番外編「京都」
「今年は同じクラスになれるといいな」
そんな話をしていたのは、もう2ヶ月も前のこと。
大げさにも泣いたわたしを、彼女は笑った。
唯やムギ、梓に和までがわたしに同じような言葉を掛けた。
その度わたしは、少し顔を赤くしてこう答えた。
「ほんと、良かったよ」
高校生活最後の1年間。
さわ子先生の邪な思惑もあり、軽音部は全員同じクラスになった。
冬は過ぎて、桜も散った。
彼女とわたしは相変わらず。
放課後はお茶と練習、休みの日は2人でどこかへ出掛ける、そんな日々。
ほとんど毎日顔を合わせるのに、
『おはよう』と『おやすみ』のメールを欠かさない。
どうせ朝の第一声は『おはよう』だし、
寝る前は電話で『おやすみ』だと言うのに。
毎日2回ずつの挨拶が、明日から少しは1度だけ。
今日から数日、知らない土地で彼女と過ごす。
――修学旅行、わたしたちは京都に来ている。
いつも通りマイペースな唯に、いつも以上のテンションな彼女。
好奇心旺盛なムギも加わって、わたしたち4人の班は何度も叱られた。
けれど、振り回されるのは慣れっこだ。
わたしだって、少し肩の力を抜くことが出来ればいいのに。
いつだって自分という人間に囚われて、眉を吊り上げてしまう。
半ば惰性のように、わたしは何度もため息をついた。
紬「あ、澪ちゃん席替わろうか?」
澪「何で?」
唯「りっちゃんの横が良くない?」
澪「ああ…気を遣わなくていいよ」
唯「じゃありっちゃんとわたしが替わる?」
律「唯もいいって」
唯「えー、つまんないのー」
新幹線もバスの座席も、隣には座らなかった。
みんなで仲良くしたいから、極力2人で居ることは避けている。
それでも相変わらず、みんなは面白がりながらも応援してくれているみたいだ。
金閣寺に行き、抹茶を飲み、北野天満宮にも行った。
学問の神様…だって言うのに、罰が当たるほどみんな騒ぎまくって。
全員1つの絵馬にバラバラの願いを書く。
お守りを買うさわ子先生の後ろを、走って何往復もした。
さわ子「こっち来なさい!」
律「ところでさわちゃん、何のお守り買ったの?」
さわ子「それは…その…」
唯「もしかして?」
紬「縁結びかしら!?」
律「切羽詰ってんのな…」
さわ子「いいじゃない!教師が恋したって!」
唯「わたしも買おっかな…」
澪「唯、ここは学問の神様で有名なんだぞ?」
唯「そりゃあラブラブな2人には必要ないもんね」
律「なっ…」
さわ子「あら、それは違うわよ?」
紬「確か、今ある縁をずっと結びつけるって意味もあるんですよね?」
さわ子「そうそう、お揃いで持ったりするのよね」
唯「へ~、じゃあさわちゃんは2つ買ったの?」
紬「唯ちゃんそれは…」
さわ子「うるさいわねえ…1つよ」
律「澪、聞いたか?」
澪「え?うん」
律「お揃いで買うぞ!いそげー!」
澪「わっ…引っ張るな!」
紬「あらあら」
唯「仲良しだねえ」
さわ子「子どものくせにっ…」
―――
澪「もう、急に走ってびっくりするじゃないか」
律「だって縁結びのお守り欲しいだろ?」
澪「うん…欲しい」
律「だろ?じゃあ決まりな!2つくださーい!」
澪「あっ、お金…ちょっと待って、財布出ない」
律「いいよ、わたしが買ってやる」
澪「そんな、悪いよ」
律「いいんだって、このくらい」
律「みんなの前じゃ恥ずかしくてさ、いつもふざけちゃうから…2人の時はカッコつけたい」
澪「律…」
律「その代わり倍返ししてもらうけどな~」
澪「…結局それか」
律「ほら、付き合って初めてのお揃いだぞ!大切にしろよ?」
澪「はいはい」
わざと呆れた顔をして、彼女の手からお守りを受け取った。
そうでもしないと、顔がゆるんでしまうから。
手の中のお守りを大切にカバンにしまって、唯たちのところへ戻った。
宿に戻ってもお菓子を食べ散らかす唯。
枕投げを仕掛け、人一倍の大暴れを見せたムギ。
振り回した枕をさわ子先生に当て、踏みつけられる彼女。
電気を消した後も笑う3人に疲れ、布団に入るとすぐ意識がなくなった。
次の日は何故かサルを見に行き、和の班と合流するも道に迷い…。
何かが吹っ切れるように、やっとお腹の底から笑った。
それは夕食まで続く。
隣で彼女が笑わせるから、箸を持つ手が振るえ、上手く食べられなかった。
さすがの3人も疲れたようで、その夜はすぐ電気を消した。
…はずだった。
電気を消して振り返ると、闇に浮かぶ人の顔…。
律「…みお」
澪「うおぁぁぁ!離せ!離せええ!」
さわ子「うーるーさーいー」
律「…誰?」
さわ子「先生です!」
さわ子「まったく旅行中も変わらないわねえ…あんたたち」
律「スッピンのさわちゃんが怖さ10倍増しだな…」
さわ子「ああん?」
