『もしかして…怒ってる、の?』


電話の向こうの声に冷静になって…少し返答を考える。

怒ってはいない。

わたしたちにとって、ムギは大切な仲間だ。

やましいことなんかないって、わかってる。

ただ…何だろう、ヤキモチ?

わたしの知らないことを、こんなに楽しそうに笑って。

わたしのことは、こんな風に話してくれる?

そう思うと、何だか少し悔しくて。

なんて言ったら、面倒くさい奴と思われちゃうかな…。


「何でその時わたしも誘ってくれなかったんだよ!?

 …わたしもムギと遊びたかった!」


やりきれない気持ちをごまかす。

するとわたしの言葉は、思った以上に強い口調になってしまった。


『…誘ったじゃん』


呆れたように彼女は言う。

それはそうだけど…。


『…ていうかさ』


律『わたしが誘っても来なかったのに、ムギとは遊びたいんだな』

澪「…そう言うわけじゃないよ、勉強したかったし」

律『さっきの言い方だとそうは聞こえないけど?』

澪「それは…何て言うかその…」

律『…会いたいって思ってるのはわたしだけなんだな』

澪「…そんなわけないだろ!」

律『じゃあ何だって言うんだ?』

澪「…」

律『…黙るなよ』

律『だいたいさ、少しくらい嫉妬とかしてもいいんじゃねーの?』

澪「…そのためにムギと遊んだのか?」

律『違うよ、でもさ』

澪「…何だよ」

律『…わたしばっかり好きみたいじゃん』

澪「何でそうなるんだよ…」

律『ムギと比べられて、1人で傷ついてさ…わたしバカみたいだな』

澪「比べてなんかないだろ!」

律『…もういいよ、じゃあな』


電話はそこで切れて、無機質な音だけが耳に届く。

そういうつもりじゃなかったのに…。

わたしだって好きだよ。

好きだから素直になれなくて、そんな言い方しか出来なくて。

格好つけて、強がって、今みたいに後悔して。

…バカなのは、わたしの方だ。


わたしたちは昔から、よくケンカをする。

それでも気付けば元通りになってるし、

大抵言葉なんてなくても、仲直り出来ていた。

でも、付き合い出してからは初めてだった。


握った電話はそのまま鳴らず、『おやすみ』のメールも来なかった。


次の約束もしていないし、夏期講習も終わった。

このままいけば、始業式まで顔を合わせない。

…会いたいと思ってるのは、わたしだって同じだ。

でもしなきゃいけないことは他にもあって、

彼女を理由に、それを疎かにはしたくなくて。

今となっては、ただの言い訳に過ぎないけど。

こんなはずじゃなかったのに。


思わず手の中のある電話を、ベッドへ投げる。

衝撃は布団に吸収されて、跳ね上がることもなかった。

それすらも少し寂しく感じた。

…寝よう。

電気を消すと、この部屋は途端に真っ暗になった。

首元の不快な寝汗で目を覚ます。

生ぬるい空気がこの部屋に充満していた。

昨日ベッドへ投げつけた携帯を手にする。

充電が減っているだけで、特に変わりはないようだ。

『おやすみ』のメールも、『おはよう』のメールも着ていない。


「はあ…」

ため息を一つついて、シャワーを浴びた。


髪を乾かし、その髪を結んで机に向かう。

エアコンの音に、シャーペンの芯が紙に当たる音が混ざる。

携帯は手元に置いてるけど、至って変化はない。

…集中しなきゃ。

そう思い、電源を切る。

なのに度々気になって、手を止めた。

彼女のことが頭をよぎる。

これの繰り返しで、机に向かう時間と進み具合は比例しなかった。

あまり眠れなかったせいか、欠伸も絶えない。

夜、頑張ればいいか。

服もそのまま、ベッドに潜り込んだ。


少し、のつもりが、随分時間が経っていたみたいだ。

夕飯だと呼びに来たままの声で目を覚ます。

味もあまり気にせず、ぼーっとしたまま夕飯を口に運ぶ。


「じゃあわたし、勉強するから」


食事も済ませ、それだけ言って席を立つ。

昼間の分を取り返さなきゃ。

部屋のドアを開けると、エアコンの冷たい空気が顔に当たった。

椅子に座って、ノートと参考書を開いて。

それでもペンを持つ気にはなれなかった。


「律…」


思わず口にするその名前。

こんな時になって、どれだけ好きか気付く。

こんな時に、もったいない。


――電話しよう。

素直に、謝らなきゃ。


携帯の電源を入れる。

起動までかかる時間すらもどかしい。

やっと起動した携帯に、次々受信するメールたち。

受信メール…11件?

