ……そう……なの……ヒック……?」

『そうよ。だって、私が姫になるんだし……別に梓を連れ戻しに来る必要無くなるでしょ?』

「それは……グスッ……そうだけど……でも……」

『確かに私が此処に来るのはかなり難しくなるわ……でも、難しいだけで無理な訳じゃないから』

「うん……わかった……」

『それじゃ、二人共、またいつか』

「うん!またいつか、必ず会おうね!!」

「その日を楽しみに待ってます!」


その言葉を最後に二人の映像が途絶え、先程までの喧騒が嘘のように静寂が屋敷を包みました

残されたのは、梓姫を連れ帰る事に失敗した使者と、梓姫を守り通した地上の者達

それぞれの顔には先程の戦いによる疲労の色が濃く出ています


「……じゃぁ、私は月へ帰りますね」

「……和殿、戻られる前に少々聞いても宜しいか?」

「帝……なんでしょうか」

「先程そなたは『此処に来るのはかなり難しいが無理ではない』と申されたが……真か?」

「えぇ」

「それは時間と手段、どちらの理由なのだ?」

「……どちらも、ですね。時間は……月帝を説得する事は容易でない為、です」

「具体的にはどれ程の時間が必要と思われるのだ?」

「……我々の時間で、恐らく数年」

「……我々の時間に換算した場合は、一体何年だ?」

「地上の年月に換算すると……十数年、ですね」

「十数年!?それ程まで……。では次に、手段とは?」

「……私は『月の民』です。先程の矢や刀を退ける力、そして蔵の閂を外したり戸を開いたりする力、それらは全て『月光』のご加護が有ったからなのです」

「……つまり、『月光』が無ければ力を奮えない……と」

「はい、その通りです。ですので、月が天に無い時は……」

「来ることも不可能、ということか……」

「……それならば、尚更儂等がそれを見ることは不可能じゃな、婆さんや……」

「……そうですね、私達は何時お迎えが来てもおかしくはありませんからね……」


再び静寂が屋敷に訪れました

本来ならば聞こえてくるであろう木々のざわめきも、今は全く聞こえません

そんな重苦しい沈黙を破る声が不意にあがりました


「ん?……なんだコレ?」

「律皇子、どうされた?」

「澪御主人……蔵の中に何かあるんだ……箱か?」

「箱ですね。よっと……軽いな」

「軽いのか……ちょっと貸してくれないか?」

「あ、はい」

「ありがとう。……ふにゅにゅにゅにゅぅぅぅぅーーー!!!お、重くて持ち上がらないぃぃぃーーー!!!」

「えっ!?そ、そんな事あるわけ無いだろう!?」

「はぁ……はぁ……こんな重いものを軽々と持ち上げるとは……さっすが澪しゃん、ちっから持ちぃ~!!」

「……つまり、今のアドリブは、それを言いたかったが為の物だった、ということか?」

「え?あ、いやー、シリアスな展開ばっかだからさぁ~、ちょっとだけぇー?息抜きぃー?みたいn」

「い い 加 減 に し ろっっっ!!!!」

「あぎゃぁぁぁぁーーーーっっっっ!!!!」

……えー、お二人の事は放っておいても……良いです……か?

