――夜
梓『もうすぐ東の空に流れ星が見えますよ』
唯『ほえ?流れ星?』
梓『こっちは1時間前に流れ星にお願いしました』
唯『何を?』
梓『内緒ですっ』
唯『あっ!』
梓『どうしました?』
唯『今流れ星見えたよ!ちゃんとお願いできたよー、えへへ』
梓『どんな願い事ですか?』
唯『ふっふふふ……内緒だよっ』
梓『もうっ!』
唯『あずにゃんが内緒にしてるからお返しだもん』
梓『気になるじゃないですか』
唯『へへーん』
――それからしばらくたったある日
私と唯先輩は毎日、場所も関係なくいつも話しているような仲になっていた。
周りに聞こえないし声に出す必要もないし長電話してもお金かからない、本物の携帯より便利だよね、これ。
そんな毎日を過ごすようになって分かったことがある。
それは、その日どんな嫌な出来事があってもあの人と会話をしてると、まるでそれが些細な事のように思えてくるということだ。
梓『学園祭ですか』
唯『うん!私達軽音部にとっては初めてのライブなんだー』
梓『すごいじゃないですか!』
唯『えへへー。でもなんだか緊張するなぁ』
梓『大丈夫ですよ。唯先輩達なら必ず成功しますから。きっと上手くいきますって』
唯『ありがとあずにゃん。それでね、話があるんだけど』
梓『なんです?』
唯『今度の学園祭が終わったらしばらく時間に余裕が出来そうだからさ、もしライブが成功したらね……』
唯『あずにゃんに会いにいこうって思ってるんだ』
梓『え――』
唯『私、あずにゃんに会いたいんだ。駄目かな?』
夕方・中野家
純『会いにいきたいって言われたんだ!よかったじゃん梓』
梓「まあ……ね」
あの日の電話以来、こうして純とは唯先輩とのやりとりというか近況を報告していた。
どんな相談にも乗ってくれて、その都度色々なアドバイスを貰っていた。
つまりここまで上手くいけてるのは純のお陰でもあるわけで……
純『それで、いつ会うことにしたのよ』
梓「それが……断っちゃったんだ」
純『ええっ!勿体ないって!どうして断っちゃったのさ』
梓「……」
純『もしかしてさ、もし会ってみて嫌われちゃったらどうしよう、とか思ってるんじゃない?』
梓「うっ……」
純『やっぱりそうだったか……怖いから悪い方にばかり考える……その方が楽だもんね。怯える事も傷つくこともないし』
梓「だってさ……」
純『梓、1つだけ聞いていい?』
梓「うん」
純『あんた、その唯って人に本当は会ってみたいの?会いたくないの?』
梓「そっ、それは!……それは」
純『それは?』
梓「……会いたいな」
純『なら答えは簡単だよ。会えばいいんだって』
梓「会いたいけど……今はまだ会う時期じゃないって思うんだよ」
純『そっか……なら無理することもないでしょ。でもさ、これだけは覚えておいて』
純『会いたい気持ちに時期なんて関係ないよ。会いたいと思った時が会う時なんだからさ』
梓「そういうものなのかな。あんまりよくわからないや……」
純『そういうもんなんだって。それにしても梓さ』
梓「何?」
純『その人について、かなりのご執心のようだね』
梓「なっ!」
純『大好きなんだよね?その人のことがさ』
梓「じゅ、純!いきなり何言ってるの!!やめてよ、そんなんじゃないから!」
純『ほんとあんたってわかりやすいよね』
梓「もうっ!純のくせにっ」
純『あははっ!でもよかった。梓ずーっと元気なかったからさ、私も気になってたんだ』
梓「純……」
純『やっぱりあんたさ、その人にあってから少しづつ変わってきてるよね。あんた自身は気が付いてないかもしれないけどさ』
梓「そんなもんなのかな」
純『そうなんだって。傍から見ればよく分かるからそういうの。とにかく、また何か進展したら教えてね』
梓「うん、そうするね。今日はありがとね純」
純『どういたしまして。それじゃまたね梓』
――それから数日後の日曜日の朝
梓母「それじゃ行ってくるから留守番頼むわね。夕方には帰ってこれると思うから」
梓「うん」
梓母「戸締りしっかりね」
