唯「ふーでぺーんふーふー♪」

晶「何やってんだ、唯?」

唯「手紙を書いてるんだよ、小さいころからずっとお世話になってたおばあちゃんに」

唯「ほら、もうすぐ敬老の日だからさ」

晶「……意外とまめなとこもあるんだな」

唯「え、今ほめてくれた?」

晶「別に……っていうかお前、筆ペンで書いてんのか」

唯「うん。普段は筆ペンなんて使わないんだけど、おばあちゃん宛の手紙を書くときだけは、筆ペンって決めてるんだ」

晶「へー……なんでだ?」

唯「聞きたい?」

晶「……別に」

唯「そ、そんな!」

晶「……まあ、聞いてほしいってんなら聞くけど」

唯「あ、やっぱり聞きたいんだ」

晶「ち、ちげーよ!」

唯「そっか……」シュン

晶「……話せよ、聞いてやるから」

唯「うん! えへへ、えっとねー、去年の九月のことなんだけど……」

――――
――

唯「三連休終わっちゃったねー」ダラー

律「なー」ダラー

梓「だらけてないで、早く練習しましょうよ」

唯「あずにゃーん、次の祝日っていつだっけー?」

梓「えーと……二三日の秋分の日ですね」

律「二三日!? じゃあもうすぐじゃん!」

唯「やった! それなら私、頑張れそうな気がするよ!」

澪「そうか、なら早く練習に入るぞ」

唯「……あれ? でもさ、二三日が秋分の日なら、昨日は何の日だったの?」

紬「昨日は敬老の日よ、唯ちゃん」

唯「え……敬老?」

律「お、なんだ? もしかして敬老の日を知らないのか、唯?」

唯「……敬老……敬老……」

唯「う、うわああああ!!」ガタッ

律「うわっ! な、何だよ急に」

唯「どどどどうしよう! 私、おばあちゃんに何にもしてあげてない!」

律「あ、何をする日なのかは一応知ってるんだな」

唯「知ってるよ! みんなは!? みんなは昨日何してあげたの?」

律「あー、私は……電話かけて、ちょっと会話したくらいだな」

梓「私は……特に何も……」

澪「私は手紙を書いたぞ」

律「メルヘンチックな手紙をか?」

澪「ふ、普通の手紙だよ!」

紬「私はケ-キを焼いたわ」

唯「ケ-キ!」

紬「ええ」

唯「私もケ-キにしよう! ありがとうみんな! 悪いけど今日は帰るよ!」ダッ

律「お、おい! 練習は……って行っちまった」

澪「そういえば、近所のおばあさんに昔からよくしてもらってるって言ってたな」

律「だったら敬老の日を忘れんなって話だよ……」

紬「まあ、唯ちゃんらしいと言えば唯ちゃんらしいわね」

梓「私も……何かしたほうがいいのかな」

澪「電話くらいはしといたらどうだ?」

梓「……そうですね」


平沢家前

唯「ケーキ! ケ-キ!」タタタタ

唯「はあ……はあ……やっと家に着いたよ……」

ガチャガチャ

唯「あれ? 開かない……もしかして憂、買い物いってるのかな」

唯「鍵は合鍵があるから大丈夫だけど……一人でケ-キなんて作れるかな?」

唯「憂が帰ってくるまで待とうかな……いや、一人でもできるよね、きっと!」

唯「うん、レシピ通りにやれば大丈夫だよ!」


キッチン

唯「ヘラをゆっくりと動かす……『の』の字を書くように」

唯「型に流し入れて……」

唯「あとはオーブンで三十分焼けば完成だね!」

唯「うん、砂糖と塩は間違えてない! 計量もちゃんとやった!」

唯「ひとりでできたもん!」グッ
ピッピッ

ブイーン

唯「うん、これであとは三十分待つだけだね!」

唯「その間に……ホントのおばあちゃんに電話を……」ピポパ

――

唯「うん、うん、じゃあねー!」ピッ

唯「えへへ、久しぶりに電話したら喜んでもらえたよー!」

唯「そろそろケ-キも焼けたかなっと」ヒョコ

バチバチバチ!!

