梓「唯先輩!唯先輩っ!しっかりしてくださいっ!!」
病院へと向かう救急車の中、私は目の前で横たわる唯先輩にひたすら呼びかけていた。
救急隊の人達が専門用語を飛ばしあいながら慌しく処置を施している中、私はただ先輩の手を握って呼びかけ続ける位しか出来なかった。
時間が経つ毎に心電図に表示された数値が下がっていき、救急隊の人達の掛け合いも怒声染みたものになっていく。
医療に全く詳しくない私でもこの状況がどれだけ危険なのか大体察しがつく。
梓(なんで……なんで先輩があそこに……)
梓(このままじゃ唯先輩が……)
もう頭の中は真っ白だ。
救急隊員の一人が私に何か色々尋ねてきているようだったけど答えられない……というより耳に入ってこない。
――――――
――――
――
病院に到着し、これから唯先輩を外に運び出そうという時、短い周期で鳴っていた心電図の電子音が途切れることのない無機質な音へと変わった。
救急隊員「――8時39分……ご臨終です」
梓「……え」
私は絶句した。
今目の前で大切な人が死んでしまったんだから。
思わず泣き出しそうになった時だった、私はある事に気がつき心を落ち着かせようとした。
梓(8時……39分……?)
救急隊員の人が言った時間、これを聞いて私の頭は閃いた。
梓(確か頭の中の電話、1時間時差があったよね……ということは今電話の向こうの唯先輩の時間はまだ7時39分……)
梓(まだ事故が起きてそんなに時間が経ってない!上手くいけば事故を回避することができるかも!)
居てもたってもいられず、1人取り残された病院の駐車場ですぐに頭の中の電話回線を開く。
prrrr
梓(出て、お願い……唯先輩……早く!)
prrrr……がちゃっ
唯『あれれ?あずにゃんどったのー?私に会えたんじゃなかったの?』
梓『すいません……どうしても先輩に伝えたいことがあったので』
唯『伝えたいこと?なになにー?』
梓(ここで唯先輩を待ち合わせ場所に来させず帰らせれば先輩は助かる……でもどうやって)
梓(急用が出来た?それともやっぱり元の待ち合わせ場所にしてもらう?いや、なんか不自然だ)
梓(そうだ!先輩を怒らせてわざと嫌われるように仕向ければきっと帰ってくれるはず!)
唯『どうしたのあずにゃん。さっきから黙っちゃっててさ』
唯『あーっ!そうかぁ、もしかして苦情の電話?想像してた人と違いました!とかだったりしてー』
ここで会ってみてガッカリしたから帰って欲しいって言えば不自然さは残らず帰らせることが出来る!
そう閃いた私は「そうですよ」と言おうとしたが……
梓(待った!ここでうまく行けば先輩は死なずに済むけど、今度は私が死んじゃうかもしれない……先輩は私を助けて巻き込まれるんだから、そうなると私が助かる道がなくなる)
梓(それにあの人は勘がいいから私の言動に異変を感じてかえって逆効果になるかもしれない。だったら……どうしよう……)
梓(考えろ!考えるんだ私!唯先輩があの場にいなくて済んで私が事故にあわない方法を……!)
