純「ふあぁ……」

 おはようございます、鈴木純です。

 髪はテンパ、目はつり目、スタイルもさしてよくないけど強く生きてます。

 おかげで私も高校生として、今年から桜が丘高校というところに通いはじめられました。

 女子高だもんですから、別になった中学の友達からはレズ扱いを受けてるけど平気です。

純「ん……」

 だいたい女子高だからといって、レズばかりということはありません。

 クラスにせいぜい5人いれば多いほうかなと、これまでの経験上思っています。

 付き合ってる子なんて私は一人しか知らないし、たいていの人はちゃんと彼氏が欲しいって言っています。

 私もそんな一人。

 かっこいい彼氏とかもほしい、普通の女の子です。

純「……おい」

 なのですが。

梓「んー? あ、純おはよう」

 今朝もあれ。

 女の子が私の隣で寝ていました。

純「……なんでいるの」

梓「なんだか昨日は、純と寝たくなって」

純「それで来ちゃったんだ?」

梓「うん。だめだった?」

純「だめにきまってんでしょ! さっさとでてけ!」

梓「ちぇー、かわいくなーい」

 パジャマ姿ですごすごと退却してくれた彼女を紹介しよう。

 いや彼女って、そういう意味の彼女じゃなくて。

 シーです。あくまで。

 彼女は中野梓といって、私と同じ桜が丘高校の1年生。クラスも同じです。


 腰まであるような長くて黒い髪をツインテールにしていて、

 初めて話したときにそこをかわいいと褒めたのを覚えています。

 そしたら彼女は曰く、

梓「純……わたし、純みたいな子にそういうこと言われたら、好きになっちゃう」

 と。

 この件を要約しますと、つまり、

 女子高に入学1週間でレズにターゲッティングされた。

 と。

 怖いですね女子高。

 それでも私は元気です。

 今日もはりきって、ベースひっかついで学校に行きますよ。

 ゴーゴー! がんばれ純ちゃーん!

