律「私は澪と一緒に見た、あるロックバンドのライブDVDの影響かな」

梓「あ~、それはありがちですね」

梓「ってことは澪先輩も同じ理由で?」

澪「まぁそうかな。ほとんど律に無理矢理やらされた感じだけど」

梓(よかった、この人たちは普通だ)

律「まぁ、澪とは小さい頃から家族ぐるみの付き合いだしさ」

律「何よりも、父親同士がコンビ組んで仕事してるようなもんだし」

律「その娘がバンドでリズム隊組むのも面白いんじゃないかなって」

律「私も何かしら音楽には関わっていたいって気持ちだったけど
  ギターやキーボードみたいなちまちましたことは苦手でさ」

律「親の仕事みたいな繊細なことは、私のような大雑把なやつには出来そうもないし」

梓「親の仕事? いったい何をなさってるんです?」

律「調律師だよ」

梓「ち、調律師って、あのピアノの調整とかする人ですか!?」

律「うん、そう。やっぱり親の仕事ってさ、子供から見てカッコイイって思うじゃん?
  だから、私も何か音楽に関わっていたいと思って」

律「しかも、名前が『律』だし。そんな名前付けられたら音楽をやらざるを得ないっての」

梓(ここにも音楽に造詣が深い親を持つ娘が……)

梓「あ、ってことは親同士がコンビを組んでるっていう澪先輩の親御さんも?」

澪「うん。私のパパ……お父さんは、ベーゼンドルファーってとこでピアノ職人してるんだ」

梓「ベーゼンドルファー!? 世界のピアノ製造御三家じゃないですかっ!」

澪「よく知ってるな」

梓「ま、まぁ、ジャズにはピアノの楽曲も多数存在するのでそのくらいは」

梓(嘘をつき通すためになまじ知識だけはあるんだよね……)

律「さすがジャズバンドやっている親の娘だけはあるな」

梓「ウチの親は本物ですからね。あ、あはははは……」

梓(どうしよう……。この流れじゃきっとムギ先輩の親も……
  でも、流れ的に聞かないわけにはいかないし……)

梓「あ、あの。ムギ先輩の親御さんも何か音楽に関わる仕事をしてる……とか」

紬「ごめんなさい。私の親は音楽とは無縁なの」

梓「そうですか」ホッ

紬「私の親は会社社長で家はただの金持ちなの。なんだか普通でごめんね」

梓「正直一番羨ましいです」

唯「でも、ムギちゃんはピアノのコンクールで賞を獲ったことがあるんだよ~」

紬「もう昔のことよ」

梓「確かに、ライブのときもキーボードが一番安定していたように思います」

律「おっ、後輩のくせに生意気な奴だな~。まるで他が駄目だったみたいな言い方じゃん」

梓「あ、いえ。そういうつもりじゃ……」

澪「まぁ、それに関して言えば私たちが一番よくわかってることだけどな」

律「それにさ、親が音楽とは無縁だって言ってたけど、ムギのところで楽器店経営してるじゃん」

唯「そうそう、私もそこでギター買ったし」

梓「そ、そうなんですか」

澪「あの駅前商店街の10GIAだよ」

梓「わ、私もそこでギター買いましたよ!」

紬「お買い上げありがとうございま~す」

梓「あ、いえ。ども」

律「今度から何か買う時はムギの名前出したら安くしてくれるよ」

澪「こらこら」

紬「でも、お得意様になってくれるなら、私からも店員さんに梓ちゃんのこと言っておくわ」

梓「あ、ありがとうございます」

唯「ムギちゃ~ん、私も~」

澪「唯は25万のギターを5万にまけてもらっただろ」

梓「……」

澪「ん? どうした梓、なんか元気ないな」

梓「あ、えっと……なんだか皆さんの親御さんのお仕事がとても立派だなって……」

律「なに言ってるんだよ、梓のとこの親も充分立派じゃん」

澪「それに私たちの親はこっち方面には疎い関係の仕事してるけど」

紬「梓ちゃんの親御さんはダイレクトでバンド活動に関係があるじゃない」

唯「そうだよ、この中で一番恵まれてるよ~」

梓「そ、そうですよね~、あははは」

律「やっぱり、親と一緒にライブしたりすることもあるの?」

梓「まぁ……たま~に?」

梓(ないない! ライブ自体一回もやったことないよ!
  唯一あるのは小さい頃に町内会のカラオケ大会でお母さんと一緒に演歌歌ったくらいだし!)

