――私には一つ年上のお姉ちゃんがいます。


とっても優しくて、とってもかわいいお姉ちゃんです。


ギターだって引けるし、歌も上手だし、それに加えてしっかり者のお姉ちゃんは私の憧れの存在です。


でも、そんなお姉ちゃんにも困ったことがあるのです。


その困ったこととは、あまり大きな声では言えないのですが、要するにお姉ちゃんが変態である、ということです。


いえ、正確には、変態であるかどうかは定かではありません。


しかし、近ごろのお姉ちゃんはプリミティブな本能を取り戻しつつあるように思えるのです。


例えばおやつを食べるとき。


お姉ちゃんがケーキを買ってきたから一緒に食べようと言うので、私が一口もらうと、


私が使ったフォークを、それはそれは丹念になめつくすのです。


例えばお風呂を上がったとき。


「マッサージしてあげる」と言うので、うつ伏せになるとおしりばっかり揉んでくるのです。


他にも胸や太ももに顔をうずめてきたり、いろいろあるのですが、


一体お姉ちゃんに何が起きたのか、私にはわかりません。


はじめの内は、かわいいと思っていただけだったのですが、最近は少し不安です。


お姉ちゃんは私が気づいていないと思っているらしく、だんだんとエスカレートさせてきます。


この間は、何を思ったのか、お風呂に突入してきました。


高校生になってからだんだんと、お姉ちゃんとお風呂に入ることは無くなっていました。


でもお姉ちゃんはいけしゃあしゃあと、「背中流してあげるよー」と言って笑うのです。


お姉ちゃんがいやらしい顔をして、私の身体に視線を注いでいたのがわかりました。


私はそれでも、かわいいお姉ちゃんを傷つけまいと、


ためらいがちにお誘いを拒んだけれど、無駄でした。


お姉ちゃんは私が照れてると解釈したようで、ずかずかお風呂場に踏み込んできます。


もちろん私だって恥ずかしい気持ちはあるので、私はせめて裸は見られまいと、


すぐさま両手と手拭いで大事なところを隠しました。


お姉ちゃんは鼻歌を歌いながら、スポンジを泡立てます。


私は背中を冷やす悪寒に耐えていました。


お姉ちゃんは角度を変えて、目の前の鏡を駆使して、全方位から視線を差し込んできます。


私は身体を丸めて、じっとしていました。


とうとう私がお姉ちゃんに「どうしたの?」と牽制の言葉をかけると、振り向きざまに、うっかり手拭いを落としてしまいました。


私はあわてて手拭いを拾ったけれど、


お姉ちゃんは一瞬の隙を逃しませんでした。


気づいた時には、私の胸を凝視していたお姉ちゃん。


確かに、頬が赤くなっているお姉ちゃんはかわいかったけれど、


私はため息を漏らしました。


そこからは更に機嫌がよくなったようで、


スポンジを泡立てたのに、手のひらを私の肌に滑らせたり、滑ったフリをして抱きついてきたりしました。


何とか最後まで身体は守ったけれど、私の心中は穏やかではありません。


今も思い出すと、私の脈拍は乱れてしまいます。


お姉ちゃん、ああ私のお姉ちゃん。お姉ちゃんは変態になってしまったの。


思えば、幼いころから予兆はあったのかもしれません。


お姉ちゃんと初めて交わした口付け。


今となっては懐かしいものですが、確かにそれはフレンチキスでした。


それがどういったものなのか知るはずもない私は、お姉ちゃんのなすがまま。


お姉ちゃんだって知っていたはずはないのに、体は理解していたのでしょうか。



――目覚ましのベルが鳴りました。


今日もお姉ちゃんを起こす時間です。


もちろん、だからと言って、気が進まないなんてことはありません。


寝ぼけ眼のお姉ちゃんのかわいさは、私が誰より知っているんだから。


早起きして作った朝食だって、きっとお姉ちゃんに食べられるのを今か今かと待ってるはず。


部屋の戸を開けると、広がるお姉ちゃんの匂いに満たされます。


奥を見ると、やっぱり寝息を立てているお姉ちゃん。


このまま眺めていたいけれど、今は我慢です。


ベッドの横に膝をついて、「お姉ちゃん」と肩を揺すると、幸せそうな唸り声が返ってきます。


お姉ちゃんは私のパジャマを着ていました。


私がもう一度肩を揺すると、うっすらと目を開けて私を見ます。


「おはようお姉ちゃん、」


でもお姉ちゃんはまた微睡みの中へ引き戻されます。


「お姉ちゃんったら、遅刻しちゃうよ」


申し訳なさを感じますが、私はお姉ちゃんを起こさなくてはいけないのです。


けれどお姉ちゃんはモゾモゾと動いたきり、また動かなくなってしまいました。


仕方ないなぁと思いつつ、お姉ちゃんの柔らかい髪を撫でました。


私はこんなお姉ちゃんとのひとときにしみじみと幸せを感じていたけれど、


私を現実に引き戻したのもお姉ちゃんだったのです。


そう、お姉ちゃんはやっぱり変態だったのです!