 ……はぁ。

 シャワーを浴びて、髪をしっかり整えます。

 朝はさすがに梓も時間がないみたいで、落ち着いてシャワーを浴びられます。

 ていうか時間ないならうちに来るなよ。

 朝シャンのあとは朝ごはん。

 お母さんのご飯はやっぱりおいしいですね。

 さあ腹ごしらえをして、制服に着替えて学校へ。

梓「おっはよ、純! 一緒に学校いこ!」

 玄関を開けるといつものがいました。

純「はいはい……」

 通学中は身体的なセクハラはあまり受けないので、断る理由はありません。

 こんなやつでも小学校からギターをやっていて、話は意外と合うのです。

梓「じゅんじゅん、手つなごうよ」

純「絶対にやだ」

 手を繋いだら最後、クラスどころか学校中に噂は広がり、私までレズのそしりを受けることになります。

 梓がところかまわず愛を叫ぶせいで、私が狙われていることはけっこう有名なのです。

梓「じゃあ腕組んでいい?」

純「やだって言ってんでしょ」

梓「じゃあキスしよっか」

純「あんたもう先行けよ」

 今日は梓の調子がわりといいみたいです。

 私は梓の首を掴んで先を歩かせることにしました。

梓「……」

純「とたんになんも喋らなくなって」

梓「だ、だってさ……こうやって後ろを歩かれてると」

梓「いつ純が私のおしりを触ってくるかって……ドキドキする」

純「触らねえよ」

 やっぱり後ろを歩かせたほうがいいのでしょうか。

 ってそれは何より危ない。

 落ち着け私。

梓「好きだよー純ー」

純「黙って」

梓「純。女の子を黙らせる方法はひとつだよ」

純「ふむ……殺す?」

梓「純にならいいかも」

純「そう言われると殺したくないな」

梓「やっぱり愛してるんだね」

純「私の話ちゃんと聞いてる?」

 そうこうしているうちに学校につきましたが、

 梓とはクラスも同じなので解放はまだ遠いです。

 というか解放なんてないです。

 下駄箱にくると梓が振り返りました。

梓「純、くつ脱がしてあげる」

純「やめて、嗅ぐ気でしょ」

梓「そうだけど」

 私は梓を押し退けて靴を脱ぐと、早々に下駄箱を開けてうわばきに履き替えました。

梓「くっ」

 下駄箱に鍵をかけ、勝利のポーズ。

 鍵がかけられるタイプの下駄箱でほんとうによかったです。

純「先行ってるかんねー」

梓「あ、ま、待ってよ純! ハニー!」

純「誰が……」

 振り返って言いかけたところで、梓の後ろに衝撃のものを見た。


憂「……ん。じゃあ、またね!」

唯「ばいばーい、憂!」

 紹介しよう。

 私の友達(レズ)その2、平沢憂

 これはなんとすごいですよ。

 自分のお姉ちゃんと付き合ってます。

 しか、しかも、い、いまっ、

純「う、憂ー!?」

憂「あ、おはよう純ちゃん。梓ちゃんも」

梓「おー。おはよう」

純「おはようじゃなくて! 憂、いま、あんた学校でっ」

憂「え? ああ、そういえば今まで昇降口で会ったことなかったね」

憂「見られたって思うと、ちょっとだけ恥ずかしいね」

純「ちょっとか……」

憂「うん。エヘヘ……」

梓「私は全校生徒の前で純とキスしても恥ずかしくないよ」

純「最初から梓に恥の精神なんか期待してないから」

梓「エヘヘ……」

 もはや何も言うまい。

 私たちは1年のレズ3人娘だと後ろ指さされながら教室に行きました。

 誤解じゃ何を言われても平気です。

純「あー、1限数学ってやだねー」

 時間割りを見てげんなりします。

 早くベースが弾きたいものです。

梓「私は純と一緒ならどんな授業でも最高だよ」

純「朝から落ちるなー」


 今日は朝からレズに絡まれすぎてちょっと辛いです。

 1限は居眠りしようと思います。

憂「でね、お姉ちゃんがぎゅーってね」

梓「いいなあ。私も純に抱きしめられたい」

純「やーだーよ」

憂「ちょっとぐらいいいのに、ねぇ?」

梓「ううん。私は純がちゃんと私を愛してくれるまで待つよ」

憂「偉いなあ。私なんてふつーにお姉ちゃんに襲われたのに」

 ……それから、一応もう一人のレズについても説明しましょう。

 私は直接会ったことはまだないですが、2年の先輩、憂のお姉ちゃんである平沢唯です。

 軽音部に在籍していて、梓の先輩という形にもなってますね。

 この人がとにかくすごいらしいです。


 まず先ほども言ったのでわかるでしょうが、自分の妹である憂と交際していること。

 しかもそれが10歳のときで、憂は無理矢理……されたらしいのです。

 無理矢理してきた姉と付き合うぐらいだから、憂も相当すごいんですけどね。

 そして何より恐ろしいのが、彼女の抱きつき癖だそうです。

 相手がかわいい女の子と見れば抱きついて胸を確かめられ、ほっぺにキスまでいく場合もあるそうです。

 くちびるにしないのは憂への操立てだと思います。

 そのあたりはしっかり(?)しているんですね。

 とにかく憂が近くにいないときの唯先輩はかなり危険らしいです。

 生徒会長ですら彼女の前ではデレデレで役に立たないとききます。

 自分がかわいい女の子とは思いませんが、梓みたいな前例もあるので、絶対に近づくまいと思います。

梓「じゅん。じゅーん」

純「……顔近い」

梓「ぼーっとしてるから。そろそろわたし、席戻るね」


純「わざわざ言わなくても、あんたの席私の隣でしょうに」

梓「だって好きなんだもん。一言でも多く、少しでも近くで喋りたいでしょ」

純「わあ何その恋する乙女。人の風呂覗いてなきゃかわいいのに」

梓「か、かわいいかなあ。ドキドキ」

純「私の言葉をきちんと聞いて。かわいくないって言ってるんです」

 ぱたぱたしてる梓を放っておいてホームルームを終えると、教科書だけ出して眠りにつきます。

 どうせ定期テスト前には梓と憂が一緒に勉強してくれます。

 かわりに梓にデートを迫られるけれど、普段の遊びとさして変わらないから大丈夫です。

 恋心の悪用とはまた違う……と思います。たぶん。

純「……すぅ」

梓「……」

梓「うひ」

 ……シャッター音がうるさい。


 梓はこんな私のどこが好きなんだろう、とたまに思うことがあります。

 梓のほうが嘘みたいに綺麗な髪をしてて、

 梓のほうがちっちゃくて可愛くて、

 梓のほうが成績もいいし、

 わたしなんてそんな梓を一回ほめただけで、

 梓を拒否ばっかりしてるのに、どうして。

 ちなみに梓が軽音部に行ったときもなかなか可愛がられたそうですが、

 そんなことはまるで引きずる様子もなく、

 その話の合間にも文節ごとに「じゅんすき」と言ってきました。

 一度憂に聞いてみたらわかるでしょうか。

 梓自身に尋ねるのは、ちょっといやです。

 なんだかまるで、梓のことが気になってるような質問ですから。

梓「純、じゅーん。起きなって」

純「む……はっ。数学終わってる」

 梓に揺り起こされて起きると、もう休み時間でした。

 顔を上げると、口から顎に冷たい糸が当たります。

梓「あっ、いただき!」

純「え?」

 梓が私の机に顔を突っ伏しました。

 何をやってんだこいつ。

 袖で口についたよだれを拭いつつ……よだれ?