唯「すご~い! やっぱりカッコイイよぉ~」

澪「やっぱり梓には教わることが沢山ありそうだな」

梓「ま、任せて下さいよ!」

梓(うぅ……なんだかすごい部活に入っちゃった……)

 … … …

梓「はぁ~……せっかく、楽しそうな部活に入って
  今まで欺瞞に満ちた学生生活にピリオドを打とうって思ってたのに……」

梓「よもや音楽に深く関わる仕事をしている親を持つ娘が多数いる部活に入っちゃうなんて」

梓「マエストロの娘です! 調律師の娘です! ピアノ職人の娘です!
  金持ちの娘です! 売れない演歌歌手の娘です!」

梓「あ、明らかに一人だけ浮いている……」

梓「まぁ、金持ちの娘ってのも大概だけど……」

梓「でもこの中じゃ演歌歌手の娘なんて絶対に馬鹿にされる」

梓「ある意味、親がジャズバンドやってるって言っといて正解だったかもしれない」

梓「そうだよ、中学の頃だってなんだかんだ言ってバレなかった」

梓「高校でだって大丈夫なはず!」

梓「それに、別にギターの腕は嘘じゃないんだし」

梓「うん! 私なら出来る!」

梓「私は私の道をいく!」

梓「せっかくの部活だもん、楽しまなきゃね」

梓「ただいま~」ガチャ

梓母「んんんんあずさちゃぁぁあぁぁぁぁあん
    おかえりぃぃぃいぃぃぃぃいいぃぃぃぃぃ」

梓「もう! 家ではこぶしまわすのやめてって言ってるでしょ!」

梓母「ごめんね、梓ちゃん。お母さんどうしても昔を忘れられなくて」

梓「恥ずかしい思いをするのは私なんだから……」

梓母「恥を忍んで 貴方を想うぅぅぅうぅぅぅうぅぅうううぅぅぅ」

梓「即興で歌わないで!」

梓母「ついつい」

梓「ついついじゃないってば」

梓母「ズン、ズンズンズンドコ」

梓「あ・ず・さ!」

梓「って何やらせるのよ!」

梓母「やっぱり血は争えないのよ」

  『桜ぁぁぁが丘ぁぁああぁぁあぁ 恋慕情ぅぅぅうぅぅぅうぅぅうううぅぅぅ♪』

梓「こ、この曲はっ!?」

梓父「お前っ!」ガチャ

梓母「あんたぁぁぁぁあぁあぁぁんんぁぁあああぁぁぁぁぁぁ」

梓「ちょ! お父さん!? 仕事は!?」

梓父「ああ、荷物の配達先の経路が丁度この近くを通る道だから、ついでに家に寄ったんだ」

梓母「あんたぁぁぁ3日ぶりぃぃぃぃぃいいぃぃぃ!!」

梓父「相変わらず、いいこぶしきかせてるな!」

梓「どうでもいいけど、トラックのカーステの音量どうにかしてよ! ご近所迷惑でしょ!」

梓父「ああん!? 母さんの歌のどこが迷惑だって言うんだ!?」

梓「誰の歌だってこれだけの音量で鳴らせば迷惑になるって!」

梓父「母さんの歌は別格だろ!」

梓「ああもう!!」

梓父「十数年前、カーラジオから流れてきたこの歌に俺は文字通り心を奪われた」

梓父「キャンペーンでCDを手売りで売り歩いてた母さんに出会い」

梓父「そして梓、お前が産まれた」

梓「途中端折りすぎでしょ!」

梓父「なんだ? 詳しく聞きたいのか? この思春期め!」

梓「うぜぇ!」

梓「ってか早くこの歌なんとかしてよ!」

梓父「なんだよ、演歌が嫌いな日本人なんていないだろ?」

梓「少なくとも私はそんな親のせいで嫌いになった!」

梓父「ったくよぉ、ギターなんて始めてやがってよ、この西洋かぶれがっ!」

