律「澪、ちょっとこっちきて」
澪「なに?」
律「おもしろいの載ってるよ」
一人で使うには少し大きめのベッドの上
彼女はうつ伏せになり、パタパタと節操無く両膝を交互に折り曲げてリズムをとっている
落ち着きのない彼女はそのリズムを奏でたまま、
自身の枕の上に広げた雑誌を食い入る様に眺めていた
私の名前を呼んだのは
雑誌の内容に影響されたせいだろう
澪「どれどれ?」
律「これ、見て」
彼女の体が横にずれ、私が寝そべるスペースを作り出す
間を置かずその空けたスペースをトントンと彼女の手がタッチする
その一連の動作から、私は当たり前の様に彼女の横へ導かれ、
自身の肩と彼女の肩を密着させたまま、枕の上に置かれた雑誌を覗きこむ
律「これ」
澪「…恋愛占い?」
律「そうそう、おもしろいよ」
澪「好きだな、こういうの」
律「多感な時期ですからね!澪も占ってあげるよ」
私以外の人は案外意外に思うかもしれないな
もし唯がこの場にいたなら、
『りっちゃんのキャラじゃないよ…』っていう声が聞こえてきそうだ
それもそうだろう、私以外の人間にはあまり見せない一面だから
律「なんだよー…興味無さそうだな?」
澪「そんな事ないよ、ただ…」
律「ただ?」
澪「恋愛…かぁ」
律「澪は奥手だからなー」
素直に言わせてもらえればその雑誌に興味は無い
あえて偽ってみせたのは、誘ってくれた彼女に悪いと思ったから
しかし長年一緒にいるだけあって、彼女は私の嘘を見破った様だ
誤解があるとすれば、私がいまいち乗り切れないのは
その大衆向けに作られたであろう雑誌に対してであって
『恋愛』という事に対してでは無い
それと誤解がもう一つ、私は奥手なんかじゃない
律「まま、とりあえず占ってあげるよ」
澪「うん」
律「A型の山羊座さんは…えーと…」
澪「何がわかるんだ?その占いで」
律「色々解るよ、澪の恋愛観とか、相性とか」
澪「ふーん…そうなんだ」
律「えーと、どれどれ」
彼女の言うように多感な時期である事は確かだ
恋愛話の一つや二つ、放課後の音楽室でも話題に上がる
けれどもそんな話、私には関係の無い話だと自分自身で決めつけ、
適当な相槌と、愛想笑いでいつもその場をやり過ごす
律「何事に対しても完全を追い求めるあなた。時には周りの目も気にせず、
気がつけばリーダーシップを発揮している事もしばしば。
…あはっ、当たってる♪」
澪「律達が練習しないからだろ…」
律「まま、それは置いといて…続けるよ?」
澪「うん」
占いを読み上げつつ、彼女は活き活きとした表情を私に見せつける
彼女のその澄みきった瞳を眺めていると、ある種の不安が私の中で芽生えてくる
律「恋愛に対しても同じく、相手に完璧を求める傾向にあります
選り好みが激しく、妥協を一切しないあなたは
例え長い時間を費やしても理想の男性を追い求めます」
澪「……」
律「それ故、気がつけば周りの友人に先を越されてしまう可能性も…
……そうならない為のアドバイス!
完璧主義者のあなたは相手にもそれを押しつけがち
時には気になる相手を違う視点から寛大な目で見てみては?
妥協ではありません、そうする事で相手の新たな一面が発見でき
それがまた相手の魅力だと感じられるかもしれません」
澪「……」
律「そんなあなたに合う理想の男性像は…―――――」
澪「……」
これが高校生なんだって、これが青春時代なんだって
昔からずっと私の横にいた彼女を見ているとそれらを十分に満喫している様に感じられた
羨ましいとは言わないけれど、自分と比較する事で彼女が遠い存在になっていくのが
とても恐ろしく感じられた
律「…――――です。きっとお互いが支え合い誰もが羨む最良のカップルとなるでしょう」
澪「……」
律「…澪…聞いてなかったろ…?」
澪「へっ?そ、そんな事ない!」
律「ホントかぁ?」
澪「聞いてたよ!ありがとう律、すっごく参考になった!」
高校に入ってからも色んな人達と出会った
唯にムギに後輩の梓、顧問のさわ子先生、同じクラスの和
みんなと喋って、みんなと仲良くなって、仲間と言える存在にまで発展して
律「どの辺が参考になったの?」
澪「えーと…理想の男性のとことか」
律「そっか…理想の男性、追い求めてる?」
澪「さぁ…どうだろうな…」
その過程の中で、私が幼い頃からずっと悩みこみ、
抱え込んでいたものの答えが見つかった
それは私は普通の人間じゃないという事
律「どうだろうなって…占いはずれてるって事?」
澪「ううん、当たってるよ」
ありきたりな占い文句
会った事もない人物に自分がこういう人間だと勝手に評される
くだらない、私の事等なんにも解っちゃいない癖に
律「だよなー、けっこうすごいだろ?この雑誌」
澪「なんか怖くなっちゃうよな…ここまで当たってると」
律「そんな重く受け止めるなよ、ただの占いじゃん?」
ただの占い、その通りだ
こんなもの余興にすぎない
余興にすぎないけれど、先程まで蔑んでいたその占いに対して
一つの関心が私の中で芽生える
澪「律の占いはどうだったんだ?」
律「い、いいよ!私のは…」
澪「なんでだよ、気になる」
律「気にしなくていいよ!…澪とおんなじ感じだから」
澪「…」
律「…はは」
澪「…貸して?」
律「…うっ」
渋々と彼女が私に雑誌の主導権を渡す
というよりも彼女から見れば、なかば私が強引にその権利を
