「みおちゃんをいじめるなー!」

「げっ田井中だ」

「めんどくさいやつが来ちゃった…」

「田井中には関係ないだろー!」

「みおちゃんはわたしの大事な子なの!」

「ほらみおちゃん、いこっ」

「う、うん…」

「ねえりっちゃん…」

「いいよーお礼なんか」

「…おてて痛いよ」

「あっ!ごめんね」

「…何でいつも助けてくれるの?」

「言ったでしょ!みおちゃんはわたしの大事な子だからだよ」

「…そっか」

「みおちゃんは、わたしのこと大事ー?」

「うん、大事」

「じゃあ、好きー?」

「大好きだよ」

「両思いだね!」

「ふふふ、そうだね」

「今度は引っ張らないから、また手繋いでもいいー?」

「…いいよ」

~~~


昔のわたしたち。

ひょんなことからそんな話になり、彼女は過去を話し出した。

話を遮ろうとするわたしを尻目に。

唯、ムギ、梓の3人は目を輝かせる。

彼女の話は止まらない。

「勝手にしろ」

そう言ってわたしは、ベースをいじり始めた。

思い出したくない、と心で思いながらも、わたしの頭の中はその頃に舞い戻る。


「りっちゃん」

「みおちゃん」

わたしたちはかつて、お互いをこう呼び合っていた。

そんなに遠くない記憶。かれこれ4年ほど前まで、ごく自然に。

ある時を境に、「りっちゃん」という呼び名を使わなくなった。

正確には、使わないよう彼女に言いつけられたんだ。

その頃のわたしたちは、今はもういない。


近くに住むわたしたちは、幼稚園、小学校、中学校と、当たり前に同じ場所へ通った。

幼稚園まで同じだったことは、彼女の記憶にないらしい。

他人が聞くと、彼女を「薄情」だと言うかもしれない。

でも、それも仕方ない。

内気でおとなしいわたし。
元気で落ち着きのない彼女。

共通点なんてまったくない、正反対の二人だった。

仲良くなったのは、小4の時。

彼女がわたしの内気を克服しようと、特訓してくれたのがきっかけだった。

恋愛感情なんて、あの頃はまだわかってなかったと思う。


それはいつものように、彼女の家に遊びに行ったある日のことだった。


「みおちゃん、ちゅーしたことある?」

「あるよ?」

「え!誰と誰と??」

「パパとママ」

「それはなしだよ~」

「じゃありっちゃんは、キスしたことあるの?」

「キス!?みおちゃん、おっとな~!」

「…パパママ以外とちゅーしたことあるの?」

「あるよ~」

「えー…誰?」

「ちっちゃい時のさとし!その頃は可愛かったんだよ~」

「さとしもなしだよー!」

「家族以外とはしたことないよ」

「わたしと一緒だね」

「じゃあみおちゃん、ちゅーしよう!」

「ええ!?」

「だって好き同士はちゅーするものだよ!」

「でも…」

「わたしのこと、嫌い?」

「…好きだよ?」

「じゃあいいでしょ?」

「でも…」

「みおちゃんとちゅーしたい!」

「じゃあ…いいよ」

「みおちゃん、目閉じて?」

小さな心臓が破裂しそうだったのに対し、柔らかく当たる唇。

彼女から、頬に軽く唇を当てるだけだった。


「ははは、みおちゃん顔真っ赤!」

「だって…恥ずかしいよ…」

「トマトー!」

「…りっちゃんのばか」

「みおちゃん、すっごく可愛い」

「…りっちゃんも可愛いよ」

「ほんと?」

「うん、可愛くて大好き」

「じゃあ今度はお口にしてもいい?」

「…うん」

こうしてわたしは初恋の相手と、お互いのファーストキスを交わした。


人前でこそしなかったが、それからたくさんのキスをした。

手を握りながら、軽く唇を当てるだけのキス。

幼いながらに、心が満たされていくのがわかった。

顔を離しては、二人して幸せそうな笑顔を作った。

本当は気付いていた。

一般的に、わたしたちの行動はおかしいということ。

いつから気付いてたのかはわからない。

二人だけの時に、こっそり唇を重ねていたんだから、

本当は最初からわかっていたのかもしれない。


それでも幸せだった。

そう、幸せだったんだ。



中学に入る。

紺のベストに白いシャツ、若草色のリボン。

新しくて、少し大きめの制服。

少し緊張しながら彼女を迎えに行った。

約束の時間より少し早かったのに、彼女は玄関先に立っていた。

今まで私服だったからか、滅多に目にしなかった彼女のスカート姿。

「りっちゃんがスカート…ふっ」

「何がおかしい!」

「ごめんごめん、だって今まで私服だっただろ?

 スカート姿ほとんど見たことなかったから…」

「…笑うほど変?」

「ううん、似合ってるよ」

「あ…そりゃどうも」

「顔赤いぞ?…トマト!」

「うるせー!…みおちゃんも似合ってる、可愛いよ」

