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帰り道
律「あ、私このあとムギと用事あったんだ、だからみんな、先に帰ってて貰っていい?」
紬「…?」
帰る途中、りっちゃんが思いがけない事を言う。
…このあと、予定なんかあったっけ?
唯「あれ、りっちゃんどうかしたの?」
律「ん~、ちょっと…ねぇ」
澪「なんだよ、私達に言えない事?」
律「んっふっふっふ…実は、私達愛し合っておりますのよ?」
紬「…え?」
りっちゃんの意外な一言に場の空気が固まる。
…どういう事?
唯「えぇ!? そうだったの??」
梓「まさか…2人がそんな関係だったなんて…」
澪「い…いつの間に…いつからだ? なあムギ、いつからそういう関係だったんだ???? なあっ?????」
紬「私にもさっぱり……え…えええ???」
澪ちゃんがしきりに私に詰め寄って来る。
私にも何が何やらさっぱりだ…りっちゃん…いきなり何を?
律「…っぷ……くくく……っ!」
みんなが困惑した表情をしている時、笑いを堪えていたりっちゃんが唐突に吹きだした。
律「なーんてウソウソ! もうみんなマジに受け取るなってっ!」
唯「…な、な~~んだ………」
梓「びっくりしましたよ…もう」
澪「ははは…わ、私は分かってたぞっ! 女の子同士なんて…そんなこと、普通は無いもんな…」
律「一番本気にしてた澪が言っても説得力ねえよ」
澪「……………っっ」
りっちゃんの突っ込みに顔を赤くして黙り込む澪ちゃん。
恥ずかしがりで可愛らしい、澪ちゃんらしい照れ方だった。
律「ま、冗談はさておいて…いやね、ちょっと曲の事でムギに相談があってさ」
唯「あ、そうだったんだ」
澪「そういう事か…うん、分かった」
梓「そういう事でしたらお邪魔しちゃ悪いですよね。 じゃあ、私達はこれで…」
澪「じゃあ律、また明日な」
律「おう、また明日~」
唯「ムギちゃんりっちゃん、ばいばーいっ!」
梓「ムギ先輩、今日は素敵なデザートありがとうございました」
紬「いいえ、またおみやげがあれば持って来るから、楽しみにしててね」
唯「ムギちゃん今日はごめんね、明日は練習しようねっ♪」
紬「いいえ、こちらこそごめんね…」
律「んじゃムギ、行こうか?」
紬「ええ、そうね」
そして、みんなと解散した私は、りっちゃんに連れられて歩き出す。
通学路を少し外れて歩いたそこは、普段来ない河川敷だった。
夏の夕日は遠くに浮かび、目の前の川を一面、真っ赤な夕日が染め上げる…
遠くの空は薄紫に染まり、星が微かに輝く。
夕闇に溶ける空は、そう遠くない時間で夜が来ることを伝えてくれていた…
私達は手頃なベンチに座り、しばらく2人で夕日を眺めていた…
律「ほいよ、炭酸で良かった?」
紬「わざわざありがとう、あ、お金…」
律「いいよいいよ、私の奢りでさ」
紬「…ありがとうね」
律「気にしないの、あ、開けれるよね?」
紬「うん…」
りっちゃんから渡された缶ジュースを開け、中身を一口飲み込む。
冷たい炭酸と果汁の香りが口内に広がり、思わず身震いする。
紬「んっ…く…美味しい…」
律「だろ? 私のお気に入りだよん」
紬「本当にりっちゃんは、私の知らない事をたくさん教えてくれるわ…ありがとう」
律「いいっていいって…あんまり褒められると照れるだろ?」
紬「それで、曲の話って…?」
律「ああごめん、それも嘘」
紬「…嘘?」
律「うん。 でも、ムギに聞きたい事があるってのは本当だよ」
紬「りっちゃん…」
そして、彼女の顔から笑顔が消え、真剣な面持ちで私を捉える…
律「…なあムギ、私達に隠してる事、無いか?」
紬「…そんな、みんなに隠してる事なんて…」
いきなり、何を言いだすんだろう…
私がみんなに隠し事なんて…ある筈がない。
律「…じゃあ、聞き方を変えるよ。 『私達に遠慮してる事』、無いか?」
紬「それは……」
確かに、それはあるにはある…でもそれを話した所でどうにかなるわけでもないし…
それにこれは私の家の問題であり、私個人の問題…そんな事に、りっちゃんを巻き込むなんて事……
律「…いやね、さっきから気になってたんだよなぁ…その…」
律「言いたい事…違うか、本当は言いたいんだろうけど、遠慮して言えないって感じがするっつーかさ」
律「澪もよくあるんだ、そーゆーの。 本当は何かを言いたいんだけど、それを言ってもどうにもならないし、言われた相手の事考えて、勝手に自分の中で押し込めて…結局後悔するって事がさ」
紬「…………」
律「今のムギ、そーゆー時の澪とそっくりの顔してるからさ」
紬「………りっちゃん…」
隠していたつもりだったけど…りっちゃんには全部見抜かれていた…
多分これは、誰にでもできるものじゃないと思う…
人一倍、友達の事を思いやれて空気を読める、りっちゃんだからこそ、出来る事…
