――コンビニのFAX機
唯『それじゃ送るねー』
梓『はーい』
お金を入れてFAXのボタンを操作すると、中から数枚の紙が吐き出されてくる。
それらには楽譜が書かれていた。
梓『こちらはOKですよ、受け取りました』
――――――
――――
――
近所の河原、私はベンチに腰を下ろすとさっき受け取った楽譜を広げ、背中に背負っていたギターケースを下ろし中からギターを出す。
唯『ごめんねあずにゃん、こんなお願いしちゃって』
梓『いいんです、気にしないでください。私も唯先輩とギターの練習したかったので。それに……その……そんな気にさせてくれたのは先輩のお陰でもあるんですから』
唯『私の?』
梓『あ、いえ……と、とにかく始めましょうか』
――――――
――――
――
梓『私の恋はホッチキス、ですか。コピーバンドじゃなくてオリジナルをやるんですね』
唯『うん。でも楽譜を読んでも分からない場所がいくつもあるんだよ』
梓『どれどれ……随分変……じゃなくて特徴的な歌詞ですね』
唯『その歌詞考えたのは澪ちゃんだよ』
梓(どんな人なんだろ……こんな詞を書くなんてある意味すごいセンスだ)
唯『どしたの?』
梓『あっ、いえ別に……少し読ませてもらっていいですか?』
唯『どうぞー』
梓『では……』
唯『……』
梓『……』
梓『~~♪』
知らず知らずの内に曲のフレーズを口ずさんでいた私。
なんか唯先輩達と同じバンドにいるような……そんな錯覚がする。
唯『……!!?』
梓『先輩?どうしました?』
唯『あ、いやぁー、何でもないよ?』
梓『すいません、久しぶりに楽譜なんて見たからつい心躍っちゃって……』
唯『あずにゃん、もう少しだけ歌ってみてくれないかなぁ?』
梓『私の鼻歌なんて聴いてもあんまり参考になりませんよ。私歌苦手ですし』
唯『いいんだよ。私にとってはそれが一番参考になるんだから』
梓『……分かりました』
――――――
――――
――
唯『ふぅ、あずにゃん教え方上手いね。これなら本番までに出来るようになりそうだよ』
梓『それ程でもありませんって。それよりも本当によかったんですか?直接音あわせしてませんけど』
唯『しょうがないよ。だってこの電話、私達の声しか送れないんだもん』
梓『こういう時ちょっと不便ですね』
唯『そろそろ時間も遅いし、帰ろっか』
梓『そうしましょうか。週末のライブ頑張ってくださいね』
唯『まっかせなさい!』
――それから数日後・桜高音楽室
律「今日は私達にとって初めての学園祭ライブ、絶対成功させような!」
紬「おー」
澪「な、なあ……やっぱり私がボーカル……なのか?」
律「なーに言ってんだ。澪以外に誰がいるんだよ」
澪「そ、そんなぁー……代わって!お願い!お願い律!」
律「何だ何だー?私にドラム叩きながら歌えってか。それに今更代えるなんて出来るわけないだろ」
澪「ならドラムは私がやるから!」
律「ベースは誰がやるんだよー」
澪「それも私がやる!」
律「おぅおぅ!やってもらおうじゃないの。逆に見てみたいわ!」
唯「……」
唯【大丈夫だよ。澪ちゃんなら絶対出来るよ!私達、澪ちゃんがこっそり見えないとこで歌の練習してたの知ってるんだよ?ここまで頑張ってきたことは絶対に無駄にはならないから……だから頑張ろう?】
澪「唯……」
紬「そうね。今日までやれるだけのことはしてきたんだもの。唯ちゃんもこう言ってるんだし、ね」
唯「……」ニコニコ
澪「……分かったよ。私達この日のために練習してきたんだもんな。ありがとう唯、私やってみるよ」
唯「……」コクン
ガチャッ
和「みんないる?もうすぐ出番よ。そろそろ講堂の方に移動お願いね」
律「よっし!いくぞー!」
唯【終わったらティータイムしようね!】
紬「そうしましょー」
律「だなー」
唯「……」ハッ
唯【そうだ和ちゃん、みんな、ちょっとお願いがあるんだ】
