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梓(サーフボードがいっぱい置いてある……マリンスポーツ関係のお店なのかな)

梓(入り口開けっ放しだ。中に入っていいんだよね?)

梓「あのぉーすいませーん……」

 店内に入った私は小さな声で呼びかける、が返事はない。
 どうみても聞こえるような大きさの声じゃない、覚悟を決めて大声で呼んでみよう。

梓「すみませーん!!」

 「はーい」

 今度は声が聞こえたのか、女の人の返事が返ってきて、奥から1人の女の人が出てくる。
 赤い眼鏡をした人で、私とそんなに歳が離れていないようないでたちだ。

梓「突然すいません。私、中野という者ですけど平沢唯さんから私宛に荷物が届いているかと」

和「へぇー、あなたが唯の言ってた梓ちゃんね。ちょっと待っててね」

 そう言うと、その眼鏡の人は店の棚から1つの小包を持ってきて手渡してきた。

和「ふふっ、全く唯もなかなか隅に置けない子ねぇ……はい、どうぞ」

梓「ありがとうございます」

和「唯によろしく言っておいてね」

梓「はい」

 それだけ言うと、眼鏡の人は店の奥へ戻っていこうとした。
 ここで私も帰ればいいのに、何故か呼び止めてしまう。
 それは、どうしても訊いておきたいことがあったから。

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――

梓「そうだったんですか。唯先輩とは幼馴染だったんですね」

和「ええそうよ。あの子は昔っから本当に変わった子でね……はい、お茶」

梓「ありがとうございます」

和「いきなり私の家にやってきて浴槽を捕ってきたザリガニで一杯にしたりとか、家庭科の授業で班でタコ焼き作る実習の時にもタコ担当の唯がタコ忘れてきててタコ無しタコ焼き食べるハメになったりとか……」

梓「色々とすさまじい人だったんですね」

和「そうよ。まだまだ一杯あるけど聞いてみる?」

梓「いえ……もう十分です」

和「そう、でもね……確かにあの子と一緒にいると色々あるけど、何があっても1度として嫌な気になったことはなかったわね」

和「不思議と許せちゃうんですもの、あの笑顔を見ると、ね」

梓「そうですね、私も今まであの人といて同じような感覚になりましたね。悪気がないせいで怒る気にもならないっていうか何というか」

和「唯は中学まで何もやってこなかったわ。まあそれにも理由があるんだけど。でも本人は高校生になったら何か新しいことをしたいって言ってたの」

梓「そういえば前にそう話してくれた事がありました。何ていうか、部活の話をしてる時の唯先輩、すごく楽しそうな雰囲気でした」

和「そうね……軽音部に入って本当に変わったと思うの。自分を受け入れてくれる友達とギー太ができたって喜んでたもの」

梓「ギー太?」

和「ああ、唯のギターね。あの子、物に名前付ける癖があるのよ」

梓「唯先輩のセンスが分からない……」

和「唯が段々と私に頼りっきりにならなくなってなんだか巣立ちされたような気分で寂しくなったとはちょっとは思うけど、それでも私は唯が軽音部に入って、梓ちゃんと出会って本当に良かったって思えるの」

梓「私に?」

和「ええ、唯ったらいつも嬉しそうにあなたの話ばかりするんですもの。毎日何度も細かく何を話したとか、ね」

梓「唯先輩が私を……あ!でも和さん今こちらにいるってことは今は唯先輩と離れ離れなんですか?」

和「違うわ。このお店は叔父の店でね、たまたま叔父に用事があって週末を利用して来てるだけなの。だから実家は桜ヶ丘だし明日になれば帰るわ」

梓「よかった、唯先輩と離れ離れってことじゃなくてよかったです。私が幼馴染と離れ離れで暮らしてて尚更そう思うので」

和「今日ここに行くっていう話は唯も知っててね、じゃあついでにこの荷物を預かってくれって。そして梓ちゃんが訪ねてくるからそれを渡してくれって頼まれたんだけどね」

梓「なるほど……そういうわけだったんですね」

和「梓ちゃん」

梓「はい」

和「唯の事よろしくね。あの子にはあなたが必要なんだから、ね」

梓(私が……頼りにされてる?他人に?)