奪い取った様に見えたかもしれない
澪「えっと、律のページは…」
律「……」
女性物の雑誌らしい、華やかに彩られたページをめくる私の手を見つめながら
彼女は気を損ねたのか、頬を膨らませる
私は彼女のその表情を目の端で捉えながら、自然と含み笑いをしてしまう
彼女が時折見せる子供の様な振舞いや言動
私はそれを感じ取るのが好きだった
澪「えっと、ここだな」
律「…」
澪「楽観的に物事を考えるあなた、恋愛に対してもおなじk」
律「ちょっ!…ちょっと澪!」
澪「どうした?」
律「別に朗読しなくてもいいから!」
澪「律だって声に出して読んだだろ?私の占い」
律「いや、でも…恥ずかしいって言うか…」
澪「だめだよ、私だって恥ずかしかったんだから、これでおあいこだろ?」
律「むむ…」
周りから見たら常に活気に満ち溢れているであろう彼女が、
私の言葉一つで焦り、戸惑い、そして羞恥を覚えている
ごめんね律、私はひねくれ者だから
そんないつもと違う彼女を見たいが為に
私は意図的に彼女を追い詰める様な会話の問答に導いていく
澪「楽観的なあなた、恋愛に対しても同じくプラス思考
相手の嫌な部分よりも、良い部分を多く見ようとします
そんなあなたに相手が甘えてしまう事もしばしば
気がつけば知らず知らずの内自分の本音を心の中に溜めこんでしまいがち
そうならない為のアドバイス…
律「……」
澪「……」
律「…?…どうした澪」
澪「ん…なんでもない、そうならない為のアドバイス――――」
占いを信じる訳じゃない
信じる訳じゃないけれど、私が彼女に対して今やっている事
彼女は心の底ではどう思っているんだろうか
声に出して朗読するという事
お互い様ってもっともらしい理由をつけて行っているこの行為
黒く靄がかかった様な感情を後ほど彼女は抱いたりしないだろうか
澪「―――する事です。あなたのその溜めこんだ感情を
相手にぶつける事も時には必要です」
律「はは…どう?」
澪「…へ?」
律「当たってるのかな?自分じゃよく解らないなー」
澪「んー…どうだろうな…」
解ってる
昔からずっと一緒にいたじゃないか
その占いが彼女に当てはまる事くらい解ってるんだ
例え嫌な事があっても、自分の事なんか二の次
他人を第一に思いやる事、それが彼女なんだ
律「当てはまる部分もあると思うんだけど」
澪「そうかもな、とりあえず最後まで読むよ」
律「…うん」
澪「そんなあなたの理想の男性像は…自分に対して―――」
いつも笑顔でさ
一見心の底が読めそうで読めないんだ
いつも他人に気を使ってくれてる
どんなに自分が追い込まれていたとしても相手の事を考えられる
思いやりの心が欠けている私には到底不可能な事だ
澪「―――できる男性です。それがあなたの理想の男性像です」
律「…たっはー、やっぱ恥ずかしいなー」
澪「……」
律「理想の男性像って…私ら女子高だっつーの!
私にもいつか理想の男性現れるかなぁ」
澪「……」
律「澪?…どうしたんだ?」
澪「……別に」
律「…そ、そっか…」
澪「……」
律「……」
相手の事を思いやれない私は
今の不快な気持を相手にそのまま伝えてしまう
読むんじゃなかった、こんな雑誌
律「…あ、何か飲み物持ってくるよ、何がいい?」
澪「…いらない」
律「まぁ、そう言うなって…」
澪「……」
律「……」
澪「……」
律「……澪」
澪「……」
律「…なんで怒ってるんだ…?」
澪「……」
彼女の事なんか何も知らない癖に
何も解ってない癖に
口に出して読む事すら拒みたくなる
私の不快の元凶はその雑誌に書き連ねてある
理想の男性像に対してだ
律「怒ってるじゃん」
澪「別に怒ってないよ」
律「……」
澪「……」
存在するのかどうかも定かでは無い彼女の理想の男性
私の頭の中に浮かび上がった仮初のその黒い男性のシルエットが
ただひたすらに憎かった
律「澪…」
澪「……」
律「私達さぁ、そろそろ恋愛とかしても良いと思うんだ」
澪「……」
お互いベッドの上で肘を立てたうつ伏せ状態
彼女がそっと切り出したその話題は
私にしてみたら今すぐに耳を塞いでしまいたい内容である事に間違いはなかった
澪「……」
律「澪も…良い人、見つかるといいな」
澪「……」
一瞬彼女が何を言ってるのか解らなかった
相変わらず返す言葉が見つからない私は沈黙を続けてしまう
間をおいて彼女の真意を察した私に浮かび上がってきた感情は
憎悪だった
その感情は仮初の黒い男性のシルエットに向けられたものではなくて
他でもない、私の横で肩を密着させる幼馴染に向けられていた
今解った
私が憎らしいのは仮初のそのシルエットなんかじゃなくて
最初から男性と恋愛を求めている彼女に対してだったんだ
それを悟った瞬間
私は横に寝そべる彼女を押し倒し、彼女の体に覆いかぶさり
彼女の両手を自分の手で固く抑えつけていた
澪「嫌だ…!そんなの…」
律「……」
彼女の顔が私の垂れた髪の毛で軽く覆われる
彼女は気にせずといった表情で虚ろな目をしている
唐突な私の行動であるにも関わらず抵抗する気は無いようだ
哀しそうな、切なそうな
彼女がこんな目をする事が今まであっただろうか
澪「私じゃ…私じゃ…ダメ……なの?」
律「……」
必死の懇願だった
彼女の頬に、水滴が滴った時、
自分が涙を流している事に気がついた
最終更新:2011年08月22日 00:03