律「なんだー唯」
唯【えっとね……今度のライブなんだけど――】
――学園祭から数日後・中野家
梓母「梓、お友達から荷物が届いてるわよー」
梓「荷物?誰からなんだろ」
梓母「平沢さんって方からよ」
梓「えっ!?」
梓(唯先輩、何を送ってきたんだろ……ん?CD?手紙も同封されてる……)
――――――――――――――――――――――――――――
あずにゃんへ
学園祭での私達のライブ、みんなにお願いしてCDに録音してもらったんだ
私達の練習の成果、あずにゃんにも聴いて欲しかったからね
ここまで来れたのもあずにゃんと軽音部のみんなが色々と手伝って助けてくれたからだから
こんな形でしかお礼できないけど、よかったら聴いてみてね 唯より】
――――――――――――――――――――――――――――
梓(そっか……あの人私の為にライブ録音してわざわざ送ってきてくれたんだ)
――――――
――――
――
梓『先輩、CD聴きましたよ。大成功じゃないですか』
唯『へっへー。あずにゃんにそう言ってもらえて何だか私も自信ついたよー』
梓『唯先輩、本当に今年の春にギター始めたばっかなんですか?』
唯『そうだよー』
梓『すごい……始めて半年でこんな演奏ができるなんて本当にすごいですよ!』
唯『いやー照れますなぁ』
梓『なんか少し前まで、もうギターなんか触りたくもないって思いつめてた自分が恥ずかしいです』
梓『私自身怖がりすぎて逃げてたんですね。周りから何か言われるのが嫌で、それにただ流されて逃げてたって……いくら不器用でも私は私の道を行くべきなんですよね』
梓『自分のやりたい事を正直にやるべきなんだって、先輩を見てて分かったんです』
唯『そうだね、色々悩んでてもさ、そんなんじゃ人生楽しくないもん。周りの人が何て言っても、最後に判断するのは自分だからね』
梓『もしも私が、唯先輩やこの人達と一緒にバンド組んでたら今とは違った人生になってたのかなぁ……』
唯『だったら一緒にやろうよ!一緒にバンドしようよ!』
梓『無茶いわないでくださいよ。横浜と桜ヶ丘じゃ遠すぎますって』
唯『うーん、残念だー』
それから数ヶ月後――
私と唯先輩の仲は益々深まっていった。
それだけじゃない、今では学校のクラスのみんなとも仲良くなって、1人でお弁当を食べることも無くなっていた。
みんなが私の名前を呼ぶ時も気付かぬ内に「中野さん」じゃなくって「梓ちゃん」になってるし。
何年経っても変わらなかった私自身と私の周辺が、唯先輩と出会ってからのたった半年で大きく変化していた。
だけどそんな楽しい日々はいつまでも続かない……そう、私は中学3年生、もうすぐ卒業しなきゃいけない。
現に今も高校の受験勉強に追われる毎日だ。
そんなある日の夜、私は親にある用事で呼び出された。
梓「え!?転勤!?」
梓母「そう、来年の春からお父さん転勤することになったのよ。本当はなるべく早くに行くつもりだったけど梓が中学を卒業するまで待とうって相談して、春ってことになったの」
梓「で、でもお父さんもお母さんもジャズバンドやってるんでしょ?サラリーマンでもないのに転勤だなんて……」
梓母「そうなんだけどね。新しく活動するバンドの拠点が変わっちゃったのよ。ここからじゃ遠すぎるから引っ越すしかないの」
梓「そっか、じゃあ私達も引っ越すってことなんだよね。それでどこに引っ越すの?」
梓母「桜ヶ丘よ」
梓「ええっ!?」
梓母「よかったわねー、また純ちゃんと一緒の学校に行けるかもしれないじゃない」
梓(桜ヶ丘……唯先輩と純の住んでる街だ……)
親から告げられた思いがけない桜ヶ丘への引越し。
住み慣れたこの街から去るのは少し寂しい気もしたけど、それ以上に気持ちが心躍っていた。
それは勿論、純との再会が果たせるのもあるけど――
