昨日から降り続いた雪が、地面を白く飾る。
いつも通り、わたしは彼女を家まで迎えに行く。
いつもより、少し送れて彼女は顔を出した。
「ごめん!」
そう言った彼女の息は、白く濁ってすぐに消えていった。
どちらからともなく、歩き慣れた道を踏み出した。
律「はー、超寒いな」
澪「うん、雪積もるのも久しぶりだ」
律「ただ寒いよりはマシだよな、雪積もってる方が」
澪「気分的にな」
律「雪の日って傘さすのか?迷って結局置いてきた」
澪「これくらいなら平気じゃないか?一応持ってきたけど」
律「せっかく持ってるんだ、させば?」
澪「ベースも濡れるしな、律も入れよ」
律「お、ありがと」
1つの傘に2人並んで入る。
たまたま通学路で出会った唯に、その姿を冷やかされた。
唯「あ、お二人さん!」
律「唯か、おはよー」
澪「おはよう」
唯「おはよ~、相変わらず雪をも溶かすアツアツっぷりだね!」
律「う、うるせー!」
さすがに3人では役に立たない傘を閉じる。
すると唯は突然走り出し、こちらを振り向いた。
唯「2人のジャマはしないよ~、ごゆっくり~!」
澪「ああ、唯!」
律「いいよ、ほっとけ」
澪「せっかく声掛けてくれたんだぞ?」
律「唯なりに気遣ってくれたんだよ、甘えようぜ」
澪「…そうだな」
そう言って傘を開く。
彼女は少しこちらに寄って、また同じようにわたしの傘へ入った。
律「それよりさ、今日の予定は?」
澪「家族で外食するよ」
律「そうか、楽しんでな」
澪「うん、ありがと」
律「…少しだけ時間あるか?」
澪「うん、パパが仕事から戻るまでなら」
律「じゃあ少しだけ、会える?」
澪「大丈夫だよ」
律「よかった、じゃあ放課後な」
澪「うん、またな」
階段に着いたところで彼女と別れた。
教室に入ると、和がこちらに近づいてくる。
和「おはよう、寒いわね」
澪「だな、なかなか起きれなかったよ」
和「唯もこの時季はいつも寝坊よ」
澪「だから今日は一緒じゃなかったのか?さっき会ったよ」
和「いいえ、今日は生徒会の用があってね」
澪「朝から大変だな」
和「好きでやってることだもの、…それより澪」
澪「どうした?」
和「誕生日おめでとう」
澪「ああ、ありがとう!」
和「こんなものしか用意してないんだけど、良かったら」
澪「…すごいな!これ手作りか?」
和「ええ、上手く出来てるかはわからないけどね」
澪「ありがとな、喜んで頂くよ」
和がくれたものは、手作りのクッキーだった。
シンプルなバースデーカードが添えられていた。
――今日はわたしの誕生日だ。
午後の授業も終わり、放課後を知らせるチャイムが鳴った。
HRを済ませ教室を出ると、梓が壁にもたれ掛かっている。
澪「梓?」
梓「あ、澪先輩…」
澪「部室、行かないのか?」
梓「あ、いえ…澪先輩のお迎えを任命されまして」
澪「そういうことか、じゃあ行こうか?」
梓「もう少し…ちょっと遠回りしてもいいですか?」
梓は携帯を見てそう言った。
誰かに時間稼ぎを指示されているようだ。
澪「ああ、いいぞ」
梓「すみません、…本当は律先輩が迎えに行くべきだって言ったんですが」
澪「そんな、梓が来てくれては嬉しいぞ?」
梓「なら良かったです、律先輩も意外に照れ屋ですね」
澪「あいつは昔からそうなんだよ、本人は隠してるつもりだけどな」
梓「何でも知ってるんですね」
澪「伊達に幼なじみしてないよ」
梓「今はそれ以上の関係ですしね」
澪「…先輩をからかうもんじゃないぞ」
クスクスと笑う可愛い後輩。
恥ずかしさもあったが、その姿に釣られて笑ってしまった。
梓「えっと…よし、大丈夫です」
澪「開けるぞ?」
梓「どうぞ!」
机には、いつも以上にたくさん置かれたお菓子。
ホワイトボードには「ハッピーバースデー」の文字。
倉庫からぞろぞろと出てくる3人。
「みーお!」
「澪ちゃん!」
「澪ちゃ~ん!」
「澪先輩!」
「お誕生日おめでとう!!!」
澪「あ、ありがと…」
唯「いくつになったの?」
律「いや、お前と同じ17歳だ」
唯「あ、そっか~」
紬「うふふ」
梓「笑えません…」
唯「それより今日はお楽しみですね、りっさん」
律「あー…そうだな」
