――横浜市内、とある中学校

prrrr

教師「誰だ?授業中に携帯鳴らしてる奴は!」

prrrr

生徒「すいませーん」

教師「全く、授業中は携帯の電源は切っとけ。というか校内に携帯の持ち込みは禁止って言ってなかったか?ええ?」

 私は多分、この学校で唯一携帯電話を持っていない生徒なのかもしれない。
 そりゃあ本当はみんなみたいに携帯が欲しいし、こんなやり取りが正直羨ましい。
 けど話す相手が殆どいない。
 鳴らない携帯程、持ってて辛いものはないんだから。

教師「よし次!中野!」

教師「……中野、いないのか?」

梓「あ――」

教師「なんだ、いたのなら返事をしないか」

梓「すいません……」

教師「次、34ページから朗読してみろ」

梓「纏咳狙振弾、棍法術最強の流派として名高いチャク家流に伝わる最大奥義。この技の創始者、宋家二代、呉竜府(ご・りゅうふ)は正確無比の打球で敵をことごとく倒したという。この現代でいうゴルフスイングにも酷似した打撃法は、運動力学的観点からいっても弾の飛距離・威力・正確さを得るために最も効果的で――」

教師「中野、お前朗読の意味分かってるのか?そんな呟くような小声じゃ誰にも聞こえんぞ」

梓「……はい」

 周りから失笑ともいえる笑い声が聞こえてくる。
 けど今に始まったことじゃないし、何とも思わない。


―― その日の帰り道、通学路の途中の公園

prrrr

梓(また携帯の音だよ。どこに行ってもこの音ばかり……)

 ん?ちょっと待った。
 この公園、私以外誰もいないような……
 誰か置き忘れていったんじゃないのかと思い、辺りを見回すと砂場の砂の山から頭半分だけ出た白い携帯が音を出して光っていた。
 手に取ろうとする直前に着信音は止まったけど、一応手にとって確かめてみる。

梓「この携帯可愛いデザインだなぁ。あれ?でもこれオモチャだ」

 そのまま元に場所に戻そうかとも考えたけど、不思議と惹かれる何かを感じ、その携帯を持って帰ることにした。
 これで今日から私も携帯持ち!おもちゃだけどどうせ本物持ってても使い道ないし却って好都合だもの。

 家に帰ってからその携帯を色々弄ってみた。
 ボタンを押すと音が出たり光ったりするんだ……案外凝った作りなんだなぁ。
 携帯持ちになったと思っている私はささやかな優越感を持って、自分の机の引き出しの中にそっとしまった。


―― 翌日・学校

prrrr

梓(また誰か授業中に携帯鳴らしてるよ……今度は誰なのよ)

prrrr

梓(あれ?周りのみんなも先生も何も言わない。聞こえてないの!?そんな筈あるわけない、こんな大きな音だもの)

 まるで自分にしか聞こえていないかのように感じるその音はしばらくしたら止まった。
 その間も周りは何も起きていなかったかのように淡々と授業が続けられていた。
 幻聴がするなんて、やっぱり今日は体調悪いのかな。

―― 保健室

保健室の先生「うーん、熱は別にないみたいね。でもちょっと顔色悪そうだし、しばらく横になってよっか」

梓「はい」

 ベッドで横になってどれくらい時間が過ぎたんだろう。
 またあの音が私の耳に鳴り響く。

prrrr

梓「えっ!?」

 すぐに飛び起きて辺りを見回す。
 カーテンの向こうでは保健室の先生が黙々と机に向かって仕事をしている。
 先生の電話じゃない……やっぱりだ、やっぱり私にしか聞こえてないんだ。
 そしてその音の出所は私のすぐ目の前、枕元にあった。
 枕元で私の目が見た物、それは昨日拾った携帯が音を出して光を放っている光景だった。

梓(あれ?確かに昨日引き出しの中に入れたままで学校には持ってきてないのに、なんでここにあるのよ)

梓(誰かから電話がかかってきたりとかだったりして。まさかね……おもちゃなんだしそんなのありえないし)

梓(……でもやっぱり気になるなぁ)

 そう心の中で自問自答した私は、携帯を手にとり恐る恐る通話ボタンを押してみた。

梓「もしもし?」

 返事はない、そりゃあそうでしょ、だっておもちゃなんだもの。
 ただ単に私が変なだけ、そう結論つけて携帯を片付けようとした時――

?『あっ、出た!』

梓「!!?」

?『もしもし?もしもし?もしもーし』

梓(何このおもちゃ!?本当に誰かから着信がきてる!)

