「うわあ、人いっぱいだあ……」

ギターを手に持ったまま、舞台袖から観客の数を数える。

「そりゃあ新入生全員来るからね」
「大丈夫だよ、梓ちゃん!今までいっぱい練習してきたんだし!」
「うん……。純、憂、ありがと」

そうだよね、何も心配すること無いよね。

「梓、もうすぐ出番だよ」
「う、うん……」
「頑張って、梓ちゃん!」

私は頷くと、ステージ上に上がった。
もうすぐ、幕が開く。
私は大きく深呼吸した。

――――― ――

澪先輩は覚えているだろうか。私に「これが私たちにとって最高の曲なんだ」
と言っていたこと。

いつの日のことだっただろう。
確か、まだ私が入部して間もない頃。
辞めようかと迷っていたとき、澪先輩はそう言って、電話越しに歌ってくれた。
今思えばあの恥ずかしがり屋の澪先輩が、私のためにそれを我慢して歌ってくれてた
んだなあ、と嬉しくなる。

「梓。私な、軽音部の皆でこの曲演奏するの、すごく楽しくて、すごく好きなんだ。
最初の学園祭のことは思い出したくもないけど……。だから、梓。私、梓とも
一緒に演奏したいんだ。五人になった軽音部のサウンド、きっと良くなると思うし、
唯や律だってやるときはやるし……。五人でやったらもっと、楽しいと思う」

澪先輩は、そう言って私に自分の想いをぶつけてくれた。

澪先輩。
私、澪先輩の言葉、信じてみてよかったです。
軽音部に入って、良かったです。


そして舞い戻った軽音部で待っていたのはやっぱり、練習の日々ではなく、
お茶会の日々。
初めは「練習しましょうよ!」と口を酸っぱくしていた私も、いつのまにか
それに馴染んでしまっていた。

「お茶会がなきゃ放課後ティータイムじゃないもんね」

そう言って笑ったのは誰だっけ。
あぁ、そうだ。ムギ先輩。

「梓ちゃん、私たちが卒業してもお茶会は続けてね!」

大丈夫ですよ、ムギ先輩。
「お茶、お茶!」とうるさい先生のためにも、お茶会、続けてます。
憂がほとんどしてくれているんですが。

ムギ先輩も、見に来てくれてるかな。
そういえば、初めてのライブのとき、こうして幕が開く前、緊張が私を呑み込もうとして
いたとき、突然ムギ先輩は歌い始めた。
唯先輩はギターを忘れてその場にいなかったし、澪先輩も私と一緒でカチコチで、
律先輩だって落ち着きなかった。

「ムギ先輩?」
「皆、唯ちゃんきっとすぐ戻ってくるし大丈夫だよ!私たちは出来る限りのことを
やって唯ちゃんを待ってよう」

ムギ先輩はそう言って歌い続けた。
律先輩が、そして澪先輩が、一緒に口ずさむ。
気がつくと、私も一緒になって歌っていた。
二番に入ったとき、幕は開いた。
いつのまにか、私の中の緊張は溶けて消えていた。

ムギ先輩がさりげなく教えてくれた緊張の解消法。
その時の曲も、やっぱりあの曲だった。

「この曲はな、私たちの本当の意味での最初の曲」

律先輩はそう誇らしげに言っていたっけ。
確か初め、曲だけ作って歌詞は考えてなかったんだよなあ、とも。
それはあんまり誇らしげには言えないことだと思うけど。

律先輩は、本当に大雑把で元気だけが取り柄のような人で。
だけど、無責任なように見えて、皆をちゃんと最後まで引っ張ってくれて、軽音部のことを
ちゃんと考えてくれていた。

