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 この土日は休みらしいので、存分に遊びたいところです。

 たまには私から梓を誘ってみましょうか。

 などと思っていると。

梓「じゅーんっ。練習おわり?」

 練習を終えたか待ち構えていたか、梓がくるりとおどりでました。

純「うん終わり。一緒に帰る?」

梓「うんっ。手……繋ごう?」

純「ひとりで帰っても私はぜんぜんいいんだけど」

梓「ああっ、冗談冗談! 10分の1くらいは!」

純「9割本気じゃん。いいから帰るよ」

梓「うん、行こっか」

 下駄箱へぴょこぴょこついてくる梓を、素直に可愛いなと思う夏の夜。

 上履きをとられないよう素早く履き替え、学校を出ます。

梓「純、土日あいてる?」

純「うん、今週はどっちも休みにするって」

梓「じゃあ」

純「デート行く?」

 わざと梓の言葉を遮ってみました。

 梓がぴたりと立ち止まります。

梓「おっ、ほ……」

 そしてぶるぶる震えたかと思うと、鼻からつーっと赤い筋を垂らします。

 デートに誘われて鼻血出した。

純「……ごめん、ハンカチ貸すよ」

梓「ぎゃくこうはだっでば」

純「……それもそうだね」

 梓は自分でティッシュを詰めると、ふらふら歩き始めます。

 なんか危なっかしいですね。

純「で、梓の予定は?」

梓「べっ。ああ、土曜は休みだから、デート行こうえ」

純「いいよ。ちょっと話したいこともあるし、遊園地とかはパスね」

梓「は、はなっ……むんっ! プランはまかせて!」

 変な期待をしているようです。

 ほんとにふらふらしてて危なっかしいです。

 ギターも背負っていることですし、いつ転ぶかわかりません。

純「……梓」

梓「むん?」

純「手つなご。見てて怖い」

梓「ほんおに!? やっは、んふふ」

 梓と手を合わせ、恋人つなぎをされる前にさっと握りました。

梓「……」

 それでも十分満足げです。

 言い出してみてよかったと思います。

梓「れぇ、純ってさ……」

 そのとき、ポケットにいれていた携帯がタイミング悪く震えました。

 取り出してみると、電話着信でした。

 画面には、「鈴本ときめき」とありました。

 中学の女友達ですね。

純「ごめん、電話」

 通話ボタンを押して電話に出ます。

純「もしもしきゅん?」

  『もしもし純ちゃん? ひさしぶりー』


 ああ、その。紹介しよう。

 彼女は私の中学のときの友達で、今は別の共学高校に通っています。

 名前は鈴本ときめき。ときめきと書いて「きゅん」と読むのです。

 同じクラスになったとき、名前が似てるねと話しかけられ、

 どこがじゃい! とつっこんだのが最初の会話だったと思います。

 名前と、女子高に進学した私をレズだと信じ込んでいる以外は至ってまともないい子です。

 あ、やっぱりあんまりマトモじゃありません。

純「そんな久しぶりでもないけどね。どうしたの急に」

トキメキ『んっと、明日遊べないかなって思ってね』

純「明日?」

梓「……」

 梓、痛い。

純「明日は無理だよ。先約があってさ」

トキメキ『……それって、高校の中野さん?』

純「うん、そうだよ。日曜ならいいけど」

トキメキ『じゃあ、日曜でも遊ぼうよ。なんか今、無性に純ちゃんに会いたくて』

純「なんじゃそりゃ……いーよ。そしたら日曜1時、いつものとこでいい?」

トキメキ『ううん、純ちゃん家に行く』

純「そっか。じゃ待っとるぜベイビー」

梓「……」

 いったいてば梓!