梓「はい?」

?『おおっ!すごーい!繋がったよこの電話』

梓「え?」

?『え?って、もしかして私の声が聞こえるの?』

梓「ええ……まあ一応」

?『ちゃんと言葉になって聞こえてるの?』

梓「はい」

?『すっごーい!私の声が聞こえるなんて、すごいよこれ!』

梓「あの、これってどういう――」

 そこまで言おうとした時、机に向かっていた保健室の先生が立ち上がって歩き出した。
 こんな場所で電話なんかしてるのバレたらまずいと咄嗟に考え、携帯を背後に隠す。

『もしもーし?もしもし、聞こえてるのー?』

 その間も電話の相手の声は聞こえ続けている。
 しばらくして先生が保健室から出て行くのを見届けた後、電話を再開しようとして背後を見ると、さっきまでそこにあったはずの携帯がなかった。

 私は軽い混乱状態になり、辺りを見回す。
 その間も相手の人のもしもしコールは頭の中に鳴り響いている。
 え?頭の中に鳴り響く?
 もしかしてこの通話、頭の中に直接語りかけてきてるんじゃ……
 そう推理した私は、手で方耳を塞いでみた。
 すると案の定、まるで頭の中にスピーカーでも付いたかのように鮮明に声が聞こえてくる。

梓『何で?何で聞こえるんですか?』

 この時私は声に出さず、頭の中に出来た電話に向かって直接語りかけていた。

?『私にも分からないよぉ。ただ部室に壊れた携帯があったから適当に数字を押してみたら君に繋がったんだよ』

梓『どうして!?だって私、今声出してないんですよ?』

?『私もそうだよ。今は頭の中に直接話しかけてるんだ。一応言っとくけど、これいたずら電話じゃないからね』

梓(声の感じだと女の人、それも私とあまり歳が変わらない人なんだろうけど……この人一体何なの!?)

 ガチャリ

梓『あっ!先生がくる』

?『先生?君、もしかして学生さんなの?』

先生「中野さん、具合はどう?」

梓「はい、もう大丈夫です」

先生「そう、良かった。とりあえず今日は放課後まで休んでよっか」

梓「はい」

?『もしもし?聞こえてるのかな?』

梓『と、とにかく切りますね!』

?『あわわ……ま、待ってー!また掛けてもいいよね?』

梓『え?』

?『夕方5時、それくらいなら学校も終わってるし大丈夫かな?』

梓『ええと……そ、それは……』

?『そうだ、自己紹介まだだったよね。私は唯、平沢唯。君は?』

梓『えっと……梓です。中野梓

唯『梓ちゃんかー。それじゃ、また後でねっ!』

 つーつーつーつー

 頭の中に電話が切れた時のあの音が小さく聞こえてくる。
 どうやら通話が終わったようだ、もう相手の人の声は聞こえてこない。

梓「平沢唯さん、か……なんかすごい人だったなぁ」



―― 中野家

 家に帰ってすぐに自分の部屋の引き出しを開けるとそこには何事もなかったかのようにおもちゃの携帯が鎮座していた。
 やっぱりさっきのは幻聴だったのかな……だとしたらあの唯って人はなんだったんだろう、私の想像の産物だったとでもいうのかな。
 とにかく、電話が掛かってくる5時まで待ってみよう。
 それで電話が鳴らなかったら全部私の思い過ごしってことになるし。

――――――

――――

――

 もうすぐ5時になろうとしている。
 私の視線が腕時計に向く回数が次第に増えていく。
 ちなみに「本物の」携帯を持っていないから時間を確かめる手段は今腕にはめているこの腕時計しかない。
 こんなものをして学校に通っている生徒も多分私だけだろう。

