澪「で、何すればいい?」
律「ああ、じゃあ生姜すって」
澪「しょうが?」
律「うん、生姜焼き作るから」
澪「生姜な、わかった」
律「生姜だけに?」
澪「しょ、しょうが、ないな~」
律「…はい、手を動かす」
澪「な…律が言わせたんだぞ!」
律「なあ、何か緊張してる?」
澪「う…まあ、少し」
律「初デート、だもんな」
澪「…そうなんだよ」
律「何かごめんな、こんなんで」
澪「ううん、律と入れるだけで…その」
律「あーもう…可愛い奴」
澪「…もうちょっとオシャレしてくればよかった」
律「澪ちゃんは十分可愛いぞ~」
澪「そうやってまた茶化す」
律「本当のことだし、それにさ」
澪「何だよ」
律「…エプロン、似合ってるぞ」
澪「…ありがと」
律「何か若奥さんって感じ」
澪「やめろよ、恥ずかしい」
律「2人で肩並べて台所立つなんて、新婚さんみたいだな」
澪「…そうだな」
律「色気ない料理だけどさ、家庭的でいいだろ?」
澪「うん、あったかい感じ」
律「生姜は体温まるからな、スープにも入れちゃいます」
澪「生姜のフルコースか」
律「今日は寒くなるらしいから、いっぱい食えよ」
澪「うん、楽しみ」
手際のいい彼女に、少し悔しくも感心しながら手伝った。
最初の緊張はどこへやら、笑い合って夕飯は出来た。
食卓にずらりと並ぶ料理。
向こう側は空いているのに、何故か肩を並べて食べた。
どこへ行きたい、何がしたい、そんな話をしながら。
律「ふー、食った食った!」
澪「お行儀が悪い!」
律「誰も見てないんだからいいだろ~?」
澪「わたしが見てるぞ」
律「もっと女の子らしい方が好き?」
澪「そんなことないけど…」
律「じゃあいいじゃん♪」
澪「…まあな、でこの後何処行くんだ?」
律「あー、まだ内緒」
澪「お店とか閉まっちゃうぞ?」
律「いいんだよ、誰も居ないところ行くから」
澪「誰も居ないとこ?」
律「そうだ、とりあえず9時頃家出るか」
澪「うん、わかった」
それから2人でテレビを観て過ごした。
CMに笑ったり、くだらないものも彼女とだといつも以上におかしかった。
律「よし、そろそろ支度するか」
澪「そうだな」
律「ちょっと待ってて」
澪「んー」
そう言って、座ったわたしの腰に伸びる手。
少し甘えた声に「何だよ」なんて応えて振り返ると、
何かが腰に貼り付いて、暖かさを感じた。
律「ほら、カイロ」
澪「何だ…カイロか」
律「何だと思った?」
澪「別に?」
律「もう~澪はやらしいんだから~」
澪「そういうんじゃないから!」
律「えー、じゃあちゅーしないの?」
澪「…する」
律「あー…もう!」
澪「わっ…急に抱き付くな!」
律「何でからかうつもりなのに、こっち照れなきゃいけないんだよ」
澪「っ知らないよ…」
律「…好きだよ」
澪「バカ律」
律「…澪も好きって言ってくんなきゃやーだー」
澪「…好きだよ?」
律「…よかった」
澪「…でも何でそんなにカイロあるんだ?」
律「父さんが忘年会のビンゴで当てたんだ」
澪「へえ…」
律「もっといいもん当てろよって思ったけど、今日やっと役に立つよ」
澪「そんなに寒い場所なのか?」
律「外だからな、ほら後ろ向いて」
白い服を着てるように見えるほど、お互いにカイロをいっぱい貼った。
手袋とマフラー、耳あてまでして、暗くなった表に出た。
昼間に1人で歩いた道を2人で歩く。
数時間前と逆戻りして着いた先は、昼間1人で来た河川敷だった。
律「よし、着いた」
澪「ここ?何するの?」
律「天体観測ってやつだよ」
澪「…ふふっ」
律「何だ?」
澪「律っぽくないなって」
律「乙女が星見ちゃ悪いか!」
澪「誰に入れ知恵された?」
律「…唯」
澪「やっぱり」
律「唯がさ、『今の時季は星が綺麗だよ』って」
澪「そうか」
律「まあさ、自分でもキャラじゃないかなって思ったよ」
澪「でもさ、こういうの好きだよ」
律「ロマンチストですからね、澪さんは」
澪「ここに連れてきた律さんに言われたくありません」
律「でも、来てよかったよ」
澪「…綺麗だな」
律「…流れ星見えるかな?」
澪「難しいんじゃないか?」
律「何だよちくしょー」
澪「お願い事したいの?」
律「うん、内容は聞くな」
澪「わたしと一緒だといいなって思う」
律「多分一緒だよ、だから言う必要ないだろ?」
澪「…そうだな」
隣に座る彼女は、片手だけ手袋を外した。
何となく不器用に、その手が伸びてくる。
澪「ん?」
律「手」
澪「繋ぐの?」
律「うん」
澪「何で手袋外すんだ?」
律「直接…な」
澪「ああ、そういうことな」
律「澪は外さなくていいよ、寒いし」
澪「こっちの方が暖かい気がするから」
律「…ならいいけど」
冷たい手と手を握り合う。
もちろん手袋の方が暖かいんだけど、気持ち的に。
半分に欠けた月と満天の星。
首が疲れるのも忘れて、ずっと見上げていた。
律「澪はさ、月と太陽どっちが好き?」
澪「んー、太陽かな」
律「へえ、意外」
澪「月も好きだけどな、太陽って何か…」
律「何か?」
澪「…律みたいだから」
律「恥ずかしいこと…言うなよ」
澪「でもさ、太陽ってみんなを照らして、元気になれるだろ?