「梓、私たちの曲、ひとまず全部梓に預ける。頑張ってくれよ、部長」

律先輩は私の頭を優しく叩くと、「大丈夫だよ、んな泣きそうな顔しなくても」
と笑った。

「私だって部長出来たんだし、梓にできないわけないだろ」

そして、律先輩は私に訊ねた。
「私たちの曲を好きか」と。

「当たり前です」
「うん、私も大好き。だから全部覚えとけよ、私たちの曲。それで梓が卒業するとき、
梓の作った新しい極も含めて全部、また新しい部員に預けて来い」
「はい……」
「だーかーら。そんな顔するんじゃねーの。私たちはずーっと仲間だろ?唯語で言うと、
放課後ティータイムはいつまでも放課後なんだから」

あの時、律先輩だって泣きそうになってたのに。
最後までずっと、笑ってた。

ねえ律先輩。
私、ちゃんとこの軽音部の部長、出来てますか?
放課後ティータイムの一人として、この場所に立っていいですか?


「大丈夫だよ、あずにゃん!」

突然、懐かしい声が聞こえた。
声のしたほうを見ると、やっぱり、唯先輩がいた。
舞台袖で、私にもう一度、唯先輩は叫んでくれた。

「大丈夫だよ」と。
独りじゃないよ、と。


「あずにゃあん」

唯先輩はいつでも渡しに抱きついてきて、練習して下さいと言っても中々してくれなかった。
でも、いざステージに立つと、唯先輩はすごく輝いていて、かっこよかった。
私は唯先輩が立っていたこのステージに、少しでも近付きたくて入部したんだっけ。

あの時の新歓ライブ。私は未だに忘れていない。
唯先輩の、澪先輩の歌声。
重なり合う音。

そして去年の新歓ライブで、私はあの時憧れた先輩たちと一緒に演奏した。

そして今。
私はこの場所に、一人で立っている。

「ねえあずにゃん。皆で演奏するの、楽しいねっ」

唯先輩の笑顔が浮かぶ。
卒業式の日、先輩たちは私の為に歌ってくれた。
私は卒業していく先輩たちのために、演奏した。

重なった音が、私の身体を震わせた。

「もう一回!」

私の始めての学園祭の時のように、曲が終わると唯先輩は叫んだ。
楽しくて、楽しくて、仕方がなくて。
いつのまにか涙は乾き、私は笑顔になっていた。

演奏することは楽しいんだと唯先輩から教えられた。
演奏することを楽しむんだと唯先輩は言っていた。

それを聞いたとき、私は「あぁ、そっか」と思った。
だから私は、大して上手くもなかった先輩たちの演奏に、あんなに心が動かされたんだと。

でも、それを聞いた時の私は、一人になっちゃうと焦って、怖くて、
「一人じゃ演奏したって楽しくないです!」と先輩にすがり付いてしまった。
唯先輩は困ったような顔をして、ただ私の頭を撫でてくれていた。

結局、私は最後の最後まで先輩たちに迷惑を掛けてしまった。
先輩たちが部室に来なくなって暫く、私は部室にいることさえ出来なかった。
そんな私を元気付けたのは、ほかでもない、歌だった。

先輩たちが残していった、放課後ティータイムの記憶。

大丈夫、私たちはずっと一緒だよ。
そんな声が、先輩たちの演奏から聞こえた気がした。

そうだ、私はもうずっと唯先輩たちに会えないわけじゃない。
もうずっと、一緒に演奏できないわけじゃない。
私は、独りじゃない。

だから歌うよ、放課後ティータイムとして。
新しい放課後ティータイムをスタートさせるために。
私たちの、始まりの歌を。

――――― ――

幕が上がった。

先輩たちを心配させないように。
私は大丈夫だって伝えるために。
新たな部員のために、私は……!


「あずにゃん!」


唯先輩の声が。それに重なるように、「梓!」「梓ちゃん!」と優しい声が聞こえた。
振り向いて見てみると、唯先輩の隣に、他の先輩たちの姿もあった。

目が合う。
先輩たちが、頷いてくれる。
私も頷き返す。

すっと息を吸い込んだ。
今、このステージにいる私は一人だけど、独りじゃない。

「“私たち”の曲、聴いてください!『ふわふわ時間』!」

終わり。



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最終更新:2011年10月06日 23:48