律「毎年だよ、『ここで新婚旅行したな~』って思い出しながら」
澪「新婚旅行、か…」
律「…さわちゃん、何だかんだで応援してくれてるんだな」
澪「そうみたいだな」
律「でもあらぬ誤解をされてるみたいだ、特にわたし」
澪「普段の行いが悪いからだぞ」
律「でもさ、実際いつもわたしからだよな」
澪「何が?」
律「手繋ぐのもキスすんのも~」
澪「だって恥ずかしいから…」
律「いつかの夜はベッドの上で襲ったくせに~」
澪「なっ…」
律「…怒んなよ」
律「…倍返し!」
澪「えっ?」
律「今日のお守り倍返し!」
澪「どうしろって言うんだ?」
律「今日は澪が積極的になる番ってことだ!」
澪「何言ってるんだよ…隣に2人居るんだぞ?バカ律」
律「寝てるんだから平気平気」
澪「さわ子先生にも言われただろ?ハメ外すなって!」
律「でも今がいいんだもん」
澪「わがまま言うな!」
律「ねえみーおー」
澪「…甘えてもダメっ」
律「わたしだって恥ずかしいんだぞ?こんなこと言うの…」
澪「じゃあ何で急に…」
律「女らしいかな~って…」
澪「…ははっ」
律「…澪まで笑う」
澪「他に誰が笑ったんだ?」
律「唯の奴、失礼だろ?」
澪「気にしてるのか?」
律「ちょっとはな、わたしだって女だし?」
澪「わたしはいっぱい知ってるよ、律の女の子らしくて可愛いところ」
律「…なら、ちゅーしてくんなきゃやだ」
澪「お前なあ…」
律「じゃないと叫ぶぞ!」
澪「子どもか…」
律「澪がちゅーしてくれないって叫んじゃいま~す」
澪「ああもう、わかったよ!」
律「え、マ」
言葉を遮るように、彼女の目の前に顔をやる。
そこまではいいものの、それ以上は踏み切れなかった。
確かに暗いけど、何も見えないわけではない。
合わせていた目を思わず伏せた。
律「…叫ぶ」
澪「…させない」
そう言って、唇を押し当てる。
今まで何度もしてきたことだけど、
まだ慣れてはくれないようで、鼓動は激しくなった。
すぐ側にいる友人たちのせいだけではないようだ。
体重を預ける片手。
手持ち無沙汰になったもう片方の手で、彼女の髪を撫でた。
顔を離すと、漏れた彼女の息が温かく触れた。
少し、見つめ合って。
頭に置いてた手を、彼女の頬へ持ってきて。
また静かに顔を近づけ、唇を触れ合わせた。
軽く開いた唇の隙間に、ゆっくりと舌先を入れ込む。
わたしの動きに彼女が付いてくる。
頬に触れていた腕の力が抜けて、彼女の肩から手の甲まで滑っていく。
彼女は手を返して、指を絡めてくる。
何かに応えるように、ぎゅっと手を結んだ。
頭がボーっとする。
胸も苦しい。
なのに、なかなかやめようとは思わなかった。
どのくらいこうしているんだろう。
そんなこと、もう考えられなかった。
「はあ…」
お互いの息が自然と漏れて、体勢を元に戻した。
さっきまでのことが嘘のように、まともに顔を見れそうになかった。
澪「…これで足りる?」
律「ん~…どうだろ」
澪「わかんないのかよ」
律「何かさ、今何も考えられない」
澪「わたしも…」
わたしは知っていた。
こうしなくたって、彼女は叫んだりしない。
「ごめんごめん」と、からかい過ぎたことを笑って謝るだろう。
彼女も知っているだろう。
わたしも、いつだってこうしたいと思っていることを。
律「…何か澪じゃないみたいだった」
澪「…お前がせがむからだろ」
律「そうなんだけど、な」
澪「…嫌だった、とは言わせないぞ」
律「言うかよ」
澪「そ、そうか」
律「何やってんだろうな、うちら」
澪「…ほんとに」
律「…しかもトイレの前、そしてジャージ」
澪「言うなよ…」
律「でもさ…ありがと」
