皆は祝いの声を上げ、椀の中身を一気に飲み干しました

すると、今まで充実感で満たされていた皆の笑顔が、徐々に険しくなっていきました


「の……和殿……」

「なんですか、帝」

「こ、これは……良薬口に苦し……ということ……か?」

「はい、その通りです」

「……ウゥッ……口の中が苦くて渋い……唯はこれを飲み干したのか……」

「……なぁ澪、今何て言った?」

「え?あぁ、こんな苦くて渋いお茶を唯は飲み干したんだなぁって」

「……ちょっと確認の必要が有るな……ナレーターさん!唯と今話せますか?」

スイッチを入れれば可能ですよ。

「じゃぁ、ちょっとお願いします!」

では少々お待ち下さい……ポチッとな。

……はい、大丈夫ですよ!

「おーい、ゆーいー!聞こえるかー?」

『聞こえるよ~。りっちゃんな~に~?』

「あのさー、唯はお茶飲んだのかー?」

『お茶って……薬の事?う、うん。飲んだよー』

「ほほぅ……結構甘かったよなー」

『そ、そうだねー』

「唯先輩……その反応は……」

「飲んでないんだね……お姉ちゃん……」

『ちょ、ちょっとー、憂も純ちゃんも何を言っているのかなぁー』

「唯……あのな、あのお茶は……ありえねぇ位苦くて渋いんだよっっっっっ!!!!」

『な、なんだってぇぇぇぇーーーー!!!!』

「つーわけで……唯、後でしっかりと味わってくれ。お誂え向きに丁度一袋残っているんだ」

『……慎んで遠慮させていただきます』

「いーやっ、これは話の流れ上飲まなくちゃいけないからな、終わったらちゃーんと飲んでもらうぞっ!」

『そ、そんなぁ~』

「ヘッヘーンだ!私達が受けた苦しみを唯も味わってみろー!」

『ウゥッ……りっちゃん隊長厳しいっす……』

『唯先輩!私も半分飲みますから、頑張りましょう!』

『あずにゃん……うん!私頑張るよ!!』

「……結局そんな感じの流れになるんだな……」

「律先輩、仕方ないですよ……」

「今の二人には何を言ってもムダだからねぇ」

「……実の妹と親友がそう言っているんだ。律、諦めろ……」

あのー、皆さんそろそろ大丈夫ですか?

「あ、はい!憂も大丈夫だよね」

「うん♪」

「澪ちゃんもりっちゃんも大丈夫よね?」

「おぅ!そう言うムギはどうだ?」

「もっちろん♪」

「先生は……大丈夫ですか?」

「一応ね……そう言う和ちゃんは……無関係だったわね……」

では再開しましょうか、ラストまでこのまま一気に駆け抜けましょう!

