――翌日・桜高音楽室
唯【みんなおまたせー】
律「おっ、なんだ唯、今日はやけに上機嫌じゃないか?」
紬「何かいいことでもあったの?」
唯【へっへー。今日はみんなにビッグニュースを持ってきました!】
澪「なんだ。妙に勿体ぶってるな」
唯【何と!何とですねー。あずにゃんがお父さんの都合でこの街に引っ越してくることになったのです!】
紬「本当に!?良かったじゃない唯ちゃん」
澪「これでやっとその子と直接顔合わせが出来るかもしれないな」
唯【それでね、あずにゃん来年の春からこの学校に通って軽音部に入部したいって言ってくれたんだー】
律「おおっ!それは大手柄だぞ唯!ついに我が軽音部にも5人目の新入部員がっ!」
澪「まあ落ち着けよ律、まだ受験があるだろ。それにまだ12月だ」
唯【あずにゃんなら大丈夫だよ。もう受験勉強しててすっごく真面目な子なんだから】
澪「いや……この時期受験勉強してるのは受験生なら当然なんだけど……」
律「でもさ、もし本当に来てくれるなら歓迎パーティしてあげないとな!」
唯【いいねぇ、やろうよやろうよ!】
唯(あずにゃんと演奏したりティータイム……今からワクワクするよぉー)
桜高に入るために私は受験勉強への取り組みにますます熱をいれた。
そうしてる内に年は変わり、願書の提出も済んで、受験の日取りも決まった。
そして2月に入ったある日のこと――
唯『いよいよ今週受験だね。金曜日だっけ?』
梓『はい。なんだか緊張してきました』
唯『何時からだっけ?受験』
梓『ええと……10時からですね。駅から遠いですか?』
唯『そんなに遠くはないけど、慣れないと迷うかもしれないね。あっ、そうだ!』
梓『どうかしましたか?』
唯『1つ提案があるんだけどね』
梓『提案?』
唯『もしよかったら私と途中で会えないかなーって』
梓『ええっ!』
唯『あずにゃん桜ヶ丘に来るの初めてで道も分からないでしょ?迷ったりなんかしたら大変だし、私が案内しようかなーって。学校も試験で休みだし』
梓『で、でもそれって……』
唯『うん、だから今度こそあずにゃんに会えないかなって……会ってもらえるかな?』
梓『……』
唯『おーい、あずにゃーん。聞いてるー?』
梓『あっ!は、はい!』
唯『どうかな?会ってもらえないかな?会いたいんだあずにゃんに』
とうとうこの時が来た、私はそう直感した。
「会いたいと思った時が会う時」という純の言葉を思い出す、そう、まさにこれが「その時」なんだ。
もう断る理由なんてない、会えばいいんだ、唯先輩に。
梓『……はい、会います。私、唯先輩に会います!』
――受験当日
この日の朝、出発前に純に電話をかけることにした。
純も同じ高校を受験するし、現地で待ち合わせすることになってるから最終確認だけはちゃんとしておこうって思ったから。
純『そっか、もうそっちを出るんだ。やっぱ遠いと大変だねぇ』
梓「まあしょうがないよ。それより待ち合わせ場所分かってる?」
純『任せなさいって!校門前でしょ?私が忘れるなんてありえないっしょ』
梓「いまいち信用できないんだもん」
純『何をー!私は約束は守る女なんだからね、これでも!』
梓「ふふっ、分かった分かった」
純『それで、何時の電車に乗るの?』
梓「6時50分の新幹線かな……ああ、そうだ純」
純『どうかしたの?』
梓「私ね、唯先輩と今日会うことにしたんだ」
純『マジで!本当に!?』
梓「うん……私ね、あの人に会いたくて会いたくてさ、今その気持ちで一杯なんだよ」
梓「純が相談に乗ってくれたお陰で会う勇気が出来たからさ、ありがとね純」
