そして宿題を手伝ってくれたその日の深夜、とうとう
憂「お姉ちゃん」
唯「…ん? うい~」
憂「…入っていい?」
唯「うっうん」
部屋のドアが開いた。部屋の外は真っ暗だった。
憂「……ねえお姉ちゃん」
唯「どうしたの? 電気つけていいよ」
憂「ううんいらない」
唯「…そう?」
憂「……わたし、お姉ちゃんに悪いことした…?」
唯「えっ!? してないしてない!」
憂「じゃぁなんで最近……わたしを避けてたの…」
唯「ぁぅっ…」
憂「…ねえ…」
憂の口から全く想定してなかった言葉が飛び出た。
私はただ憂と触れるたびにあの…キスがちらついて体が勝手に動いちゃうだけ。恥ずかしさで。
そっか、憂から見たらそう見えちゃうのか……。
暗闇で憂の顔は見えない。でもなんというか…悲しい気配が黒い影に纏われていた。
憂「…ごめんなさい……ヒック…」
無音の部屋に嗚咽が轟く。
今までの自分がバカに思えた。
なにが恋しただって? その恋の相手を泣かせといて。
なに挙動一つ驚いてんの? 世の中にありふれた行動でしょ。
なに泣かせてんの? 恋の相手である前に妹でしょ。
二つの嗚咽が部屋中に響いた……憂と私からだった。
唯「ごめんね…おねえちゃんが変になっちゃっただけなの……うえええん!!」
憂「……」
唯「ヒグッ…ごめんね…ごめんね…グシュッ…」
憂「……」
唯「…?」
右の頬を温かいものがおおった。とてもここちいい。
憂「おねえちゃん」
すぐ近くで憂の声がした。
この温かいものは憂の手だった。
憂は私のすぐ横にしゃがんだ。
憂「わたしこそごめんね。お姉ちゃんを困らせちゃうつもりはないの…」
唯「……憂は悪くないよ」
憂「…そんなことない」
唯「ううん、私がいけないの…」
憂「……」
唯「……」
憂「……オアイコにしない?」
唯「! うん」
憂「ふふっ」
目から熱い涙があふれた。その涙は右頬に添えられている憂の手にも流れた。
――あれから普段通りに接しようって頑張ったっけ。
唯「意識しない。憂は妹」
真っ暗な独房に零した、禁断の恋を封じるためのスローガン。私たちが仲直りしたあと作ったものだ。
もちろん憂は知らない。私の恋のことは話さなかった。
でもそれからの元通りな私を見て憂は安心したみたい。追求はされなかった。
でも結局
唯「元通りの元通りだね…はぁ」
あれから快感、ううん興奮を悟られない程度に抑えることは可能になっていた。
だから時々憂と一緒に寝ることもあった。その夜の夢はたいてい憂とのデートになるけど、夢ぐらいはいいよね。
なのに朝、起爆剤が投入された。
そのせいで朝より一層いや多層強く憂を意識してしまって、あの泣いた夜を再現しないか不安だった。
唯「っ!」
チリッと朝のキスが頭に浮かんだ。心音が鳴り響き顔が熱を帯びてくる。
唯「もう!!」
床を叩いた。一発。強く。沸き上がる感情を抑えつけるように。
麻薬のように心地良い興奮を受け入れた自分を戒めるために。
唯「わたしのバカァ…」
動物のぬいぐるみたちの目に抱かれて一晩中静かに泣いた。
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||||||||||||||||||||||||||||||||||MORNING IN CLASSROOM|||||||||||||||||||||||||||||||||
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お姉ちゃんが無理してる。
朝は私より早く起きてたし、私を見るたびなにかを我慢してるようだったし、なにより目が真っ赤だった。デジャブを感じた。
夜中に泣いてたのは明らか、それなのに私に偽りの元気を振る舞って、先に学校へ行ってしまった。
なんで相談してくれないの?
なんで私を避けるの?