唯「ひ、ひええ!! 火花が散ってるよ!!」

唯「と、とにかく取り消しボタン!」ピッ

唯「……ケ、ケ-キはできてるかな……」ガチャ

唯「……真っ黒こげ……」

唯「……とりあえず、取りだそうか……あっつ!!」

ガシャーン!


唯「……ひぐっ……ぐすっ」

唯「うまくいったと……おもったのに……ひぐっ」

ガチャ

憂「あれ? お姉ちゃん、もう帰って……どうしたのお姉ちゃん!」

唯「……ケーキ……作ろうとしたら……火花が散って……真っ黒くろすけに……ぐすっ」

憂「火花が?……うーん、もしかして……レンジとオーブンを間違えちゃったとか?」

唯「……そうかも」

憂「でも、なんでケーキを作ろうとしてたの?」

唯「……昨日が敬老の日だってこと、忘れてたから……」

憂「敬老の日……おばあちゃんにプレゼントするために?」

唯「……うん」

憂「……ごめん、お姉ちゃん。それなら私が悪いよ」

唯「……なんで憂が謝るの?」

憂「私、昨日クッキー焼いて、おばあちゃんの家に持っていったの」

憂「クッキー作るときに、お姉ちゃんにも声かければよかったのに……」

唯「……憂は何も悪くないよ」

唯「去年までずっと、そういうのは全部憂に任せっきりだったんだから……」

憂「でも……」

唯「今年は、ちゃんと敬老の日に何かお礼をしようって決めてたんだ……来年からは私、この街にはいなくなるから」

唯「でも……肝心の敬老の日を忘れちゃうし、ケーキは失敗しちゃうし……ダメダメだよ」

憂「……そんなことないよ」

憂「『お礼がしたい』っていうお姉ちゃんの気持ちさえあれば、敬老の日じゃなくても、ケーキじゃなくても、ちゃんと伝えられるよ」

憂「伝えられるときに、自分の一番伝えやすい形で、伝えたらいいんだよ」

唯「自分の一番伝えやすい形……」

憂「うん」

唯「そっか……そうだよね」

唯「……私決めたよ、おばあちゃんへのお礼の仕方」

唯「ケーキはダメになっちゃったけど、私にはもっといい方法があったね……」

唯「それで……憂にも手伝ってもらえないかな?」

憂「もちろん、私にできることならなんでもするよ!」

唯「ありがとう、憂。それでね――」


とみの家

ピーンポーン

とみ「はいはい」ガチャ

唯「こんばんは、おばあちゃん」

憂「こんばんは」

とみ「あら、唯ちゃんに憂ちゃん、こんばんは。何の御用かしら?」

唯「おばあちゃん、突然で悪いんだけど……今、時間あるかな?」

とみ「ええ、お夕飯もすませたし、ちょうど暇だったところよ」

唯「よかった……じゃあさ、敬老の日からは一日遅れになっちゃったけど……」

唯「私たちの気持ち……私たちの演奏を、聴いてくれるかな?」

とみ「まあ、演奏してくれるの? 嬉しいわねぇ」

唯「……うん、頑張るよ!」

とみ「さあ、上がって上がって」

唯憂「おじゃましまーす!!」


とみの家・居間

ジャーン♪

唯「……よし」

憂「こっちもOKだよ」

唯「うん」

唯「……さて、本日はお時間いただき、ありがとうございます!」

唯「私、ギターの平沢唯と!」

憂「私、鍵盤ハーモニカの平沢憂!」

唯「二人合わせてー!」

唯「ゆい!」

憂「うい!」

唯憂「です!!」ビシッ

とみ「待ってましたー」パチパチ

唯「今日は、日頃お世話になってるおばあちゃんへの感謝の気持ちを込めて、精一杯演奏したいと思います!」

憂「はい!」

唯「最初は、ケーキを焼こうと思ってたんだー。でも、レンジとオーブンを間違えたせいで、真っ黒こげになっちゃいましたー!」

憂「なにやってんねーん」スパーン

唯「でも、真っ黒になったケーキもいいものだよ!」フンス

憂「そうなの?」

唯「うん! 憂はさ、いいケーキってどういうケーキかわかる?」

憂「うん、ふわふわした生地のケーキだよ!」

唯「いやいや、こげて真っ黒な生地こそ、いいケーキと言えるんだよ!」

憂「どうして?」

