恵「ちょっと、真鍋さん」

和「なんですか? 会長」

恵「学園祭の実行委員から報告があって
  軽音楽部の講堂使用届けの提出がまだだって話なんだけど」

和「あ~……」

恵「提出期限も迫ってきてるし、委員会からも講堂のタイムテーブルを早く確定させたいから
  出来れば早めに提出して欲しいって言われちゃって」

恵「それとも今年は学園祭への参加はしないのかしら?
  でも、それならそれで不参加の表明も欲しいところだけど」

和「いえ、たぶん出し忘れているだけじゃないかと」

恵「そう……よかったわ」

和「よかった?」

恵「いえ……なんでもないのよ」

和「?」

恵「じゃあ、真鍋さん、悪いけど軽音部まで行ってこのことを伝えてきてくれる?」

和「わかりました」

 … … …

和「申請書渡してきました」

恵「ご苦労様。もう実行委員会の方へ持って行ってくれた?」

和「いえ、まだバンド名を決めかねているようで」

恵「そう。提出期限もちゃんと伝えてくれた?」

和「はい、明後日の放課後までですよね?」

恵「ええ。これで今年も軽音楽部の素敵なステージを堪能することができるわね」

和「曽我部会長がそんなにも軽音部の演奏を心待ちにしていらしたなんて、なんだか意外です」

恵「そ、そうかしら?」

和「はい」

恵「だって、去年あれだけ良いモノを見せてもらったし
  ファンにならないほうがおかしいってもんだわ」

和(確かに、まさか唯があれだけの演奏することができるなんて
  本当にあの時の軽音部のステージは私にとっても衝撃的だった)

恵「特に、あのベースの……」

和「澪ですか?」

恵「そう、秋山澪さん……って!? 真鍋さん!? あなた!?」

和「ん? 私なにか変なこと言いましたか?」

恵「み、澪って……」

和「はい、澪」

恵「な、な、な、な……なんで……真鍋さん……
  秋山さんのことを……よ、よ、呼び捨てで……」

和「はい?」

恵「ま、ま、まさか……二人は……付き合って……」

和「なっ!? 何言ってるんですか!? 友達です!」

恵「まずは友達からってこと!?」

和「ずっと友達です!」

恵「それはそれでとてもステキだなぁ!!」

和「曽我部会長、いったいどうしちゃったんですか!?」

恵「ご、ごめんなさい……なんだかちょっと疲れてるのかも……」

和「確かに、学祭前のこの時期、運営をする側は忙しいですからね」

恵「え、ええ……そうね」

和「しかも、会長は受験生ですし、昨日も遅くまで勉強していらしたんじゃ」

恵「まぁ、うん……」

和「だったら今日は早めに帰って休んで下さい
  今会長に倒れられたら、私どうすればいいか……」

恵「真鍋さん……」

和「私、会長がいないと……何もできません」

恵「そんなことないわ、真鍋さん。貴女のサポートがあってこそなのよ
  私の方こそ真鍋和という右腕がいないとなにもやっていけないわ」

和「それもそうですね。むしろ会長がいない方が捗る?みたいな」

恵「まぁ、真鍋さんがそこまで私の事を心配してくれるからには
  今日は早めに帰って体を休めてやらないこともないわねっ!」

和「本当に体は大事になさって下さいね」

恵「卒業するまでは死んでも生徒会に来てやるんだから!」

和「とても頼もしいです」

恵「と、ところで……」

和「はい?」

恵「真鍋さんが秋山さんのことを呼び捨てにするに至った経緯なんだけど……」

和「はぁ」

恵「付き合ってないにしろ、相当親密な関係にならないことには
  呼び捨てになんて間柄にはならないと思うんだけど」

和「まぁ、澪とはクラスが一緒ですから」

恵「えっ? そんな報告聞いてないけど!?」

和「別に生徒会に必要な情報とも思えませんが」

恵「そうだけど、やっぱり、その……あれよ……会長たるもの生徒会役員の交友関係は
  常に把握しておくべきだと思うの」

和「そうですか?」

恵「でも、あれよねぇ……ちょっと一緒のクラスになったからって
  そんな簡単に下の名前で呼び合うってのはなかなか無いっていうか」

恵「なにか切っ掛けがあったからこそ苗字と名前の一線を超えるっていうか」

和「別に名前で呼び合うなんてそんなに珍しいことでもないと思いますけど」

恵「だ、だって! 私は真鍋さんともうこの生徒会で一年以上一緒にいるのに
  まだ苗字で呼び合ってるじゃない!」

恵「秋山さんとはただの友達って言い張るならこの矛盾点を説明してもらわないと!」

和「それは、やっぱり先輩と後輩って間柄ですし、あまり馴れ馴れしくするのも失礼かなと」

恵「確かに……真鍋さんの言うとおりだわ。後輩は先輩を敬うことが礼儀というもの」

3年役員「恵、悪いけど私今日はちょっと早めに上がるね」

恵「ええ、お疲れさま。また明日ね」

3年役員「じゃあね真鍋さん、あとよろしく」

和「はい、知夏先輩お疲れさまです」

恵「……」

恵「……あれ?」

和「ところで、曽 我 部 会 長 いったい何の話でしたっけ?」

恵(こ、これはっ!?)