梓「むしろそっちの日本エキスが濃いだけだって」

梓母「あんたぁぁ 時間はぁぁぁ 大丈夫ぅぅぅぅうぅぅううぅぅ?」

梓父「おっと! いけねぇ! じゃあな!」

梓母「気をつけてぇぇぇ 生きて 生きて 巡りあうぅぅぅぅううぅぅぅ」

梓「もうやだ……」

 … … …

梓(私が軽音部に入って数週間)

梓(相変わらず練習時間よりもお茶の時間の方が多いヌルい部活動)

梓(し、幸せだなぁ)

梓(狙い通り梓友と一緒に過ごす時間も段々減ってきてるし)

梓(部活でもそれ程親がジャズバンドやってるっていう話題にならない)

梓(ただ……)

唯「あずにゃん! これ美味しいよ~♪」

梓(変なあだ名をつけられてしまった)

梓「ま、それも些細なことだし」

紬「もしかして、このお菓子あんまり梓ちゃんの好みじゃなかった?」

梓「あ、いえ、すごく美味しいですよ」

澪「なぁ、梓」

梓「はい?」

澪「ちょっとお願いがあるんだけど」

梓「私に出来る事ならなんでも」

紬「みんなとね、相談したんだけど」

律「私たちってさ、バンド組んでる割にはライブ経験が学校の行事でしかないんだよ」

唯「せいぜい学園祭と新歓ライブくらいなもんなんだよね」

澪「だからさ、梓の親がどんな感じでライブやってるのか参考にしたいんだ」

梓「!?」

律「もっと言うなら、生でライブしてるところ見てみたいんだよ」

梓(つ、ついに恐れていたことが……)

梓(中学まではバンドといえどジャズになんて興味のないガキばっかりだったから
  親のライブを見に行きたいなんて言い出す子はいなかったんだけど)

梓(ってかそれを見越してのジャズバンド設定だったし)

梓(でも、やっぱりバンド組んでる人間からすれば、例えジャズでも見てみたいってのが普通だよね)

梓(しかも知り合いの親がやってるってなればなおさら)

梓(流石にもう無理だ……)

梓(正直に白状しよう)

梓(仮にここで先輩たちに愛想を尽かされて高校生活でのバンド生命が絶たれたとしても、それは私の責任)

梓(グッバイ私の部活ライフ。これにて試合終了です)

紬「出来れば、梓ちゃんもステージに上がってるところも見てみたいかなって」

唯「あずにゃんもたま~に一緒にライブしてるんだよね」

梓「あのですね!」

澪「やっぱり迷惑か?」

梓「その……なんというか……」

律「ちゃんとさ、お金とかも払うから」

唯「そうそう、なにもタダで連れていけってわけじゃないんだよ」

梓「いや……だから……」

澪「もしかして、梓の親のバンドは人気過ぎてもうチケットが取れないとか?」

梓「そ、そうなんですよ! もう毎回発売即SOLD OUTなんです!」

律「それは凄いな」

梓(バンド生命延長決定!!)

梓(って馬鹿!!)

律「でもさ、そんなずっとってことはないだろ?」

梓「いえ、いつも小さいハコでやってるもんで常に瞬殺なんです」

唯「すごい人気なんだね」

澪「だったら、もうちょっと大きめのところでやればいいんじゃ……」

梓「ウチの親はオーディエンスとの繋がりを大切にしたいという本物志向なので」

律「はぁ~、さっすが本物は違うんだな」

梓(我ながら苦しい……だけど、諦めたらそこで試合終了だ)

梓(安西先生、バンドが……したいです!)