 荷物を受け取った私は、和さんと別れた後唯先輩に報告をすることにした。

梓『唯先輩、荷物受け取りましたよ』

唯『ほい、了解だよっ』

梓『先輩の幼馴染の人のとこだったんですね』

唯『そだよー』

梓『それで、次はどこに?』

唯『私が大好きだった場所だよ』

梓『どんな場所なんです?』

唯『へへー、着いてからのお楽しみー』


 目的の場所へ向かう途中、色々なお店に寄り道した。
 全部土地勘のある唯先輩お勧めのお店だ。
 アクセサリショップ、服屋さん、わらび餅屋さん、喫茶店、本当に数え切れない程まわった。
 1人でいるはずなのに、何故か本当に隣に唯先輩がいてデートしているような……そんな気になる。


梓『あの、先輩は今どちらに?』

唯『今はねぇ……街を見下ろせる丘の上の原っぱにいるんだ。私のお気に入りの場所なの』

梓『2人揃って先輩のお気に入りの場所ですねっ』

唯『だよねぇ。いつかここにもあずにゃんと一緒に来たいな』

梓『波の音が聞こえてきましたよ。先輩の言ってたお気に入りの場所って海だったんですね』


 水平線を見えたと同時に私の足は自然と小走りになる。
 誰も人がいない静かな砂浜で、都会暮らしの私にとってはとても新鮮な光景だ。
 そこで私は砂浜に座って小包を開けてみる。
 そこには「あずにゃんへ」と書かれた一通の便箋と古いラジカセが入っていた。
 ちなみに頭の中の唯先輩との通話はここに到着したと同時に切れている。



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 あずにゃんへ
 この小包を渡したのは、箱の中のラジカセをあずにゃんに受け取って欲しいからなんだ。
 ただ1つだけ、私のお願いを聞いてくれるかな?
 一緒に入れてあるテープを使って、あずにゃんの声を録音して私に送って欲しいんだ。
 あずにゃんの声で……なんでも好きな言葉を、大きな声で
 それじゃあ、よろしくね

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 テープは既にラジカセにセットされていた。
 あとは録音ボタンを押せば自動的に録音が始まり私の周囲の音を広い始める。

梓(これを押して喋ればいいんだよね……えいっ)

 録音ボタンを押すと中のカセットテープが回り出す。
 何か口を動かさなきゃいけないと分かっていても何も出来ない。
 おもわず停止ボタンを押してテープをとめ、ため息をつく。

梓(駄目だ、こんなんじゃ……この程度のことが出来ないでどうするの私!)

 意を決してもう1度録音ボタンを押し、ラジカセを地面に置いて立ち上がる。

梓「えっと……ちゃんと声……はいってるかな?」

 小さな声でそう言って、ラジカセの中を覗き込むと、テープが音を立てずに静かに廻っていた。
 ――ちゃんと声、拾えてるんだ……

 それを確認すると、水平線の彼方に沈む夕日を見つめる。
 いつの間にか私の顔から自然と笑みが漏れていた。
 その笑みの正体が、夕日によるものなのか、それとも他の何かなのかは分からないけど。
 ただ間違いなく言えるのは、以前の私ではありえない表情であるということ、それだけかな。

