それは…この18年で生まれて初めて上げる怒鳴り声だった……。
息は上がり…酸欠で頭がふらつく…大声を出すのって…こんなにも疲れる事なのか。
だけど、これぐらいで終わらせるつもりは毛頭ない。
SP「紬お嬢様……」
紬父「紬……」
紬「彼女達は私の大事な学友です、誘拐犯でもなければ侵入者でもないわ……客人として扱いなさい!!」
律「ムギ……!」
唯「ムギちゃん……」
客「どうしたのかしら…紬お嬢様…」
みんなが意外そうな目で私を見る。
自分でも正直意外だ…それは他の人から見ればさぞ驚いた事だろう……。
だって私は…今……本気で怒っているのだから……!!
紬「彼女を離しなさい…」
SP「しかしお嬢さ…っ!?」
紬「もう一度言います…彼女を離 し な さ い … !」
SP「わ…分かりました……!」
間髪入れず唯ちゃんを拘束していたSPの腕を掴み上げる。
ギリギリと音を立て…SPの顔が一瞬歪んだように見えた…。
その、私のあまりの力に怯んだのだろう、SPが慌てて彼女を解放する。
律「ムギ……その…さ…」
唯「わふ…あ…あのねムギちゃん…これは……」
紬「ええ、みんな大丈夫よ…だから後で、何があったのか…理由を説明してね…?」
澪「ムギ…」
梓「ムギ先輩……」
紬父「紬…」
紬「お父様…お母様……信じて下さい…っ…彼女達が私の友達…放課後ティータイムのメンバーです…」
紬「私の掛け替えの無い……大切な“仲間”です…!」
紬母「あなた達が…紬の言っていた…学校のお友達…」
紬父「だったら、どうしてこのような事を…紬の誕生日を祝う為だったら…何も忍び込むような真似なぞしなくとも…」
紬「理由は分かりません…ですが、彼女達にはそうした理由がある筈です……」
私は彼女達に向き合い、優しい目で尋ねた。
紬「りっちゃん…唯ちゃん…澪ちゃん…梓ちゃん、それを聞かせて貰っても…良いかしら?」
澪「律……」
律「ああ、分かってる……ここまで騒ぎが大きくなったら…もう誤魔化しきれないもんな…」
唯「りっちゃん……私も…言うよ」
律「ふふっ、大丈夫だよ…言ったろ? 責任は取るって……。 ま、私に任せなって」
梓「律先輩………」
みんながりっちゃんを見る。 やっぱり発端は…りっちゃんだったのか……。
律「その前に…みなさん、私のせいで、琴吹さんのお誕生日会をめちゃくちゃにしてしまい…本当にすみませんでした…!!」
そして彼女は来賓に向かい、トレードマークのカチューシャを外し、深く頭を下げた…。
普段は楽しくて明るく、みんなを和ませてくれるムードメーカー…でも、真面目な時はとことん真面目、それが私達の部の部長であり、頼れるリーダーの本当の姿だった…
客「ふん…今更何を………」
客「汚らわしい…悪いと思っているのなら早く出て行けば良いのに…」
紬「…………っ」
彼女の謝罪に悪態を付いた来賓を無言で睨みつける。
客「……チッ…」
睨まれた何人かがばつの悪そうな顔をしてそっぽを向くが、もう気にはしない。
そして一通りの謝罪を済ませた彼女は、今度は父と母に向き合い、自己紹介を始めた…。
律「ム…紬さんのお父さん、お母さん、初めまして…紬さんの友達の、田井中律です」
唯「私、平沢唯です」
澪「秋山澪です…」
梓「中野…中野梓と申します」
紬父「こちらこそ…紬の父でございます…」
紬母「紬の母です…いつも、学校では紬がお世話になっているようで…」
唯「そ…そんな……私達の方こそムギちゃ…じゃなかった…紬さんにはお世話になっていて…」
紬「そんな…私の方が………」
律「まーまー…とりあえず、それは今置いといて…」
埒が明かないと思ったのか、一方的に会話を切り上げ、髪を下ろしたままでりっちゃんは本題に入った。
律「あの…今回…私達は『私達だけ』で、紬さんのお誕生日を開きたいと思ったんです」
紬父「キミ達だけ…で?」
律「はい……」
紬母「詳しく、聞かせて下さいますか…?」
律「はい…これ…全部、“私”が勝手に考えた事なんです…。 その…1ヶ月前にもあったんです…私達、紬さん以外のみんなで集まって、お泊り会を開いた事があって…」
律「でもそのお泊り会の日、紬さんはここでパーティーやってて…参加できなくて……それで……せめて誕生日ぐらいはと思って……私、計画したんです、紬さんのお誕生日会…」
律「紬さんの予定も聞かずに…一人で勝手に暴走して…。 いやぁ……後になって知った時は焦ったなぁ…だってその時には紬さん、もう家でパーティーやるって決まってたんだもんっ」
律「だから私焦って……んで、一方的に掻っ攫って来ちゃえばいいって考えて…あははっ!」
律「それで私、唯と梓と澪にこの事話して…私の手伝いさせたんです…そう…だから、悪いのは全部アタシ……この3人は全然関係ないんですよ?」
澪「律……お前……」
唯「りっちゃん……!」
梓「律先輩…」
紬「……………………」
―――――――――嘘だ。
りっちゃんは…明らかに嘘を吐いていた。
全部…りっちゃんが考えたなんて…そんな…事。
いや、仮にそこまでは信用できたとしても、あんなに優しくて…ちゃんとした考えの出来る彼女が…そんな短絡的な理由でこんな大事をやるなんて…彼女をよく知る私には到底信用できる話ではなかった……
―――でも、じゃあなんで、りっちゃんはそんな嘘を…?