「……そうして貰えると助かるわ……全く、あの子達ときたら……」

で、では、続けます。


律皇子が見つけた物は片手で持てる程の小さな箱でした

帝が手に取り軽く振ると、何やらカサカサと乾いた音がします


「ふむ、中には何が……?」

「……鑑識にまわしてみますか?もしかしたらこれを開くヒントg」

「もぉ……なんでムギちゃんまでそんな事……折角のクライマックスなのに……グスン……」

「あ、あの、さわ子先生っ」

「和先輩と憂と私がついてますよっ」

「クスン……ホントに?」

「はい。だから涙を拭いて下さい……可愛い顔が台無しですよ」

「和ちゃん……ありがと……私、和ちゃんの担任で良かった……」

「さわ子先生……」


「……あれ?憂、もしかして先生と和先輩も脱線してる?」

「もしかしなくてもそうだと思うよ、純ちゃん」

「ハァ……これじゃシナリオ進まないじゃん……もうちょっとで終わりなのに」

「うーん……仕方ないから私達も何かする?」

「何かって……なにを?」

「えっとね~、例えば……」

「例えば?それだけじゃわからな……ンッ……ンムッ……チュムッ……プハァ……も、もぉ……いきなりなんて狡いよ……」

「フフッ……ごめんね……なんか……みんなを見てたら……我慢出来なくって」

「……なるべくなら我慢して下さい……部屋に帰ったらいくらでもしていいから……」

……あのぉ~、……純さーん、憂さーん……シナリオ進めましょうよぉ~。

「……ギュッするくらいだったら……良いよね……」

「……うん、良いよ……」

「純ちゃん……大好き……」

「憂……私も……大好きだよ……」


……そんな……頼みの綱でもあるお二人も脱線するなんて……

じゃぁ……スイッチをBに切り替えて……斎藤さーん、宜しいですかー?

「鈴木!ソッチに金行ったぞ!!」

「オッケー!……よっしゃ落ちた!!」

「銀の相手は私に任せて下さい!!閃光弾いきます!!!……墜ちろぉぉぉぉぉぉ!!!」

「金脚引きずってるぞ!」

「捕らえろ捕らえろー!」

「ではシビレ罠仕掛けさせていただきます」


……斎藤さん達まで……。

この分じゃ外の二人も……っとぉ~!?

外部スイッチオン!!

そこの二人!!

「ぬぉっ!?」「キャッ!」

誰も居ないからって、一体何をしようとしていたんですか?

「え、えと……その……」

「あ、あずにゃんと……キス……しようとして……いました……」

あのですねぇ、外部モニターの映像は私の所で逐一チェック出来る状態なんですよ?

「そ、そうなの!?」

「じ、じゃぁさっき話していた事も……筒抜けなんですか!?」

いえ、音声はオフになっていますので……って昨日も似たような事ありませんでしたっけ?

「そういえばあったような……んで?ナレーターさんはどんなご用?」

えー、そのー、……ちょっとスタジオの映像見ていただけますか?

「ほいほーい。……ありゃ?」

「これは……シナリオが止まっているんですか?」

その通りです……頼みの綱である斎藤さんも……二画面にしますので確認してください。

「……えっと……モン○ン中?」

そうです。

「まだやっていたんですか……」

ですので、もうお二人の力を借りるしか選択肢が残っていないんですよぉ~。

「うーん、そうかなぁ~?私にはまだ残ってると思えるんだけど……」

……そうですか?

「あ、私もわかりました」

「あずにゃんもわかった?」

「はい。そういえばやっていないですね」

えっと……それは一体どんな事ですか?

「まだわからないの?しょーがないなぁ~、じゃぁ早く終わってもらいたいから特別に教えてあげよう!」

あ、ありがとうございます。それで……一体……。

「あのね……」





あー、あー、……よし、頑張れ自分。

(スイッチオン……ボリューム最大……スゥゥゥゥゥゥゥーーーー)

み な さ ん!!!!!!!!

「ぬぉっ!」「うわっ!」「キャァッ!」「わっ!」「ヒャッ!」「わわっ!」「キャッ!」

そ ろ そ ろ さ い か い し ま せ ん か っ!!!!!!!!

「「「「「「「は、はいっ!!!!!」」」」」」」

(こっちはオッケーですね。ではスイッチをBに切り替えて……スゥゥゥゥゥゥーーーー)

そこの三人!!!!!

「んなっ!」「のわっ!」「はいっ!」

そのクエストが終わったら!!ゲームも終わりにしませんか!!!