梓「中野梓です。私は今、鎌倉の海岸に来ています。唯先輩が録音しろって言ったので録音しています」

梓「……少し照れくさいですけど、ね」

 照れた顔でそう呟くと、大きく深呼吸する。
 そしてこの空のどこかの下にいる唯先輩に直接語りかけるように大きな声で呼びかけた。

梓「唯せんぱーい、聞こえますかー?私の声、ちゃんと届いてますか?秋も深まってきてもうすぐ冬ですね!!!春になったらあなたに会いたいです!!!」

 私の心には何かをやり遂げた後のような充実感があった。
 私の声、本当に唯先輩に届けばいいな。


――それから数週間後

教師「よし、じゃあ次は教科書311ページから!中野、読んでみろ」

梓「はい」

梓「あんた一体何なのよ!車は盗む、シートは引っぺがす、私はさらう、娘を探すのを手伝えなんて突然メチャクチャは言い出す!」

梓「かと思ったら人を撃ち合いに巻き込んで大勢死人は出す、挙句は電話BOXを持ち上げる!あんた人間なの!?お次はターザンときたわ。警官があんたを撃とうとしたんで助けたわ。そうしたら私まで追われる身よ!一体何があったのか教えて頂戴!!」


教師「はいそこまでだ。中野、座っていいぞ」

 ワイワイガヤガヤ

モブ生徒「おいおい何だよ、中野の奴どうしちゃったんだよ」

教師「おいそこ!静かにしろよ!!」

教師「中野」

梓「はい」

教師「今の朗読、すごくよかったぞ」

教師「じゃあ次!――」

梓(……えへへ)



――平沢家

唯【ただいまーういー】

憂「お姉ちゃんおかえりー」

憂「そうだ、お姉ちゃん宛に荷物が届いてるよ」

唯【荷物?】

憂「はいこれ。私まだ中みてないから、どうぞ」

唯【あっ!これあずにゃんからだっ!】

憂「梓ちゃんから?」

唯【私が頼んでたテープが入ってるよ!本当に送ってくれたんだねぇ】

憂「へぇー、何か頼んでたの?」

唯【うんっ!後で憂にも見せてあげるね!】

憂(お姉ちゃんすごく幸せそうな顔してる……一体どんな子なんだろう、梓ちゃんて)

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――――

――

prrrr

梓『もしもし』

唯『もしもしあずにゃん?今何やってるのー?』

梓『今は体育の授業中です。体育館でバスケやってますよ』

唯『それじゃ今お話するのは気が散っちゃうからあんまよくないかな?』

梓『いえ、大丈夫ですよ。私、体育はいつも隅で見学してるだけなので』

唯『そっかー。あのね、今日は報告しておきたいことがあるんだ』

梓『報告?』

唯『テープ届いたよ。あずにゃんありがとね』

梓『え!?本当に?もう……聞いちゃいました、か?』

唯『……うん』

梓『うわああっっ!は、恥ずかしい……っ』

唯『そんな事ないって。すごく素敵で可愛い声だったよ』

梓『そんな……おだてても何もでませんよ』

唯『私は嘘とお世辞は言わない子だよ?』

梓『ふふっ、ありがとうございます先輩。ああっ!』

唯『どったのあずにゃん』

梓『いえ、ボールが私の方に飛んできただけですから、大丈夫です』

モブ生徒「梓ちゃんごめーん。ボールとってー!」

梓「うん!いくよー?」

モブ「ありがとーっ!」

モブ「梓ちゃん、よければ私達のチームに来ない?」

梓「……」

梓「うん!」



―― 中野家

梓「ただいまー!……って、誰もいないか」

梓「……私のギター、埃で真っ白だ。触ってない間にこんなに汚れてたんだ……」

梓「たまにはお手入れしてあげなきゃなぁ」

――――――

――――

――

梓「よし……できたっと!」

梓「折角だしちょっとだけ弾いてみようかな……」

 ジャラララーン

梓母「ただいま梓……ってこの音、あの子もしかして」コソコソ

梓母(何年ぶりかしら、あの子のギターを聴くなんて)

梓母(あれだけ嫌がってたのに……本当に変わったわね、何かあの子にいい事でもあったのかしら)

 ジャジャジャーン

梓(ふぅ……久々だからまだ指がついていけてないや)