部活の部長であり、私達のリーダーであり…私の自慢のお友達……
そんなりっちゃんだから、悟ってくれたんだろう………。
律「多分だけど…ムギ、本当は家で開かれるパーティー、嫌なんじゃないか?」
ほら…やっぱり。
思わず笑ってしまう。 この子は…どこまで、私の事を……。
紬「私…ね………わた…し………」
律「うん、ゆっくりでいいから話して…」
律「前にも言ったけどさ…私、ムギが落ち込んでる顔だけは見たくないんだ…」
律「それに、ムギは仲間だ。 放課後ティータイムの一員とか、同じクラスメイトとかじゃなくて…さ」
律「『
琴吹紬』っていう、私にとって掛け替えの無い、大事な友達だから」
そしてりっちゃんは、私の頭を優しく撫でてくれた。
まるでお姉さんの様に優しく暖かい手が髪を撫でてくれる、その暖かさが…私に本心を告げる勇気を、与えてくれる……
紬「…っ…りっ…ちゃん………」
気付けば、また私は泣いていた…。
律「…ああ…」
堪えてた涙がぽとぽとと芝生に吸い込まれていく…
そして私は、少しずつ…小さな声で、彼女に本心を打ち明けて行った―――。
紬「私…本当は……行きたくない……パーティー…行きたくない……っっ」
紬「私の…為に来てくれるって…言っても……誰も、私の事なんて……見て…くれてない……っっ」
紬「あの家で私は……ただのお嬢様で……私は…琴吹の…社長の娘で…っぅ…っうっ…」
律「…うん…うん……」
紬「もちろんね…嬉しくないわけじゃないの……私の為に遠くから来てくれる人もいるし…」
紬「私がいる事で……あの人達の為になるのなら…それでもいいって…最初は思えた…でもね……」
紬「でもね…違うの……あの人達が見てるのは…私なんかじゃなくって…私の後ろ……」
紬「私の後ろにいる…『琴吹』っていう…看板……」
紬「私…もう……嫌だ…っ……琴吹の為に、楽しくもないパーティーに参加するの…嫌だ……っっ」
律「……………」
それから、私は…思いの全てをりっちゃんに話した…
心の中で思っている事、心に仕舞っていた本音を…自分の中で仕方ないと割り切って…でも、割り切れなかった本心を、全て彼女にぶつけた…
彼女はそれを黙って聞いてくれて…時折、寂しそうに…頷いてくれて……
。
私の中の黒いモノを…彼女は全部…受け入れて…くれた……
律「……そっか………」
紬「りっちゃん…ごめんね……こんな事言われても…」
律「ストップ、それ以上言わないの」
紬「……うん…ごめん」
律「…ばかムギ、もっと早く話してくれればよかったのに」
紬「……うん…」
律「……でも、少しは楽になったろ?」
紬「……うん………」
律「……頑張ったな…ありがと、話してくれて…さ」
そして…そっと、私を抱きしめてくれる。
うっすらと香るシャンプーの匂いが鼻をくすぐり…妙な感覚が全身に広がっていく………
紬「りっちゃん……その…人が…」
律「いいじゃない、唯だってよくやってるだろ?」
紬「でも…その……」
らしくない…というか、いつものりっちゃんとは違う一面で内心驚きだ。
…でも、すごく落ち着く……
強張っていた感情はどこかへ飛んでいき…とてもリラックスできる……。
律「へへへ…まあ、見てろって……」
りっちゃんは立ち上がり、夕日をバックに私に微笑みかけてくれる。
律「―――私が、なんとかしてやっから」
…にっこりと、どの夕日よりも眩しく、明るい笑顔で。
そう…私に言うのだった――――。
翌日
律「ん~~~~~…………アレをこうして…えっと…んん~、それともこうやった方がいいかな…?」
澪「律、何を考えてるんだ?」
律「んにゃ、ちょーっとねぇ」
梓「律先輩、またよからぬ事を考えてるんじゃ…」
律「よからぬ事なんて失敬な、友達の事を考えてたんだよ」
唯「それってムギちゃんの事?」
律「ああ、やっぱり気付いてた?」
唯「うん、なんとなくね~」
律「…なら早いか。 みんな、今から私が話す事、よーっく聞いてくれ」
一同が息を飲む。
そして、律の口から思いもよらぬ言葉が継げられた。
律「―――来週の土曜日、ムギを誘拐するぞ」
―――――
ある日小鳥は決心します。
この窓を開けたい…私も、あの大空を飛んでみたい……!
小鳥は窓を何とか開けようと頑張ります。
何度も何度も、その小さな身体を窓にぶつけます…。
けれど、どう頑張ってもその窓は一人では開けられない…。
決して開くことの無い窓を前に小鳥が絶望していたその時、仲間が来てくれました。
小鳥の願いを聞き入れた4匹は、力を合わせて窓に体当たりをします。
仲間と共に窓を開けようと、5匹の小鳥は窓に体当たりをします。
ギシギシと音を立て、窓は少しづつ…少しづつ、微かに開いて行きました………
ですが、どれだけ5匹が力を合わせても…決して窓が開き切る事はなかったのでした…。
最終更新:2011年10月26日 21:34