12月に入り、本格的に寒さが厳しくなってきた。
この季節になると、布団から出るのも少し億劫だ。
でも講義を休むわけにはいかないし、今日は午後から学友会の総会もある。
和「よいしょっと・・・」
私はベッドから起き上がると、軽く伸びをした。
和「はぁ・・・寒っ・・・」
今日は、雪でも降りそうな寒さだ。
和「こんな時、唯ならサボっちゃうんだろうな・・・」
旧友のことを思い出しつつ、私は洗面台へと向かった。
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和「行ってきます」
誰もいない我が家に向かって、私は一人挨拶をした。
こういう細かいことが防犯上は大事らしい。
自分に魅力があるとは思えないけど、一応は女子大生の一人暮らし。
それなりに気を使ったほうがいいだろう。
唯も一人暮らしだし、ちゃんと気を使って生活しているだろうか。
鍵をかけ、空を見上げると、灰色の雲が広がっていた。
和「それにしても寒いわね・・・」
半年以上往復し続け、慣れきった道を歩く。
?「お、真鍋さん。おはよう」
後ろから聞きなれた声で話しかけられた。
和「あ、先輩。お早うございます」
話しかけてきたのは、同じ学友会に所属する、一年上の先輩だった。
先輩「今日の総会の資料、大丈夫?」
和「はい。ちゃんと揃えてあります」
先輩「そっかそっか。真面目な後輩がいて助かるわー」
先輩はフランクな性格で、言うなら律みたいなタイプだ。
先輩「それにしても真鍋さんって珍しいわよねー。部活もサークルもやってないのに学友会に所属してるんだもの」
学友会は部活やサークルに関する援助について学校と話し合う学生団体だ。
普通なら自分の部活のために代表者が加入するが、私は違った。
和「昔から、誰かのために働くのが好きなんです」
先輩「くー、偉いねぇ。しかもいっつも資料バッチリ揃えてくるから頭が上がらないよ」
和「・・・好きで、やってることですから」
先輩「・・・でもさ、真鍋さん。少しは遊びなよ」
和「・・・・・・どういう、意味です?」
先輩「あー変な意味じゃないよ。そのまんまの意味。真鍋さんは少し働きすぎだと思うのよ」
和「・・・そうですかね・・・」
先輩「そんだけ日々働いてればさ、やりがいも感じるだろうけど、息抜きも必要よ?」
確かに私は、大学に入ってからは学友会の運営に付きっきりだ。
友達は出来たけれど、その人たちと一緒に遊んだ記憶はあまりない。
先輩「げ、やばっ、もうこんな時間。次の授業、遅刻厳禁の授業なんだ。それじゃ後で!」
和「はい。また後で」
先輩は走り出し、嵐のように去っていった。
和「やりがい・・・か」
先輩が言っていた言葉を思い返す。
高校の頃は、生徒会役員として、3年間頑張ってきた。
あの頃の仕事が辛くなかったかと言えば嘘になる。
でも、あの頃は、仕事に追われながらも、やりがいを感じていたのは確かだ。
今は、どうだろうか。
今の仕事が嫌いなわけではない。好きでやっているというのは本当だ。
でも、あの頃と今では、何かが、違っていた。
何かが足りない、そんな気がしたのだった。
・・・・・・
・・・・
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司会「では、これで今日の総会を終わります」
総会の終わりの言葉と共に、会議室が賑やかになる。
先輩「いやー、終わった終わった」
和「お疲れ様です、先輩」
先輩「真鍋さんもお疲れ。今日もバッチリだったわね」
和「そんなことないです。まだまだ勉強不足です」
先輩「あはは、真鍋さんで勉強不足なら、私はどうなっちゃうのよー」
先輩は笑いながら答えた。
先輩「ま、とりあえずこれで今年の会議も無事終えたし、今からみんなで遊びに行かない?」
会員「あ、賛成ですー。駅前に出来たカジュアルショップ、行きましょうよ」
先輩の誘いに、他の会員たちも賛同の意を示した。
和「すいません、私はちょっと・・・」
先輩「ん?この後用事あったっけ?」
和「いえ、今回の議事録作成と、年明けの総会の資料作成をしたいので・・・」
先輩「もう来年のこと考えてるの?そんなのまた今度でいいわよ~」
和「でもテスト期間と重なってますし、年末は色々立て込むので・・・」
先輩「・・・そう、なら仕方ないわね。じゃあまたの機会ね」
和「はい、すいません。では私は失礼します」
私は一礼して会議室を後にした。
慣れきった通学路を歩きながら、私は今日の出来事を思い返していた。
何故、先輩の誘いを断ったのか。
いくら忙しい時期だからといっても、今日遊びに行くことくらい出来たはずだ。
先輩と遊びに行くのが、億劫だったわけではない。
もしかしたら私は、自分を追い詰めたかったのかもしれない。