純『くっそー!いいな梓は……羨ましいっ!』
梓「えへへ♪」
純『それで、いつ会うの?』
梓「駅の近くまで迎えに来てくれるんだって」
純『なるほどね……まっ、今のあんたならもう心配ないっしょ。お幸せにねー』
梓「お幸せにって……私達別に結婚するわけじゃ……っ」
梓母「梓ー、そろそろ時間よ。早くしないと電車乗り遅れるわよー」
梓「あっ!もうこんな時間、ごめん純、私そろそろ行くね」
純『うん、じゃあまた後で』
――新幹線車内
梓『もしもし?』
唯『おっ!あずにゃーん、おはよぉー』
梓『おはようございます先輩。今新幹線に乗ってそちらに向かってます』
唯『どれ位でこっちに着くの?』
梓『予定では8時丁度に着く予定になってますね』
唯『試験10時からでしょ?随分早くない?』
梓『少し余裕を持って出ておこうかなって』
唯『えーっ、私ならもう少し寝てるのになぁ』
梓『時間ギリギリはよくありませんよ。まして大事な試験の日ですし、唯先輩にも会うんですから』
唯『そんなものなのかなぁ……ま、いいや。それじゃ私は約束通り8時10分に駅の北口のパルコの前で待ってるね』
唯『で、そっちの時間だと……あー何か緊張してきたよぉ』
梓『私もなんですけどね』
車内放送「現在三島~新富士間にて大雪の為徐行運転を行っております。お急ぎの方にはご迷惑をおかけしますが――」
梓『あー、すいません、もしかしたら時間に間に合わないかも』
唯『ほえ?どして?』
梓『大雪で電車が遅れそうなんです。本当にすいません……あんなこと言ったそばから』
唯『いいよー、それじゃ待ち合わせ場所かえよっか。南口出てすぐのとこにコンビニの7-11があるからさ、そこなら近いしそこにしようか』
梓『わかりました』
唯『でー、あずにゃんはさ……』
梓『どうかしたんですか?』
唯『ああいや、あずにゃんは今日どんな服装でくるのかなーって』
梓『ぶっ、別に普通の学生服ですって』
唯『教えてくれないの?』
梓『わざわざ言う程のことじゃないですから』
唯『そっかなぁー』
梓『あの、今の内に唯先輩と1つだけ約束して貰いたいことがあるんです』
唯『どんな約束なの?』
梓『会ってみて全然思ったのと違っても、私を嫌いになったりしないって』
唯『あずにゃんも変なこと言うよね。嫌いになるわけなんてないよ?それに、それはこっちの台詞』
梓『え?』
唯『実は黙ってたけどね……今まで何度も言おうとしたけど、でも今日あずにゃんに会ったらちゃんと説明しなくちゃいけないなって思ってさ……』
と、ここで私を呼ぶ声が通路の方からした。
見ると私と同じ髪型で背丈も同じくらいな学校の制服を着た女の子がいた。
違うところを見ると、私の制服は紺で、その人の制服は白ということぐらいか。
女の子「すいません、隣いいですか?」
梓「いいですよ、はい、どうぞ」
女の子は会釈をすると荷物を上の荷物置き場に置いて、私の隣に座った。
それを確認すると、私はまた唯先輩との通話を再開する。
唯『何かあったの?』
梓『すいません。隣の席に他の人が来てたので……』
ここで腕時計を見てみると、どうみても約束に間に合わない時間になっていた。
梓『うーん、やっぱり間に合いそうにないですね』
唯『雪じゃしょうがないよ。むしろ私としては駅から出てくるあずにゃんを見つけるのがすっごく楽しみなんだよぉ』
――結局、駅に着いたのは8時20分、やっぱり遅れてしまっていた。
電車が停車するのを確認して、私は隣に座っていた女の子の後に続くようにホームへと出た。
梓『今着きました。8時20分、10分遅刻ですね』
