斎藤「少し、外の空気を吸ってきてはいかがでしょう?」

紬「そうね…ええ、少し、外に出るわ」

斎藤「後ほどピアノの演奏があります、それまでにはお戻り下さい」

紬「ありがとう…それでは、またね」

 私はそう斎藤に告げ、気分を変える為に外に出た。

―――
――

 広間から少し離れたところ、中庭に私はいた。

 …夜の涼しい風が髪をなびかせる、薄着の格好なのであまり長居は出来ないけど、窮屈なあのホールにいるよりかは全然楽だった。

紬「みんな…楽しんでるかしら?」

 携帯を取出し、唯ちゃんに電話をかけてみる。

 …長いコール音が続き、唯ちゃんは電話に出てくれた。


唯『もしもしー、ムギちゃん?』

紬「ええ。 唯ちゃんそっちはどうかしら、みんな楽しんでる?」

唯『うんうん! 今みんなで桃鉄やってて~~、なんと今、私トップなんだよ♪』

紬「…ももてつ?」

唯『あ…ゲームだよっ、みんなでできるゲーム、それをりっちゃんが持ってきてくれたんだーっ♪』

 どうやら向こうは今、みんなでゲームをやっているようだった。

 唯ちゃんの声の後ろから、ワイワイとした楽しい音と声がするのがよく分かる。


声『唯ーー! 次お前の番だぞーー!今度こそ逆転してやっから早くー!』

 遠くから聞こえる声はおそらくりっちゃんだろう、受話器越しでも分かるぐらいに一際元気な声が唯ちゃんの名前を呼んでいるのが聞こえる。


唯『ちょっと待ってよー、今ムギちゃんと電話してて…』

律『ぬぁにーー?? 唯ー、ちょっと私にも変われぇぇ!』

 そして…ガチャガチャとノイズが混じり、りっちゃんの元気な声が聞こえて来た。

律『よっすムギー☆』

紬「りっちゃんこんばんわ、みんな楽しそう…羨ましいわぁ」

律『まーねぇ、へへっ、ムギんとこもどう? 楽しんでる?』

紬「正直、あまりね…」

律『そっか……』

律『でも、今日はどうしても外せなかったんだろ?」

紬「うん…お父様の付き添いでどうしてもね…。 みんなには悪い事したわ…この埋め合わせは必ずするから…本当、ごめんね?」

律『いいっていいって、そんなに気ぃ使わなくてもさ。 …でも、次はムギも一緒に…な?』

紬「うん、次は必ず参加するわ…」

律『へへっ…楽しみにしてる。 あぁそうそう、パーティーのおみやげ、よっろしく~♪』

紬「うふふっ、りっちゃんったら…うん、記念にメロンを貰ったから、それを今度部室に持って行くわね」

律『おおっ! 楽しみにしてるよ、それじゃ…唯のヤツをコテンパンにして来るぜぃ☆』

紬「あははっ、頑張ってねー」

律『っと…あとさ、ムギ』

 終わりかとおもった刹那、さっきまでの明るい声とは裏腹に、真面目なトーンでりっちゃんは話を切り出した。


律『何かあったら、迷わず私に話してくれよ? 私、ムギの為ならなんだってやるから』

紬「………りっちゃん」

 りっちゃんの言ったそれは、私の全てを悟った上で言ってくれる感じがした。


律『ムギの家の事だから、平凡な庶民を私達にとやかく言う事は出来ないんだろうけどさ…でも、ムギの落ち込んでる顔だけは、見たくないんだ』

 優しく、励ますように、私の心に触れてくれる。

 その言葉に目頭が熱くなる感覚を堪え、私は彼女の声に耳を傾ける…。


律『これでも一応部長なんだぜ、へへっ。 大切な部員の為なら、誘拐だってやってやんよ♪』

 そして、いつも通りの明るい声で、私を笑わせてくれる。

紬「もう、りっちゃんったら…………うん、ありがと…」

律『だから私、『頑張れ』なんて安い事は言わない、でも…『私達は、どんな事があってもムギの味方だ』って…それだけは言わせて』

紬「……うん、うん…りっちゃん…本当にありがとう……。じゃあ、困ったときはりっちゃんに連れてって貰おうかな…?」

律『あははっ、世界中のどこへでも連れてってやるよ!』

 最後もそう、いつものような笑い話を交えて、電話越しの友達は。私に元気を分けてくれた…。

 その時、おそらく唯ちゃんだろう「りっちゃんの番だよ~~」と、りっちゃんを呼ぶ声が聞こえた。