梓「わかってる、いってらっしゃい」
梓母「いってきます」
バタン
梓「はぁ……今日は1日留守番か。暇だなー」
玄関から居間に戻った私の視界にまたあの赤いギターが入る。
前はすぐに目を逸らそうとしたけど、今は何故かギターが気になってしょうがない。
私は何かに吸い寄せられるかのようにゆっくりと近づいてネックを持たずに六弦を撫でる。
梓「何年ぶりかな……このギターに触るの……」
静かな室内に弦を弾く音が聞こえる。
梓「……私何やってんだろ、もうギターは弾かないって決めてたんじゃなかったの?」
梓「……変な私」
私は1人呟いて、ギターを手放して背中を向けた。
もしかして意識しちゃってるのかな……唯先輩がギターをやってるってことに。
――翌週・学校
教師「よし中野、次!教科書20ページから読んでみろ」
梓「はい」
梓「蒙昧にして臆病なる貴族共よ、鼠の尻尾の先程でも勇気があるなら要塞を出て堂々と決戦せよ。その勇気がないなら内実のない自尊心など捨てて降伏するがよい」
梓「生命を救ってやるばかりか無能なお前たちが食うに困らぬ程度の財産を持つのも許してやる」
教師「中野!もっと腹から声を出せ、腹から!毛虫の声じゃないんだぞ!」
プッ クスクス
まただ……この先生、私に嫌がらせでもしてるんだろうか。
いつも朗読で私を指名して笑い者の晒し上げにしたりなんかして何が楽しいのよ……
――帰り道
唯『どったの?なんか元気ないねぇ』
梓『今日、また笑われちゃったんです。クラスのみんなの前で毛虫みたいな声だなんて先生にいわれて……』
唯『そんなぁ……そんな事ないって!』
梓『今日だけじゃないんですよこんなの。私、何か話そうとするとすぐ緊張しちゃって、声が掠れて裏返って……それで結局笑われるんです』
梓『きっと、誰とも話したくない、関わりたくないと思ってずっと声出さないでいる内に退化しちゃったんじゃないかなって思うんです』
唯『そんなことないって。あずにゃんはちゃんと喋れるよ!ちゃんと声が出るんだよ!今だって私と普通に――』
梓『これは頭の中で口を使って喋らなくていいから……本当に声に出してなんかないじゃないですか』
唯『それは違うよあずにゃん。聞いて?私ね、実は――』
梓『唯先輩には分からないんですよ!!』
唯『!?』
梓『私なんて……私なんていなくなっちゃえばいいのよ!!』
唯『あずにゃん……』
梓『私がいなくなったって、何も変わらないんです。誰も気付いたりなんかしないんです!』
梓『だから……だから……』
唯『ねえあずにゃん』
唯『週末、私と一緒に遊びに行かない?』
梓『え?遊びに……ですか?』
唯『うんっ!』
――土曜日・鎌倉
この日は唯先輩に誘われて鎌倉に足を運んだ。
横浜からはそう遠くない場所だけど、私にとっては初めての土地で何もかもが新鮮に映った。
唯『さ、いこっかあずにゃん。私の言う通りに進んでね』
梓『はい』
唯先輩と一緒にとは言ったけど、実際に一緒にいるわけじゃなくって電話越しにってことなんだけどね。
きっとこの人は落ち込んでる私に気分転換をさせてあげようと誘ったんだろう。
正直私自身も気が滅入ってたし、先輩を心配させたくなかったので受けることにした。
唯『じゃあ早速、最初の指示です!駅を出たら真っ直ぐ進んで橋を渡ってね』
梓『橋ですね。分かりました』
梓『――それにしても、なんだか不思議な感じですね、これ』
唯『だよねー。これってあれかな?遠距離デートみたいだよね、えへへ』
梓『デ、デートって……!何でそんな恥ずかしい台詞が出てくるんですかっ!』
唯『えーいいじゃーん』
梓『よくありません!』
――――――
――――
――
梓『唯先輩は鎌倉に来た事あるんですか?』
唯『ちっさい頃に少しの間だけ住んでたんだ』
梓『そうだったんですか。だから道が分かってるんですね』
唯『あずにゃん、1つ訊きたいことがあるんだけどいいかな?』
梓『訊きたいこと?何です?』
唯『あずにゃんが他人と話すのを苦手になっちゃった訳』
