梓「うっ……ううっ、ごめぇん、じゅんんん……」

梓「今度はおいしくするから、一生懸命やるから、嫌わないでぇっ」

 涙に震えた梓の声と顔で、ようやく私は冷静になれました。

 私だったら、友達や好きな人にそんなことをするでしょうか。

 ……梓だって同じです。


純「ほ、ほんとに変なもの入れてない……よね」

梓「入れるわけないっ! 純においしく食べてほしいもん……」

 私はまたお弁当の蓋を開けて、卵焼きを急いで口に入れました。

梓「純……」

純「……うん、やっぱまずい」

梓「う……」

純「この機会に練習しよっか。できたものは私が食べてあげるからさ」

 梓に泣かれたのも、梓の頭を撫でたのも、今のところこれが最初で最後です。

梓「……うん、純。私がんばるね」

純「たのむよ。お昼ご飯かかってるからさ」

 そのあと、他のおかずも食べてみましたが、どれもビミョーな感じでした。

 ご飯もべちょっとしていて、それらのすべてを私は梓に伝えました。



 それから毎日休まず、梓はお弁当を作ってきています。

 日々の覗きや夜這いも欠かさず、部活にも所属して勉強にも余念がない梓は間違いなく体が3つあると思います。

梓「今日の卵焼きはね、よくできたと思うよ」

純「ほうほう」

 あれから2ヶ月。

 お弁当を開いたときの彩りも格段によくなっています。

 親子そぼろのご飯は食べごたえがありそう。

 タコさんウインナーの足はまさかの8本です。

 感動的ですね。

純「じゃあ、その自信ありという卵焼きから……」

 卵焼きには焼き目がついていますが、寿司職人じゃあるまいしそこまで強要しません。

 むしろこれぐらいがいいじゃないですか。

純「いただきます」

 箸で切り分けて口に入れ、少し咀嚼。

梓「ドキドキ」

純「……!?」

 な、なんじゃこりゃ!