……もっとも、後悔するのは少し遅れてだったけれど。


「うぅー……」


お姉ちゃんはごしごし目を擦って、ようやく起きる気になってくれたみたい。


「ういも一緒に寝ようよぉー」


と思いきや、今度は私を誘ってきます。


「えっ、ダメだよ起きなくちゃ」


でも、お姉ちゃんが私の腰に引っ付いてぐいぐいと引っ張るから。


「ういーういー」


私だって、拒んだりできなくなってしまいます。


心なしか、お姉ちゃんが普段より強引にも感じられて


私が普段は見せずにいる心の隅をつつかれてしまいました。


「だ、ダメだってば」


閉口して、言葉の抵抗を試みたりもします。


「んい~うー」


お姉ちゃんは気を良くしたようで、私の腰に手を回してきます。


そして、なんと私の股間に顔をぐいぐいと押し付けてきたのです。


「やっ、お姉ちゃん!」


私はあわててお姉ちゃんを取り外しにかかります。


いくらお姉ちゃんの蛮行に慣れていると言ったって、さすがにこんなことをされたら恥ずかしいのです。


「ぬぅ~……」


しかしお姉ちゃんはここぞとばかりにしがみついたまま。


このままではお嫁さんに行けなくなってしまう。


「お姉ちゃんったら……!」


いろんな危機を感じた私はいよいよ本気でかかろうとしたけれど


「……」


お姉ちゃんはがっしり食い込んで離れません。


「やだっ、お姉ちゃんやめて!」


私がそう言うのと同時に、


「……すんすん」


とても不吉な音が私の耳に届きました。


「――っ!」


 ――
 ――――


私は怒っています。


「憂ー、ヒリヒリするー……」


たとえお姉ちゃんが可哀想な境遇にいるとしても、慰めてなんてあげません。


それは他の誰でもないお姉ちゃんのせいなんだから。


空は私の心とは裏腹に快晴で、お姉ちゃんを置いてくるように歩いたらもう学校です。


「憂ー……」


寂しそうな声に答えてしまいたくもなりますが、


「はい、お弁当。じゃあね」


私はお姉ちゃんの顔を見ないようにして、早々に教室へ逃げ込みました。


謝らないお姉ちゃんだって悪いのです。


 ――
 ――――


私は、本当は、お姉ちゃんともっと触れあっていたいです。


お姉ちゃんがおかしなことをし始める前のように、ただ仲の良い姉妹でいたいのです。


今だってお姉ちゃんのことは大好きです。大好きだけれど……


私にわざわざお姉ちゃんを拒ませる、お姉ちゃんを少し責めたくもなってしまいます。


ため息だって、出てしまいます。


それにお姉ちゃんは、ずるいのです。


一つは、私がお姉ちゃんを嫌いにならないことを知ってるところ。


もう一つは、ちゃんと言ってくれないところ。


私はもしお姉ちゃんに、キスしていいか聞かれたら、すぐに返事ができるくらいの心構えはできてるのです。


それなのに黙々とおしりを撫でるお姉ちゃんに、怒りたくもなってしまいます。


……それとも、梓ちゃんや他の人にも同じようなことをしているのでしょうか。


「……」


もう考えるのはよそう。


別にこれからも同じでも、お姉ちゃんがくれる幸せは変わらないんだから。


わがままをになってしまった自分を戒めつつ、私は英語の教科書を鞄にしまいました。


 ――
 ――――


放課後になった学校の寂寥感は、いつも私の胸を優しく締め付けます。


中学生のときはそんなことなかったから、もしかしたら一人で歩く帰り道に結びついているのかもしれません。


私はお姉ちゃんが楽しそうならそれでいいし、明確に「寂しい」と感じたこともありません。


でも私をよく知るみんなは、時々、沈んでいるらしい私の顔を指摘して私をその気にさせるのです。


足元に視線を落とすと、寂しそうな両脚が目に入りました。



――もしかしたら家の冷蔵庫は空っぽだったかもしれない。


でも、今日は早く帰ろう。


家に着いたら少しだけ仮眠して、その前にご飯を炊いて、お風呂を洗って、


お姉ちゃんが帰ってくるまでに、少し休もう。


何かに急かされた訳ではないけれど、私は早足で帰路につきました。


 ――
 ――――


「ただいまー」


「んん……?」


いけない。こんな時間まで寝ちゃったみたい。


私は飛び起きて、お姉ちゃんを迎えに……


……行ったほうがいいのでしょうか。


まだ朝のことが解消できていません。


私だってもちろん仲直りしたいし、何事もなかったように迎えに行くのも一つの手です。


でも、なんだかうやむやにするのは気が進まなくて、私は足を止めてしまいました。


「憂?どうしたの?」


ごちゃごちゃ考えているうちに、お姉ちゃんが来てしまいました。


「あ……べ、別に何でも」


お姉ちゃんの顔を見られません。


それはもし私がここで簡単に許してしまったら、きっとお姉ちゃんはそれに甘んじて反省もしてくれないだろうと思ったからであって、


どういう顔をしたら良いのかわからないとか、そういう訳ではありません。


決して。


そうだ。みんなお姉ちゃんが悪いんだ。


それなのに、お姉ちゃんは。


「朝はごめんね、憂。嫌なことしちゃったかな?」


知らないふりをして、私を抱きしめる口実を得るのです。


甘い声と、暖かい感触に、私が弱いことを知りながら。


「……」


ここで私が非難の一つでも飛ばそうものなら、私が悪者になってしまうのに。


「憂?……ちょっといいかな」


私がどうしてお姉ちゃんを嫌いにならないのかなんて、お姉ちゃんは絶対にしらないんだ。


2  ※唯視点
最終更新:2011年10月02日 20:56