和「あの、もう何もなければ曽我部会長も帰って頂いても」

恵「邪魔者扱いっ!?」

和「いえ、お疲れのようですし、心配なので」

恵「よかった、他意はないのね」

和「………………」

和「はい、勿論です」

恵「その間は?」

和「とにかく、もうここは私に任せてもらっても結構ですから」

恵「だ、駄目よ! 貴女と秋山さんとの関係をはっきりとさせないことにはっ!」

和「だから、ただのクラスメイトですって」

恵「納得できないわ!」

和「いったどうすれば……」

恵「本当は何かあったんでしょ!? そうでしょ!? ほら!
  あの日あの時あの場所でっ!!」

和「まぁ……無いわけではないですね」

恵「え? ちょっと待って。逆に何かあったらなんだか困るんだけど……」

和「どっちなんですか」

恵「だ、だって……聞きたいような、聞きたくないような……」

和「じゃあもういいですね。お疲れさまでした。
  なんだったら明日は私たちだけでできますから
  会長はごゆっくり休んでいらしても」

恵「ま、待って! 聞く! 聞かせて!」

恵「でもちょっと心の準備をするから……」


和「実は一緒にクリスマスを」さらっ
恵「とりあえず何があってもいいように遺書をしたため……」


恵「クリスマァスぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!!???????」


恵「綺麗な夜景が売りのレストランで二人っきりのディナーですって!?」

恵「シャンパンを飲み干すとグラスの底にはキラリと輝くリングが」

恵「それってもう、恋人やん?」

和「いえ、幼馴染の家で軽音部のみんなと一緒にクリスマス会ですけど」

和「顧問の奇声に合わせてプレゼント交換もしました」

恵「ちょっと真鍋さん! いつも報告は正確にって言ってるでしょ!?」

和「はぁ、すみません」

和(なんで私が怒られてるんだろう)

恵「まったく……もう」

和「あの……そういうことなので」

恵「どういうことなのよ」

和「ですから、私と澪はクリスマス会を通じてそこから仲が良くなったってことです」

恵「なるほどね」

和「じゃあ、もう話はいいですね。お疲れさまでした」

恵「まだ、報告は終わってないんじゃない?」

和「え?」

恵「プレゼント交換したんでしょ?」

和「はい」

恵「中身を教えてもらわなきゃ!」

和「そこまでですか?」

恵「当たり前じゃない!」

和「何が当たり前かよくわかりませんが……まぁ、教えるくらいなら」

和「私が当たったのは琴吹紬っていう軽音部のキーボードの子が用意したであろう
  お菓子の詰め合わせでした」

恵「ふぅん……」

和「私の幼馴染の、えっと姉妹なんですけど、彼女たちはお互いが用意した手袋とマフラーでしたね」

和「それが上手いこと二人で交換になったらしくて、その場は和やかな空気になって良い感じでしたよ」

恵「へぇ~……」

和「あとは、ホラーDVDとかびっくり箱とか」

恵「はいはい……」

和「で、澪のはマラカスだったかと」

恵「秋山さん可愛いっ! メキシコ人もビックリ!」

和「ちなみに私は焼き海苔です」

恵「は?」

和「焼き海苔」

恵「クリスマスのプレゼント交換に?」

和「はい」

恵「真鍋さん、あなた頭大丈夫?」

和「まさか曽我部会長に心配される日がくるなんて、思ってもみませんでした」

恵「え? それどういうこと?」

和「………………」

恵「ま、まぁ、深く追求する必要もないわね……あははは……」

和「正直言って私のプレゼントが一番センスがあると思いますけど」

恵「それはないわ」

和「とくにマラカスなんて、あんなの3振りもすれば飽きて部屋の片隅で埃を被ることになるんじゃないですか?」

恵「秋山さんに謝れっ!」

和「その点、私の焼き海苔は、巻いて良し、包んで良し、刻んで散らしても良し
  歯にくっつけてお歯黒なんて笑いも取れる優れものですよ」

恵「そ、そうかしら……」

和「幼少のころ、クリスマスの朝に起きて枕元に焼き海苔が置いてあったら
  今日は手巻き寿司だ! ってテンション上がりまくりましたけどね」

恵「もし、サンタさんが焼き海苔なんて置いてったら、私なら泣いちゃうわね」

和「嬉しくて?」

恵「逆よ」

和「えっ?」

恵「いや、そんな理解できないって顔されても……」

恵「あとこれ見よがしにメガネをズラして驚きを表現しないで」

和「曽我部会長は海苔お嫌いですか?」クイッ

恵「別に嫌いじゃないわよ、でもここぞっていうプレゼントに海苔なんてもらってもねぇ……」

和「海苔を贈られても嬉しくないと」

恵「そうね、むしろ迷惑?」

和「変わってますね」クスッ

恵「そこでそんな可愛い感じで『クスッ』なんて笑われちゃったら
  さも私の方が変だって感じになっちゃうじゃない」

会計「あの……漫才の途中で恐縮ですがちょっとよろしいですか?」

恵「なに?」

和(漫才って……)

