律「ムギ……!」

紬「…?…りっ…ちゃん…」

 やっと見つけた…! ムギを見つけられた…!

 綺麗なドレスを着飾り、私が見た事もない宝石を幾つも身に付けた親友は、その見た目だけはいつもとは違っていた…けど。

 友達の為に懇願するその姿は、間違いなく私達の知るムギそのものだった…。

紬「りっちゃん……あの…その……」

律「事情は後で話す、とにかく、今はここを何とかしないとな……!」

社長「泣けば何とかなるとでも思ってんのか! アアァ!??」

唯「ごめんなさい……っっ!! ごめん…な…さい……っ…!!」

梓「律先輩…! 唯先輩が…唯先輩が…っっ!」

澪「律……怖いよ……あの人…怖い……!!」

律「ああ……! 分かってるさ…!」

 梓も澪も、完全に男の気迫にすくみ上がっていた…

 幸いっつーか、私はそれほど恐怖を感じていない。

 つーかあんな怒鳴り声、ザ・フーのパフォーマンスに比べりゃ全然大した事ないからな…


 …でも、それをモロに浴びてる唯はどうだ? 自分のドジであんだけ怒鳴られて…それでムギが必死になって謝って……。

 ドジな癖に責任感だけは人一倍強いからな…ああああ…! …一体どうしたもんかな………!!


律「あの…お客様!!」

 とにもかくにも、私は男の意識を唯から逸らそうと男に声をかける。

 声をかけられた男は、その眼をそのまま私に向けて…

社長「アア!?」

 と、凄む。 ………うわぁ……ブン殴りてえ……。


 顔だけ見りゃ整ってる感じするけど、これじゃ完全にそこらのチンピラじゃないか。

 こんな奴らを相手にいっつもパーティーやってたのか、ムギは…………。

 そりゃ嫌気も差すわ…。 お金持ちのパーティーも、私の想像とは全然違ってたみたいだ…。


社長「んだよテメェ…!」

 とにもかくにも、唯を解放した男は、今度は標的を私に定めたようだった。

 横目で唯を見ると、梓と澪に抱えられ、シクシクと泣いてるのが確認できた。

 ま、とりあえず目的は完了か…。


律「…っ…すみません、私も謝りますから…その子を許してあげては貰エマセンカ…」

 平身低頭、とにかく平謝りで私は頭を下げる。 でも……。

社長「テメェなんかの土下座なんかいらねえんだよボケが」

 …………………はぁ…

 ………あーーー、なんで私はこんなヤツに頭下げてんだろ……。

 状況が状況なので仕方ないとは思うけど、私の性格上、やっぱりこれは苦手な事だ。


紬「…っっ…! 社長……! お願い…します!!」

社長「ハッ、テメェらガキがいくら頭下げようが、俺のスーツに着いたワインは取れたりしねェんだよ」

社長「謝っただけで済むんなら警察はいらねェんだよガキが…分かってんのか、アアァ??」

律「……っっ…ハイ、スミマセン…」

 男は尚も凄む。

 こういうヤツは毎回こうやって、立場の弱い人間をいたぶるのがとにかく好きなんだろう。

 そこに歳とか性別は関係ない、自分より弱い人間をいたぶり、自分より強い人間を蹴落として、こういう奴は更に幅を利かせて行きやがるのだ…。


 とことん性根の腐った…とんだクズだと…子供ながらに思ってしまう。


社長「謝罪ってのは誠意って形で表すのが大人の常識、それ分かってんのか、コラ」

律「……誠意と言いますと………やっぱり、弁償…」


社長「っは…甘ェよ。 オイ、お嬢」

紬「…はい……」


社長「メイドの責任は雇い主の責任、そうだろ?」

紬「はい…」

社長「じゃあ、ここはその雇い主である紬嬢が責任を取る、これでどうだ…?」


 にやりと笑い、上から下まで舐め回す…まるで変態みたいな目でムギを見る男だ。


 …………てか、今コイツなんて言った?


社長「紬嬢が1日俺の専属のメイドになる、それでこの件は無かったことにしてやるよ…!」

社長(これで上手くやりゃ…琴吹は俺のモンだ……!!)

 …………………くっ…

 ………こいつ……こいつっっっ!


紬「わ……分かり…ました………」


 …………この野郎…っっっ!!


紬「分かりました、私…何でもしますから……その子だけは……!!」

律「ムギ!!!! それ以上喋るなぁ!!!!」

 ……………っっ…もう、限界だった。

 この男は、人の弱みに付け込んで…私の友達に何をやろうとしてんだ…!!