唯『8時20分ね、おっけー。今こっちだと7時20分だよ。それじゃそろそろ私も家を出てそっちに向かうね。ああ、それとあずにゃん』
梓『はい?』
唯『この電話、もう必要ないよね?』
梓『え?』
唯『私達もう会えるんだよ?だからずれた時間も距離も1つになるんだからさ。1時間先の私によろしくね?あずにゃん』
梓『はい、分かりました』
通話を終えた私は改札を出て駅から外に出る。
この街では雪こそ降っていなかったけど、それでも身体に突き刺さるような寒さで思わず身体が震える。
これなら大雪で電車は遅れるのも頷けるかも。
そういえば純と憂さんのこと、先輩に訊くの忘れてたっけ……ま、いいか、どうせ遅かれ早かれ分かるんだし。
私は駅舎から外に出てしばらく歩き、赤信号につきあたる。
すぐ目の前の横断歩道のすぐ向こうには待ち合わせ場所のコンビニがある。
ここで私は信号待ちの間に受験票を忘れてないか確かめる為、後ろ手に持ってたバッグを前に出し確認する。
梓(よし、受験票もちゃんとあるし、準備OKだね!あとは先輩と合流するだけ、か)
はやる気持ちを抑えながら信号が青に切り替わるのを待って、白いゼブラゾーンに足を踏み出す。
もう少しで横断歩道を渡りきる所で遅刻しているのを焦っていた私は無意識に腕にはめていた腕時計でもう一度時間を確認する。
今の時間は8時30分……20分遅刻になっちゃったな……
時計の針を見たのと同時に私の耳に悲鳴のような轟音が聞こえてきた。
音のあった方向を振り返ると、そこには目の前に迫った車のバンパーがあった。
音の正体は悲鳴なんかじゃなくって車のブレーキのスキール音だったんだ。
かなりの猛スピードで迫っているその車をかわす時間はもう残ってなんかいない……初めて襲い掛かる身の危険のせいか、私にはそれがまるでスローモーションのように映った。
不意に、誰かに横から突き飛ばされ歩道へと倒され、粉々になったフロントガラスの破片が降り注ぐ。
背後で車が大破した音が聞こえる。
何が起こったのか理解できない……私は混乱して事態が飲み込めない状態だ。
一般人「君、大丈夫か?」
突き飛ばされた衝撃の痛みを我慢して起き上がる私に、通行人の人が声をかけてきた。
梓「あ、あの……一体何が……」
一般人「君を突き飛ばしてあの子が代わりに……」
通行人が指さした方向を見ると、学校のブレザーを着た女の人が仰向けで倒れていて、血だまりが路面に広がっているのが見えた。
青いタイをして、セミロングの茶髪で前髪をヘアピンで留めたその人は、私を見つめている。
私はおぼつかない足取りでその人の元へと向かう。
その顔を見ていて、ある人の名前が頭の隅によぎった。
梓「唯……先輩……?」
恐る恐るその名前を口にすると、その人は私を見ながらにっこりと微笑んだ。
梓「うそ……まさか本当に唯先輩!?」
まさかとは思ってたけど、嫌な予感が的中しちゃった私。
しゃがみこんで唯先輩の左手を握る。
梓「先輩!先輩っ!どうしてこんなことをっ!!」
涙声で呼びかける私の問いに、声を出すのも辛いからなのかは分からないけど無言だった。
ただ、唯先輩はその代わりに右手の人差し指を震えながら私に向け、何かジェスチャーのような仕草をしている。
その一連の動作を終えた唯先輩は、まるで安心したかのような表情を浮かべゆっくりと目を閉じた。
梓「唯先輩……嘘ですよね?先輩!ねぇ!そんな……そんな……」
梓「いやああああっ!!!」
7 原作エンド※シリアス注意・苦手な方は別エンドへ
9 別エンド
最終更新:2011年09月16日 03:27