梓友「ジャズ研どうだった?」

梓「ん~……。本物のジャズってのとは少し違ったかな」

梓友「そっか~」

梓「やっぱり、しょせん高校レベルでは期待する方が酷ってことかな」

梓友「梓がそう言うなら、そうなんだろうね」

梓「まぁ、私は小さい頃から本物のジャズを生で聴いて育ってきたから」

梓友「なんせ両親がジャズバンド組んでるんだもんね」

梓「子守唄はずっとジャズだったよ」

梓友「さすがだよね」

梓「まぁね」

 … … …

梓友「梓、軽音部に入っちゃったの!?」

梓「あ、うん」

梓友「でも、チラッと見たときなんだかヤル気のないクラブっぽかったじゃん」

梓「だからさ、私が教えてあげようと思って」

梓友「あ、そうなんだ」

梓「ジャズ研は活動自体は真面目っぽかったし。
  そんなちゃんとしてるところにいきなり新入部員が
  『こんなのは本物のジャズじゃありません』って言ったらどうなるか」

梓友「普通に考えたらイジメられそうだよね」

梓「うん。でも私、きっとその内我慢出来ずに言っちゃうと思うし」

梓友「梓は本物を知ってるもんね」

梓「それに新歓ライブ見た時、そこそこ面白い演奏もしてたし」

梓友「軽音部が?」

梓「そう」

梓友「ふ~ん。梓のお眼鏡にかなったんだ」

梓「そういう事。学校でくらい、ただ楽しいだけの演奏するのもいいかなって」

梓友「家では違うの?」

梓「親が本物だからね。暇つぶしに部屋でギターかき鳴らしてても
  すぐ『ここはこうした方がいい』とか言ってくるんだよ」

梓友「やっぱり本物は厳しいんだね」

梓「うん、どうしても本物はそうなっちゃうよね」

梓友「だから、せめて学校ではってことなんだ」

梓「さすがに、私の親も学校にまでは乗り込んで来ないだろうしね」

梓友「本物でも、それはさすがにないよね」

梓「まぁ、本物はやることが極端だから、実際そうならないって保障もないけど」

梓友「本物って恐い」

梓「なんせ本物だからね」

梓友「でも、梓もそんな本物の娘なんだから、梓自身も本物なんじゃないの?」

梓「まぁ、私が本物か本物じゃないかと聞かれたら、本物と答えざるを得ないね」

梓友「だったら本物である梓が軽音部に入ったら、軽音部も本物になっちゃうね」

梓「うん、きっと本物に変えてみせるよ」

梓友「いよっ! ほんものっ!」

梓(そう……変えてみせる。この私自身を!)

 … … …

梓「こんにちは!」

律「おっ、新入部員様がいらっしゃった」

紬「なんだか元気いっぱいね」

梓「はい! 早く部活の時間にならないかなって、授業中もそわそわしてました」

唯「そうなんだぁ」

律「じゃあ、さっそく……」

梓「練習ですね!」

唯「お茶にしよ~!」

梓「えっ」

律「ティータイムがウチの売りだから」

梓「……」

紬「梓ちゃん?」

梓(な、なんて……)

梓(なんて軽いノリの素敵な部活なんだろう!)

澪「こらこら、折角やる気出して来てくれてるんだから、まずは練習だろ」

澪「とくに唯は同じギターなんだから、もっと先輩として恥ずかしくないレベルにならなきゃ」

唯「え、えへへ、そうだね」

律「しゃーない、先に練習するか」

紬「あ、あの~。もう紅茶淹れちゃったんだけど……」

澪「な、なら飲まなきゃもったいないな」

唯「ムギちゃんナイス!」

梓(一番厳しそうな先輩も結局のところ、お茶とお菓子の誘惑には弱そう)

梓(中学では部活やってなかったし、高校で初めて部活に入ったけど、皆さん優しそうな感じでよかった)

律「そういえば、梓はギター凄く上手かったよな」

梓「あ、いえ……たまたまです」

律「嘘つけ~、たまたまであんな演奏できないって」

梓「えへへ」

梓(そりゃ、あれだけ魅せつければ、どんな下手くそでも私が上手いってわかるよね
  ってか正直言って、私がこの中で一番上手いでしょ)

唯「梓ちゃんって、いつからギター始めたの?」

梓「あ、えっと、小4くらいからです」

澪「そんな早くからなんだ」

律「小4ってたら私なんかまだ公園で鬼ごっことかやって遊んでた時期だなぁ」

紬「ギターやってみたいと思った切っ掛けは?」

梓「あ……それは……」

唯「なにかあるんだ」

律「こんなに上手いんだからさ、なにか特別なすっごい理由があるんじゃないの?」

紬「確かに、女の子で小学生のころからギターやってるなんて珍しいかも」

梓「り、両親がジャズバンドをやっていたのでその影響で」

澪「へ~、夫婦でバンド組んでるんだ」

律「え! それって普通に凄いじゃん!」

梓(……また、やってしまった)

