澪(ううっ、もう最悪だ…)グスグス

澪(なんか最近の私、なにひとつ良い事がないぞ)

澪(こんなの意地悪過ぎるよぉ神様…)グスッ

タタッ
和「澪っ!大丈夫?」

カラオケ店の外では一人壁に向かって膝を抱え込んでいる澪の姿があった

澪「の…のどかぁ…」ウル

和「話聞いたわ。ごめんね、私が席を離れてる間に…」

澪「和は悪くないよ…」

和「ううん、こんなのに来させた私が馬鹿だった」

和(まさかここまで悪い相手とは予想してなかったけど)

和(澪にこんな思いさせちゃうなんて、何の意味もないじゃない…)

澪(和…?怒ってる…のかな…)

いつになく厳しい表情の和に澪は戸惑う
が、澪へ向けられる顔はとても気遣わしげな優しいものだった

和「嫌な思いさせてごめんね」

澪「うっ、ううん良いんだ!和が謝る必要ない。それより……早く戻んなくちゃ…」

和「戻らなくていいわ。このまま帰りましょ。彼女達にもそう言ってきたし」

澪「へっ!?え、でもそんな。お会計だってまだなのに…」

和「奢らせればいいじゃない。不快な思いさせられてお金出す義理なんてないもの」

澪「そ、そうか」

澪(…和って……クールだな…)

和「ほら、行きましょ」

澪「あ、うん」

和の差し出した手に掴まり澪は立ち上がる

テクテク
澪「和、ありがとう…」

和「いいのよ」

テクテク
澪(……)

澪(和は優しいよな…)ギュウ

和(澪…よっぽど不安だったのね)…ギュッ

お互いにしっかりと手を握り合って歩いていく
澪は和の横顔を見つめながら微かに胸が高鳴ってくるのを感じていた

澪(…なんでだろ。何だか和が凄く頼もしく思えるよ)

澪(変だよな、こんな風に思ったりして…同級生の女の子相手なのに。でも……)

澪(和といるとホッとする。さっきまでの嫌な気持ちも、消えちゃった)

澪(…和…)

自分の中に芽生えた新しい感情に澪は高揚する心を抑えられずにいた
そしてその日から澪は和を強く意識するようになり、二人で過ごす時間は自然と増えたのだった




放課後部室
律は部室の前で行ったり来たりを繰り返していた

律(どうすっかな…何か変に緊張してきちまったぞ…)

律「いや、自然に…あくまで自然に入っちまえばどうってこと…」ブツブツ

律(いつも通り…いつも通りに行けばいいんだろ…)

律(ええいっグダグダ悩むなんざ律様じゃねぇっ!いざっ――)

ガチャ

紬「あらりっちゃん」

律「わあああぁぁぁっ!?」ドキーーッ

入ろうとした瞬間に中から顔を出した紬に律は飛び上がった
そんな律に紬もびっくりして息を飲む

紬「り、りっちゃんどうしたの?」

律「あ、いや!何でもないちょっとビックリしただけだ!あはははー」

スタスタスタスタ

紬(?…… あっ)

紬「りっちゃん、それってもしかして」

律(……)ドキッ

紬「私があげたヘアピン……つけてきてくれたのね」

律(……///)

照れてそっぽを向く律の横髪にが小さな花飾りのついたヘアピンが光っている。

律「あはは!折角貰ったしつけてみたんだけどさ、やっぱ全然似合わねーよなぁ!」

紬「ううん!そんな事ないっ…やっぱり凄く似合ってるわ!」

律「そっ、そうか??」

紬は目をキラキラさせながら律に顔を近付けてじっと見つめてくる

紬「素敵…プレゼントして本当に良かったわぁ」ジーッ

律(な…何か顔が近いような気が)

紬(…やっぱり、りっちゃんは可愛いなぁ)

ソッ…

律「む…むぎ…?」

紬「え?」

律に見惚れてボンヤリしていた紬はいつの間にか律の頬に手を添えていた

紬「あ、あら?ごめんなさい私ったら…」パッ

律「…いや、いいけど…」

律(あーでもビックリしたな…///)

紬「………」

紬(……嫌だわ、私ったらこんな…)

紬(りっちゃんは澪ちゃんが好きなんだから…私がこんな事しちゃ駄目よね)

紬(…でもりっちゃんの髪さらさらで、ほっぺたもスベスベだった…って)

紬(駄目よ駄目駄目!何考えてるの私っ…///)フルフル

紬は自分の中の雑念を振り払うと、気を取り直すように明るく言った

紬「そっ…そういえば、もう澪ちゃんにプレゼント渡せたかしら?」

律「あ!そういやまだだった」

紬「もう、りっちゃんたら…じゃあ今日こそ渡せるといいね」ニコ

律「ああ、そうだな…」

ガチャ

澪「お、早いじゃないか律、むぎ」

紬「澪ちゃん、いらっしゃい」

律(うおっ、噂をすればほにゃらぱぱだな…!)

