#1
ぴちゃぴちゃ。
ぴちゃぴちゃ。
月が美しく光る真夜中のこと。
皆が寝入ったはずの桜ヶ丘寺に、淫らな音が響いていた。
澪尚「ペロペロ(^ω^)」
澪尚「ペロペロ(^ω^)」
澪尚「やっぱり夜に舐める水飴は最高だな!」
月明かりの中、独りでこっそりと水飴をなめる黒髪の少女。
桜ヶ丘寺の和尚、澪尚である。
甘いもの好きな澪尚は、子坊主たちに隠れて、夜な夜な水飴を楽しんでいた。
澪尚「ペロペロ(^ω^)」
澪尚「ペロペロ(^ω^)」
ガララッ
澪尚「!」ビクッ
律休「ん?何やってんだ澪」
そこに現れたでこっぱちの子坊主。
名を律休といい、たいそうとんちがきくことで有名だった。
律休は、厠に行く途中で妙な音を聞きつけ、様子を確かめに来たのだった。
澪尚「り、律休!お前敬語を使えとあれほど──」
律休「あれ~?一人で何美味しそうなもの食べてるのかな澪ちゅわーん?」
澪尚「こ、これは薬だ!」
律休「じゃあ私にもくれよー、このごろ風邪気味なんだよ」
澪尚「ダメだ!これは子供には猛毒だからな!」
澪尚「もう遅いぞ、さっさと寝ろ!」
律休「はーい…」
律休(クソ、澪のヤツ独り占めする気だな…)
納得のいかない律休であったが、子坊主である以上和尚には逆らえない。
諦めて寝室に戻ることにした。
────
次の日。
澪尚は三人の子坊主、律休、唯、紬を呼びつけ、壺を見せた。
澪尚「いいかお前たち」
澪尚「この壺の中の液体は、大人には薬だが、子供には猛毒だ。けっして食べるんじゃないぞ」
律唯紬「はーい、みおしょうさま!」
澪尚「じゃあ、私はちょっと出かけてくるからな」
律唯紬「いってらっしゃいませ!」
澪尚が寺を出たことを確認すると、律休はそろそろと壺に近づいていく。
律休「さてと…中身を拝見しますか」
唯「ち、近づいたら危ないよりっちゃん!毒にやられちゃうよ!」
律休「いーや、あれは嘘だ」
律休「ほら見てみろ」パカッ
律休が壺の蓋を取ると、甘い香りが辺りに漂った。
指ですくい上げると、透明な液体がどろりと糸を引く。
唯「これは…」
紬「水飴、かしら」
律休「ああ、澪はこれを独り占めするつもりなんだよ」
紬「まあ…」
唯「みおしょうさまずるい!私たちも食べようよ!」
律休「待て、何の考えもなしに食ったら間違いなく殴られる」
律休「澪は和尚で私たちは子坊主だ、下手に澪には逆らえない」
律休「だから正当で、隙のない理由をでっちあげてからじゃないと、これを食べるのは危険だ」
唯「そっか…そうだよね」
律休「何か上手い言い訳があればいいんだけど…」
唯「うーん…」
紬「ペロペロ(^ω^)」
律「いや、何食ってんだムギ!話聞いてた!?」
唯「そうだよ!叩かれちゃうよムギちゃん!?」
紬「私叩かれるのが夢だったのー ペロペロ(^ω^)」
律唯「」
紬「ペロペロ(^ω^)」
紬「ペロペロ(^ω^)」
唯「……ジュルリ」
唯「…や、やっぱり私も食べる! ペロペロ(^ω^)」
律休「お、おいおい。まだ何にも考えついてねーのに…」
唯「んおいひぃ~ ペロペロ(^ω^)」
律休「……」
律休「じゃあ私も…」
紬「もう無くなっちゃったわ」
唯「ごめんねりっちゃん」
律休「おい」
紬「叩かれるの楽しみだわー」ホワワーン
唯「ど、どうしようりっちゃん!」
律休「知らねーよ、自業自得だろ。諦めて殴られろ」プイッ
唯「そ、そんなー」グスッ
唯「あ、でもさりっちゃん」
律休「なんだよ」
唯「りっちゃんだけが食べてない、なんてみおしょうさまは信じてくれるかな…?」
律休「……」
律休はでこに手を添えて考える。
いや、考えるまでもなかった。そんなことはありえない。