古いものから順に読んでいく。



From 律 

「おはよー」
_________________________

From 律 

「無視すんな!!!」
_________________________

From 律

「みーおー」
_________________________

From 律

「ねえみーおー」
_________________________

From 律

「怒ってる?」
_________________________

From 律

「み」
_________________________

From 律

「お」
_________________________

From 律

「す」
_________________________

From 律

「き」
_________________________

From 律

「や」
_________________________

From 律

「き」
_________________________



澪すき焼き?

…ん?

「き」のメールが着たのはつい先ほどのようだ。

今掛けたら出るかな。

よし、電話しよう。

少し落ち着くために、音楽を掛けた。

聴きなれた、大好きな曲が入ったディスク。

アコギのイントロに、呼び出し音が重なった。


律『澪?』

澪「うん、今大丈夫?」

律『大丈夫だよ』

澪「すき焼き食べたの?」

律『ん?食べてない』

澪「え、そうなんだ」

律『何でだ?』

澪「すき焼きって、メール」

律『あーそれは…』

澪「うん?」

律『ていうか、何で無視するんだよ!』

澪「違うよ、携帯の電源切ってた」

律『…寂しいだろ!』

澪「ごめんごめん、勉強してて」

律『…そっか、仕方ないな』

澪「…でもさ、結局違う言葉ばっかり考えて集中出来なかったよ」

律『…わたしのこと?』

澪「そうだよ」

律『えっ』

澪「自分で聞いたくせに」

澪「…会いたいのは、わたしだって一緒」

律『そっか…』

澪「好きだよ、律」

律『…わたしも好き』


もし誰かが一部始終を知って、誰もがわたしが悪いって言っても。

彼女は、素直になれないわたしに気遣って謝る。

でもそれじゃダメなんだ。

素直にならなきゃ、また彼女を傷つけて、後悔することになるから。


澪「…ごめん、本当はすごく嫉妬したんだ」

律『ん?ああ…いいって』

澪「でも面倒くさいって思われたくなくて、あんな風にしか言えなかった」

律『そんなこと思うわけないだろ?』

澪「なら…良かった」

律『わたしも面倒くさい奴になっちゃって…ごめんな』

澪「そんなこと思うわけないだろ?」

律『…なら良かった』

澪「…同じだな」

律『うん、本当に』

澪「好きなのも、会いたいのも、本当に一緒だよ」

律『はは…幸せ~』

澪「…で、すき焼きって何?」

律『それは…続きがあって』

澪「何?」

律『…また直接言うよ』

澪「そうか」

律『…なあ、音楽聴いてる?』

澪「聴いてるよ」

律『わたしその曲好き』

澪「いいよな、これ」

律『うん、それCDの何曲目だっけ?』

澪「2曲目だよ」

律『わたしも掛けよっと、澪は止めて』

澪「ん?わかった」

律『よし、最初から掛けて』

澪「はい、掛けた」

律『おんなじとこ聴いてるな』

澪「そうだな」

律『繋がってるな』

澪「繋がってるね」

律『この曲さ、澪からの着信音にしてるんだ』

澪「…うそ」

律『え、ダメ?ラブソングだけど…』

澪「ううん、違う…わたしもこれにしてる」

律『え、マジか?』

澪「うん、本当」

律『あの 澪「あのさ」

律『あ、ごめん何?』

澪「ううん、律から話して」

律『…やっぱ、一緒に聴きたくない?』

澪「…思った」

律『…うち来る?』

澪「うん、会いたい」

律『おいで、曲止めて待ってる』

澪「すぐ行くね」


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最終更新:2011年10月15日 23:33