紬「りっちゃん、チャンスよ!」ヒソッ

律「え!ちゃ、チャンス?」ヒソ

紬「うん、まだ他の二人は来てないもの。私が席を外すからその間に」ヒソヒソ

律「ん、んないきなり言われたって…」アセッ

澪「おーい、二人とも。何をコソコソ話してるんだ?」

ギクッ

紬「あ、わ…私ちょっとその…お手洗い行ってくるね」タタッ

律「おいむぎっ…(行っちまった)」

澪「…?どうかしたのか律?」

律「へ!?あーいや、何でもないよんっ!」

律「と…ところでさー澪?」

澪「なに?」

律「ちょっとさ、澪に渡したいものが…」

律(………)

ガサゴソと鞄の中を探る手が途中で止まった
律は鞄の中で二つのストラップを見つめたままぼーっと考え込む

律(何でだろ…なんかあんまり気が進まないな…折角買ったのに)

律(これは澪のために買ったんだからさっさと渡しちまえばいいのに…でも…なんで…)

律(なんで……さっきからむぎの顔が浮かんでくるんだろ…)

律(私は澪の事が好き…だったんじゃないのか?何で渡せないんだ…)

澪「りーつー?さっきから黙り込んでどうした?」ヒョイ

律「!!」バッ

律「…あはは悪い!はいこれ!やるよっ」

澪「え…?」

律「………」

澪「………」

律「う、嬉しいか?澪っ」

澪「……いらない」

律「えっ」

澪「こんなのいるわけないだろ馬鹿律。なんでよりによって赤点の答案用紙なんだよ」

律「あははは律様の直筆サイン入りだぞーレアだぞー」

澪「ばか。早く準備するぞ」

スタスタ

律「あっうん」

律「………」

律(結局、渡せなかったな………)

手のひらに握り締めたストラップをもう一度鞄の中に放り投げ、律も準備を手伝い始めた




放課後

澪(ペンケース忘れちゃった…多分教室にあるよね)

ガララ

澪(あれ?誰かいる…)

澪「…ってもしかして和?」

下校時間で無人のはずの教室には和が一人ポツンと座っていた
しかもどうやら机の上に突っ伏して寝ているらしかった

澪(何やって…ってああ、今日日直だったのか。日誌書いてる途中みたいだ)

澪(それにこれは…生徒会で使う書類?)

澪(大変そうだな和も…寝ちゃうってことはやっぱ疲れてるんだな)

和「……」スースー

澪(それにしても珍しいよな、和が居眠りなんて初めて見たぞ…)

澪「………」ジー

澪(綺麗な肌だなー羨ましい…睫毛も長いな。それに唇も…)

ドキ

澪(って…何だ?何で私今ドキッてしたんだ寝顔見てるだけなのに変だよでも)

澪(でも…見てるだけでドキドキする…)

澪「………」

カタ…

澪は和の寝顔を見つめたまま、吸い込まれるようにゆっくり顔を近付けていく

澪(和……)

和「……んっ」パチ

澪「うわああああぁぁぁっ!!!」ズササササ

もう少しで唇が触れそうになった瞬間、タイミングを計ったかのように目を開ける和
澪は漫画のような動きで盛大に後ろへ後ずさった

和「ひっ!?…って澪か、驚かせないでよ」

澪「あ、あはは…はは…///」カァァァ

澪(わ、わ、私は今何を…!)

和「やだ、寝ちゃってた私?もう帰んなくちゃ…一緒に帰りましょう?」ガタッ ゴソゴソ

澪「そっそうだな!」

澪(とりあえずバレてないみたいだな…ホッ)

澪(い、いやバレるって何が!わ、私は別にそんな…)フルフル

和「……?澪、早く行かないと校門閉まっちゃうよ」

澪「あ、うんっ!」

パタパタ

慌ててペンケースを鞄に入れ和のあとを追いかける

澪(…私は……)




帰り道

テクテクテク…

和「でね、その時先生が…」

澪「へ、へぇそ…そうなのか…」

先程の事を何も気にしてない様子で話しかけてくる和
逆に澪は意識し過ぎてギクシャクしてしまっていた

澪(…さっきの私は一体何しようとして…和は友達なのに)

澪(もし目が覚めなかったら…私はあの時和に…)

澪(きっ、キ……を…)

澪「……///」

思わず唇を手で押さえ俯いた時、和が小さく声を上げて立ち止まった

和「あっ…」

澪(ん?どうした和……って)

和が唖然と見つめている方向を視線で辿って澪も気付いた
前方で信号待ちをしている人の中に見覚えのある人物がいたのだ

澪(あ、あの人…この前の合コンにいた…)

思い出すと同時に、澪の中に苦い感情が甦る

キュッ

和(!澪……)

和「大丈夫、話しかける必要ないし知らんぷりしてればいいんだから」

思わず和の服の袖を掴んだ澪に耳打ちしてにこりと笑う
澪はコクンと頷き、二人は静かに信号待ちの列の中にに立ち止まった

男子学生は数人の集団と一緒に下校中らしく、喧しい程の賑やかさで談笑している

男子「そういえばさー、俺こないだ桜高の女と合コンしてきちった」

澪「!?」

澪(よ…よりによって今その話題かよ…)

和「………」

友人「マジで!?あそこ結構レベル高いだろ」

友人2「うっらやますぃーーなオイ!純情そうなのばっかだから簡単にお持ち帰りできたんじゃん?」

男子「いやー、俺もそう思って行ったんだけどさ。駄目、全然駄目。マジ最悪だったわ」

友人「何?何かあったん?」

男子「秋山澪とかっていたじゃん?黒髪でさ」

澪(げっ…私の名前…)

友人「だれ?」 友人2「パンチラの人じゃね?」 友人「あーあれか!」

澪(それで通じるのかよ!!)