あの人……唯先輩にもしかしたら会えるかもしれないから
梓「もしもし純?」
純『どうしたの梓』
梓「ちょっと報告しておきたい話があるんだ。実はね、私来年の春から桜ヶ丘に引っ越すことになったんだ」
純『ええっ!本当なのそれ!?』
梓「うん、お父さんの転勤なんだって。だから高校はもしかしたら純と一緒のとこに通うかもしれないね」
純『そっかー。あんた、かなり嬉しそうだよね』
梓「えへへ、まあねー」
純『一番嬉しい理由は、愛しの唯先輩とやっと会えるからなんだもんね?』
梓「なっ、何いってんのよっ!!」
純『全く、少しは素直になりなって。隠しても顔に出てるよ?』
梓「電話越しでそんなの分かる訳ないでしょっ!もうっ、純のバカッ!」
純『やっぱりからかい甲斐がありますなぁ梓は』
純『でも、あんたの言ってたその唯先輩、なんか私の友達のお姉ちゃんと特徴がすごくかぶってるんだよね……』
梓「うそ!?てことはまさかそんな身近に唯先輩が!?」
純『あー、でも違うと思うよ。その人じゃない気がする。その人はそんなこと出来ないだろうし』
梓「なーんだ、残念だなぁ」
純『まあいいじゃん。どうせこの報告、唯先輩にもするんでしょ?』
梓「うん」
純『じゃあそん時に訊いてみればいいじゃん』
梓「そうだね」
――その夜
唯『そっかー。学校のみんなとうまくやれるようになったんだね』
梓『はい、それもこれも唯先輩のお陰ですよ』
唯『私は何にもしてないよー。全部あずにゃんが自分でやったことなんだから』
梓『そんなことないです。私1人じゃどうする事も出来ませんでしたよ』
梓『きっと先輩は魔法が使えるんだと思います』
唯『魔法?』
梓『どんな時にも人を勇気付けて悩みも辛さも全部打ち消してくれる魔法です』
唯『もうあずにゃんったらー、人をおだてても何にも出ないよ?』
梓『ふふっ、ああそうだ、話は変わりますけど今日は先輩に報告があるんです』
唯『報告?どんなのなのかなー』
梓『私、来年から桜ヶ丘に行くことになったんです』
唯『ふーん、桜ヶ丘ねぇ……って、ええええええっ!!』
梓『ちょっ……声が大きいですって』
唯『だって桜ヶ丘だよ!?私のいる街だよ!?驚かずにはいられないよ!!』
梓『それで、高校は桜ヶ丘高校に進学しようって、そう決めたんです』
唯『本当に?本当に桜高にきてくれるのあずにゃん!?』
梓『はい。私、唯先輩のいる軽音部でバンドがしてみたいんです。あの学園祭のCDを聴いてみて思ったんです。みなさんすごく楽しそうに演奏してるなーって。だから私も一緒にあのステージに立ってみたいなって』
唯『これは大ニュースだよっ!早くりっちゃん達にも教えないと!』
梓『頼みますからあんまり大事にしないでくださいよ?』
梓『それにまずは受験に合格しなきゃいけませんからね』
唯『あずにゃんなら出来るって!あずにゃん私よりしっかりした子なんだもん』
梓『ふふっ、頑張りますね。あと、また話変わりますけど先輩に尋ねたいことがあるんです』
唯『ほえ?尋ねたいこと?』
梓『先輩、前に妹さんがいるって教えてくれましたよね』
唯『うん、憂のことだね。憂がどうかしたの?』
梓『その妹さん……憂さんの友達に純って子いませんでした?』
唯『うーん、聞いたっけかなぁ……純ちゃんかぁ。もしかしてその子、前にあずにゃんの幼馴染って教えてくれた子?』
梓『はい、もしかしたら唯先輩も知ってるんじゃないかなーって』
唯『ちょっと思い出せないなぁー。でももしそうだったら私達意外と近い距離にいるって話になるよね』
梓『ええ、だから確かめたかったんです』
唯『それじゃあさ、今度憂に訊いてみるよ』
梓『はい、よろしく頼みますねっ!それじゃ今日はこの辺で』
唯『うん、おやすみあずにゃん』
梓『はい、おやすみなさい唯先輩』
最終更新:2011年09月16日 03:19