番外編「はじめての夜」
律「じゃあお風呂入ろっか」
澪「…そうだな、お先にどうぞ」
律「バカ」
澪「え?」
律「一緒に入るんだぞ?」
澪「…やだ!」
律「何で?」
澪「恥ずかしいだろ…」
律「今更?」
澪「だって…」
律「合宿も修学旅行も一緒に入っただろ?小学生の時のお泊り会だって」
澪「でも…」
律「…それに、今からもっと恥ずかしいことする予定なんだけど?」
澪「…」
律「…何か言ってくれよ」
澪「ああ…ごめん」
律「まあさ…わたし入ってくるから、気が向けばおいで」
澪「うん…わかった」
約束の日が来た。
心の準備と題したこの1週間。
なるべく一緒の時は、今日のことを考えないようにした。
でもやっぱり意識してしまい、何だかぎこちなくて。
彼女もそれをわかっているのか、この1週間はキスも手を繋ぐこともなかった。
そうしているうちに今日が来て。
…どうしよう。
お風呂でも入って落ち着こうかな。
あ、今まさに彼女が入ってるんだった…。
えっと…。
意識しすぎだよな、うん。
…行こう。
お風呂場まで行って、脱衣所で鏡を見る。
強張った自分の顔にため息をついた。
あくまでも自然にしてなきゃ。
緊張したように服を脱いで、ゆっくり戸を開けた。
澪「開けるからこっち見るなよ!」
律「はいはい、遅いぞー」
澪「気が向けばって言っただろ?」
律「そうだけど、のぼせちゃうよ!」
澪「…ごめん」
律「まあ湯船来いよ」
澪「まだ体も洗ってないぞ?」
律「うちらしか入んないし、かけ湯でいいって」
澪「ん…じゃあ」
体に温かいシャワーを軽く浴びせて、背を向ける彼女の横で湯に浸かる。
壁に掛かるタオルだけをただ見つめた。
時々そこから落ちる滴。
それが浴室の床を叩く音が聞こえるくらい、2人は静かだった。
湯気がたち込める中、沈黙を破ったのは彼女だ。
律「…普通、一緒に風呂入るってなれば向き合うと思うんだけど」
澪「うーん、そうかな」
律「肩並べて入るのはおかしくないか?」
澪「…でも何か今、律の顔見れないよ」
律「はは、何だそれ」
澪「律はさ…平気なのか?」
律「さあ、どうだろうな。…もう出るわ、じゃあごゆっくり」
澪「ああ、待って後ろ向く」
律「はいはい、部屋行ってるから」
小さな水音を立てて、彼女は湯から上がった。
1人になってまた考える。
すると何だか、お湯のせいだけじゃなくのぼせそうになった。
早く出よう。
すばやく、でも丁寧に全身を洗って、彼女の部屋に向かった。
律「おかえりー、早かったな」
澪「あ、うん…のぼせるといけないからな」
律「ていうか2人とも部屋着って…色気ねえな」
澪「仕方ないだろ!…お風呂入っちゃったし」
律「そう怒るなよ、ほら冷たいジュースあげるから~」
澪「…ありがと」
冷房で冷えた部屋。
彼女は髪を下ろして、首にはタオルを下げている。
確かに色気のかけらすらなかった。
でもそれが今は、妙に安心出来た。
ベッドに座る彼女の隣に掛けて、冷えたペットボトルを受け取る。
口に運ぶこともせず、ただ握る。
冷たいボトルが気持ちいい。
でもそれは手の中にあるからで、急に頬に当てられると驚き以外の何でもない。
澪「ひゃっ…何するんだ!」
律「ひゃっ、だって」
澪「ビックリするだろ!」
律「だって澪、心ここにあらずなんだもーん」
澪「う、うるさい!」
振り上げた拳の着地点をなくして、情けなくゆっくりと下ろす。
すると彼女はにやっと笑って、わたしの顔を覗き込む。
律「緊張してんのー?」
澪「…当たり前だろ!」
律「んー、どれどれ?」
ふわっとシャンプーの匂いが舞って、わたしの胸に耳がピッタリとくっつく。
既に乱れ始めていた心拍数が、また跳ね上がった。
律「あは、ドキドキしてる」
澪「…それは!律が急に冷たいのほっぺに当ててくるからだ!」
律「…それだけ?」
澪「…じゃないかもしれない」
律「もう、素直になれよ~」
澪「だって…」
律「…平気じゃないよ」
澪「…ん?」
律「わたしも平気じゃない、だってほら」
わたしの手を取って、彼女は自分の胸に触れさせる。
手のひらには、かすかに振動が伝わってきた。
律「ライブより、やばいかも」
澪「…ほんとだ」
律「うん、うちら一緒だろ?」
澪「そうだな…」
律「…やめるなら今だぞ?」
澪「うん、と…」
律「どうする?」
澪「えーっと…」
律「とりあえず、電気消してみよっか」
澪「…そうだな」
その前に音楽をつけて、やっと電気を消して。
この部屋の明かりは間接照明だけになった。
鼓動はまだまだ、大きいままだった。
律「…よし」
澪「…おかえり」
