律「何か雲が多くなってきたな」

梓「涼しくて結構じゃないですか」

律「けど、こりゃ雨が降るぞ」

梓「あ、天気予報でそんなこと言ってましたね」

律「洗濯物、取り込んでおかないと」


ジージージージージー

律「そっか、梓は十七歳になるのか」

梓「律先輩と同じ十七歳です」

律「私はもうすぐ十八になっちゃうよ。明日の日曜日にさ」

梓「あ、そっか。誕生日でしたね」

律「みんなには言ってないから、忘れられちゃってるだろうけど」

梓「みんなちゃんと覚えてますよ」

律「別にいいよ、誕生日なんか」

梓「何でですか、年に一度の大切な日なのに」

律「一つ歳をとるだけじゃん」

梓「そんなことないですよ。みんなでお祝いしたり、親に感謝したりする日です」

律「ふぅん、そんなもんかなぁ」

梓「私が律先輩をお祝いしてあげます!」ズイッ

律「そ、そっか」

梓(あれ? 何か引っかかるような)

梓「……」

律「梓?」

梓「…………」

梓「あっ!!」

黒猫「!?」ビクッ

律「ど、どうした急に」

梓「ごめんなさい、用事を思い出しました!」

律「え? あ、そうなの?」

梓「失礼します!」


ピュー


律「お、おい梓」


ステーン


律「あ、転んだ」

黒猫「……」フッ


律「おーーい! だいじょうぶかー?!」

「だいじょうぶでーーす!!」

ピューー

律「……変なやつ」

黒猫「ニャーゴ」


――――

梓(しまった、すっかり忘れてた)

梓(律先輩にケーキ作ってあげようと思ってたのに!)

梓(今から間に合うかな……いや、間に合わせよう)

梓(いつもお世話になってる律先輩のためだもんね)

梓(よぉーーし! ファイト、私!)


ワォーン オンオン

梓母「梓、台所占領して何するの?」

梓「ひみつ」

梓母「花嫁修業でもするわけ?」

梓「違う!」

梓母「……その材料からするとケーキかしら。この前も作ってたし」

梓「」ギクッ

梓母「そういえば明日って……」

梓「ちょっと黙ってて!」

梓母「はいはい」


梓「えっと、バターをよく練って砂糖を入れて……」

梓母「ちょっと、量はちゃんと量ったの?」

梓「そんなの適当だよ」

梓母「だめだめ、入れすぎたり足りなかったりしたらまた失敗するわよ」

梓「うっ……」

梓母「この前のパサパサケーキ、後の処理が大変だったんだから」

梓「もう、分かったよ」

梓母「はい、大さじ」

梓「……」

梓母「どうしたの?」

梓「大さじって何グラム?」

梓母「……」


梓「で、砂糖を入れたら白っぽくなるまでよく混ぜて」

梓「……」

『ここでよ~~く混ぜたら、ふっくらと仕上がるんだよ』

梓「よ~~し」グイッ

梓「やぁやぁやぁ!!!」シャカシャカシャカ

梓母「……」

梓「たぁたぁたぁ!!」シャカシャカ

梓母「それじゃ格闘してるみたいよ」

梓「ふんふん!」シャカシャカ

梓母「……」

梓母(ま、女の子にとって好きな人のために料理するのは、格闘みたいな真剣勝負なのかもね)

梓「う~~~!!」シャカシャカ

梓母「……」ニヤニヤ

梓「溶いた卵をちょっとずつ加えて混ぜるっと」

梓「む~~~!!」シャカシャカシャカ

梓母「……」

梓「なじむまで混ぜたら、薄力粉類を入れてゴムべらで切るようにこねる」

梓「よいしょ、よいしょ」グッグッ

梓母「……」

梓「ふぅ、こんな所かな」

梓母「もっと混ぜなきゃ。ダマになってるじゃない」

梓「あ、ホントだ」

梓母「ちょっと貸してみなさい」

梓「だめ! 余計なお世話!」

梓母「何よ、せっかく手伝ってあげようとしてるのに」

梓「へ、へたでも自分で作りたいの!」

梓母「へぇ」

梓「そりゃ、私不器用だし……」

梓「今まで料理なんてやったことないから……上手くできないかもしれないけど」

梓「その方が……喜んでくれると思うから」

梓母「」キュン

梓「お母さん?」

梓母「……はっ」

梓母(わが娘ながら可愛いじゃない……不覚)

梓「溶かしたチョコとラム酒を加えて」

梓母「あら、ラム酒なんてお洒落ね」

梓「友達に教えてもらったんだ。アクセントになるんだって」

梓母(それでこの前のアレはやけにアルコールの香りがした訳か)

梓母「入れ過ぎちゃだめよ」

梓「分かってる」

梓「……」ソー

梓「そして生地につやが出るまでこねる」

梓「やぁ! やぁ! やぁ!」グイッグイッ

梓母「……」ソワソワ

梓母(だ、大丈夫かしら……? 危なっかしくて見てられない)

梓「ふん! ふん!」

梓母「……」ジー

梓母(でも、娘の頑張る姿は見たい……複雑だわ)

梓「最後に律先輩の好きなラムレーズンを加えて、生地はできあがり!」

梓母「お疲れさま、割と上手くできたんじゃない?」

梓「焼き上がるまで分からないけど、自信はある」

梓母「きっと美味しいわよ。じゃ、オーブンにかけましょう」

梓「うん!」



~~一時間後~~


梓「……」ソワソワ

ジーーーーー

梓「……」ワクワク

梓母(あの子ったら、ずっとああして)

梓「後五秒……四、三、二、一」

チーン!