梓(だから、梓はいけるところまでいってやります!)

紬「だったら、私の父に頼んで主催者側になっちゃったらいいわ!」

梓(クソッタレ! 金持ちがっ!)

唯「どういうこと?」

紬「チケットが取れないならあっちから来てもらえばいいのよ」

澪「なんか革命起きちゃいそうな言い草だな」

紬「幸い、ウチの経営しているライブハウスにも小規模なものが幾つかあるし」

律「なるほど、それだったら私たちの分のチケットを最初っから取っといてもらえばいいもんな」

紬「もちろん梓ちゃんの親御さんにはギャラも弾むわよ」

梓「で、でも……スケジュールが」

澪「どのくらい先まで詰まってるんだ?」

梓「え、えっと……ご、5年?」

澪「そんなに先まで……」

梓(ってか5年先までお父さんに配送の仕事があるかどうかの方が怪しいよ……)

唯「そうだ! いいこと思いついた!」

律「なんだなんだ?」

唯「本番は無理でもさ、リハーサルとか見せてもらえないのかな?」

梓「!?」

律「おお! むしろそっちの方が興味津々だよ!」

唯「こっちには娘っていう関係者がいるんだし」

澪「ちょっと権利濫用って気もしないでもないけど」

律「梓お願いっ! この近くでやるライブのときだけでいいんだ!」

紬「私からもお願い! きっとこのバンドの糧にしてみせるから」

澪「私からもお願いするよ、本物に触れてみたいんだ」

唯「あずにゃ~ん、お願~い」

梓「か、海外に……」

澪「ん?」

梓「今、親は海外公演へ行ってるので」

唯「そ、そっか……」

律「さすがに海外までリハ見に行くわけには行かないよな……」

梓(ついに海外進出を果たしてしまった……)

紬「いつくらいに帰ってくるの?」

梓「北米の後にヨーロッパ各国を転々とするので半年は……」

澪「結構長いな……」

梓(ヨーロッパを転々とするってのはある意味本当なんだよね)

梓(ただそれがハウステンボスだったりポルトヨーロッパだったり
  志摩スペイン村への荷物の配送なんだけど……。しかも明日には帰ってくるし……)

唯「あずにゃん……」ウルウル

梓「えっ? な、なんで唯先輩そんな涙目で……!?」

唯「あずにゃん! 寂しいね、寂しいね!」

梓「唯先輩!?」

律「そ、そっか……唯も親がよく海外へ行って留守にするもんな」

澪「あ~、そういえばそうだったな」

唯「だからあずにゃんの寂しさがよくわかるんだよ~!」

梓(うぅ……罪悪感……)

唯「私は妹がいるからいいけど、あずにゃんはずっと独りだよね」

梓「はぁ……まぁ……」

梓(実際毎日うるさいくらいだけど)

唯「だったらさ、この週末はみんなであずにゃんのお家に泊まろうよ!」

梓「えっ! あの、ちょっと!?」

律「それいいな!」

澪「うん、親がバンドやってるんだから、家にもなにか参考になるものがあるかもしれないしな」

紬「庶民のお家でお泊りするの夢だったの~」

梓「いや……でも……」

唯「ダメ?」

梓(あんまり断ってばかりいると逆に怪しまれるかもしれない……)

梓「わ、わかりました」

唯「やった~!」

梓(でも、どうしよう……お母さん今は普通の専業主婦だから毎日家にいるし)

梓(それだけでも、両親がバンドやってるって嘘がバレてしまう)

梓(嘘をつくとまた新たな嘘をつかなきゃいけなくなるとはよく言ったもんだ)

梓「……」

梓(だけど、今更引き返せない)

梓(ええいっ! ままよっ!)


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最終更新:2011年08月20日 05:57