梓『……でも』
唯『大丈夫!心配しないでどーんと話してみなさいな!』
梓『そうですね……』
梓『小学6年の時だったかな……ギターのコンクールがあったんです』
唯『ギター!?あずにゃんギターやってたの!?』
梓『小学4年の時から、昔の話ですけどね』
唯『そんなー。何で言ってくれなかったのさぁ……知ってたのならあずにゃんに楽譜の読み方教えてもらおうと思ったのにー』
梓『今はもうやってませんから言う必要もないんじゃないかなって思ったので……というか唯先輩楽譜も読めないで今迄どうやってギターやってきてたんですか!』
唯『えーっと……何となくかなぁ』
梓『ありえない……無茶苦茶だこの人』
梓『ま、まぁ……話戻しますね。この日、私は初めてお人形さんのような可愛い服を着て、おめかしして、すごく嬉しい気持ちで舞台に立ったんです』
梓『その服可愛いね、ギター上手いねってクラスのみんなも褒めてくれました。私もう嬉しくて嬉しくて幸せな気分でした』
梓『……でも』
唯『でも?』
梓『……嘘だったんです、その言葉が』
唯『嘘?』
梓『梓ちゃん、あんまり上手くないですね。あの服変だったよね。何か髪が日本人形みたいで怖いよねって……本番の後、廊下で同級生の子達がこっそりそう茶化しながら笑ってたんです』
梓『それからかな……人とどう話せばいいのか分からなくなったのは……』
梓『勿論ギターは辞めました。髪も日本人形と笑われるのが嫌でツインテールにしました』
梓『唯一理解してくれている幼馴染が1人だけいました。でもその子は私が中学2年の時に唯先輩が住んでいる場所と同じ桜ヶ丘に引っ越してしまって……1人ぼっちになっちゃって……それからは前以上に人と関わりあいになるのを避けるようになりました』
梓『そんな私から出る空気に周りも気付いてたのか、まるで腫れ物に触るかのような扱いをされてきて、そういう人達の視線まで気にするようになったというか』
梓『今でもそうです。昼休みはみんなそれぞれ集まってお弁当食べるけど私はいつも1人、体育の授業も私はいつも1人外れて見学……溶け込めないんですよ』
唯『なるほどねぇ……』
梓『ただの臆病かもしれません。でも私鈍感だから……冗談とかお世辞なんかも全く分からなくて、何でも真に受けちゃう性質なんです。』
梓『だから怖いです……私みたいな欠陥だらけな人間はそれなりに自己防衛しなきゃって……』
唯『わかるよ。すごく分かる。人に笑われるのってすごく辛いよね。でもさあずにゃん』
梓『はい?』
唯『あずにゃんは1つだけ間違ってるよ』
梓『え?』
唯『あずにゃんに欠陥なんかないんだよ。いつも真剣に他の人の言葉と向き合ってるっていう意味なんだよそれは』
唯『人の言葉に対して1つづつ意味のある答えをしようとしてるだけなんだと思うな。だから多すぎる嘘に傷ついてくんだ。でも大丈夫!証拠もあるよ』
梓『証拠?どんなのですか?』
唯『あずにゃんは今さ、私とちゃんと話せてるじゃん。それで十分なんだよ』
梓『唯先輩……』
唯『私はすっごく好きだよ?あずにゃんの声、あずにゃんの言葉』
唯『えへへ。何だか偉そうなこといっちゃったね。ごめんごめん』
梓『いえ、そんな事ないです。私、唯先輩に話してみて良かったと思ってますから』
唯『そっかー。力になれてよかったよ』
唯『あっ!そうだそうだいけない!そこからさ、真鍋マリンサービスってお店の看板見えない?』
梓『うーん……あっ!ありましたよ』
唯『それじゃあね、そこに行って荷物を受け取ってきて欲しいんだ。私からあずにゃんへの荷物だよ?ちなみにここからはあずにゃんに1人で行ってもらいますっ!』
梓『ええっ!?1人……ですか?』
唯『ほいじゃ、健闘を祈るっ!なんちゃって♪』
梓『ちょっ!唯先輩っ!』
つーつーつーつー
梓「切れちゃった……はぁ、1人で行けだなんて無茶言ってくれるよあの人は……」
梓「まあ、とにかく行ってみよう」
最終更新:2011年09月16日 03:16