梓「できたー!」

梓「あつ、あつっ」

梓母「あら、いい香り」

梓「紙をそっと外して冷まし、冷蔵庫に入れて一晩置く」

梓母「ねえねえ、ちょっと味見してみない?」

梓「食いしん坊だなぁ」

梓母「この前の失敗作食べてあげたじゃない」

梓「いいよ、ちょっとだけだからね」

梓母「わーい」

梓母「」パクッ

梓「……」

梓母「……」モグモグ

梓「ど、どう?」

梓母「うん、すごく美味しい」

梓「ホント!?」

梓母「これならきっと、りっちゃんも喜んでくれるわ」

梓「うん! ……ってお母さん!」

梓母「あれ、りっちゃんにあげるんじゃないの?」

梓「うぅ……」

梓母「真っ赤な顔しちゃって」

梓「ラップして一晩置いて、あっちで切ればしっとり仕上がる」

梓「そしてメッセージカードを添えて……できあがり!」

梓母「何て書いたの?」

梓「み、見ちゃだめ!!」

梓母「いいじゃない、減るものでもないし」

梓「それでもぜぇっったいだめ!!」

梓母「もう、分かったわよ」


カッチコッチ カッチコッチ

梓母「あら、もうこんな時間」

梓「ホントだ」

梓母「片付けは明日でいいから、もう寝なさい」

梓「はーい」



―梓の部屋―

梓「ふぅ、どうにか完成してよかった」

携帯「ピッピッ」

梓「あ、携帯チェックしてなかった」パカッ

梓「……」

梓「律先輩から電話あったんだ」

梓「今からかけ直すのは失礼だよね」

梓「うん、明日にしようそうしよう」

梓「……」

梓「ふふ、律先輩褒めてくれるかなぁ」

パラ… パラパラ…

梓「……雨?」

梓「そういえば、夜から降るって言ってたなぁ」

梓「明日には止んでたらいいけど」

梓「年に一度の、律先輩の大事な日だもんね」

梓「お天道さま、お願いします。律先輩のためにも雨を降らせないでください」

梓「……」

梓「おやすみ」



チュンチュン

梓「ん~、いい天気……でもないか」

梓「曇りのち雨ってところかな」



プルルルル… プルルルル…

ピッ

「ん~~、あずさぁ?」

梓「もしかして、寝てました?」

「……うん」

梓「もうお昼ですよ、律先輩のねぼすけ」

「うるせーし。夏休みぐらい寝かせろ」

梓「昨日はごめんなさい、電話に気づかなくて」

「それはいいけど、一体何の用?」

梓「お誕生日、おめでとうございます」

「……ん、ありがと」

梓「それで、今から律先輩の家に行きますんで。プレゼントがあります」

「えっ、何くれんの?」

梓「内緒です」

「ちぇっ、それじゃ後のお楽しみに」

梓「ダッシュで行きますんで、二度寝なんかしちゃダメですよ」

「はいよ。車に気をつけろよ、鈍くさいんだからお前」

梓「むっ……言われなくても」

「じゃ、待ってるから」

梓「はーい」

ピッ

梓「よし、準備しますか」

梓母「気をつけてね。あ、折りたたみ傘持って行きなさい」

梓「はぁい」

梓母「……梓」

梓「何?」

梓母「グッドラック」グッ

梓「……うん!」


テクテク テクテク

梓「せ~んろはつづく~よ~ ど~こま~で~も~♪」

黒猫「ニャー♪」

梓「あ、昨日の猫ちゃん。こんにちは」

黒猫「ニャッ」

梓「また会えるなんて奇遇だね」

黒猫「……」クンクン

梓「もう嗅ぎつけたの? ずいぶん鼻が利くんだ」

黒猫「……」ジー

梓「だめだよ、まずは律先輩に食べてもらうんだから」

黒猫「……」シュン

梓「……君も一緒に来る?」

黒猫「?」

梓「律先輩と、お祝いするんだ。そこで食べよ」

黒猫「ニャッ」

梓「よしよし、ちゃんとついてくるんだよ」

黒猫「ニャー」


ポツリ… ポツポツ…

梓「あっちゃ~、雨降ってきちゃった」

梓「傘持ってきてよかった。ケーキが台無しになっちゃうもんね」

黒猫「……」テクテク

梓「君も入りなよ、濡れちゃうでしょ」

黒猫「ニャア」

梓「ふっふ、猫を従えるなんて何だかいい気分」


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最終更新:2011年08月21日 23:02