…考えに考えてみる…りっちゃんの言葉の意味を…その、心理を……。
これまでの事で…りっちゃんが私を誘拐しようとする…その、本当の意味は……。
…え、“誘拐”……?
その時…私の頭を駆け巡る過去のやり取り…。
それを必死に思い出してみる……。
あれは…確か前のパーティーの時…電話で……
律『――――これでも一応部長なんだぜ、へへっ。 大切な部員の為なら、“誘拐”だってやってやんよ♪』
紬「……じゃあ、困ったときはりっちゃんに連れてって貰おうかな…?」
律『―――あははっ、世界中のどこへでも連れてってやるよ!』
……………あれ?
………も…もしかして…………。
そして…河川敷で私が泣いた時も……
紬『私…本当は……行きたくない……パーティー…行きたくない……っっ』
紬『私…もう……嫌だ…っ……琴吹の為に、楽しくもないパーティーに参加するの…嫌だ……っっ』
律『へへへ…まあ、見てろって……』
律『―――私が、なんとかしてやっから』
そして、りっちゃんは…………!!!!
ああ……そうか…………全部、私が理由だったんだ……。
…私が……あの河川敷で…あんな泣き言を言わなければ……りっちゃんは…こんな事…考えもしないで……。
結局……全部…私が……私のせいで…全部…全部全部全部…ぜんぶっっ!!!
私が弱いから…………私が…家の事一つ、自分で解決できない…弱い人間だから………!!!
紬「…………っっく……うぅぅっっ…うっっっ…!!」
あまりの悔しさに涙が溢れだしてくる……
どこまで私は…どれだけの迷惑をみんなにかければ気が済むんだ………!
私はどこまで………ダメな人間…なんだ………!!
律「けれど、結局失敗はするし…それどころか、大勢の人に迷惑かけて…アタシったらホント…何やってんだろ…」
客「そんな…ふざけた理由で…誘拐なぞと…!」
客「なん…て、恥知らずな…! お…親の顔が見てみたいものだわ…!」
客「いくら紬お嬢様のご学友とはいえ…なんと常識知らずな…!」
客「紬お嬢様も…お可哀想に…お友達に恵まれなかったのですね………」
紬「………くっっ…な…何を…一体…何を言って…!!」
まだ言うのか…あの人達は。 彼女がどれだけ優しい気持ちでそれを言ったのか…それを汲み取ろうともしないで…よくも……よくも……
いや…それ以前に…人の謝罪も満足に聞き入れられないのか…あの人達は……?
斎藤「まぁまぁ…皆様落ち着き下さい…そのような汚らしい言葉、紳士淑女である貴女方には似合いませぬぞ?」
相も変わらず無神経な事をのたまう外野に喰ってかかりそうになった時、斎藤の手が私を肩を押さえ、そして優しい口調で彼等を宥める。
斎藤(お嬢様…堪えて下さいませ…田井中様の言葉の真意を汲み取ったのであれば…ここは私に免じて…堪えて下さいませ…!)
紬「斎藤……っ!」
紬(でも…あんな暴言…私はもう…耐えられない……!)
こんな状況でもりっちゃんは…一言も『私が泣いてたから』とか『私がパーティーに行くのを嫌がってたから』なんて私の不利になるようなことは言わず…それどころか、全部の責任を、自分一人で背負いこもうとしている…
そんな優しい子が…どうしてあんな罵りを受けなければならないの…? 悪いのは私なのに…どうして…あんなに酷い言葉をぶつけられなければならないの…??
我慢できず、斎藤の腕を振り解こうとした時、りっちゃんの繋いだ言葉が私にストップをかけた…。
律「……でも……」
律「でも、連れ出そうとして…私は正解だと思いました」
紬父「それは…一体どういう意味で…」
律「こんな所にいたら…きっと、紬さん……いや………“ムギ”は、笑って誕生日なんか迎えられやしなかった…こんな、こんな淀んだところに居たら…!」
律「お父さん…あの、ムギは今日…」
唯「…ムギちゃんのお父さん…! ムギちゃん、今日…笑ってましたか…?」
りっちゃんの言葉に被せるように…唯ちゃんが父に疑問の声を投げかける。
「…唯っ!」というりっちゃんの声を無視して、唯ちゃんはもう一度、同じ質問を父に投げかけた。
紬父「そ…それは……」
唯「私、今日初めてムギちゃんを見たんだけど……いつものムギちゃんじゃないんだ…。 確かに、今日のムギちゃんはすっごく綺麗なドレスを着て…見た事もないぐらいキラキラした宝石を付けてて…いつもの何倍も綺麗だと思います…」
唯「でも…今日のムギちゃん…全然楽しそうに見えないんだ…」
澪「あんなにお酒に酔った人がいて……それで…暴れるような人がいて…」
梓「来賓の方々もそうです…お誕生日の主役があんなに泣いてたのに…大人の人もいたのに…どうして誰も助けてくれなかったんですか?? どうして遠くから駆け付けた律先輩が、あの男の人に怒鳴られなければならなかったんですか???」
律「唯、澪…梓まで…それは私が……!」
澪(律一人ばっかカッコつけすぎ…私だってムギの友達なんだぞ…?)