律休「ちくしょー!!このままじゃ殴られ損じゃねーか!!!」
紬「いいじゃない、皆で仲良く叩かれましょうよ」
律休「やだよ!」
律休「ムギは澪のげんこつの破壊力を知らないからそんな事が言えるんだ!」
唯「そっか、みおしょうさまが原因なんだね…」
唯「りっちゃんのおつむが残念なのは…」
律休「お前にだけは言われたくねーよ!!」
唯「こころのともよ!」ポンポン
唯に肩をたたかれる。
しかし一応、こちらはとんちの律休で名が通っているのだ。
一緒にされるのはなんだか癪だった。
律休「くそ、だったら見せてやんよ…私のとんち!」
律休はあぐらを組み、静かに目を閉じる。
律休「……」
高まる緊張感。部屋の空気がビリビリと震える。
唯「おお…」
紬「……」
やがてどこからともなく、かすかなドラムの音が聞こえてきた。
ズンズンジャン…ズンズンジャン…
唯「!」
紬「来たわね…」
律休は坊主でありながら、同時に生粋のドラマーでもあった。
修行で培った集中力を極限まで高め、気の流れを加速させる。
練り上げた気の振動を、広いおでこで増幅させ、空気を震わせる。
かくして律休は、ドラムを用いずにドラムを演奏することができる、ドラムの達人なのであった。
ズンズンジャンズン♪ズンズンジャンズン♪
律「……」
今やドラムの音は、寺全体に響き渡るほど大きくなっていた。
障子が、ふすまが、柱が、ガタガタと震えだす。
そして寺全体がグラグラと揺れだした頃、
律休「──!!!!」
律休が目を開いた。
律休「ひらめいたぞ!秘策!」
唯「おお!」
紬「さすがりっちゃん!」
律休「いいか、よく聞けよ」
律休はでこの汗をぬぐい、ゆっくりと口を開いた。
律休「まず、澪尚の大事n──」
ガララッ
澪尚「帰ったぞー」
律唯紬「」
澪尚「あー!お前ら人があれほど食うなと言ってたものを!!」
案の定澪尚は、空になった壺を見て怒りだした。
さっきの作戦を実行することはもうできない。
万策尽きたか。
いや、まだ打つ手は残っているはずだ。
律休は頭をフル回転させる。
律休(待てよ…!)
突如ひらめく最後の策。
成功すれば無罪放免、だが失敗すれば澪尚の怒りを増幅させる、諸刃の剣。
律休は覚悟を固めた。
隣に座っている二人に、そっと伝える。
律休「(仕方ない、こうなったら最終手段だ。私に合わせてくれお前ら)」ヒソヒソ
唯紬「(ラジャー!)」ヒソヒソ
律休は咳払いをし、澪尚に向き直る。
律休「えー、澪尚様?」
澪尚「なんだ律休!」
律休「お言葉ですが、私たちにも壺の中身を食べる正当な権利があります!」
唯紬「あります!」
澪尚「何言ってんだ!子供には猛毒だと言っただろ!」
律休「いいえ!実は私たちはもう立派な大人なんです!」
唯紬「なんです!」
澪尚「はあ?どう見ても子供だろ!」
律休「違います!その証拠に──」
律休「ひげ!!!」サッ
唯紬「ひげ!!!」サッ
澪尚「……」
律唯紬「……」
渾身のギャグ。
静まり返る室内。
無表情の澪尚。
律休(どうだ…?)
でこを汗が伝う。
澪尚「ニコッ」
優しく笑みを浮かべる澪尚。
律唯紬「ニコッ」
3人もにっこりと笑い返す。
律唯紬(やったか……?)
澪尚「ニコニコ」
澪尚は笑顔のまま、堅く握った拳を振り上げた。
ガツーンガツーンガツーン!!!!
律唯「あいだーーー!!」
紬「イイ……」ホワーン
澪尚「言い訳するならもっとまともなのをしろ」
澪尚「っていうか髪剃れよお前ら」
ロングヘアーのお前にだけは言われたくない。
律休は痛むでこを抑えながら、強く思った。
#1
おわり
最終更新:2011年09月15日 22:31