唯『あのーあずにゃん?さっきからどしたの?なんか変だよ』
いくら考えても答えが出ない、唯先輩を8時30分頃にあの場から遠ざける方法が。
しばらく考えてみて今度はある発想を思いつく。
梓『すいません唯先輩、1つ聞きたいんですけど』
唯『なになにー?』
梓『今先輩どんな手段でこっちに向かってるんですか?』
唯『ふぇ?なんでそんなの聞くの?』
梓『いいからとにかく答えてください!時間がないんです!』
唯『うっ!い、今は歩きだよー。別にそんなに遠くないし』
梓『歩きですか……なら今すぐそこでバスに乗ってこれますか?』
唯『うーん、この道バス通ってないんだよね』
梓『ならバスでなくてもいいです。タクシー拾って来てください。大至急です!』
唯『えー、タクシーだなんて私今月のお小遣い少ないんだよぉー。それにそんなに急がせてどうするの?』
梓『お金なら私が立替ます!ワケも後で話します!とにかく私を信じてください!』
唯『う、うん……分かった』
――――――
――――
――
それから数分後
唯『あずにゃん、タクシー乗ったよ。もう訳を聞かせてくれてもいいよね?』
梓『そうですね、なら説明しますね。実は――』
ここで私は全てを話した。
私が車に轢かれそうになって、それを唯先輩が庇って死んでしまうことを。
唯『……冗談だよね?私が死んじゃうだなんてさ』
梓『冗談でこんな話するわけありませんよ。8時30分頃に事故は起きるんです』
梓『最初は唯先輩をあの場から遠ざけようと思ったんですが、勘のいい先輩のことだし嘘付いても逆効果になると思ったんです。それに事実を言って帰らせようとしても意地でも来ますよね?』
唯『うん、私なら多分そうするな。あずにゃんに何かあったら大変だもん』
梓『だったら逆に事故の起きる時間より早く来てもらって私と合流すれば誰も巻き込まれないで済むんじゃないかなって……まぁ推測ですけどね』
唯『なるほどねぇー。さっすがあずにゃん、頭いいねぇ』
梓『でも問題は私があの横断歩道に来る前に先輩が私を見つけ出せるかどうかなんです。私が横断歩道に入ってしまったらそこでおしまいですから』
唯『なら特徴教えてよ、あずにゃんのさ。私絶対見つけ出してみせるから!』
梓『分かりました。私は紺の制服で青いバッグを持ってます。ツインテールで背が低いのが私です』
唯『ふむふむ……おっけー!じゃあ駅に着いたらとにかく探してみるよ。ああ、あとね、あずにゃん』
梓『他に何か?』
唯『ありがとね。あずにゃんが私をこんなに心配してくれるなんてさ……私、すっごく嬉しいよ』
梓『い、いえ……ただ私のせいで唯先輩が大変な目に会うなんて嫌なんです。だって……先輩は私の人生を変えてくれた大切な人なんですから!』
梓『唯先輩には生きていて欲しいんです!ずっと……ずっと!』
唯『ありがとうあずにゃん。私嬉しいよ、あずにゃんが私のことそんな風に見ていてくれたなんてさ。でもね、それは私も同じなんだよ?』
梓『え?』
唯『これから話すこと、驚かずに聞いてくれるかな?』
梓『は、はい……』
唯『今まで言おう言おう思ってて結局言い出せなかったんだけど……私ね……喋れないんだ』
梓『え……それってどういう……』
唯『それだけじゃないんだ。私ね、耳も聞こえないの。どっちも5歳の時から、ね』
梓『そんな……』
唯『隠しててごめんね?でもあずにゃんがこれを知ったらもしかして嫌いになっちゃうんじゃないかなって想像して怖かった、だから今まで言えなかったの』
梓『……バカですよ先輩は……』
唯『あずにゃん……?』
梓『そんなんで嫌いになる訳ないじゃないですか!例え耳が聞こえなくても喋れなくても……唯先輩は唯先輩です!私の中で唯先輩が大好きな気持ちは変わりません!』
唯『そっかー、私の考えすぎだったんだね……ほんとバカな先輩だったよ私。私も大好きだよ、あずにゃんのことが』
梓『先輩……』
唯『ねえあずにゃん、1つ聞いて?』
梓『はい……』
唯『私ね、あずにゃんと初めて電話が繋がった時すっごく嬉しかった。私の声が直接届いて聞いてくれて、あずにゃんの声まで聞くことが出来た……すっごく楽しかったよ、この1年間』
唯『音が聞こえなくてもギターは弾けるけどさ……だけど音楽をみんなに聞かせることは出来ても私自身が聞くことが出来ないのが嫌で正直辛かったんだ』
唯『正直音楽の音色がどんな物か10年間忘れかけてたんだ……あずにゃんに会う迄は』