 この場は堪えてやり過ごそうかと思ったけど…もう、そんな悠長な事言ってられっか!!!!

 やっぱりこの野郎…一発ブン殴ってやんねーと……!


律「てんめぇ……!!」


 私は男のしがらみを強引に振りほどき、拳を男に向けて繰り出す!


 ―――その時だ。


声「あっちです! 早く来て!!!」

執事「お客様、如何なされましたか??」

メイド「早くお召し物の替えを! 執事の方は大至急お風呂の用意をお願いします!!」


 来賓の誰かが呼んでくれたのだろう、数人のメイドさんと執事さんが慌てて駆けつけてくれた。

 っかし、えらく時間がかかったな…


メイド「料理なんて後回し! とにかく何人かこっちに来て頂戴! あと、お客様へのご説明と旦那様への報告! よろしくお願いね!」

 メイド…長なのかな? テキパキと指示を出すメイドさんの指示に従い、数人の執事さんとメイドさんが動き回っている。

メイド長「お客様……大変申し訳ございませんでした!!! ホラ!! あなた達も謝って!!!!」

一同「…はい…すみません……でした……っ!」

 メイド長さんに言われるがままに唯と澪と梓、それに私を含めた4人で男に頭を下げる。


社長「んな…オイ! まだ話は終わって!!」

執事「さあさあ、とにかく、お召し物をお預かりさせていただきます、お客様、どうぞこちらへ…」

社長「おいてめえ!! っく! 離せ!! 離しやがれ!!!!」

 そして、男は最後まで声を荒げたまま、数人の執事さんに連れられてホールの外に消えて行った…。


―――
――

 騒動が落ち着き、遅れて斎藤が私の元へ駆けつけてくれた…


斎藤「お嬢様…ご無事でしたか?」

紬「斎藤……もうっ!! 遅かったじゃない!!」

斎藤「申し訳ございません…厨房でトラブルがあったようでして…」

紬「まったく………私…すごく…すごく、怖かったんだからぁ!!」


 怒り半分、嬉しさ半分で泣きじゃくり、私は斎藤の胸に抱きつく。

 そんな私の背中をさすりながら、斎藤は優しい声で謝ってくれた……。


斎藤「申し訳ございません…」

紬「でも……ぐずっ……ありがとぅ…ありがとう……!」


斎藤「ええ……とにもかくにも、あの社長にはご退場頂きましょう」

紬「…でもっ…今回の不手際は…私の…」

斎藤「ご安心を…あの若社長がこの場に置いて働いた数々の無礼、それはここに居る何名ものお客様が見て下さいました」

斎藤「聞けば、既に何人かのお客様も迷惑を被ったそうで…立ち入りを禁ずる十分な理由は、既に整っておりますよ」

紬「……そう…なの?」

斎藤「ええ…。 まぁ、彼の力に頼り、強引に会社を拡大させたやり方は有名ですからな…これも、彼の社会勉強だと思いますよ…」

 ………そんな事が…。

 あの人は、私や、私の友人だけでなく…ここに居る…何人もの人に…あんな事を…。


斎藤「後始末は我々にお任せください、この件は旦那様に報告し、二度と今回のような事が無いように努めます」

紬「…ええ…っ…お願い…ね…」

 斎藤の言葉はとても心強く聞こえた。

 それは、不安に怯える私の心を落ち着かせるのに、十分すぎるぐらいだった……。


 でも、どうにも疑問が残る。

 一体…どうして、唯ちゃんやりっちゃん、澪ちゃんに梓ちゃんがここに…?


―――
――

 騒動が一段落着いた後、私達はメイド長さんにこってりと絞られていた…。

メイド長「まったくあなた達は…なんとかなったから良いものの…自分たちが何をしたか、分かっているの!?」

唯「はぃ……すみま…せん……」

紬「あの…メイド長…その子達は…」

メイド長「紬お嬢様、申し訳ございません…この度の不手際、私の責任でございます……本当に…本当に…申し訳ありませんでした…!」


 ムギが口を挟むも、メイド長さんは変わらず、ムギの声を聞こうとはしてくれなかった…

 そして、別のメイドさんの口から非常にまずい事が告げられる。


メイド「って言うか…その子達、誰です??」

メイド長「誰って…あら、言われてみれば、あなた達見ない顔ね?」


唯律澪梓「…ぎくっ………」


執事「……臨時で雇ったメイドだと、私はお聞きしましたが…?」

メイド長「確かに人手は足りてなかったけど…臨時のメイドを雇った覚えなんてないわよ…?」

執事「じゃあ………誰なんだ…キミ達は…??」

律「い…いや…その……あはははははっ!!」

 私は渇いた笑いでその場を誤魔化そうとする…が、さすがに今回は無理なようだ…。

 その時、数人の執事の間に緊張が走って…!