純「やばい!」

梓「……やばい?」

純「めちゃおいしい!」

 今までも火の通りや味付けや、惜しいというときは何度もありましたが、

 これは文句なしの完璧です。

 お母さんのよりおいしいかもしれません。

梓「本当に!?」

純「うん、完璧!」


 私は残りの卵焼きを全部とり、梓の口に向けました。

純「食べてみてよ!」

梓「ん、あー」

 梓が私の差し出した卵焼きにぱくつきます。

 こうして見るとちょっとかわいい。

梓「うん、おいしいよね」

純「でしょ? ちょうどこの味だよ! よく覚えて、梓」

梓「わかった。次も期待してね!」

純「オーケー! 次って月曜だけどね……」

梓「あ……そっか。明日は純に食べてもらえないんだ」

純「おい、なんかその言い方いやだよ」

梓「うひひ、ごめんごめん」

純「……」

 ちょっとかわいいと思ったのに……。

梓「それで、他のはどうだった?」

純「ブロッコリーがちょっと茹で足りなかったかも。あと……」

 食べ終わったあと感想をきかれ、気になったものについては伝えておきます。

 毎回すべてに文句をつけるつもりはないです。

 面と向かって言うには照れますが、それなりに感謝はしているのです。


憂「ただいまー」

梓「あっ憂。今日は早いね」

憂「次体育だから、着替えないといけないからね」

純「あっそっか。……」

 体育は少し憂鬱になります。

 体を動かすのは嫌いじゃないのですが……。

梓「さあ純、更衣室に行こうか」

 レズが本気を出すからいやです。


 魔境たる更衣室にやって来ると、梓が私の背後にぴったりとつけました。

 私が選んだロッカーの隣を奪取するためです。

 私たちが来たのはまだ早い時間なので、両隣が埋まっているロッカーはないようでした。

 まあ別に、裸なんてほぼ毎日見られているので今さら恥ずかしくもなくなってしまいましたが。

 梓は私が本気で嫌がれば触るのはやめてくれるので、

 噂に聞く唯先輩に比べればよほど人畜無害です。

梓「純じゅん~、おパンツも履き替えようよ」

 にやつきながら服を脱ぐ梓の横で着替えはじめると、すり寄りながら梓が言います。

純「替えなんて持ってないけど」

梓「私のと交換すればいいんだよ!」

純「バカか」

憂「わたし、一応替え持ってるよ」

純「別に履き替えたくないよ!?」

 ワイシャツを脱ぎ、ロッカー内のハンガーに掛けます。

梓「はあー、やっぱ純の身体ってきれい……」

 恍惚とした目をしてほぼ全裸で梓が言います。

純「そ、そう?」

 私をその気にさせようと言っている世辞だとはわかっていますが、

 内心気にしているところなだけに嬉しくなります。

梓「やばいよ。肌とか真っ白だし、舐めがいありそうなお腹とかさ」

純「お腹って舐めるものなんだ……」

梓「そうだよ。ね、おへそにキスしていい?」

純「なんかヤバそうだからヤダ」

梓「ああぁ……理性がこわれちゃう」

 身悶えするツインテロリレズの図。

 ていうか梓もいい加減私の裸を見慣れるものじゃないでしょうか。


純「つーかさ、梓」

梓「なに、ハニー……ハァッハァッ」

純「あんたしょっちゅう私の裸見てるよね? 人の風呂覗いて」

梓「うん、見てる」

純「なんで今さら下着姿くらいで興奮するのさ」

梓「好きな人の身体はいつだってドキドキするもんだよ……んっ」

憂「そうだよ純ちゃん。私だってお姉ちゃんの裸くらい見慣れてるけど、毎日すごいよ?」

純「ふーん、そんなものかぁ。……毎日?」

 私にはそういう経験がないのでわかりませんが、

 好きな人なら見飽きることはないらしいです。

憂「逆に、見てすぐ飽きるようなら、それは最初から体目的でしかないってことだよ」

憂「梓ちゃんは純愛だね!」

純「なるほど……」

 からだ目的じゃない。それはいいことだと思います。

 世の中の男性はほとんどが女性と体目的でつきあうと聞きます。

 そんな人は私だってはじめから好きにならないでしょうけど……

 梓はじめ女性は体目的ということは少ないのですね。

梓「そうそう純愛! 純だけにね!」

純「うっせぇ」

 私はさっさと着替えることにしました。

梓「体操着姿の純もいい……」

純「梓もはやく着替えて。置いてくよ」

梓「あっ待って! すぐ着替えるから!」

 梓は健気です。とても。

 変態的側面はありますが、異性だったら付き合ってますね。


 どうして梓はレズなんでしょう。

 きっと普通に男性が好きだったらモテモテです。

 かわいいし。

 今度デートに連れ出されたら、その辺のとこも聞いてみましょう。

 生まれたときからレズというわけではないと思います。

梓「よーし準備できた! 純、好きだよ!」

純「それじゃ行こっか。はー、グラウンドは暑くてやだなー」

 ……。

 あれ。

 なんか私、だんだん染まってきてるような。

 ……まあ、いいか。

 私はレズじゃない。

 ぜんぜん平気です。


 さて、梓にもまれて体育も終わり、あと1限。

 まあまだ部活が残っているのですが。

純「そういえばさ、梓って私のこと好きじゃん」

梓「うん、大好き」

純「なんで私と一緒にジャズ研入らなかったの? 好きな人なら私はおんなじ部活に入ろうとするけどね」

梓「だって私、純がそばにいたら集中しないで先輩に迷惑かけちゃうから」

純「授業はちゃんと受けてるのに?」

梓「さっきの体育は怒られたじゃん」

純「……ああ」

 ようするに梓は、ある程度自由に動ける状況だと抑えがきかなくなるみたいです。

 手錠でもしましょうか。

 喜んで付けそうだから嫌です。