トキメキ『バイビー!』

 電話を切って携帯をしまうと、ため息をつきます。

純「梓。きゅんはね……」

梓「いいよ、べつに」

純「……なにすねてんの」

梓「だって……いつものとこだとか、ベイビー、だとか」

純「ベイビーって言ってほしい?」

梓「……ハニーと」

純「調子にのるな」

 構ってほしかっただけでしょうか。

 というか、ベイビーが嫉妬の対象とは思いませんでした。

梓「えへへ……冗談冗談。大丈夫だよ。今の純の一番は私だもん」

純「まあそうだけど……」

梓「えっ、否定しないの!?」

 詰めてたティッシュがぼとんと落ちました。

純「一番大事な友達って意味だよ」

梓「それでもいいよ。うわあ、うれしいなあ」

 家につき、梓がちゃんと帰るのを見届けてから玄関を開けます。

 シャワーを浴びて部屋着に着替えてから、ベッドに腰かけます。

 明日、梓に聞きたいことは2つです。

 どうしてレズになったのかということ。

 どうして私が好きなのかということ。

 このくらい聞く権利はあるでしょう。

 初めて梓とつないだ手のひらを、蛍光灯のあかりに透かして眺めます。

純「いちばん……だいじなともだち」

 虚っぽくつぶやきました。

 お母さんがご飯だと呼んでいます。

純「どうして……友達なんだろう」

 私はベッドを降りて、居間へ行きました。

 食事をするとすぐ部屋へ戻り、携帯を見つめます。

 そうして10分ほどぼーっとしていると、梓からメールがきます。

 明日のデートの待ち合わせについてです。

 今回は待ち合わせでなく、梓が私の家に来たいと言いました。

 きゅんに対抗しているのかと思います。

 断れば梓がうちに走って来そうですが、あいにく断る理由がないので了承しました。

 梓を同意の上で家にあげるのは久しぶりです。

 きっと部屋をかぎまわられることでしょうが、後ろめたいことなどないので平気です。

 早く梓に会いたいから、もう寝ましょう。

 私は適当にメールを切り上げると、枕に頭をのせて目を閉じました。

 夜中、窓が開いて梓が入ってきます。

 そして私の寝顔だけ確かめて、帰っていきました。

 純情きわまりないような、一周まわって変態くさいような。

 私には判断できません。


 翌朝、約束の時間より3時間早く添い寝しにきた梓に起こされ、私は朝のシャワーを浴びにいきます。

純「あのさ梓」

梓「なに?」

純「覗きの美学とかはないの? こう、決して見つかってはいけないみたいな」

梓「決してさわってはいけない、なら」

純「なるほど。部屋戻ってくれない?」

梓「まあバレた以上は仕方ないね。無防備さがいいんだ、無防備さが」

 だんだんと、本来梓と一緒にいる時間ではない時間まで侵略されつつあります。

 プライベートがほとんどないです。

 悪いこととはいわないけれど、疲れます。

 てきとうに3時間ほど潰して約束の時間になると、

 タンスを漁っていた梓の首を掴んで外に連れ出しました。

純「それで、今日はどこ連れてってくれるの?」

 そう訊くと、梓はゆっくりと振り向きました。

梓「今日は、私の家に呼ぼうと思って」

純「両親に紹介とか、やめてよね」

梓「そんなじゃないよ。今日はうち一人だし」

 その声が妙に真剣で、私は黙って梓を下ろしました。

梓「純が話したいことあるって言ってたから……私も、話さなきゃいけないことがあると思って」

純「話さなきゃいけない?」

梓「うん。純が話したいことっていうのも、もしかしたらそれのことかも」

純「私は……言っても、世間話みたいなものだよ」

梓「だとしても、私は私のことを話さなきゃ。うちにきてくれる、純?」

純「……」

 私は黙って頷きます。

 湧き上がる恐怖に近い感情は、必死でこらえました。


 梓の家に行くのは初めてです。

 今まで何度も私の家にあがりこまれてきましたが、そういえば梓の家は見たこともありません。

 どんな家なのか、聞いたこともありません。

 ただ一人っ子で、両親がジャズ奏者で、CDをいっぱい持っているということは知っていました。

梓「……」

 家路を歩く梓の顔はやけに深刻でした。