律「とりあえず、こっち向いてもらおうかな」
澪「ん…」
律「で、久々にキスしようかな」
澪「言うなよ…」
律「はは、ごめんごめん」
彼女の腕が首に回る。
ゆっくりわたしの頭を撫でて、軽く唇が当たって。
段々と深いキスに変わっていく間、わたしの髪を指にくるくる巻きつける。
腕を下ろすと同時に、彼女の指からもするりと髪がほどけていった。
律「…澪、横になろう」
澪「うん」
軽く押されるように、ベッドに倒れこむ。
自分の髪から、先ほどと同じ柔らかい香りがした。
彼女はわたしの腰元にまたがるように、わたしを見下げていた。
髪が顔に掛かって、表情がよく見えない。
頬まで手を伸ばして、掛かる前髪を押さえる。
すると、彼女の小さな手のひらがわたしの手を包み込んだ。
律「どうしたの?」
澪「律が見えないから」
律「ここに居るぞー」
澪「ふふ、よかった」
律「ちゃんと、見てるから」
澪「…この電気も消そうよ」
律「わたしが見えなくなるだろ?」
澪「でも…恥ずかしいし」
律「わたししか見てないのに、それでも嫌?」
澪「…ううん、いい」
律「だろ~?」
澪「うん…律には見ててもらいたい」
律「…あーもう!」
澪「…ん?」
律「…こんなに好きで、どうしよう?」
触れていた手を握り直して、そのまま下ろして。
もう片方の手を、わたしの方に伸ばす。
頭を優しく撫でながら、困ったように彼女が笑った。
その笑顔につられて、つい口元がゆるんだ。
そんな顔が見れたんだから、やっぱり電気を消さなくてよかった。
律「なあ澪、嫌だって思ったら言うんだぞ?」
澪「うん、わかってる」
顔が近づいきて、彼女の髪がわたしの顔に掛かった。
少しくすぐったくて、顔をそらしてしまう。
律「こっち向いてくんなきゃキス出来ない」
そう言って、彼女の顔が追いかけてくる。
今度は自分から唇を当てた。
意識が触れ合う舌に集中していく。
掛けていたはずの音楽は、もう耳には入ってこなかった。
先ほどまで頭を撫でていた彼女の手は、わたしの胸の辺りに下がってくる。
軽く胸に触れられて、びくりと肩を上げた。
律「大丈夫だから」
澪「うん…」
律「ていうか、でっけー」
澪「…そういう、言い方やめてよ」
律「ごめんごめん、あまりに自分のと違いすぎて」
澪「…そうか」
律「それより、痛くない?」
澪「うん、大丈夫」
律「…気持ちいい?」
澪「…よく、わかんない」
律「服の上からだからかな」
澪「どうだろ…」
律「…よし、上脱がすぞ」
澪「うん…」
律「バンザイしてみ?」
裾を捲り上げて、服が一気に脱がされる。
脱いだ服はベッドの外に投げ捨てられた。
適度に冷えていたこの部屋も、下着になると肌寒い。
少し鳥肌が立って、「恥ずかしい」なんて思う間はなかった。
澪「律…ちょっと寒い」
律「布団かけよう、ほら」
素肌に当たる布団は心地良かった。
彼女も布団に潜り込んで、横に寝転ぶ体勢になった。
律「可愛いブラしてんのな」
澪「ん…まあな」
律「今日のために?」
澪「…そんなとこ」
律「…ちなみに聞くけどさ」
澪「…何だ?」
律「わたし以外に、こういうことしたことは?」
澪「…ないに決まってるだろ」
律「じゃあ、キスは?」
澪「…ないよ」
律「そっか、よかった」
澪「あるわけないだろ」
律「もう『パパとママ』って言わないんだな」
澪「…いつの話だ」
律「初めてキスした時の話~」
澪「…そうだっけ」
律「忘れた?」
澪「…覚えてるけど」
律「あの時はまさか、ここまで一緒に居れるなんて思わなかったよ」
澪「そうだな」
律「…色々あったし?」
澪「…それはもういいだろ」
律「そう言ってくれれば嬉しいけどさ」
澪「…今律と居れて幸せだから、それでいい」
律「…恥ずかしいやつ」
澪「…ほんと、わたし何言ってるんだろうな」
律「でも、わたしも同じ気持ちだよ」
澪「…よかった」
澪「…律は?」
律「ん?」
澪「…わたし以外と」
律「あー、ないない」
澪「そっか」
律「あの頃からずっと、澪が好きだよ」
澪「色々あったけどな」
律「…もういいってさっき言ったくせに」
澪「冗談だよ」
律「…わたし以外と、しちゃだめだぞ?」
澪「…うん、律もだからな」
律「頭上げて、腕枕してやる」
軽く頭を上げると、枕の間に彼女の腕が滑り込んだ。
またキスをしながら、彼女の手のひらがわたしの胸を包み込む。
指がそれぞれの力を入れて、ゆっくり優しく。
何となく、大事にされている気がした。
少しずつ感覚が変わってきて、思わず顔をゆがめた。
最終更新:2011年10月15日 23:39