梓『私何かしましたっけ……』
唯『前にギター教えて貰った時に鼻歌歌ってくれたよね?』
梓『ああ……そういえば確かにあの時……だから先輩はもっと聞かせてって頼んでたんですね』
唯『そうだよ?私、あずにゃんに出会えて本当に良かったって思ってるよ。だからさ、居なくなっちゃえばいいだなんてもう言わないでね?』
梓『唯先輩……はい、わかりました』
唯『わかればよろしい!』
梓『でも……なんか変な気持ちです。私でも人の役に立てるんですね、ちょっとびっくりしちゃいました』
唯『それはお互い様ってね!あっ、もうすぐ駅につくよ。それじゃああずにゃん』
梓『はい、さよならは言いませんよ。絶対にまたお互い生きて会いましょうね……』
唯『うん!必ずまた会おうね!それじゃ行ってきます!』
――――――
――――
――
唯『ふえぇ~駅から来る人が多すぎてあずにゃんがどこにいるのか分からないよぉー』
梓『丁度通勤時間帯ですからね……流石に見つかりにくいですよね』
唯『どうしよう……今もう27分になっちゃってるよ!なんとかしなきゃ……』
梓『先輩……怖くないんですか?もしかしたらもうすぐ自分が死んじゃうかもしれないのに』
唯『怖くないわけないよ。でもね、私あずにゃんともっとお喋りしたいし一緒にバンドしたいから……だから絶対にこんなとこで終わりたくないの』
梓『すいません……最後の最後まで私、先輩に頼りっきりで……ほんと情けないです。私、先輩に借りばかり作ってしまって』
唯『へへー、ならあずにゃんには後でちゃんとお返しはしてもらうからねっ!』
梓『ええ、分かってますよ。まあ、とりあえず横断歩道のとこから探しなおしてみましょうか。もしかしたら見落としてるかもだし』
唯『そうしよっか』
――――――
――――
――
唯『うーん、横断歩道の向こう側で信号待ちしてる制服姿の子探してるけど、紺色だらけだよー』
梓『そうですよね……紺色の制服なんて至るとこで見ますし……ならツインテールの子を探してみてください。珍しい髪型だから見つかるはずです!』
唯『それがね……同じ髪型の子がいっぱいいるんだよぉ。もう何がなんだか……ふぇぇ~』
梓『なんて酷い偶然……』
梓(とうとう30分になっちゃった……どうしよう……ここまで来れたのにこのままじゃ唯先輩が……)
無機質に時を刻む腕時計の針が、今の私には絶望へのカウントダウンに見えていた。
何か手はないか頭をフル回転させる、けどパニック状態になりかかっている今の私にはどうすることも出来ない。
梓『唯先輩!今すぐ逃げてください!もういいですからせめて先輩だけでも』
とにかく唯先輩だけでも助かって欲しい、万策尽きたと悟った私はそう叫ぶ。
逃げてと呼びかけても逃げる人じゃないのは分かってる……けど藁をも掴むというのはこういう事なんだろう、それ位必死だった。
唯『そんなの出来ないよ。私が逃げたらあずにゃんが……』
梓『でも……でも!唯先輩が死んじゃったら私、この先どうすればいいか……お願い!お願いだから逃げて!』
唯『何を弱気になってるのさ!そんなあずにゃん、私は嫌いだよ!!』
梓『せ、先輩……』
唯『必ず生きてまた会おうねって約束したじゃん!そう言ったのはあずにゃん自身なんだよ!!』
いつもほんわかして喜怒哀楽の怒が欠けてるような唯先輩が初めて声を荒げた。
弱気になって投げやりになりかけてる私に対して本気で怒ってるのが見えない電話回線を通してひしひしと伝わってきている。
唯『怒鳴ってごめんね?でもね、私達はまだ生きてるんだから……可能性は0じゃないんだよ?だからもう少し頑張ってみようよ、ね?』
今度は一転して優しい声であやすように語り掛けてくる。
どうしてこの人はいつも自分のことより私のことばかり……そんな唯先輩の優しさで胸が痛み涙が零れ落ちてくる。
梓『どうして……どうしてなんですか!?いつもいつもあずにゃんあずにゃんって、自分の身を厭わず庇ってくれて……何で……っ』
唯『理由なんてないよ。あずにゃんは世界で一番好きな人なんだから』
唯『どんな苦難があっても、逃げ出したくなる位怖くても……私は絶対にあずにゃんを守るから!そして私も生きて戻るって約束するよ、だから安心して?』
梓『はい……約束ですからね!絶対の絶対ですよ!!』
唯『うん!私は嘘はつかない子なんだから、大丈夫!』
最終更新:2011年09月16日 03:28