… … …

梓(とは言ったものの、いったいどうすれば……)

梓母「どうしたの? 梓ちゃん。元気ないわね」

梓「ちょっとね……」

梓(ああ、先輩達が来る日だけどっか行ってくれないかなぁ……)

梓母「歌おうか?」

梓「やめて」

梓母「でも、お母さん心配だし……」

梓「それでなんで歌うって発想になるかなぁ……」

梓母「じゃあ、お母さんどうすれば……」

梓「普通にしててよ」

梓母「親の心ぉぉぉぉぉっ 子知らずぅぅぅぅううぅぅぅうぅぅぅ」

梓「結局歌うんかい」

梓母「梓ちゃんが普通にしてていいって言うから……」

梓「そうだね、それがお母さんの普通だったね、私が悪かった」

梓母「梓ちゃんがこの調子だったら、今週末の旅行取りやめにしようかしら」

梓「旅行?」

梓母「結婚記念日に夫婦水入らずで温泉に1泊旅行にでも行こうかってお父さんが」

梓「えっ!? それ本当!?」

梓(これはチャンス!)

梓母「梓ちゃんももう高校生だし、独りでお留守番するのも大丈夫だろうって」

梓「中学生でも充分出来るわ」

梓母「でも、なんだか梓ちゃん元気ないようだから、1泊はやめにして日帰りにしようかなって」

梓「いやいや、行きなよ! せっかくの結婚記念日なんだからさ!」

梓母「そう?」

梓「うん!」

梓母「じゃあ、お言葉に甘えて」

梓「1泊といわずにもう2泊3泊しちゃいなよ!」

梓母「お父さんお休みその2日しか取れなかったのよ」

梓「そうなんだ~、お父さんも大変だよね~」

梓母「なんだか梓ちゃん元気になった?」

梓「私はいつでも元気だよ!」

梓(まさに形勢逆転!)

梓(これは私に嘘をつき続けろっていう神様からの啓示に違いない)

梓(なんとか上手いことやってやるです!)


 そして当日…

唯「おじゃましま~す」

梓「どうぞ、遠慮なさらず」

律「ほうほう、ここがかの有名なジャズバンドの……」

紬「意外と普通ね」

澪「そりゃ、ムギの想像を超えることなんてこれから先もそうそうないだろ」

唯「でも、こっちの棚にはCDが一杯だよ!」

澪「凄い量だな」

紬「さすが両親がバンド組んでるだけあるわね」

律「梓は小さい頃からこれらのCDを聴いて育ってきたんだな」

梓「普通ですよ、普通」

唯「気取らないところがまたカッコイイよね」

梓(いったいこれだけの量のCDを集めるのにどれだけ私が苦労したか)

梓(私のコレクションだけじゃ心許ない)

梓(だから今、近所のCDレンタル店のジャズ系のCDの殆どは我が家にあると言っても過言じゃない)

梓(新しいギターやその他諸々、欲しかった物を犠牲にしてお年玉貯金を切り崩した涙の結晶)

梓(途中、なんでこんなことしてるんだろ、って悲しくなってしまったけど)

梓(もう、ここまで来たら絶対に突き通す!)

梓「プレイヤーはそこにあるので、なにか気になるものがあったら聴いてもらっても結構ですよ」

澪「そうだな、何か聴かせてもらおうかな」

梓「あ、これとかオススメですよ。もしジャズでわからないことがあったらなんでも聞いて下さい
  私の答えられる範囲で、ですけど」

律「すんなりオススメできるあたりはさすが本物だな」

梓「えへへ。じゃあ、私は何か飲み物でも持ってきますので、ゆっくりしてて下さい」

紬「手伝おうか?」

梓「大丈夫です」

梓(そう、大丈夫。あの棚にあった演歌のCDは全部入れ替えたし)

梓(これだけのCDコレクションを見たら疑いようがないはず)

 … … …

梓(この後は、今まで妄想していた両親とのライブ紀行を語ったりして)

梓(まさかこんなことに役立つとは、妄想もしとくもんだなぁ)

梓(ジャズの知識だってそこそこ自信あるからその合間合間で披露する)

梓(それで抜かりはないはず)

梓「すみません。慣れないもので少し時間がかかってしまって」

  『あまぎぃぃぃぃぃぃ ごぉぉぉえぇぇぇぇぇぇ』

唯「あずにゃんおかえり~」

律「梓、この曲は?」

梓「ああ、天城越えですね。津軽海峡・冬景色と並ぶ石川さゆりの代表曲ですよ」

梓「1986年の第28回日本レコード大賞金賞受賞曲だったりします」

梓「ちなみに今聴かれてるのは新録音版ですね」

唯「へ~、さっすがあずにゃん!」

梓「えへへ。……って、えっ!?」

梓「な、なんで演歌なんて聴いてるんですか……」

律「ああ、なんかこのCD棚動くみたいだったから、動かしたら裏にまだ沢山CDあってさ」

唯「そしたら、なんか演歌のCDいっぱい出てきてね」

梓「!?」

梓(し、知らなかった……不覚っ!)