やるべきことを、無理矢理増やして、仕事量を増やして、
やりがいの感じられない今を、変えたかったのかもしれない。
しかし、そんな程度の事で、現状が変わる気は、しなかった。
家に帰って鞄から携帯を取り出すと、着信が来ていた。
和「・・・唯?」
ディスプレイには『
平沢唯』の文字が映し出されていた。
ほんの10分ほど前に電話が鳴っていたらしい。
歩いていたから、バイブレーションに気づかなかったようだ。
私は携帯を開いたまま、履歴から唯に着信を返した。
・・・、・・・
唯「あ、もしもし和ちゃん?」
和「ええ、どうしたの?唯」
唯「えっとね、もうすぐクリスマスじゃん?」
和「そうね。この間学園祭だと思ったら、もうそんな季節ね」
一ヶ月ほど前、3年生となった梓ちゃんに誘われ、私たちは桜高の学園祭に行った。
梓ちゃん率いる新生けいおん部の演奏を聴いたのも、まだ記憶に新しい。
唯「今年もウチでクリスマスパーティーやろうと思ってるの」
和「あらそうなの。けいおん部で集まるのかしら?」
唯「うんっ、そうだよ。それでね、和ちゃんも是非ウチに来てよ!」
和「・・・いい、の?・・・久しぶりにけいおん部が集まるチャンスじゃない」
唯「だから誘ってるんだよ!和ちゃんも一緒にパーティーしようよ!」
和「・・・そう、じゃあ、参加させてもらおうかしら」
唯「やった~!あ、日にちは25日なんだけど、大丈夫?」
和「ええ、大丈夫よ。25日ね」
唯「うん!楽しみにしてるよ~。じゃあまた今度ね!」
和「こちらこそ楽しみにしてるわ。それじゃあね」
私は唯と約束を交わし、電話を切った。
和「・・・・・・クリスマスパーティーか・・・」
唯との短い会話で、私の心は妙に軽くなった。
高校時代と今の違い、それは―――唯が、すぐ隣にいないことだ。
高校生になって、唯が軽音部に入って安心した反面、複雑な想いもあった。
小さい頃からずっと面倒を見てきた唯は、いつしか傍にいるのが当たり前になっていた。
だから、唯が自分でやりたいことを見つけ、自立し始めた時、私は少し、寂しかった。
けれども唯は、ずっと、私と一緒にいてくれた。それが嬉しかった。
でも、大学に入ってからは、私の心はどこか穴が開いたようになってしまった。
唯が隣にいないことが、こんなにも寂しいことだとは思わなかった。
私はずっと、唯を支えてるつもりで、実は唯に支えられていたのかもしれない。
だから、唯に誘われた時、私の心は支えを取り戻したように、軽くなったのだ。
まだ、唯とは別の道を歩んでいることが、私自身受け入れられてないのだろう。
どうにもならないことをいつまでも悩んでいる時点で、私はまだ子供だ。
和「・・・はぁ、ネガティブなことばかり考えてちゃ駄目ね」
私は長々とした思考を中断して、議事録を作るため、パソコンに向かうことにした。
数週間後
あっという間に日にちは過ぎ去り、25日になった。
町中がクリスマスムード一色の中、私は唯の家へ向かっていた。
今日は唯の家でクリスマスパーティーが開かれる。
毎年プレゼント交換をやっていたので、今年もやるのかと思ったら、やらないらしい。
理由を聞いたところ『子供っぽいから』とかよく分からない理由だった。
相変わらず、唯の考えていることはどこかずれていると思う。
なんてことを考えているうちに、唯の家に着いた。
ピンポーン
唯「はーい」
ガチャ
和「久しぶり、唯」
唯「あ、和ちゃん!ようこそー!ささ、入って」
和「お邪魔するわね」
私は靴を脱いで、部屋へと案内された。
澪「お、和、久しぶりだな」
紬「和ちゃんこんばんわ~」
律「よう、和、待ってたぜ!」
梓「和さん、お久しぶりです」
憂「こんばんわ、和さん」
和「あら、みんな揃ってたの」
まだ約束の時間まで15分以上あるのに、もうおなじみのメンバーが揃っていた。
和「普段は時間通りに揃わなそうなメンバーなのに、今日はみんな早いのね」
律「おう!準備がいろいろあったからな!」
澪「おい、律!」
律「あっ・・・な、何でも無いぜ!今日は・・・その、み、みんなで集まるのが嬉しくて早く集まったんだ!」
和「・・・?」
また律が、よからぬ事を考えているようだったが、深く追求するのはやめておいた。
唯「それじゃあ時間は少し早いけど、パーティー始めよっか」
「かんぱーい!!!」
全員の掛け声と共に、グラスをぶつける音が響いた。
律「もう待ちきれねー!どの料理も旨そー!」
和「今年はすごい量ね。全部憂が作ったの?」
憂「いえ、今年は紬さんも手伝ってくれたんです」
紬「張り切りすぎちゃった~♪」
机の上には数え切れないほどの料理が並んでいた。
唯「私も飾りつけ、頑張りました!」
梓「威張れることじゃないですよ、唯先輩・・・」
・・・・・・
・・・・
・・
最終更新:2011年10月06日 23:46