梓「もうすぐ5時、か。本当にかかってくるのかな」

 短い針が5を示し、長い針が12を示し、「5時よ」と時報の声がする。
 まだ鳴らない。
 いつしか長い針は12を過ぎていく。
 そう、結局かかってこなかったんだ。

梓「そうだよね、何私こんなのに本気になってたんだろ。バカみたい……」

 と呟いたのと同時に、電話の音が鳴り響いた。
 一瞬びっくりしたけど、これは脳内の電話じゃない、家にある普通の電話からだ。

梓「もしもし、中野ですけど」

純『おっ、梓、ひっさしぶりー!元気してた?』

梓「純!?純なの!?」

 電話の相手は私の幼い頃からの幼馴染、そして私にとっては只1人の親友でもある純。
 でも1年前、中学2年の時に親の転勤で桜ヶ丘って街に引っ越しちゃって、今はこうやってたまに電話で話したり、時々会ったりしてる程度だ。

純『そうですよー、梓が寂しそうにしてるだろうし、たまにはこうやって電話してやらなきゃってね』

梓「べ、別に私は寂しくなんかっ!」

純『相変わらずの反応ですな梓も。そっちはどう?うまくやれてんの?』

梓「うん、全然平気だよ。何もかもうまく行き過ぎてて気持ち悪いくらい」

純『そっかー。なんかさ、私が横浜から引っ越す時、あんた色々と大変だったでしょ?だから気になってさ』

梓「あの時が一番酷かったんだって。今はもうすっかり片付いて平穏そのものだって」

 私は嘘をついていた、喉から手が出る程欲しかった一番の相談相手からの電話だったのに……
 純にはあっちでの生活もあるんだろうし、私の事で心配をかけさせたくなかったから出た強がりだったのかも。

梓「それよりも純、あんたそっちでの生活はどう?友達とか出来たの?」

純『まあね、1人よく出来た子がいてね。なんかいっつも自分のお姉ちゃんのことばかり話してるお姉ちゃんっ子でさ。今じゃすっかり仲良くなって、梓のこと話したら会ってみたいって言ってたよ』

梓「へぇー」

純『梓の方こそどうよ?なんか気になる子でもできた?』

梓「うん……まあ、一応、ね。ただちょっと」

純『なんなの?その子がどうかしたの?』

梓「笑わないで聞いてくれる?」

純『分かった!絶対に笑わないから聞かせてよその人のこと!』

梓「実はさ、まだその人とは電話で話してるだけなんだけど、正直その人が実際に実在してるのか分からないんだよね」

純『へ?何それ?いまいち理解出来ないんですけど』

 ここで私はおもちゃの携帯を拾った時の事、その後、唯という人からの頭の中の携帯着信の事、その唯という人が架空の人なのか現実に存在する人なのかどうか分からない疑問、全てを話した。

純『うーん、なるほどねぇ』

梓「やっぱり私の空耳だよね。こんなの非現実すぎるし」

純『かもしれないけどさ。でももしもだよ?またその人からまた電話があった時、確かめる手段、1つだけあるよ』

梓「どんな?」

純『えっと――』

 ここで私は純から相手の人が現実の人間か確かめる方法を聞いた。
 正直まわりくどい手段だとは思うけど、理にはかなってはいるとは私も思う。

純『今度その相手の人からかかってきたら試してみるといいよ。そうすればその人が実在の人か分かる筈だから』

梓「でも、かかってくるのかな?だってさっき約束した5時にかかってこなかったんだし」

純『どうなんだろうね。でもさ、もし電話きたらしっかりやりなよ?』

梓「うん……」

純『また困ったことがあったらいつでも相談しなさいな。この私がどーんと受け止めてあげますからっ!』

梓「はぁ……」

純『ほら、もっと元気だして!そんなんじゃいつまで経ってもいい人できないよ』

梓「そうだよね、わかった。もしもまたあの人から電話あったらさっき言われた方法試してみるね」

純『おっけー。それじゃまた電話するからさ、今度はもっとゆっくり話そっか』

梓「うん、今日はありがとね、純」

 そういって私は受話器を置いた。
 人付き合いを拒否している私にとって純は唯一気を許して話せる相手だ。
 そんな相手と電話越しとはいえ話すことが出来たから少し気が楽になったような気分かも。