澪(やだな……何でこんな…)

ギュッ

澪(あ、和……)

和(……)

俯く澪の手を和が強く握り締める
無言でも励ましてくれている、味方だと言って貰えてるようで澪はほっと息を吐いた
しかし、男子達の会話は止まらずに加速していった

男子「あいつ、折角わざわざ話しかけてやってもガン無視でさー」

男子「いかにも男慣れしてませんて感じでビクビクしてるし。バンドやってパンチラまでするようなのが今更純情ぶってんじゃねーって」

和「……!」ピク

男子「挙句金も払わずにばっくれちまいやがってなー。完っ全にコケにされた気分だわ」

友人「そりゃひでーな」

男子「ま、ああいうのに限って裏で何やってっかわかんねーけどな」

澪(…やだ…聞きたくない…)

男子「どうせ男とっかえひっかえヤリまくりのビッチだろ。大体男に飢えてなきゃ合コンなんてこねーしな」

ゲラゲラゲラ…

澪(………っ)ギュウ

和「……」

スッ

和「―――ちょっと、貴方」

男子「はぁ?」クル

澪(えっ?のど…)

バシィィィン!!

澪「………!!!!」

男子・友人「ぬぁ…っ!?」

驚きのあまり澪は大きく目を見開いた
まさか、和が男子に平手打ちを喰らわせるなんて思ってもみなかったからだ
向こうの集団も突然の登場によほどビックリしたのか言葉を失っている

和「それ以上澪を貶める発言をしたら許さない」

男子「はぁ……!?」

澪「の、和……」

和「他人の事をよく知りもしないでそんな事を言う人間はたかが知れてるわ…恥を知りなさい」

和「澪はとってもいい子なの。勝手な憶測で汚さないで」

男子「あっ!お、おま、秋山み」

バシーーンッ

男子「へぶす」

和「貴方の口から澪の名前が出るだけでも嫌気が差すわ…早く消えて」

和「もう金輪際澪の事を口にしないで。姿も見せないで」

友人「な、なんだこの女…」

男子「…ざ、ざけやがっ…」ギリッ

友人「おっおい馬鹿、女殴る気かよ」

友人2「いいから早く行こうぜ男子…」

男子「……くそっ」

信号が青になり行きかう通行人達の視線にいたたまれなくなったのか友人が男子を促す
男子は悔しそうに和を睨みつけていたが、中身はへたれだったらしく素早く逃げていった

ダーーーーッ ドタバタバタ…

澪(逃げた)

和「ふぅ…良かったわ、さっさと行ってくれて…やれやれね」

澪「やっ…やれやれじゃないだろ!危なかったじゃないか…アイツすっごくキレてたぞ!?」

和「私のほうがブチ切れたわよ。…澪の事をあんな風に言って…」

澪「和……」

和(……)

和「澪、ちょっと公園寄らない?」ニコッ



公園内ベンチ

和「さっきはごめんね。どうしても抑えられなくって…」

澪「うっううんいいよ。和が怒ってくれたのは私のためだろ…」

和「うん…」

澪「私嬉しかったよ、和がああ言ってくれて…でも…」

和「でも…何?」

澪「……な、何でさ、和はそこまでしてくれるんだ?私の事なんかであんなの…危ないよ」

ギュっと制服の裾を握り締めて俯く澪
そんな澪を和は優しい目で見つめる

和「馬鹿ね。"私の事なんか"じゃないのよ…澪の事だから、私は怒ったの」

澪「………えっ?」

ドキッ

顔を上げた澪は心臓が跳ねるのを感じた
予感を込めて和を見つめると、和もまっすぐに澪を見つめ返してこう言った

和「私は澪の事が好きなのよ」

澪「―――!」

和「…最初はね、同じクラスだし寂しそうにしてたからってほっとけなかっただけなの」

和「澪はしっかりしてるようでちょっと不安定なところがあるから目が離せないって思ってた」

和「だけど今は…そうじゃなくて、目を離したくないって思ってる」

和「私は…澪が好きよ」

澪「……和…」

和の言葉に澪は深く俯く

―――嬉しい、そう思った

心のどこかでそう言われるのを望んでいたみたいに、喜びで胸が震える
こんな気持ちになるのはきっと自分も和が好きだからだろう

澪「わっ、わた…」

私も――そう言おうとして口を開いたが、途中で止まる
和の顔をまっすぐ見つめた途端に嫌な感覚が胸を過ぎったのだ

澪「あ…わ、私は…」

澪「私は……」

和(…澪……)


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最終更新:2010年01月02日 13:56