「「「「「「「はいっ!!!!!!!」」」」」」」


時と言うものは無情なる物です

薬を飲み干した皆が使者と歓談を楽しんでいると、東の空が白み始めました


「もうこんな時間になってしまいましたか。では改めて……私は月へ帰りますね」


そう言うと、使者はフワリと舞い上がり松の頂に立ちました


「和殿!最後にもう一つだけ!次は何時来られそうなのだ?」

「……帝、すみませんがそれに関しては未だ不明です」

「そうか……」

「そうだ!では、こうしましょうか。次回……というか此処に来られる三日前に、月から合図を送ります」

「合図を?」

「はい。この幹に文を括り付けた矢を撃ち込みます」

「成る程、それならわかりやすいな。承知した!ではその日を楽しみに待っていようぞ!」


使者はその返事に無言で頷くと、雲に乗り月へと向けて飛び立ちました


「皆様!梓の事を宜しくお願いしますね!!」

「帝の名において!その日までしっかりと見守らせていただこう!!」

「大丈夫!私等がちゃんとついてるから!!」

「律皇子の言う通りですよ!だから安心していて下さい!!」

「せ、僭越ながら!私も力になります!!」

「儂等もですぞ!!なぁ、婆さんや」

「えぇ、梓の親ですからね」

「それでは……また次に会える日まで、暫しのお別れです!さようなら!!」

「「「「「さようならー!!!!!」」」」」


皆は使者の姿が段々と小さくなり、見えなくなるまで手を振り続けました


「さて……我等もそろそろ帰るとするか。律皇子、支度を頼む」

「ははっ!」

「……翁」

「なんでしょうか」

「合図が来たらすぐ私と皆に知らせてくれ……皆楽しみにしているのでな」

「畏まりました」

「頼んだぞ……。皆の者!準備は整ったか!」

「「「既に!!!」」」

「うむ、良い返事だ!……では、翁、嫗、いずれまた会おう!達者でな!!」

「「はい!!」」




「その後、数ヶ月程経った満月の夜に再び和殿……じゃなくて、和姫がやってきた。

 あぁ、勿論『合図』もちゃんと送ってきたぞ。

 食べて咏って……色んな事をして、楽しかったんだよなぁ~。

 だって、気が付いたら帰る時刻ギリギリだったし。


 そういえば、この時はまだ『姫』を名乗れないって言ってたなぁ~。

 何で名乗れなかったんだっけ……?

 二人でお茶談議をしていたから、紬皇子なら知っているかな?」



「律皇子、和姫はちゃんと言ってたじゃないですか。

 『儀式が終わるまでは仮の身分だ』って。

 それにしても……毎回持参してくる月のお茶には驚かされますね。

 銀紫色のお茶など初めて見ましたよ……。

 まぁ、此処だけの話、味はいま一つだったんですけどね……フフッ。


 そういえば、澪御主人は姫が来る度に二人で何処かに行って、

 帰ってくると毎回『今回もダメだった……』って言っているけれど……。

 何が『ダメ』なんだろう?」



「つ、紬皇子……その理由、言わねばなりませんか?

 ……ハァ、仕方がありませんね……わかりました。

 私が『ダメだった』と言っているのは、和姫との『手合わせ』です。

 私は最初の戦いで負けた後、『あれは月光の力があったからだ』と思っていました。

 ですが……それを使わずとも姫は強いです。

 後から聞いた話なんですが、どうやら月の姫になるためには『知』だけでなく『武』も必要なんだそうで……。

 いやはや、毎回のように自分と姫ではこれ程に『間』が違うのかと思い知らされていますよ。


 そういえば、梓殿も姫になる予定だったのだから、『武』に長けているんでしょうか……?

 今度帝に聞いてみようかな……」



「澪御主人、その事ならば以前メールで教えてもらったぞ。

 ただ……梓殿は戦いそのものが嫌いだと書いていたので、そちらの面では和姫に劣るのかもしれんな。

 だが、『お言葉ですが、帝よりは強いと自負しております』と書いてあったからな。

 少なくとも地上の者で勝てる者は一人も居ないのだろう。


 そういえば、嫗は宴の料理を総て一人で取り仕切っていたが……、

 あれ程の料理を作る者は宮中……いや、都広しと言えども彼女以外誰も居ないな……。

 今度、料理長として招き入れてみるかな……無理かもしれぬが……」



「帝、折角のお誘いですが丁重にお断りさせていただきます。

 いくら私めが料理に長けていたとしても、それは内々での宴だからこそです。

 宮中で日々献立を考え、それを振る舞うのも不可能ではありませんが……、

 私には『翁』という伴侶がおります故……。


 そういえば、先程届いた『合図』を見て翁が小躍りしていますが……、

 一体何がそれ程に嬉しいのでしょうか……?」



「嫗!遂に、ついにこの日がやって来たぞ!!!

 和姫からの文に『月帝が折れた』と書いてあった!!

 これで……これで和姫が梓と再会出来るぞ!!