 私は梓の指に手を伸ばし、そっと絡めます。

純「あの……うまくいえないけど」

純「私は梓がどんな人でも絶対に、少なくとも、友達でいるから」

梓「ありがとう、純」

 怖い顔の梓は、まだ怖い顔のままで、私の手を握りました。

 今は、人の噂などどうでもよくて、梓のそばにいたいと感じます。

梓「ここだよ」

 梓の家は大きくて、

 とても梓と、梓を産むような小さな両親が三人で住んでいるとは思えませんでした。

 ほとんどがCD置き場なのでしょうか。

 梓は鍵をけると、玄関を開きました。

 両親が不在だと言っていたのを思い出します。

 まさか、と一瞬考え、思い直します。

 梓は私を押し倒すような卑怯なレズではありません。

 むしろそういう行いを何よりも嫌います。

 憂のお姉ちゃんのことは、なぜだか理解しているようですが。

 まああの姉妹の場合、押し倒した時にすでにお互いが好き合っていたようなものですから、

 梓の中では特例でもおかしくないでしょう。


梓「あがって、純」

純「うん……」

 こわばった表情で、私は家にあがりました。

 人の家宅が持つ独特な、木を嗅いでいるようなにおいがします。

 私はくつぬぎで立ち止まると、梓に先に上がらせました。

 それから靴を脱いで、並べてから梓の後ろに立ちます。

梓「こっちだよ」

 私の靴には目もくれず、梓は階段を上がっていきます。

 なんとなく焦っているような梓に急いでついていくと、

 梓は2階の一室の前で立ち止まってしました。

純「……そこが梓の部屋?」

梓「違うよ」

梓はすうっと息を吸い込みました。


梓「純、きいて」

純「……うん」

梓「私にはね、お姉ちゃんがいたんだ。憂の家みたいに、ひとつ違いのお姉ちゃんだった」

 私は、今すぐにでも梓を抱きしめたい衝動にかられた。

 それをなんとか我慢しながら、梓の目をじっと見る。

 私は傲慢にも、泣きそうでした。

梓「わたしね、お姉ちゃんがすごく大好きだったんだ」

梓「お姉ちゃんはお父さんに似て、髪がくるくるでね。お母さんの髪に似た私とは、全然ちがったの」

梓「毎朝うんと時間をかけて、鏡の前で自分の髪の毛を整えようとしててさ」

梓「私なんかはそれを見て真似して、髪にブラシを通すの」

梓「そしたらお姉ちゃんは、梓はそんなのしなくていいのって言いながら、私の髪を結わいてくれるの」

梓「今もずっと、同じ髪型」

 梓は自分で指を通して、ツインテールをさらりと揺らしました。


純「……その、お姉ちゃんは……」

梓「殺されたよ。3年前に」

 私は拳をぎゅっと固めます。

 泣いちゃいけない。

 私の浅い浅い心では、梓の悲しみは少しだってわかりやしないのですから。

 こんな心で、共有なんてできません。

 私はのどを噛むようにし、涙をこらえました。

梓「晩ごはんの前に、お姉ちゃんはおつかいを頼まれててさ」

梓「……その隙の、ほんの一瞬だった。なんでだろうね、お姉ちゃんは何も悪いことしてないのにさ」

梓「私にね、ごめん、ってメールを送ろうとしてたの。……」

 私は目を閉じてへたり込んでしまいました。

純「……、くっ」

梓「それからだね。男が嫌いになったのは」

梓「ばかだと思う? 全ての男の人が、お姉ちゃんを襲って殺したわけじゃないのにね」

梓「でも、私にとってそれほどお姉ちゃんは大好きな人だったんだ」

梓「……かたときも忘れたことがなかった。お姉ちゃんのこと、本気で好きだったのかもしれない」

梓「わかんないけどね。……純が泣くことないよ」

純「だって……だって!」

 私は恥もなく鼻水をすすった。

純「うう……うああああぁぁ!!」

 獣みたいに吼えて、床に突っ伏して哭く私は、梓が好いてくれるようなわたしだったでしょうか?

 いいえ、そんな私など、はじめから居りません。

 私は廊下の床の冷たさに、さらに気を狂わせて泣きわめきました。

 ふたえでもない私に、ふたえの悲しみが押し寄せました。


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最終更新:2011年09月11日 02:07