律『っと…唯が呼んでるからもう切るよ。 じゃあムギ、また学校でな』

紬「ええ、長電話になっちゃってごめんね、みんなによろしくね」

律『あいよー♪ またなーっ』

 …ピッ

 そして、私は電話を終える。

 最初はかえってみんなの邪魔をしてないかと不安だったが、そんな事は無さそうだった。


紬「―――りっちゃん…本当に、ありがとう……」

紬「…はぁ……」

 電話が終わり、次の事を考えたらため息が出てしまった。


 ………分かってはいるけど…どうしても、気乗りしない…

 どうして私はあそこにいないのだろう。

 どうして私は、こんな所にいるのだろう… 


 そしてそんな日々は、これからも続くのだろうか…

 分かってる…今更、抗えるような事じゃないって…分かっている

 私が琴吹の娘であり、社長の娘である以上……それは抗えない運命なんだ。

 私がお父様とお母様の娘である以上…それは仕方のない事なのだから…。


 でも…それでも……私は………私は…。


 ……………

 時間は過ぎ、私のピアノの演奏が始まるまで、あと30分。

 きっと、さぞ暖かい拍手で迎えられるだろう。

 …そして、そこにいる大勢の観客が、私を透かして見る父と母に、盛大な拍手を送るのだろう。

 私の演奏は、父と母と、会社の威厳をより大きくし、父と母と、それに関係する全ての人の未来を輝かせるのだろう。


 …でも、そこにいる『私』は『私』ではなく…権力者の娘。

 『琴吹紬』という一人の女の子ではなく、財界に携わる一人の令嬢……琴吹財閥の令嬢、『琴吹紬』。


紬「……行きましょう…」

 迷いを絶ち、私は歩く。 喧騒響くホールへ歩き出す。


 ……みんなに会ったら…たくさんの話を聞こう…そして、また…いっぱいのお菓子を持って、部活をやろう。

 そう心に決め、私はピアノの前に立つ。


 パーティーは続く…。

 とても華やかで、とても寂しい宴は、まだまだ終わる気配を見せてはいなかった…


 窓に映る空、そんな空を優雅に飛びまわる様々な鳥。

 外の世界を眺め、その大きな世界に想いを寄せる小鳥。


 そんな小鳥の元に、ある日、どこからか4匹の小鳥がやってきました。

 綺麗な羽をしたその鳥達は、小鳥とお友達になりたいと言います。

 お友達が欲しかった小鳥はとても大喜び、すぐに4匹の小鳥たちとお友達になりました。


 毎日、部屋で歌うように遊ぶ小鳥達。

 そして夕方になると、外にあるそれぞれの籠へ帰る小鳥たち。

 小鳥の生活は。確実に満たされていきました。

 …ですが、それでも小鳥は外の世界への憧れを忘れる事はできません。

 日が経てば経つほどに…小鳥の外への憧れは強くなります。


 外と部屋を結ぶ窓、その窓に映る大空を見て小鳥は思います。

 私にこの窓は開けられない…。 けど、それでも、飛んでみたい……

 この重い窓を開け…自由な空を、思いっきり飛びたい………

 お友達と一緒にどこまでも…どこまでも…飛んで行きたい……

 夜空を眺め、小鳥は今日も、一人寂しく鳴いていました……。



紬の部屋

紬「…ふぅ……」

 パーティーも終わりを告げた夜中、着替えとシャワーを済ませた私はベッドで横になっていた。

 いまいち寝つけないのでテレビを付けてみる…けど、この時間帯のテレビの内容はよく分からない。

 よく見るタレントの笑い声を聞き流し、私は今日の事を思い返していた。


 …綺麗なドレスやスーツを着た父の知り合い。

 執拗に私に絡んだお坊ちゃま。

 私が声をかけても余所余所しい態度で話をする女の子。


 みんな、悪い人じゃない。 それは分かってる…

 ただ、みんなの目から見える『私』は、本当の『私』じゃない。

 みんなの中の私は、会社のトップの…由緒ある家系のお嬢様に過ぎない…。

 ――――みんな…本当の私を…知らない、知ろうとも、してくれない………。


紬「………本当の私…か」

 本当の私ってなんだろう。

 綺麗なドレスを着て、社長令嬢として振舞うのが私?