 授業も終わって放課後になり、汗を吸った体操着やタオルを守りながら部活に行きます。

 梓の変態度がどれほどのものか理解していなかった昔、体操着を持ち帰られたことがあるのです。

 その夜は梓も覗きに来ず平和だなと思っていましたが、翌朝洗濯した体操着を手渡され、青ざめました。

 それ以来、衣類の行方には気をつかっています。

 まあ疲れているときなど、適当に靴下でも渡して平穏な夜を演出したりすることもありますが。

 この場合洗濯済みのものでは途中で飽きて覗きに来るのでだめなんです。

 まあいわゆる脱ぎたてをあげているわけですが、少し恥ずかしいもののこれもだいぶ慣れてきました。

 かといって嗅がせたいわけではなく。

 なんとかうっとうしいのから体操着を守りきり、部室に到着しました。

  「やっほーレズ。今日ももてもてだね」

純「……大変でした」

 部内での私のあだ名は「レズ」です。

 それでも生きています。

  「レズさー、なんであの子と付き合わないの?」

純「レズじゃないですから!」

  「いや、でもあそこまでされて、普通に友達でいられるってのもね……」

  「あながち、悪い気もしてないんじゃないの?」

純「梓もいいところはあるんです。勝手なこと言わないでください」

  「いいところ……って、どんな?」

純「え、それはですね……」

 梓のいいところ。

 勢いで言っちゃったけど、なんだろうそれ。

純「ま、まずですね、小学生からギターやってて、親もジャズ奏者で話が合うんですよ」

  「へー」

純「あ、あとあれ、すごく純情な子なんですよ! 梓は私の体目的とかじゃぜんぜんないんですから!」

  「ぶふっ!」

 なんとなく興味なさそうだった先輩たちが同時に吹き出した。


純「な、なんですか!」

  「いや、レズちゃん。それって友達としていいところなの?」

純「へ? え……」

  「ていうか説得力ないけどね、セクハラされまくってるのに」

 やばい。

 やばいやばいやばい。

 私、完全に梓と憂にのまれてる。

 か、カムバック私!

純「いやいやいや、そうじゃなくてですね、い、いいところじゃないですかっ!」

  「そうだねー、恋人にはもってこいだよ」

純「うあああー聞かなかったことにしてえー!!」

 最悪だ。

 なんか明日からもう部外でもレズって呼ばれそう。

純「とにかく、梓はレズですけど友達ですから! 付き合いませんよ!」

  「レズも気があると思うんだけどなー」

純「ありません! っていうかレズって呼ぶのやめてくださいよ」

  「レズはレズでしょ」

  「レズちゃーん、ちゅーしてー」

純「しません!」

 あれ、なんかこの部もちょっとやばくない?

 私はもう早々に、練習を始めることにしました。

 愛用のベースの音色はやっぱり落ち着きます。

純「はあ……」

 私、どうして梓と友達をやってるんでしょう。

 好きって言われると嬉しいし、お弁当はどんどん上手になってて、

 私のためかなって思うと心が暖かくなる。

 梓が一緒にいると楽しいし、毎週遊びにいって、いろんなことを体験してる。

 私が今まで出会った人の中で、梓ほど奇妙な人はいません。

 レズで変態のくせに、やたら健気で純情で、こんなに私の心に残る人。

 梓は出会って半年にも満たない人なのに、私は今まで知り合った人たちの中で、

 梓についてが一番くわしいと思います。

 梓がいるときは梓のことばかり見てるし、

 梓がいないときは梓のことばかり考えてる。

 梓がとりついてまわるせいなのかもしれないけど、それでも、

 梓というレズの存在は、私の中でじゅうぶんに大きいと思います。

 梓を……好きになってしまったのでしょうか。

  「レズ」

純「! はいっ!?」

  「アイス買ってきたよ。お食べ」

純「あ、ありがとうございます。……」

 先輩は私の前に椅子を置いて、アイスの袋を開けました。

 私もベースを立て掛けて、袋を開きます。

 コンビニで買ってきたらしいファミリーボックスのアイスバーです。

純「……いただきます」

 ちょっと戸惑ってから、先を歯で崩しました。

  「レズはアイス姦って知ってる?」

純「アイスカン? 知らないです」

 ジャズ奏者でしょうか。

 しかし外国人名にしても耳慣れないので、ジャズの形態?

  「アイス姦ってのはね、アイスを女の子のアソコに入れるのよ。こういう棒アイスね」

純「もう黙ってください」

 やっぱりこの部危ないです。


  「いやいや、夏場なんかは冷たくて気持ちいいよ。梓ちゃんとやってみたら?」

純「そういう関係じゃないです! っていうか、普通に食べたほうが冷えると思います」

  「普通じゃつまらないわよ。女の子はトッピング次第でいろんな味が楽しめるんだから」

純「そういう食べるじゃありません」

  「食わず嫌いはだめよ」

純「人の話を聞きませんね」

  「まあとにかく、レズも一度ためしてみるといいわよ。アイス姦」

純「そんなことしたら梓がすっ飛んで来るかと」

  「私はむしろ盗撮するわね」

純「梓が言ってましたよ」

純「盗撮は、覗くために自分の手間と時間を犠牲にできない、愛の足りない卑怯者のすることだって」

  「でた、梓ちゃん語録。本当に梓ちゃんのこと好きね……」

純「そっ、そんなじゃありませんってば!」

  「顔赤いわよー? アイスで冷やしたほうがいいんじゃない?」

純「ああっ、もう、いただきますってば!」


 そんな感じで部活は終わりました。


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最終更新:2011年09月11日 02:04