あの夜に仲直りしたんじゃ「ちょっとうい!」
憂「ひゃっ!? 純ちゃん…」
純「大丈夫? 具合悪そうだよ」
憂「ううんなんでもないよ、えへっ」
純「も~。じゃ憂はどう思う?」
憂「ん、なにが?」
純「女の子同士で付き合うの。この二人がどうしても知りたいって」
昨日のお友達二人が夕方遅くにクラブ見学に行ったら現場を目撃したらしい。
純「私は別に本人たちが良ければいいと思うのよ。でもこの二人がキモいキモいって」
憂「うん私も純ちゃんと同じだな。いいと思うよ」
HRをしに先生が来たので私たちは自分のクラスに戻った。クラスのみんなが席に着いた時、目立つツインテールが視界に映った。
――授業という名の馴れ合い時間の中お姉ちゃんのことで頭がいっぱいだった。
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||||||||||||||||||||||||||||||||||AFTERSCHOOL||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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帰りのHRが終わって憂鬱なまま教室を出た直後
純「うい!」
憂「純ちゃんどうしたの?」
純「いやカバン持たないで帰ろうって気?」
憂「…えへへ忘れてた」
相当周りが見えてなかったみたい。ありがとう純ちゃん。
私はカバンを取って来て、純ちゃんと並んで歩いた。お姉ちゃんたち軽音部はお弁当中だと思う。
純「憂も今日のお昼は外で済ますの?」
憂「うん、お弁当忘れちゃって」
食欲がでないよ。
純「…そっ。じゃ私ジャズ研の見学行くわ」
憂「いい先輩たちだといいね」
純「……」
憂「わっ!」
突然純ちゃんは私の正面に飛び立って私の目をじーっと見つめてきた。
純「…憂、今日変だよ? 本当に大丈夫?」
……話した方がいいのかな? ううん、これは私たち姉妹の大事な問題。
憂「そんなことないよ、純ちゃん気にしすぎ」
純「いんや変だね」
憂「……なにが?」
純「朝は言うまでもないし、憂がお弁当作らないわけないし」
憂「うっ…」
純「軽音部に誘ってくれたのは憂だよ? それなのに他の部活の見学行こうって私に、いい先輩だといいねって……」
たしかにその通りだった。特に最後の指摘は私の心を刺した。その行動は純ちゃんのことにもう無関心だって言ってるようなものだ。
私は自分のことを考えるあまり友達を蔑ろにするところだった。
純「ちょっと!? なにも泣くことはないでしょ!」
憂「えっ……ぁっ」
純「ほら拭くよ、ハンカチハンカチ…いたいた」
憂「ん……」
純「ンションショ」
憂「……」
純「はい終わったよ」
憂「…アリガトウ」
純「どういたしましてマドモアゼル♪」
憂「クスッなにそれぇ」
純「はははっ!」
憂「えへへっ」
ほんとはそこまで笑うことではなかったけど、笑った方が良い気がした。だってその方が気分がいいし♪
……そうだよね、友達に隠し事はだめだよね。
憂「純ちゃん、相談に乗って欲しいの」
純「ようやくね」
私は全て話した。お姉ちゃんの様子がおかしくなった最初のこと。あの仲直りした日のこと。
そして昨日と朝のこと。
純ちゃんは相槌をうちながら最後まで聞いてくれた。
シコリが取れたようだった。
純「ん~……確証はないんだけど…」
憂「うっ…うん、覚悟はできたよ」
純「憂のお姉さんは憂と距離置きたいんじゃ…うおお泣くな泣くな!! そういう意味じゃなくて!」
憂「…ふぇっ…? どういうこと?」
純「お二人さんの仲は中学でも有名になったほどでしょ、ていうよりお姉さんが憂に頼りっきりでしょ」
憂「それほどじゃないよぉ」
純「褒めてない褒めてない」
純ちゃんが言うには、お姉ちゃんは自立しようと頑張ってるんじゃないか、てことみたい。
……それでお姉ちゃんはあんなに驚くかな…?