律が笑うとつられて笑っちゃう、だから似てるんだ」
律「…そんなの、澪だって」
澪「え?」
律「気付けば見守ってくれてて、暗いところでも綺麗で…月って澪みたい」
澪「…ありがと」
律「中にうさぎさん飼ってるメルヘンなところもそっくり」
澪「…はいはい」
律「…だからわたしは、月のほうが好きだな」
澪「…あのさ」
律「何だ?」
澪「月が光るのは何でか知ってるよな?」
律「いや知らん」
澪「小学校の時習っただろ…」
律「記憶にございません」
澪「…まあいいや」
律「何でなんだ?」
澪「月を照らすのは太陽なんだ」
律「よくわかんねー」
澪「…月は太陽が照らすから輝けるんだ、だから月は太陽がいなきゃダメなの」
律「ああ…そういう事ね」
澪「だから…やっぱり似てるよ、わたしたち」
律「そうだな、澪が居ないと…笑う気になんないし」
彼女が笑ってみせると、息が白く濁った。
澪「…寒いな」
律「もう帰るか?」
澪「ううん、もうちょっと」
律「…どんなに寒くても、ぼくは幸せ?」
澪「な…やめろよ!」
律「いいじゃん、あれ好きだよ」
澪「ダメだって言ったの、律だろ」
律「…本当はすげー嬉しかったよ」
澪「なら…いいけど」
律「やっぱりさ、ムギに曲付けてもらおうぜ」
澪「え?それはやだ!」
律「何でだよ!」
澪「だって…あれ律のことなんだぞ?」
律「みんな知ってるんだから気にすることないだろ」
澪「知ってるからこそ恥ずかしいんだ!」
律「でもさ、澪の気持ち、作品に残したい」
澪「恥ずかしくて歌えないよ…」
律「唯に任せよう!ならいいだろ?決まりな~」
そのまま反論も出来ずに、彼女の意見は通ったことになったようだ。
それ以上何も言えなかったのは、
彼女の『嬉しい』という言葉が聞けたからだと思う。
少し前に、ダメだと否定されていた気持ち。
今ではそれを、こんなに綺麗な空の下で喜んでくれている。
そんなに幸せなこと、探したってなかなかないよ。
律「あー、そうだ」
澪「何?」
律「…キスしても、いい?」
澪「うん…する」
結局流れ星は見ることが出来なかったけど、きっとこの日を忘れないと思う。
星に願いを唱えなくたって、わたしたちは大丈夫だ。
そう思った。
その気持ちが伝わるように、握った手を少し強くした。
暗くて見えないけど、顔を離すと、確かに彼女は笑った。
それから少しして、手を繋いだまま家へ戻った。
外は寒かったけど、平気だったのは生姜だけのおかげじゃないだろう。
月曜の放課後、いつものように部室へ向かう。
わたし以外はもう揃っていた。
唯は相変わらず梓に抱きついて、彼女はムギと何か話してる。
紬「あ、澪ちゃん!」
澪「遅れて悪い」
紬「いいの、それより歌詞見せてもらえるかな?」
澪「え?」
律「この前話したじゃん、ムギに曲つけてもらおうって」
唯「え、なになに~?新曲?」
梓「やりたいです!わたしにも見せてください!」
澪「えっと…これなんだけど…」
唯「『どんなに寒くても、ぼくは幸せ』…ふむふむ」
梓「あ…」
紬「あらあら」
澪「ど、どうかな?」
唯「のろけてるね~」
梓「のろけてます、完全に」
紬「素敵ね!」
唯「りっちゃんへのラブソングだよ~このこの」
律「へへ、よせやい」
紬「見せつけてくれるね~」
梓「ほんとですね」
澪「や、やっぱりやめよう!」
唯「だめだめ、だよね?ムギちゃん!」
紬「うん、もうメロディーライン浮かんじゃった~」
澪「わたしは歌わないからな!」
唯「わたしが歌うよ~」
梓「意味なくないですか?」
紬「ベースとドラムをガンガンに絡めましょう!」
律「あ…何か、言うんじゃなかったかも…」
唯「澪ちゃんにはコーラス入れてもらおう」
梓「…楽しみです!」
こうしてからかわれながら、新曲を作ることになった。
少し恥ずかしいけど…。
なんか、うれしいね。
最終更新:2011年10月15日 23:27