唯(そうだよ…たまには私だってかっこいい事言ってみたいっ♪)
梓(みんな…律先輩と同じです…いえ…律先輩以上に、ムギ先輩の事…大好きなんですよ?)
律「ったく…私一人に任せとけば良かったのに…どうなっても知らないからな?」
澪「こうなったら一蓮托生だよ、そうだろ?」
唯「えへへ…また憂に怒られちゃうかもね…」
梓「どんと来いですっ♪」
律「まったく…みんなたくましく育っちゃって…りっちゃん嬉しいわっ」
そして、開き直ったかのような口調で3人は言葉を紡ぐ…
律「そうだなぁ…この中に、本当にムギの事を考えてきた人…どのくらいいるんだろうな?」
唯「なんか…みんなムギちゃんとムギちゃんのお父さんの顔色ばかり窺ってるって感じがしたよねぇ」
梓「でなければ、いくら強面の若社長だからって何もしないワケないですよね、大方会社同士のお付き合いに支障が出るって事で…見て見ぬふりでもしてたんでしょうけど…」
律「そもそも、女子高生に贈るプレゼントが揃いも揃って宝石とか花束とか…ハッ…今日びの女子高生が、そんなん送られたって喜びやしないってーの…」
唯「私、お誕生日のプレゼントなら心の籠った美味しいお菓子が良いなぁ~」
澪「昔から、プレゼントは値段よりも気持ちって言うもんなぁ」
梓「私なんて、去年唯先輩がくれた誕生日プレゼント、唯先輩のハグとキスだったんですよ?」
律「ははははっ! 唯、そりゃいくらなんでも手抜きすぎだって!!」
唯「ごめんねぇ…あの時はホラ、お小遣いピンチでさー」
―――それはもはや、謝罪とはかけ離れたものになっていた…。
そこにいたのはいつもの彼女達…。
私の大好きな…すごく…すごく……頼れる仲間…。
どんな時でも自分たちの輝きを貫き通す仲間…。
それが…放課後ティータイム―――――!!
客「だ…黙らぬか!! 小娘共が!!」
客「あなたのような庶民風情にワタクシ達の何が分かるって言うのよ!!」
客「そうだそうだ! 大体お前ら場違いなんだよ! 早く帰れ!! 消え失せろ!!」
梓「やです」
律「だって私らそもそも庶民だもん、そんな金持ちの理屈、分かるワケねえっしょ?」
梓「ここに居ていいのは…本心からムギ先輩のお誕生日を祝える方だけですよ」
律「それが出来ないってんなら…あたしらはこの場でムギを掻っ攫って行く」
客「社長! もうあんな小娘さっさとつまみ出しましょう! ホラSP何やってんだ! そこの小汚い娘共を追い出せよ!!!」
紬父「……………」
紬母「あなた…………」
紬父「紬、お前はどう思う…?」
父が私に尋ねる。
それは、私の意見に賛同してくれるのか…それとも、その逆なのだろうか…
だけど、私の答えはもう決まっている………!
紬「……ええ…彼女達の言う通りです」
……もう、私は迷わない。 何も怖くない。
私は、琴吹家の令嬢である以前に…琴吹紬という…一人の女の子なのだから…!!
涙も吹っ切れた私は来賓の前に立ち、今までに私が抱えていた…全ての想いを打ち明ける……!
紬「皆さん、そこまでにしてください…これ以上、私の友人を侮辱するのは誰であろうと許しません」
客「紬…お嬢様……!?」
紬父「紬……!」
紬母「……………」
紬「お父様、お母様……私は、ここに居る人たちが…好きではありません」
紬「今日は私のせっかくの誕生日…それなのに…ここに居る方々は、私の後ろにいるお父様と琴吹の家しか見えておらず…それどころか、私の…掛け替えの無い友人を上辺だけで見下し、罵倒し…庶民だからと差別をする、心の卑しい方達ばかりです…!」
紬「そんな人たちに囲まれて祝われるぐらいなら…私はこのような宴会、即刻中止すべきだと思います」
客「な……なんという…事を!!」
客「紬お嬢様まで…そのような………」
客の間から次々と動揺の声が飛ぶ。
そんなのをお構いなしに私は次々と言葉を繋げる……
今まで溜め込んできた鬱憤、後悔…我慢…その全てを、会場中の人間に聞こえるぐらいの大声で、言ってやる…。
最終更新:2011年10月26日 21:39