 それとも、仲の良い女の子と一緒に勉強をしたり、部活をしたり…普通の女の子として振舞うのが…私?


 ―――分からない………。

 ここにいると…何が本当の私なのか……分からない……。


紬「………………ふう…」

 また、ため息を吐く。 答えの出ない考えが頭をぐるぐるとまわり、少し気分が悪い。


 …その時、こんこんと、部屋をノックする音が聞こえた。


紬「………はい」

紬母「紬、まだ、起きてるかしら?」

 声の主は、母だった。

紬「お母様…はい、どうかなさいましたか?」

紬母「開けても良いかしら?」

紬「ええ、どうぞ」

 がちゃりと開いたドアから、寝間着に着替えた母が姿を覗かせる。

 母の顔がほんのりと赤い気がするのは、おそらく父か来賓のお酒に付き添ったからだろう。

紬母「ごめんなさいね、こんな夜中に」

紬「いいえ、今日は、お疲れ様でした」

紬母「こっちこそね、斎藤から聞いたわ、その…大変だったわね…」

 気落ちした顔で母は言う。 その顔からは、私への申し訳なさと心苦しさが感じ取れる…気がした。

 ……この家で私の事を理解してくれるのは…おそらくは母と斎藤だけだろう。

 でも、いくら私の気持ちは理解してくれたとしても、それでも2人は琴吹の人間。

 斎藤は主である父の為にその身を尽くすのは当然だし。 母も、琴吹家の主である父の支えとなるのは当然のことだ。

 だから、私は二人に助けなんて求めない。

 父があっての琴吹家だから…その父の足を引っ張るなんて事…できるはずがない。


 それでも私には、私の本当の気持ちを察してくれている二人がいるだけで、とても救ってもらえている。

 それだけで、私は救われているんだ…


紬「いいえ、斎藤のおかげで私は何ともなかったですし、大丈夫ですよ」

紬母「………紬、苦労をかけるわね…」

紬「いいえ…お母様、そんな顔をしないで下さい。 私…こんな私でも、お母様とお父様のお力添えが出来る事、とても嬉しいと思ってるんです」

紬母「……紬、その…ね」

 母が何かを言いかけた、その時だった。


紬父「おおーーーっ! 紬、まだ起きてたか~!」

 静かな廊下に響く父の声…。 やおら上機嫌なその声から、酒に酔っている事が容易に想像できた。

紬母「あなた…こんな深夜に大声で…」

 父の声に母が怪訝そうな声を出す。

 ……昔からアルコールが好きで、酔ったらとにかく上機嫌になる父だった。

 …私にはお酒の事はよく分からないし、酔った父もどこか可愛げがあるので嫌いではない。

 けど…、いつも真面目な父があんなに変わるなんて…。 酔った父を見る度にアルコールの怖さがよく分かるのも本当だった。

 私もお酒を飲む歳になったら、あんな風に変わるのだろうか?


紬「お父様、どうかなさいましたか?」

 笑顔の父に向かい、私も笑顔で尋ねる。

紬父「いや、実はな、先程お客様よりありがたい話を聞いたんだよっ」

紬「あら、どんなお話でしょう?」

紬父「今度の土曜日、紬の誕生日だろう?」

紬「……はい、今度の2日です、それが?」

紬父「っふっふっふ…なんと、本日来て頂いた来賓の方々が、紬の誕生日を祝ってくれると言ってくれたんだよ!」

紬「…まぁっ」

 父の声に私はとても驚いた………ふりをした。

 酔って上機嫌になった父は、少し考えれば分かる事を、勿体ぶって言う癖があった。

 そして、『本日来て頂いた来賓の方々が、私の誕生日を祝ってくれる』…その言葉が意味する事を、私は察してしまった…


 おそらくその日に…父は………


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最終更新:2011年10月26日 21:31