紬「りっちゃん照れてる!」
梓「照れてますね、かなり」
みんなにまた冷やかされ、赤くなる彼女。
わたしもみんなにちやほやされ、誕生日を大いに楽しんだ。
4人で選んだというプレゼントは、前から気になっていた古いジャズのCDだった。
お茶を飲んで、お菓子を食べ、みんなで笑って。
今日もまた、練習はほとんどしていない。
雪は止んでいた。
朝さしてた傘を地面につき、2人きりで歩く。
彼女の家に近づくと、彼女はこちらも見ず話し始めた。
律「…あのさ」
澪「どうした?」
律「家ついたらメールして、着替えて迎えに行く」
澪「うん、わかった」
どこに行くとか、何をするとか、あえて聞かずに返事をした。
彼女と別れると、そこから走って家に向かった。
「ついたよ」
そうメールして、わたしも急いで着替えた。
数分後、彼女が迎えにきてくれた。
着替える、と言っていたのに、コートを羽織っただけに見える。
澪「着替えは?」
律「いや、これでいいんだ」
澪「そうか」
律「それより行くぞ、時間ないし」
澪「わかった」
自然に手を引かれ、またあの公園に向かった。
あの時彼女が座っていたブランコの方まで歩いて、並んでブランコに腰掛けた。
律「寒いな…」
澪「うん…」
律「澪、やっぱ立って?」
そう言われ、その場に立った。
彼女はこちらに近づいてきて、また自然にわたしの手を取る。
「キスされる」
そう思ったけど、彼女はわたしの正面に立っただけだった。
律「手冷てーな」
澪「さっきまで鎖握ってたからな」
律「ここに入れたら温かいぞ?」
そう言って、握ったわたしの手ごとポケットに突っ込んだ。
深いポケットの奥で、何か角張ったものが手に当たった。
律「何かあるだろ?」
澪「うん、何だろ?」
律「見てみれば?」
澪「そうする」
取り出してみると、小さくて可愛い箱。
開けると、シンプルで可愛いペンダントが入っていた。
この前、金欠って言ってたのはこのせいか。
律「誕生日おめでとう!」
澪「わっ…」
律「澪に似合うと思って目付けてたんだ、どう?」
澪「…なあ律」
「ありがとう」
そう言おうとしたのもつかの間、間髪入れずに彼女がまた言葉を発す。
律「生まれてきてくれて、ありがと」
澪「ちょっと…わたしが言おうと思ったのに」
律「わたしが言いたいんだ!」
澪「だってこれ、プレゼントだろ?わたしがもらったのに…」
律「いいの!」
澪「お礼言うのはわたしだろ?」
律「澪に出会えて、好きになって、色々あったけど…こうして付き合えてさ、
たくさん幸せもらってるから、その感謝とお返しだから」
澪「…もう、なんだよ」
律「お前こそ、何で泣くんだよ?」
澪「泣いてないよ」
律「泣きながら笑って、変な顔」
澪「うるさい!」
わたしがそう言うと、彼女は一歩わたしに近づいた。
涙が伝った頬に唇を当てる。
律「涙なんか、これからわたしが食べてやる!」
律「…澪、大好きだ!」
澪「わたしだって…負けてないからな!」
思わず抱き寄せた。
目の前にいる彼女が、ただ愛しくて仕方なかった。
律「ちょ、澪…ほら、付けて見せて?」
澪「じゃあ律が付けてくれる?」
律「了解、ちょっと屈んで」
彼女に背中を向けて、少し膝を折る。
首筋に冷たいチェーンが当たって、少し驚く。
そんなわたしを、彼女が笑った。
律「いいぞ、こっち向いて」
澪「どう?」
律「似合ってる、可愛いよ」
澪「ありがと、大事にする」
律「ほら、もう帰んなきゃ」
澪「本当はさ、付き合いだして初めてだし、律と過ごしたいんだけど…」
律「気にすんな、これからずっと誕生日祝えるだろ?」
澪「…うん、じゃあ帰ろっか」
律「はい、手貸して」
手を繋いで公園を出た。
ちょうど朝と同じように、また雪が降り始めた。
澪「あ、雪」
律「ほんとだ、明日も降るのかな」
澪「…もし降っても、また傘置いてこいな」
律「入れてくれるのか?」
澪「うん、ダメ?」
律「いやいや、お願いします」
澪「また誰かに冷やかされるな」
律「見せ付けてやろーぜ!」
澪「まあ、そうだな」
律「…雪溶かすくらいに、アツアツな姿をな!」
最終更新:2011年10月15日 23:20