 我が家は両親が遅くまで仕事に出ていて家では私が1人でいる事が多い。
 だから夕食も自分で用意しなきゃいけない。
 いつも1人で食事をするけど、それが変だとも寂しいとも思わない。
 だってもう慣れっこだし、それにこうして誰にも関わらないで1人でいるのが一番落ち着くから。

 夕食の支度が終わり、ようやく落ち着けると安心して食卓に座る、と同時に「6時だよーん」と夕方6時を知らせる時報が室内に響き渡る。
 その時報から3分くらいしてそれは起きた。

prrrr

 そう、あの電話だ。
 やっぱり幻聴なんかじゃなかった。私は恐る恐る脳内の通話ボタンを押す。

梓『もし……もし?』

唯『おっ、繋がったー!梓ちゃんだよね?私だよ、さっき話をしてた唯だよっ!聞こえるよね?私の声』

梓『聞こえてますよ』

唯『良かったぁー。聞こえなかったらどうしようってヒヤヒヤしてたんだよ。ごめんね、少しだけ5時過ぎちゃって』

梓(少しだけ?1時間以上も過ぎてるのに少しって……いくら何でもこの人時間にルーズすぎでしょ)

 私は腕時計を見ながら呆れた顔でため息をつく。
 相手の唯という人が余りにいい加減な人っぽく見えたから。

唯『だけど良かった、また梓ちゃんと話せて』

梓『私にはよく分かりません。私はここにいて、あなたはどこにいるのかも分からない、もしかしたら現実の人じゃないのかもしれないって』

唯『うーん、そんなもんなのかなぁ』

梓『だから確かめてみませんか?唯さんが本当に今私と同じ世界に住んでいる人かどうかを』

――――――

――――

――


 10分後、私はコンビニの店内の雑誌売り場にいた。
 着いた頃には辺りはすっかり暗くなっていた。
 その間、頭の中の電話は繋がったままになっている。
 私がコンビニに着いてから3分後、唯さんからコンビニに着いたという連絡が入る。
 そう、ここで私達はさっき純から言われた事を今から試そうとしていた。


梓『目の前の雑誌、何から何まで全部読んだことはありませんよね?』

唯『ないよー』

梓『つまり、私達2人はここの本の中身については一切知らない。だから、もし唯さんがここにある本の中身を知ってたら、あなたが想像の世界の人じゃなくて本当にいるって証明できるんです』

唯『なるほどー。梓ちゃんあったまいいねぇ』

梓『いえ……この方法考えたの私じゃないんですけどね』

唯『それじゃ、早速試してみよっか!どの本にしようかな……』

梓『お互いにまだ読んでない本でないといけませんからね』

唯『これにしよう!まんがタイムきららキャラットって雑誌、そっちにある?』

梓『ええと……ああ、ありましたよ。9月号でいいですか?これは読んだことありませんね』

唯『私もないよ。じゃあ適当にページ数言ってみてよ』

梓『はい。では51ページでいいですか』

唯『おっけー。ふむふむ』

唯『ツインテールの女の子がベッドで寝そべってるね。ドラムセットが来て部員の女の子が喜んでる様子が書かれてるかな』

梓『どれどれ……あっ、合ってる!けいおん!って漫画ですよね?すごい、全部言った通りの絵です』

唯『すごい!漫画の名前まで大正解だねっ!それじゃ今度は梓ちゃんの番だよ』

梓『わかりました。えっと……横浜ウォーカーって本でいいですか?』

唯『ほえ?ないよそんな本。というか、何でその横浜ウォーカーって本なの?』

梓『だって、この本が一番たくさん売り場に置かれてるから……』

唯『こっちには1冊もないよ?その代わり、桜ヶ丘ウォーカーならいっぱい置いてあるね』

梓『桜ヶ丘……!?』

唯『そっか……今私がいるとこは桜ヶ丘、梓ちゃんの家は横浜ってことなんだね』

梓(桜ヶ丘……純が住んでるとこと同じ場所だ……)

唯『どったの?』

梓『いえ……別に』


2
最終更新:2011年09月16日 02:49