執事「………っっ!!! 総員、その少女達を囲め! 彼女達は侵入者だ!!」


 ――――バタバタバタバタ!!!


 刹那、どこからかSPらしき人が出てきて、私達はあっという間に囲まれた……まるで、警察に包囲された犯罪者のようだ……。

澪「…ひぃぃっ!」

唯「わわ…ど…どうしよう……!!」

梓「律先輩……どーするんですか???」  

律「んな事言われたって………」

 思わず両手を上げて私達は固まる……。

 あー、どうしよう………

SP「お客様はお下がりください!! こちらホール、侵入者を発見! 大至急応援を要請します! ハイ!」

SP「キミ達、両手を後頭部に付けてうつ伏せになるんだ! 早くしろ!!」

律「…ちぃ…」

 SPの言われるがままに私達は従う……。

 …完っ全に犯罪者かテロリストじゃん…これ……


紬「止めて!! その子達は…!!」

SP「お下がりくださいお嬢様! ここは危険です!!」

紬「みんな!!!」

 ムギの静止の声も虚しく…私達は次々に拘束される。


澪「わ…私達は…ム…琴吹さんの友達で…!」

唯「そうなんです! だから別に怪しい者じゃ…!」

SP「だったら、どうして忍び込んだりなんかしたんだ!」

梓「それは…! その……っ!」

律「と…とにかく、理由を聞いてくれーーー!!」

SP「ええい! いいから…大人しくするんだ!」


 っちぃ…ホント…どうしたもんかな…これ……!

―――
――

 りっちゃん達を拘束するSPに向かい、私は必死で事情を説明しようとする。

 確かに、どうしてみんながあんな格好でここにいるのかは分からない…でも、みんなに限って何か悪い事を企んでるなんて事は無い…絶対に無いんだ…!

紬「やめて…やめて!! みんな!!!」

SP「危険です! お嬢様、お下がりください!!」


 私は尚も彼女達を解放して欲しいとSPに頼み込む…が、誰一人として聞く耳を持ってくれない…!

 どうにかしなければと思っていた時、ホールの異変に気付いた父と母が様子を見に来てくれた…。

紬父「…一体どうした事だ、これは??」

紬母「外で騒動があったからと聞いてみれば…これは一体…」

SP「旦那様、奥様…ハッ、たった今、侵入者と思われる少女達を確保した所でございます!」


紬父「なんと……彼女達が?」

紬母「見たところ…紬とそう変わらない年頃だと言うのに…何かの間違いではないの?」

SP「いえ、臨時で雇われたメイドの振りをして屋敷に侵入したと…そう聞いております」

メイド「動かないで…! ボディチェックをさせてもらいます…」

律「わ…そこは……や…やめっ!!」

 メイドの一人がりっちゃんのポケットに手を突っ込む。

 ポケットから出したメイドのその手には…一枚の紙切れが握られていた…

メイド「旦那様、彼女達のポケットからこんな物が…!」

SP「これは…携帯電話に……何々『誘拐計画書』??…な…なんという…!」


紬父「キミ達は…一体……」

紬母「あなた………」


客「まぁ……聞きました? 誘拐犯ですって……こわいわぁ……」

客「なんと恥知らずな………」

客「薄汚い小娘らが………死ねば良いのに…」

客「どうせ、育ちの悪い下劣な庶民でしょう? 庶民は庶民らしく細々と生きていれば良いのですよ…」

客「でもまぁ…良かったじゃないですか、僕たちにも、紬お嬢様にも何事もなくて…ね」

客「ええ、違いありません…!」


 ―――はっはっはっはっは!!!


紬「……………っっっ!」

 何を好き放題言ってるんだ…この人達は……!

 彼女達の事を何も知らないくせに…彼女達が…どれだけあなた達より素晴らしい子なのか…知りもしないくせに…………!!!


紬「…い……か…げんに………」


 ………もういい……。


 琴吹とか、来賓の事だとか…父や母の事なんて…もういい………。


 目の前で友達が……大事な人が酷い目に遭わされて…それを目の当たりにして…何もしないだなんて…

 そんな事をしてまで……この『琴吹』って名前が大事だとは…私には思えない………!




紬「―――――いいかげんになさいッ!」



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最終更新:2011年10月26日 21:38