律「梓には悪いけど、ジャズより演歌の方が面白そうかなって」

梓「は、はぁ……」

紬「でも、梓ちゃんのご両親はジャズバンドやっていらっしゃっるのにこれだけ演歌も好きなのね」

梓「じ、ジャズと演歌は意外と通ずるものがあるらしくて」

梓(自分で言っといてなんだけど、初耳だよ……)

唯「なるほど~、やっぱり音楽ってやつはどこかしらで繋がってるもんなんだね!」

梓「も、もちろんです!」

澪「ところでさ、このジャズのCDなんだけど」

梓「は、はい! むしろそっちのことを聞いて下さい」

澪「なんだか◯×レンタルってシールが貼ってあるんだけど……」

梓「あ……」

梓(し、しまったー!!)

梓(ど、どうする!? いっそのこともう吐いちまうか!)

梓(いや……でも……)

梓「れ、レンタル落ちをいつも買ってましたので」

澪「そっか」

梓(持ち直した! ……のか?)

唯「ねぇ、次これ聴いてみようよ」

律「ん~、どれどれ? 『桜が丘恋慕情』か」

梓「そ、それはっ!?」

紬「どうしたの?」

梓「い、いえ……」

梓(お母さんのCDだよ……)

澪「桜が丘って、もしかしてここのこと?」

唯「私もそう思ってね」

律「しかも第2章とか3章とかもあるな」

梓「えっ!?」

梓(それも初耳だっ!)

紬「章立てだなんて、なんだかロマンチックね」

梓(なんでもないようなことが幸せだったと思う……)

紬「ねぇ、みんな。この『桜が丘恋慕情~最終章~』のジャケットなんだけど」

澪「ん? これって……」

律「なんかすっごい見覚えある人が写ってるな」

唯「あずにゃんの小さな頃じゃない?」

梓「!?」

梓(そういえば、小さな頃に両親と一緒にスタジオで写真を撮った記憶が)

梓(まさかそれがCDのジャケット撮影だったなんて!?)

梓(これは言い逃れ出来ない気がする……)

澪「梓、これはいったい?」

梓「あ、あはははは……」

 『~~~~~ ~~~~~~~~~~~~♪』

律「あれ? なんか外で曲流れてるな」

唯「本当だね、演歌かな?」

梓「……えっ?」

澪「近くで演芸大会でもやってるのか?」

梓「いえ、そんな催しは無いはずですけど」

紬「でも、なんだかどんどん近づいてくる気が」

梓「ま、まさか……!?」



 『桜ぁぁぁが丘ぁぁああぁぁあぁ 恋慕情ぅぅぅうぅぅぅうぅぅうううぅぅぅ♪』



梓「か、帰ってきちゃった!?」


梓母「帰ってきたよ、帰ってきたよ」

梓母「帰ってきぃぃぃぃぃたぁぁよぉぉぉぉぉぉぉ」

梓「な、なんで……」

梓父「いや~旅館の予約を間違えて1週間後にしてしまってたみたいでな」

梓「……」

梓母「やっぱりね、そうだろね、しんどいね、未練だね」

梓父「まぁそう言うなよ。来週行けばいいんだから」

梓母「やだねったら、やだね」

梓父「悪かったって。機嫌直してくれよ」

梓「あ……あ……そんな……」

唯「えっと……あずにゃん?」

梓「はっ!?」

梓父「おっ、梓のお友達か?」

律「こ、こんにちは……」

梓母「あら、いいおでこね」

梓父「おでこ? でこ……デコトラ!!」

律「!?」ビクッ!!

梓母「あんた、落ち着いて」

梓父「あ、ああ、すまん」

紬「あの~……もしかして梓ちゃんの」

梓父「娘がいつもお世話になってます」

澪「あ、いえ……こちらこそ」

梓(もう駄目だ……)

唯「あれ? だけど、あずにゃんのお父さんお母さんは今海外に行ってるんじゃ」

梓「……」

澪「梓? いったいどういう……」

梓「……」

紬「梓ちゃんのことが心配になって帰ってきた……とか?」

梓「……」

律「けど……こう言っちゃなんだけど、ジャズバンドやってるって感じじゃないよな……」

梓「ふ、ふぇぇ……」

唯律澪紬「!?」


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最終更新:2011年08月20日 06:00