澪「どおりで演奏が上手いはずだよ」

律「環境からして違ったんだな」

紬「まさにサラブレッドね」

唯「梓ちゃんすごーい!!」

梓「いや……あの……」

梓(今なら、まだ引き返せる)

梓(中学までの自分とはもうサヨナラしなきゃ)

梓(高校に入って、こんな楽しそうな部活に出会えたんだから)

梓(だから、ちゃんと言わなきゃ……)

梓(本当はお父さんはトラックの運転手で、お母さんは売れない演歌歌手やってたって言わなきゃ!)

梓(物心ついたときから家には演歌が溢れていた)

梓(正直私はそんな濃すぎる日本の魂に辟易していた)

梓(そして小学生のときには私に触れると喋りに『こぶし』がきいてしまうという設定の
  『梓演歌菌』なんてものもクラスで流行ってしまった)

梓(そんな親への反発と演歌のイメージを払拭しようとして、私は小4でギターを始めた)

梓(中学へ上がる頃には、私の努力もあって徐々にそんなイメージも消えつつあった)

梓(しかも、ちょうど学区の整備により、私のことをよく知っている以前の小学校のクラスメイトの大半とは
  違う中学校へ行くことになった)

梓(すでに、演歌のイメージは無いに等しい私だったけど、これによって
  同じ中学には私の過去を知る者は殆どいなくなった)

梓(そんな私が演歌歌手の娘だと知らない子からの質問)

  「梓ちゃんってなんでギター始めたの?」

梓(まさか親が昔演歌歌手でそれがダサいからギター始めたなんて言えない)

梓(また皆に馬鹿にされるかもしれない)

梓(だから私は言ってしまった)

  「親がジャズバンドやってるんだ」

梓(なんでジャズかは、なんだかジャズって言った方がカッコよさげだったから)

梓(中学のときについつい見栄を張って出てしまったデマカセが何故か今の今までそれを通してしまった)

梓(今度は嘘をつき通すことに神経をつかわなければならなくなっちゃったし)

梓(……まぁ、皆の羨望の眼差しが気持ちよかったってのもあるけど)

梓(だけど、高校への進学と同時に私は変わると誓った)

梓(この高校を選んだ理由は同じ中学からの進学者が比較的少ないってこと)

梓(その少ない中でも私の親がジャズバンドを組んでいると思っているのは部活見学を一緒に回った梓友ただ一人)

梓(今は同じ学校だったってだけでつるんでるけど、実際中学時代もそんなに仲が良かったわけじゃない)

梓(私があの子と違う部活を始めればその内疎遠になる)

梓(そして私は素直で正直な自分に生まれ変わって、楽しい部活ライフを始める)

梓(筈だったのに! 筈だったのにぃ!)

梓(私の小さくてくだらないプライドがどうしても親にジャズバンドを組ませたがるっ!)

唯「なんか親がジャズバンド組んでるってカッコイイなぁ!」

梓「まぁ、私は産まれた時からその状況だったので、特に意識したことはありませんが
  おかげで本物のジャズに触れることが出来たので感謝はしてますね」

梓(これ以上はいけない! さぁ梓、ちゃんと白状するのよっ!)

唯律澪紬「おぉ~」羨望の眼差し

梓(あぁ……気持ちいい)

梓「だけど、先輩方の新歓ライブでの演奏もなかなかのものでしたよ」

梓(って、なんでこんなに上から目線になっちゃうのっ!?)

唯「褒められたっ!」

律「いや~、下級生とは言え、実力者に褒められると嬉しいもんだな」

梓「そんな……実力者だなんて」

澪「梓には何かと教わることがありそうだな」

紬「お願いね、梓ちゃん」

梓(うへへ、上級生にお願いされちゃってるよぉ)

梓(って、調子に乗っちゃダメっ!)