 もう2度と触らないと決めていたギターに触るとか、体育の授業で人に誘われるとか、授業で先生に褒められるなんてちょっと前の私には絶対にありえないことだった。
 永久に溶けない氷が時間をかけてゆっくりと溶けていくような感覚……多分、というか間違いなく原因はあの人だ。
 唯先輩といると、この世に不可能なことなんてないような何でも出来るような……そんな気持ちになる。



――ある休日の午後

唯『ねぇねぇあずにゃーん』

梓『どうかしましたか?』

唯『あずにゃんってさー、ギター以外に趣味とかあるの?』

梓『そうですね……私最近通販に凝ってるんです』

唯『通販?ネットでお買い物してるの?』

梓『ええ。結構いい掘り出し物とかあるんですよ?』

唯『ほほぅ、どんなの買ってるのかね?』

梓『最近ギター用乾燥剤とか寝てる間にリズム感が養えるCDとか壁にくっつくギター用ハンガーとか買いましたね。ハンガーなんて肉球の形してて可愛いから思わず買っちゃったんです』

唯『あずにゃんや……それ本当に役に立ってるの?』

梓『うっ……ま、まあ……それなりには』

梓『ああ!最近可愛いの買ったんですよ!キュゥべえってキャラのラバーストラップで気に入っててバッグに付けてるんです』

唯『それって最近やってたアニメのキャラだよね?』

梓『ええ、そうですよ』

唯『へぇー、意外だなぁ……あずにゃんアニメとかも見るんだ』

梓『あんま見てませんけどね。ただなんか一目見て気に入っちゃっただけです』

唯『衝動買いはダメだよー。お小遣いは大切に、だよ!』

梓『いつも無駄遣いしてお金に困ってる唯先輩に言われたくないです』

唯『うぅ……あずにゃん先輩厳しいっす』

梓『はいはい』

唯『でもなんか楽しいなぁ』

梓『何がですか?』

唯『だってこうやって話してるとあずにゃんの色んな物が分かってくるんだよ!私もっともっとあずにゃんの事知りたいよ』

梓『私のこと知ってもあまり役には立ちませんよ?それに教えるにしても唯先輩に対価をちゃんと払ってもらいますからね』

唯『たいか?』

梓『私も唯先輩のこと、もっといーっぱい知りたいんですから!いいですよね?』

唯『もっちろんだよ!ああ、それと話は変わるけど』

梓『はい?』

唯『前にあずにゃんにラジカセあげたよね?あれまだ持ってる?古いラジカセだからちょっと気になっちゃったんだー』

梓『当然じゃないですか!私あのラジカセ飾っていつも眺めてるんです』

唯『大事にしてくれてるんだね、ありがとねあずにゃん』

唯『あのラジカセね、私の4歳の誕生日に両親から貰ったものなんだ』

梓『そんなに大事な物だったんですか……いいのかな、私なんかが貰っちゃって』

唯『だからこそ、あずにゃんにプレゼントしたかったんだよ?』

唯『それにね、私はこう思うんだー。そのラジカセは多分私のことを――』

唯梓『ずっと覚えてる』

唯『え……なんであずにゃんそれを……』

梓『ふふっ、私唯先輩の心が読めるんですよ?』

唯『ええっ!あずにゃん何時の間にそんなすごい子になったの!?』

梓『冗談ですよ冗談』

唯『もうっ!ひどいよあずにゃんったら私のこと騙すなんてさー』ブーブー

梓『えへへ、ごめんなさいっ。実はこの前鎌倉に行った時に和さんから聞いたんです。唯先輩が物に名前をつけてまるで意思のある友達のように大事にしているって話を』

唯『和ちゃんったらもう、変なとこまで喋らないでよぉー』

梓『そういえば唯先輩、もうすぐ学園祭なんですよね?』

唯『うん。そうなんだけどさぁ……』

梓『何か悩みでも?』

唯『実は――』


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最終更新:2011年09月16日 03:17