さわ子先生を怒らせ、しっかりお仕置きをされる彼女。
頬を赤くして布団に突っ伏していた。
帰ろうとした先生を唯とムギが引き止める。
結局お菓子をやけ食いしながら愚痴る先生。
さわ子「まあいいわ、でもねあんたたち」
澪「ん?わたしですか?」
さわ子「そうよ、さっき抱き締め合ってた2人!」
澪「そ、それは…!」
律「あれはさわちゃんが脅かすから澪がビックリして…」
紬「でもりっちゃんも、しっかり抱きかかえてたよね~」
唯「わたしも見たよ~」
律「うるさいっ」
さわ子「…ねえ、本当に付き合ってるのよね?」
唯「さわちゃん、野暮なこと聞くね~」
律「なに、ダメって言うのか?」
さわ子「そうじゃないわよ、確認よ確認」
律「…付き合ってるよ、縁結びのお守りも買ったしな」
さわ子「そう、なら一応忠告しておくけど」
律「何だよ」
さわ子「旅行とは言え学校行事よ、ハメ外し過ぎないようにね」
唯「わあ…」
紬「それって…」
澪「ちょっと先生、何言ってるんですか!」
律「わたしたちはまだ清いぞ!」
紬「あらあら」
唯「…まだってことは、ねえ?」
律「…おっと」
澪「おっとじゃないだろ…」
さわ子「2人のことを否定はしないわよ、でも一応ね」
唯「大丈夫!りっちゃんが夜這い出来ないように離れて寝かせるから!」
律「お前はわたしを何だと思ってるんだ!」
唯「いざとなったら、ムギちゃんが投げ飛ばしてくれます!」
紬「どんとこいです~」
さわ子「よろしくね、ムギちゃん」
律「何だよお前ら…」
さわ子「…澪ちゃんもよ?」
澪「わたしですか!?」
さわ子「そういうことはおうちでして下さい」
律「わかってるよ!」
唯「て言うことはあれだね」
紬「おうちではするんだって」
唯「やらしいね~」
紬「そうね~」
律「澪、耳ふさげ!毒されるぞ!」
澪「わかりました」
さわ子「まあ…仲が良いのはいいことよ」
さわ子「でも浮かれ気分で悪乗りしちゃダメよ!」
律「…はいはい」
さわ子「はいは1回!」
律「はーい」
さわ子「…まったく、わかってるんだかいないんだか」
律「わかってるよ、なー澪」
澪「う、うん…」
さわ子「じゃあ残り少ない修学旅行、…新婚旅行にもなるのかしら。
とにかく節度を持って、楽しんでね」
唯「さわちゃん…」
紬「先生…!」
そう言って、先生はその場で寝た。
その時はまったく疑問を持たなかったが、今思えばおかしな話だ。
案の定、さわ子先生は他の引率の先生に連れて行かれた。
暗くなった部屋で、色んなことを考えた。
彼女たちと過ごす高校生活もあと数ヶ月で終わる。
みんなきっと別々の道に進んで、部活のことも修学旅行も、思い出話になる。
その時、彼女は隣に居てくれるかな。
…縁結びのお守りもらったし、大丈夫だよな。
それにしても、新婚旅行、か…。
恥ずかしいな。
…うーん、何か寝れない。トイレでも行こう。
電気をつけるわけにもいかず、枕元にあった携帯を手にする。
これくらいの灯りなら誰も起きないだろう。
「…澪か?」
澪「律?」
律「声大きい、みんな起きるぞ」
澪「ああ、ごめん」
律「寝れないのか?」
澪「うん、何かな」
律「はは、わたしも。少し話そうぜ」
唯とムギを踏みつけないよう気をつけて、2人でふすまの向こうの廊下へ出た。
廊下へ一歩踏み出すと、木で出来た床が軋んで音を立てる。
声こそ出さなかったけど、何故か顔を見合わせて笑った。
壁にもたれ、並んでその場に座り込んだ。
律「どうだった?京都は」
澪「んー、もっと名所巡りしたかったけど、楽しかったかな」
律「よかった、怖い顔してたから心配だったんだ」
澪「わたし?」
律「うん、ずっと」
澪「それは律たちが騒ぐからだろ?」
律「でもさ、こんな時くらい肩の力抜けばいいのに」
澪「…本当はわたしも思ってたんだ、そう出来ればいいのにって」
律「簡単だよ、りこぴーん!」
澪「くっ…」
律「ほら、笑うとこんなに可愛い」
澪「…もう」
律「本当に思ってんだからな?」
澪「はいはい、ありがと」
律「…また来ような」
澪「うん、一緒に来よう」
律「次は2人で、ちゃんと澪が行きたいとこ付き合うよ」
澪「楽しみにしてるよ」
律「その時は、北野天満宮にも『仲良くやってるぞ』って報告しなきゃ」
澪「じゃあ次はわたしがお守り買ったげるから」
律「2つもいらないだろ?」
澪「お守りは1年経ったらお焚き上げしなきゃならないんだよ」
律「何で?」
澪「今までありがとうって、感謝を込めて」
律「じゃあ1年に1回は京都来きゃいけないな」
澪「お焚き上げは何処の神社でもいいんだけどな」
律「やだ!京都旅行するんだ!」
澪「毎年?」
最終更新:2011年10月15日 23:29