梓「あ、あのですねぇ」

唯「そんなに昔からジャズに触れてるってことは何かジャズに関する特別なエピソードとかないの?」

律「あ、それは聞きたいな」

澪「親がジャズバンド組んでるなんて滅多にいないしな。よければ聞かせてくれないか?」

紬「きっと、とてもカッコイイお話に違いないわっ!」

梓「ま、まぁ、そこまで言うなら聞かせてあげないこともないですけど」

唯「わぁ! 楽しみ!」

梓「そうですねぇ……。中学のときの話なんですけど」

律「うんうん」

梓「先生にノートを持って来いって言われて、ついついブルーノートのCDを間違えて持って行っちゃったり」

唯「ブルーノート?」

澪「ジャズを専門に扱うレーベルだよ」

紬「昔からジャズに慣れ親しんできたからこその間違いよね」

律「さっすが! 親がジャズバンドやってると、間違いもなんかカッコイイよな!」

梓「ま、まぁ、私にとってはノートといったらどうしてもブルーノートになってしまいますからね」

唯「梓ちゃんカッコイイ!」

梓「えへへ」

唯「ねぇねぇ、他にはないの?」

梓「そうですね……。私くらいずっとジャズと共に生きていると
  たま~にジャージのことをジャーズって言っちゃいますね」

梓(うわっ! 糞つまんないっ! 私何言ってるんだろ!?)

澪「へ、へぇ……」

梓(そ、そりゃそんな冷めた反応になるよね……。言った私もビックリしたもん。
  でも、これを機に親がジャズバンドやってるって嘘でしたって言っちゃおう)

唯「か、カッコイイ!!」

梓「へっ!?」

紬「ナチュラルにそんな事になっちゃうなんて凄いわ!」

律「普通の人が言ったら間違いなく『なに訛ってるんだよ』ってツッコまれるところだけど」

澪「梓が言うと、それらしく聞こえるから凄いよな」

梓「な、何を言って……」

唯「さすが親がジャズバンドやってるってだけあるよ~」

梓(そうか! 先輩方は私の親がジャズバンドやっているってことに取り付かれて
  物事をちゃんと判断出来なくなっちゃってるんだ!)

梓(ある意味親の七光り! この場合は嘘だけど……)

梓(こんな状況で嘘でしたなんて言ったら可愛さ余って憎さ百倍
  よくも騙してくれたな! と感心した分反発もものすごいに違いない!)

梓(いいカッコしいの梓で私のイメージが固まってしまう!)

梓(とりあえず、この場は私から話題を逸らそう)

梓「唯先輩はギター始めてどのくらいなんですか?」

唯「私? えっとね……ちょうど1年くらいかな」

梓「えっ!? 1年であの演奏ですか!?」

唯「う、うん。ごめんね下手くそで」

梓「い、いえ。そうじゃなくて」

梓「1年でボーカルしながらあれだけ弾けたら充分過ぎるなぁって」

唯「そう?」

梓「はい、結構才能あると思いますよ」

律「まぁ、唯も才能っていう点では梓に負けず劣らずだからなぁ」

澪「お、おい、あれ言っちゃうのか?」

律「この際だから言ってやれ唯」

梓「なんです?」

唯「えっとね、私のお父さんオーケストラの指揮者やってるんだ」

梓「!?」

梓「お、オーケストラの指揮者……ですか……」

唯「そうなんだ、マエストロってやつなんだよぉ」

梓「ま、マエストロ……」

梓(なんてカッコイイ響きなんだっ!)

唯「年中世界を飛び回っててね。この前もベルリンで公演したって言ってたかな」

梓(しかも世界的ときたもんだっ!)

梓「そんな指揮者の娘がなんでギターなんです?
  本当ならバイオリンとかもっとクラシックな方面に行く気が」

唯「私の家には物心ついたときからクラシック音楽に溢れててね」

唯「作者がどう思ってこの曲を作ったのか、この一小節に込められてる想いはどうとか」

唯「私はもっと自由に音楽を聴いていたかったのにさ、すごく堅苦しくて……」

唯「おかげでなんだか音楽アレルギーになっちゃってね」

唯「高校へ入るまでは音楽とは無縁の人生を歩んで行こうって思ってたんだけど」

梓「へ、へぇ」

梓(やべぇ! 本物がここにいるっ!)

唯「ひょんなことからこの3人の演奏を聴いて、やっぱり音楽って
  こんなに楽しくて、こんなに自由なものだって気づいて」

唯「だから、私もこの3人となら一緒にやって行ける気がしてね」

澪「唯……」

唯「何よりも、あんまり上手くなかったのが決め手だったかな」

律「うぉい! せめていい話で終わらせとけよ!」

唯「えへへ、まぁ、ギターを始めたのは親への反抗心ってのもあるかな
  ほら、ロックってそんな感じでしょ」

梓(なんてこった……。ギター始めた切っ掛けは同じような理由なのに
  片や世界的マエストロの娘、片や売れない演歌歌手の娘)

梓(圧倒的敗北感!!)

唯「梓ちゃん? どうしたの?」

梓「り、律先輩はいったいどのような理由でドラムを始めたんですか?」

律「へっ? 私?」


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最終更新:2011年08月20日 05:56