唯「いいケーキなら、黒字になるからね!」

憂「それは景気やろー」スパーン

とみ「ふふふ」

唯「……というわけで、ふわふわなケーキ作りには失敗しちゃったけど、もっと素敵な『ふわふわ』を演奏でお届けするよ!」

唯「お聴きください、『ふわふわ時間』!――」

――

唯「――えー、私たちの演奏も、いよいよ次で最後の曲になりました」

唯「曲目は『ふでペンボールペン』――七月の演芸大会で演奏した曲です」

唯「あのときは、結局途中までしか聴かせてあげられなかったけど……今日は、きっちり最後まで演奏します! お聴きください!」

♪~♪♪

唯(おばあちゃんには、今まで本当にお世話になったよ……)

唯(「ありがとう」だけじゃ言葉が足りないから……音楽に乗せて、この気持ちを伝えるよ!)

――

ジャーン♪

唯憂「ありがとー!!」

とみ「……とっても素敵な演奏だったわ」パチパチ

唯「ほんと!?」

とみ「ええ、演芸大会の時よりも上達してるんじゃないかしら」

唯「やったー!」

憂「えへへ」

とみ「二人とも、よく成長したわねぇ」

唯「おばあちゃんが見守ってくれたおかげだよ!」

憂「うん!」

唯「いつもいつも……本当にありがとう、おばあちゃん」

とみ「こちらこそ、今日は楽しかったわ……ありがとうね、二人とも」

唯憂「えへへ」

とみ「ねぇ唯ちゃん」

唯「なに?」

とみ「唯ちゃんは来年から、大学生になるのよね」

唯「うん……この街ともお別れだよ」

とみ「……自分の行きたい道を、思いきって進みなさいね。どこへ行っても、私は唯ちゃんを応援してるから」

唯「……うん!」

とみ「憂ちゃん」

憂「え?」

とみ「唯ちゃんがいなくなったら寂しくなるだろうけど、辛いときはいつでも、私に言ってちょうだいね」

とみ「友達には言えないようなことだって、私には吐き出してくれていいからね」

憂「……ありがとう」

とみ「唯ちゃんも憂ちゃんも、これから生きていく先で何かあったら、遠慮なく私を頼りにしてちょうだいね」

とみ「おばあちゃんはいつだって……二人の味方だから」

唯憂「うん!!」


平沢家

唯「よかったよ……おばあちゃんに喜んでもらえて」

憂「そうだね」

唯「憂、今日は手伝ってくれてありがとう」

憂「いいよ、私もお姉ちゃんと一緒に演奏できて楽しかったし!」

唯「うん! 私も楽しかったよ!」

唯「でも……」

憂「……どうしたの、お姉ちゃん?」

唯「……来年からは、もうおばあちゃんは側にいないんだなって」

憂「うん……」

唯「そうだ……私決めたよ!」

憂「何を?」

唯「これからは毎年、敬老の日にはね――」

――――
――

唯「……というわけで、毎年敬老の日には、思い出の曲『ふでペン~ボールペン~』にあやかって、筆ペンで手紙を書いて送るって決めたんだ!」

晶「へー」

唯「む! 晶ちゃんリアクションが薄いよー!」

晶「……で、どんなこと書いてんだ?」ヒョコ

唯「あ、見ちゃダメだよ!」サッ

晶「なんでだよ、話は聞かせたがってたくせに!」

唯「でも……手紙はやっぱり恥ずかしいよ……//」

晶「んなこと言われると余計に見たくなるんだよ!」ズイッ

唯「ダメぇー!」ガバッ

晶「みーせーろー!」グイグイ

唯「いーやーだー!」グイグイ

唯「えい! らくがきこうげき!」スイーッ

晶「あっ! お前、顔に……」

唯「ふふっ、晶ちゃんへんな顔!」

晶「わ、笑うなぁー!//」

唯「にげろー!」ダッ

晶「待ちやがれ!」ダッ

唯「あははは!!」

唯(おばあちゃん、大学生活はとっても楽しいよ!)

唯(おばあちゃんが近くにいないのは寂しいけど……今度会うときまでにもっと成長できるように、私頑張るよ!)

唯(そのときはまた、私の演奏を聴いてほしいな……たくさん練習して、もっともっと上手くなるから!)




おわり



最終更新:2011年09月21日 23:14