澪「やめろ、思い出すと恥ずかしい」
律「…今日上手く寝れないかも」
澪「うん…じゃあ眠くなるまでここに居ようか」
律「わたし何も喋れないかもよ?」
澪「大丈夫、隣に居てくれれば」
・
・
・
紬「唯ちゃん唯ちゃん」
唯「ん~…もうちょっと」
紬「ほら朝よ、起きて~」
唯「ムギちゃん…眠いよ…」
紬「いいもの見れるよ?」
唯「ん…なにぃ?」
紬「見て見て、ほら2人」
紬「こんなところで寝てるよ?」
唯「わあ、ラブラブ」
紬「可愛いね」
唯「可愛いね」
紬「やっぱり帰りは」
唯「隣同士にしてあげようね」
紬「それがいいね」
唯「えへへ」
紬「うふふ」
唯「…もうちょっと寝ても大丈夫?」
紬「2人が起きるまで寝たフリしててあげようか」
唯「そうだね、ちょっとだけおやすみ」
紬「ちょっとだけおやすみなさい」
・
・
・
目覚ましがわりに掛けていた携帯のアラームが響く。
そう言えば、この携帯だってお揃いだな。
京都に来て、もう1つお揃いが増えた。
秘密と呼べるような、夜も出来た。
…眠い。首痛い。背中痛い。
硬い壁にもたれ、朝を迎えたようだ。
隣には口の端によだれを垂らす彼女。
―――ここで寝てしまったようだ。
澪「律、起きろ」
律「ゲル状…?」
澪「何言ってんだ」
律「いてっ…殴ったな」
澪「起きろ、朝だ」
律「何か体だる…」
澪「…ここで寝てたからな」
律「うっそ…」
澪「2人にバレないうちに起こすぞ」
律「わかった!」
律「おい唯!ムギ!」
澪「起きろ!朝だ!」
唯「あ、おはよ…」
紬「朝ね~」
律「いつまで寝てるんだよ~」
唯「えへへ」
澪「えへへじゃない、起きろ」
唯「だって~、ムギちゃん」
紬「仕方ないね~」
唯「ね~」
律「何だ?」
澪「…変な2人」
数時間後には、京都駅のホームに生徒が並ばされる。
つい数日前の覇気は何処へやら、みんな疲れた顔をしている。
唯とムギはそれに反して、ニコニコ楽しそうだった。
時々耳打ちをして、頷き合って。
その姿を不思議そうに、残されたわたしたちは眺めている。
唯「あ、新幹線来た!」
唯「あれだからね、あれ!」
紬「あれね、あれ!」
唯「よし、急げ~!」
紬「わ~!」
澪「こら!危ないから走るな!」
律「ほっとけよ、元気な奴ら…」
澪「…あれ?」
唯「何~?」
律「仲良いな、隣同士座って」
紬「この方がいいもんね~?」
律「…ま、どこでもいいけど」
澪「そうだけど、な…」
唯「ほら、2人も早く座って」
紬「ほらほら~」
ほとんどが眠る車内で、ひとしきり彼女と唯は騒ぐ。
それにも疲れたようで、唯はムギにもたれ。
彼女はわたしにもたれ、寝息を立てていた。
紬「寝ちゃったね~」
澪「そうだな、幼稚園児みたい」
紬「澪ちゃんは眠くないの?」
澪「ん~少しだけ」
紬「だと思った~」
澪「ん?どうして?」
紬「ううん、何でもないよ?」
澪「そう?」
紬「そうよ~」
澪「ならいいけど…」
紬「うふふ」
澪「…変なムギ」
紬「澪ちゃん、わたしもそうするし、寝ていいよ?」
澪「そうか、ありがと」
紬「…そうだ、ブランケット貸してあげる」
澪「いや、特に寒くないから大丈夫だぞ」
紬「りっちゃんと使って、ほら」
澪「うん…でも何で?」
紬「そっちの方がいいと思うからかな~?」
澪「…ありがとう」
ムギからブランケットを受け取る。
意味ありげに、ムギは「ふふ」と笑った。
彼女の膝に掛けて、わたしの膝にも掛けて。
あ、見えなくなる。
そういうことか。
ムギが笑みをこぼしながら目を閉じた。
それを見届けて、ブランケットの下で彼女の手を握った。
番外編「京都」終わり!
最終更新:2011年10月15日 23:31