「わ、わかりましたぁっ!」「り、了解っすっ!」「畏まりましたっ!」

(ボリュームを下げて……スイッチを外部に切り替えて……)

ふぅ……唯さん、梓さん、聞こえますかー?

「ほーい」

「聞こえますよー」

ありがとうございます、お二人のお陰で無事シナリオを進めることが出来そうです。

「うまくいったんだ~、良かったぁ~」

「これで一安心ですね~」

はい。ではもう少々そちらでお待ち下さい。

「「はーい♪」」

あ、だからといってチューするのはダメですよ~。

「流石に……人前では……ねぇ」

「そうですよ……ね……」

では改めて……。

(ボリュームを上げて……スイッチをALLに合わせて……)シナリオをっ!再開しますっ!!


律皇子が見つけた物は片手で持てる程の小さな箱でした

帝が手に取り軽く振ると、何やらカサカサと乾いた音がします


「ふむ、中には何が……?」

「開けてみますか?」

「うむ、では紬皇子、頼んだぞ」

「畏まりました。では……」


紬皇子が箱を開けると、そこには数個の小さな麻袋が入っていました


「あ……その麻袋は……」

「和殿、ご存知か?」

「はい。帝、これこそが先程梓が言っていた『不老不死の薬』です」


「……ま、真か?」

「えぇ」

「ということは……これを飲めば、我々も梓と和殿が再会するその日を目にする事が出来る……ということか!」

「わ、儂等のような老いぼれでも大丈夫なのですか?」

「翁、ご安心を。これを煎じて飲めば誰でも月の者と同じ時間を過ごすことが出来るようになりますよ」

「ば、ばぁさん……」

「お爺さん……」


翁と嫗は抱き合って泣き続けました

二人の再会に立ち会える、それがとても嬉しかったのです


「……では、皆でこれを飲もうじゃないか。紬皇子、煎じてくれぬか」

「ははっ!では椀を……あら?これって七袋あるわねぇ……」

「ん?何かおかしいのか?」

「だって澪ちゃん考えてみて、今ここにいるのは和ちゃんを除いたら何人?」

「えっと……律、ムギ、さわ子先生、憂ちゃん、純ちゃん、私の六人だな」

「でもここには七袋あるのよ?どうしてかしら……もしかして間違い?」

「……あぁっ!わかったぞっ!!」

「律、何がわかったんだ?」

「澪、ムギ、それって聡も含めての人数だよ!」

「聡?……そっか、当初の予定だと居る事になっていたから……」

「それで七袋なのね!」

「その通り~!」

「じゃぁ聡を呼んできたほうが良いんじゃないか?」

「んー?別にいいよ~、居てもやること無いし。聡もそうだろ?」

『うん、着替えてもいないし……』

「という訳だ。だからムギ、六人分頼む」

「は~い。よろこんでぇ~」


紬皇子は車座になった各々の前に麻袋の入った椀を置き、慣れた手つきでそこに湯を注ぎました


「薬液が全て浸み出るまで、暫しお待ち下さい」


使者の言葉に皆黙って椀を注視すると、袋から薬液がゆらゆらと浸み出始めていました

そして現在の時間にして五分後

ついに『不老不死の薬』が完成しました


「ふむ……なぁ紬皇子、私にはただの茶にしか見えぬのだが、皇子はどう思う?」

「どうと聞かれても……私も律皇子と同じ意見なのだが」

「だよなぁ~……」

「まぁ、確かに見た目はただのお茶ですが飲んでみればそうでは無いということが良く解りますよ」

「そうか。では皆の者、椀を手に取るのだ!」


帝の令に各々目の前に置かれた椀を掲げます


「では……唯と梓、二人の新たな門出の祝いと遥か先にある梓と和殿の再会を祈って!」

「「「「「門出の祝いと再会を祈って!!」」」」」

「乾杯!!」

「「「「「乾杯!!!!!」」」」」


10
最終更新:2011年08月18日 20:55