純「まずは本人に聞くのが一番でしょ」
憂「でもお姉ちゃん話したくなさそうだよ……泣いちゃったし…」
純「その日のことももちろん考えた結果だよ。 ほらついさっきのこと思い出して」
ついさっき……私と純ちゃんが話してたとき…あっ
憂「…そうだね、うん。 アリガトウ!」
純「礼にはおよびませんよ♪ じゃ私クラブ見学してくわ」
憂「え~軽音部入ろうよぉ」
純「考えとく~」
憂「お願いね~!」
ほんとうにありがとう純ちゃん。おかげで決心がついたよ。
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||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||EVENING||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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玄関の扉がゆっくり開く音がキッチンに聞こえてくる。間違いなくお姉ちゃんだ。
唯「……」
唯「……」
憂「お帰り!」
唯「! じゃっじゃぁわたし部屋で練習して」憂「ちょっと待って」
唯「っ!」
私の顔を見て逃げるように階段を駆け上がりかけたお姉ちゃんを呼び止めた。
唯「な…なぁに…」
振り向かずに発された声。それは震えていた。
多分私のこの一言がお姉ちゃんの体も震えさせることになりそう。
憂「お姉ちゃんが変になっちゃった、てどういうこと?」
唯「っ!!!」
お姉ちゃんがびくついて振り向いた。驚愕を孕んだ顔は紅潮していた。
覚えてるんだね、あの日のこと。
唯「そっそんなこと言ったっけ~…ははは…」
憂「どういうことなの?」
唯「………」
私が目に力をこめると、お姉ちゃんが私から目を離した。
その横顔は泣くのをこらえてるように見えた。
だめっここであきらめるなわたし。
唯「…ごめん…」
憂「…だめ、おしえて」
唯「……ふえぇ」
憂「わたしの方が泣きたいよ!!」
唯「ひっ!!」
おねがい、そんなに怯えないで。
階段でしゃがんだら危ないよ?
憂「私がどれだけ心配して……ヒック…」
泣いちゃだめ……お姉ちゃんだって泣きたいはずなのに…
唯「……」
憂「なんでも…エグッ…そうだんしてくれていいのにぃ…ウゥッ…」
唯「! ……」
涙で視界がにじむ、景色が混ざる。
拭かなくちゃ。震える裾で目を拭おうとした。
唯「…むりだよ…相談なんてできないよぉ……」
憂「……なんでそんなこと言うの…」
唯「……ヒック…」
憂「……」
唯「……だってぜったい…ウッ…気持ち悪いって思うもん…」
憂「!」
やっと聞けた。
憂「どういうこと!?」
唯「ひゃい!? こっこないで!」
憂「こっち向いて!!」
唯「キャアア!!!」
憂「はっごめん!」
断片的にもお姉ちゃんから話を聞けたことにうれしくなったあまり、うずくまるお姉ちゃんにずかずかと歩み寄ってしまった。
そのまま私に背を向け怯えるお姉ちゃんの頬を両手で押さえて無理矢理振り向かせ、目と鼻の先にある私の顔を見させていた。
唯「おっおねがい…ハアッハアッ…はなして…」
お姉ちゃんの息がどんどん荒くなっていく。
すっかり熟れきった顔は涙でぐしょぐしょになって…エロい…なに考えてるのわたし!?
憂「…うん」
唯「ふゅぅっ! ふゅぃっ!」
解放されたお姉ちゃんは私から顔を背けて深呼吸した。
それでも耳まで赤い。
唯「ふゅぅ……」
憂「…ごめんね」
唯「…いいよ…わたしがへんなんだよ…」
憂「! そんなことない!」
唯「いもうとのことが好きでも?」
憂「…? 私だってお姉ちゃんのこと好きだよ?」
唯「そういう好きじゃないのぉ!!」
憂「!!」
突然お姉ちゃんが泣き腫らした両目を私に向け叫んだ。
……なんとなくお姉ちゃんの悩みがわかってしまった。
唯「愛なの!! わたしは憂を愛しちゃったの!! 今だってドキドキしちゃうしずっと前も!!! …」
昼間の会話がリピートされた。
同性愛。私は本人たちが良ければいい、と答えた。
唯「…ははっ気持ち悪いよね…すごく…気持ち悪い……うえええぇん!!!」
丸まったお姉ちゃんの背中がとても小さくみえた。
私はお姉ちゃんのことをどう思ってるんだろう?
そんな疑問が浮かんだ直後、その背中が愛おしく思えてきた。
唯「ごめんね…出てくよ…」
憂「えっ」
不意にお姉ちゃんは立ち上がったかと思うと、階段を駆け降りた。
憂「ちょっと!!!」
唯「ひゃっ!!?」
追いかけた私は階段の途中で飛び降りて距離を稼ぎ、玄関の扉の前でお姉ちゃんに抱き着けた。ふらつくのをなんとかたえて静止した。
唯「なんで…」
最終更新:2011年10月06日 23:54