 早速皆に知らせなければ……。


 よし!先ずは梓と唯殿に連絡じゃ!!!」



「あずにゃ~ん」

「なんですかー?」

「なんかメールが来てるよぉ~」

「誰からですかー?」

「ん~っと、翁さんからだよ~」

「父上からですか……なんだろ?」

「うん。なんか急ぎの内容らしいけど……開けても良い?」

「あ、まだ洗い物終わらないんで、見てて良いですよー」

「ほ~い。んじゃぁぽちっとなっと。えっと~、……えっ?」

「唯せんぱーい、何て書いてありましたかー?」

「……」

「唯せんぱーい!」

「……」

「あれ?……唯先輩?」

「……」

「ゆーいせーんぱい?……なんだ、ちゃんと居るじゃないですか。もぉ……返事くらいしてくださいよ」

「……あ、あずにゃん……」

「一体どうしたんですか?こっちの呼び掛けにも答えないで」

「あ、ゴメン……聞こえてなかったよ。……あれ?あずにゃん洗い物は?」

「もぅとっくに終わりました。それで?父様からのメールには何て書いてあったんですか?」

「メール……?そうだ!あずにゃん!今すぐこれ読んで!!」

「もぉ……そんなに急かされなくても読みますってば。えーっと……えっ?……えぇぇぇーーーーっっっっ!!!!」

「あ、あずにゃん驚き過ぎ……」

「だ、だって!でも!えぇっ!?ほ、本当に?」

「本当だと思うよ……あずにゃん、良かったね~」

「……ヒック……よがっだ……でずぅ……ウグッ……」

「ずっと……グスッ……待ってたもんね……」

「……グズッ……」

「明後日……楽しみだね♪」

「……グスッ……はいっ♪!!」



和姫との再会を待ち侘びつつ、二人は空を見上げその時に思いを馳せます

燦々と輝く日輪は、そんな二人を優しく見守るのでした





さて……この物語もそろそろ幕引きの時間となりました

この後、梓と和姫は無事再会し大団円となるのですが……

更にその後、皆がどのように過ごしたかを、蛇足ではありますが書き記しておきましょう


先ずは帝と両皇子ですが……

どうやら二人の再会を見て思うところがあったようです

今まで全く政に参加しなかった両皇子ですが、帝を助けるべくそれに精を出すようになりました


「ちょっと律皇子!あの書類はどうしたの?」

「え?……あ!み、帝、少々お待ち下さい!今すぐ書いてお渡しします!!」

「やっぱり……もぉ、貴方は次の帝になる第一候補なんだからしっかりとしてよね」

「まぁまぁまぁまぁまぁまぁ、律皇子もあれで頑張っているのですから……」

「それは……まぁ、認めるけど……」

「クスッ……帝も律皇子もお疲れの御様子ですよ、そろそろお茶にしませんか?」

「お茶!?よっしゃー!さわちゃん休憩しようぜい!!」

「……良いわよ。そのかわり……書 類 を 書 い た ら ね ♪」

「デ、デスヨネー……アハハ……」


未だ前途多難な様子ではありますがね



次に澪御主人ですが……

どうやら和姫にどうしても勝ちたいらしく、剣術の腕をを磨くことに日々明け暮れているようです


「……あの構えからでは次の流れに対応出来ないな……ではこちらの構えで……いやいや、これは五回前に失敗した構えだな……」


どうやら今は構えの練習をしているようですね


「ならばこの構え……うむ、これなら……ってこれは二十三回前に失敗した構えじゃないか!じゃぁこれは?……って、これも五十七回前に……」


いやはや、迷走していますねぇ~

姫に勝てる日はいつになることやら……



そして翁と嫗ですが……

相も変わらず、悠々自適な生活を送っています


「さてと……今日も日課の散歩に行くとするかの」

「純ちゃん、お弁当忘れちゃダメだよ」

「おっと、危ない危ない……てかこれ多過ぎない?私一人じゃ食べ切れないよ?」

「だって……二人分作ったから……」

「……そか。じゃぁ……今日は嫗も一緒に行くか?」

「……はい♪」


ただ、姫が二廻り毎の満月に来る事を確約してくれたので、その時だけは宴の準備で忙しい模様です


「あぁっ!大変!!」

「ど、どうしたの!?」

「純ちゃん!来週末だよ!!」

「来週末……?何かあったっけ?……あぁっ!そうだった!!」

「今から献立考えないと……純ちゃん、何が良いと思う?」

「うーん……この前が魚介中心で、その前が洋風だったっけか」

「うん。そして更にその前が中華風だったから……」

「今回は肉中心の和風で良いんじゃない?」

「それが一番無難なんだけど……」

「何か不満が?」

「……例えば、ロシア風とか……東南アジア風とか……アフリカ風とか……」

「……一応平安時代なんだから、それは自重したほうがいいんじゃないかなぁ……」


はてさて、次回の宴の献立は何になる事やら……


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最終更新:2011年08月18日 20:58