「…ありがと」

「…よし、行くか!」


そう言うと彼女は、わたしの腕を引き意味なく走った。


短い式が終わり、クラス分けのプリントが配布される。

自分のクラスを確認すると、次は彼女の名前を探した。

…一緒だ。


「みおちゃーん!」

「りっちゃん!何組か見た!?」

「見た!一緒だな!」

「うん!よろしく!」


無邪気に抱き合って喜んだ。

これからも一緒に居れる、そう思うと顔が緩んで仕方なかった。


それからも変わらず、登校も下校も一緒だった。

変わったとことと言うと、同じくらいだった二人の身長に差が出来たこと。

男女が互いを意識し始めて、境がくっきりしたこと。

誰かと誰かが付き合ってる、なんて噂話で盛り上がるクラスメイトたち。


その頃だったと思う。

彼女への気持ちが「恋」だと自覚したのは。

ただの友達じゃない。

彼女は、わたしの好きな人。


いつもと変わらない通学路。

まだ桜が舞っていたと頃だったと思う。

どちらが言い出したわけではないが、わたしたちは人通りの少ない道を使っていた。

他愛もない会話をしながら歩く。

周りを気にすることもなく、手を繋いで。


その日は少し、彼女が待ち合わせに遅れてきた。

「遅いぞ」なんて言いながら、まだ余裕はあった。

急ぐわけでもなく歩いていると、たまたま同じクラスの男子に出会った。

彼はわたしたちに近づき、茶化すようにこう言った。

「なあ、何で手繋いでんの?レズってやつ?」

たちまち顔が赤くなっていくのがわかる。

本当はすぐに逃げ出してしまいたかった。

思わず握った手に力がこもる。

何も言い返せない、そんなわたしの顔を覗いて彼女が言った。 


「違う、ただの友達だよ」


そう言うしかなかったんだ。

わたしもきっと、言い返すのであれば選んだ言葉。

それなのに少し悲しくなって、手を離して下を向いてしまった。


「ほーら、行くぞ!」

彼女はにっこり笑って、離した手をまた繋いで走った。


――――

勉強はあまり好きではない。

だからと言って、それを怠る勇気もないわたしは、

黒板の文字をせっせと写し、テストでは平均以上の点が取れた。

気付けば周りは、わたしを「優等生」と呼んだ。


でもその日は朝のこともあり、授業が頭に入ってこない。

少し不安になって、ぼんやりと彼女の方に目をやった。


彼女はいつも、授業を寝て過ごしたり、

ノートいっぱいに誰かの似顔絵や、変な落書きをしている。

真面目とは程遠い存在だった。

今日もノートに何かを書いている。黒板を写している様子もない。

何かを書き終え、ノートの1ページをちぎった。

すると急にこちらに目線を向け、不意に目が合う。

教師が背を向けているのを確かめると、丸めた紙をわたしへ投げた。


「今日放課後あそぼ」


うん、と首を縦に振ると、彼女はにっこり笑った。

そして机に顔を伏せた。

それ以降、彼女はどの授業もずっと寝て過ごしていた。


その日の放課後、約束どおり彼女の家に寄った。


朝のこともあり、何となく空気が重くて、居心地が悪い。

そんな中、彼女が口を開いた。


「なあ、うちらさ」

「友達なんだし、もうああいうのはよそうな」

「ああいうの?」

「手繋いだり、キス…したり?」

「…何で?」

「言ってんじゃん、友達だからだよ」

「…りっちゃん、わたしのこと嫌いになった?」

「…その『りっちゃん』っつーのもナシだな」

「今までこう呼んできたじゃん」

「親友なんだからさ、他人行儀に『ちゃん』なんて付けなくて良いだろ」

「…何それ」

「とにかく『りっちゃん』『みおちゃん』ってのは禁止!

 …今までどおりにいかないんだよ」


それから、彼女はわたしを呼び捨てするようになった。

わたしの方は、うまく彼女を呼び捨て出来なかった。

「ねえ」だとか「ちょっと」だとか、

とにかくただ二文字を口に出来なかった。


「りっちゃん」と呼んでしまうと、彼女はそのたびに怒る。

「そんな呼び方するな」と言った。

…他の友達はそう呼んでいるのに。


ついこの間までは、手を繋いで歩いた道。

それがもう、触れることすら許されない。


今まで気にも留めなかった、同性という壁。

それを彼女は急に、わたしたちの間に高く高く隔てた。

『親友』という言葉を使って。


それからのわたしたちは『親友』だった。

彼女はわたしに、普通に接してきた。

あくまでも普通に、友達として。

戸惑いながら、わたしはそれに付き合った。

…律、と呼べないまま。

それしか、彼女の隣に居る方法がなかったんだ。


2
最終更新:2011年10月15日 01:31