会計「実は、各クラスから上がってきた学祭の必要経費をざっと計算してみたんですけど
    どうしても予算をオーバーしちゃうんです」

恵「各クラス委員になんとか少しずつ削ってもらえるようには言ってみたの?」

会計「はい、でもどうしても削れない部分もあるらしくって」

和「ダンボールなんかは近所のスーパーとかに頼んで分けてもらうから殆ど買う必要はないわよ」

会計「あ、そっか」

恵「それに食材なんかの計算はちゃんと大量仕入れの卸値で計算してる?」

会計「えっと……どうやら、最近のスーパーのチラシなんかで値段を確認して計算しているクラスが多いようです」

恵「だったら、学祭の時期に協力していただいている卸売市場の値段で計算し直してごらんなさい」

和「はい、これが値段表よ。本当だったらその日の天候や収穫によって価格が変動するけど
  当日はウチには特別この値段で卸してもらえるように交渉済みだから」

会計「わかりました」

和「食品類は少なめに仕入れるようにね、とくに生野菜とか大量に余っちゃったらそのクラスで買取になっちゃうわよ」

会計「でも、少なく仕入れちゃって材料が足りなくなったら……」

和「大丈夫、早めに言ってくれたら近所のスーパーや小売店から至急に配送してもらえるように手配してあるから」

恵「当日はできるだけ生徒会に頼むように言っておいてね。
  材料が足りないからって各クラスがコンビニなんかで買ってたら高くついちゃうんだから」

和「そうそう、そういうものは経費で落ちないかもしれないって釘をさしておいてね」

会計「は、はい!」

恵「近年の模擬店の売上データがあれば仕入れ具合を確かめることもできるんだけど」

和「最近10年の学祭模擬店の売上データと仕入れの合計額はもう出してあります」

恵「さすがね真鍋さん」

恵「ところで模擬店の種別は近年と比べてどうなの?」

和「喫茶店は平年どおり相変わらず人気です、焼きそばたこ焼きお好み焼きなど定番モノは減少しています
  かわりにクレープのようなスイーツ系が数を増やしているようです」

恵「だったら、スイーツ系の模擬店は客がバラけるだろうから一つの模擬店に対する予算はいつもより若干少なめでいいわね」

和「あと昨今のB級グルメブームもあってそれに準じた模擬店も増えています」

恵「それは厄介ね……。なんといってもデータが足りない」

和「一昨年辺りに出店したB級グルメ系の模擬店は読みきれずにかなり材料を余らしてしまったようですしね」

恵「どうすればいいかしら? 真鍋さん」

和「我が校と同規模で既に学園祭を終えた他高校を数校ピックアップしています
  その中から同じようなB級グルメの模擬店を出店した高校の売上データを教えて貰えるように交渉を」

恵「ふふっ、そのピックアップした中に隣の県の〇〇高校って入ってるんじゃない?」

和「さすが曽我部会長……すでに動いていらしたんですね」

恵「ちなみにこの資料がその売上データとお客さんの反応をまとめたものよ」パサッ

和「おみそれしました」

恵「ごめんなさいね、真鍋さんを試すようなことして」

和「いえ」

恵「でも、データはあるほどいいわ。他の高校にもあたってもらえる?」

和「お任せ下さい」

会計「そ、そこまでするもんなんですか!?」

恵「当たり前じゃない」

和「なんせ私たちはこの学校をより良き道へ、より高きへ導く」

恵和「 生 徒 会 だからっ!」シャキーン!!

会計「は、はぁ……」

恵「さぁ、私たち自身の学校なんだから私たちの手でこの学祭を成功させるわよっ!」

恵「そのために、あなた達の力を貸してちょうだいね」

和「お供します、曽我部会長」

恵「ええ!」

  キーンコーンカーンコーン

恵「おっと、どうやら今日はここまでのようね」

恵「みんな、ここが正念場よ! 辛いでしょうけど、ここで体験した苦労は必ずあなた達の糧になるわ」

和「桜高生徒会の誇りを胸に明日もがんばりましょう」

生徒会一同「はいっ!」

恵「じゃあ、真鍋さん帰りましょうか」

和「はい」

「お疲れさまでしたっ!」

  ガチャ  バタン

「いつもながらあの二人は凄まじいわ」

「さっきまで漫才やってたかと思ったら、ちゃんとやることやってるんだもんね」

「ここにいると天才と変人は紙一重って実感しちゃうわよね」


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最終更新:2011年10月01日 07:57