純「うわあああっ、やめてやめてやめてよぉバカ梓っきたないっ!!」

梓「汚くないしバカじゃないしやめない!」

 問答無用。力は私のほうが強いんです。

 肩を引っ張ってなんとか梓を机から引き離しましたが、梓はすでに満足そうに瞳をとろとろさせていました。

梓「エヘヘ……純ってこんな味がするんだ」

純「……ガチで引く」

梓「ごめんね。机はちゃんと拭くから」

 ハンカチでごしごし机を拭くと、梓は申し訳なさそうに笑いました。

純「ほんとにもー。最低だよね」

梓「ごめん……垂れたよだれくらいなら、いいと思って」

純「いやそんな深刻にならなくても。怒っちゃいるけどさ」

梓「どうしたら許してくれる?」

純「二度と私にセクハラをしない」

梓「……ごめん、それは無理」

純「えー……そこはしないって言ってみせてよ」

憂「ふたりとも何いちゃいちゃしてるの?」

純「これがいちゃいちゃに見える憂って何なの」

梓「ちょっと、私が純のよだれを吸っちゃって」

 あらためて言葉にして言われるとぞっとします。

憂「よだれかあ。私もよくお姉ちゃんの舐めるよ」

純「……」

梓「やっぱりおいしいでしょ?」

憂「おいしいよー。大抵お姉ちゃんが起きちゃって、そのまま襲われるんだけどね」

純「この空間にいたくないよー」

 とまあ、私の日常はだいたいこんな感じです。

 梓にセクハラを受けて、憂が変態自慢をして、梓が羨ましがる。

 他に友達がいればと思いますが、普通の子は私たちに近付こうとしませんし、

 私から話しかければ梓が嫉妬します。

 憂だけはお姉ちゃんにぞっこんなのがわかっているのか、

 私が話しかけても梓が嫉妬することはありません。

 とにかく、私はこのレズたちとともに高校生活を送ることがもう運命づけられているのです。

 死にた……おっと危ない。私は強い子。

 さて、授業をぼーっと受けて、お昼休みになりました。

 憂は軽音部の部室に行って、お姉ちゃんとお弁当を食べるので一旦さよならです。

 私たちに話しかける一般人はいません。

 実質梓と二人きりの、なんともやりにくい時間が始まりました。

梓「はい純、お弁当だよ」

純「ありがとう……」

 私はもともとお弁当がなくて、購買でパンを買っていたのですが、

 梓に惚れられてからというものの、梓が毎日手作りのお弁当を持ってきて私に手渡します。

 お母さんは助かると言ってますし、私も気持ちは嬉しいのですが、

 正直梓の作るおかずはあまりおいしくありません。

 あれは最初に梓がお弁当を作ってくれた日でした。

 私は親以外にお弁当を作ってもらうなんて生まれて初めてで、

 緊張と不安で、不覚にもちょっとドキドキしていました。

 そうして梓にお弁当を手渡され、ちょっと焦げ付いた卵焼きをまず食べると、

 それはそれはなんとも言いがたい味がして。

 私はティッシュに吐き出して、梓に怒鳴りました。

純「あずさ、何これっ」

梓「え……」

 思えば梓がそこで小さく震えた時点で気付くべきでした。

 言い訳をするなら、その時の私はまだ、梓が料理が得意じゃないことをはじめ、

 梓についてぜんぜん詳しくなかったのです。

純「あんたこれ、絶対変なもの入れたでしょ!」

純「まっずいもん、私が気づかないと思ったの?」

梓「え、そ……そんなことしてないよ」

 出会ったばかりとはいえ、まともに考えれば梓がそんなことをするはずはありません。

 それなのに、私は梓を信じませんでした。

純「……お弁当作ってくれるって聞いたときは、嬉しかったのに」

梓「ちがう……違うの、純、私お料理あんまり上手じゃなくて……ごめんね、今日は私と購買に……」

純「いいよ、一人でいく」

 私はお弁当の蓋を閉め、席を立ちました。

 そのときでした。


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最終更新:2011年09月11日 02:02