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 おだやかな時間が過ぎて行く。

 最初は緊張しっぱなしだったけど、みんなと一緒にいるうちに、私はいつの間にか、ここがお金持ちの屋敷にいるんだって事をすっかり忘れていた…。

 唯、澪、梓、純ちゃんらと一緒におじさんのコレクションを見ている時の事。


メイド長「あら、あなたは?」

律「あ、お邪魔してま~す」

メイド長「こちらこそ、先日はどうもね~」

澪「いえ、あの時はその…」

メイド長「いいのいいの、メイドの顔も把握してなかった私も悪かったし、今はお嬢様も幸せそうで何よりですよ」

メイド長「それよりも、あの時はみんな筋が良かったわよ? もしも働き先に困ったらいつでも言って。 みんな私が鍛えてあげるわっ、一流のメイドとして…ね♪」

律「あははは…その節は是非お願いしま~す」

 …早くも就職先確保かなこりゃ。 就職難に困ったらムギに相談してみようかな…。


唯「………………ギー太…」

紬父「おや、平沢さん、いかがなさいましたか?」

唯「…あ、あの、このギター、私のと一緒だなって思ってまして」

紬父「それは、レスポールですか、そう言えば平沢さんが軽音部で使ってるギターも確か…」

唯「…はいっ、これと一緒なんです」


唯「あの、おじさん…」

紬父「…どうかなさいましたか?」

唯「私、最初軽音部に入ってこのギター買ったとき…その、お金が足りなくて、ムギちゃんに値切って貰ったんです」

紬父「…ええ、よく存じております」

唯「…負けて貰った分は、私、大人になってお金を稼ぐようになったら、必ずお返ししますっ!」

唯「だからそれまで、ギー太は大事にしますから、もう少しだけ、待ってて貰っても良いですか?」

紬父「…そんなに気を使って頂かなくとも良いのですよ?」

唯「ううん…やっぱり、そんな事できません」

唯「受けた恩は必ず返さないといけないって思うし、それにギー太にだって悪いから…」

唯「だから、お金が溜まったらちゃんと買って、ギー太を弾くのに相応しいギタリストになりますから、それまで待ってて下さいっ!」

紬父「………ええ、分かりました、その日を、いつまでも待っていますよ」

紬父「…娘は幸せですな…このような心の綺麗な友人に囲まれて、本当に親として鼻が高いですよ…」


 どれだけの時間が経っただろうか。

 色々見て回ってから、ムギのお母さんがアップルパイを焼いてくれたと言うので、私達はテラスに集まったんだった。


紬母「腕によりをかけて作ったわ、宜しければ是非召し上がってください」

 大き目の皿に乗ったパイからリンゴの香ばしい香りがする。

 ムギが入れてくれた紅茶も用意され、今日のティータイムはいつも以上に華やかなお茶会になりそうだった。


憂「あ、私もいくつかお菓子作ってみました、良かったら召し上がってください」

 憂ちゃんが持って来た皿にはこれまたたくさんのクッキーとパンケーキが。

 いかん……よだれが……。


紬「憂ちゃんごめんね? わざわざ作って貰っちゃって…」

憂「そんなとんでもない…私、あんなに素敵な厨房でお料理出来て、すごく楽しかったですよ♪」


紬母「手際の良さにメイドも感心してたのよ、ねえあなた、もし卒業したらうちでメイドとして働かない?」

憂「ありがとうございますっ! でも、私がいなくなったらお姉ちゃんが…」

律「あはははっ! まぁ、確かに憂ちゃんがいなくなったら唯が3日持たずに餓死するな」

唯「もー、私だってごはんぐらい作れるんだよ? …そりゃ憂ほど上手には出来ないけどさぁ~」

梓「…でも、今日は来てよかったです♪」

純「好きなジャズたくさん聴けて…こんなにおいしいお菓子食べれて…夢みたいだよね」

澪「でも夢じゃない…ムギがいてくれたら、私達は今日ここに集まれたんだ」


律「考えてみればさ、ムギがいなかったら今の私達って成り立ってなかったんだよな」

澪「ああ、ムギがいなかったら部員も集まらなかった」

唯「私も、ムギちゃんがいなかったらギー太にだって出会えなかったのかも知れないね」

律「放課後ティータイムの『ティータイム』って単語すら無かった、ムギがいなかったらお茶会も無かったわけだから、きっと違うバンド名だったかもしれないよな」

梓「きっと、合宿だってできませんでしたね…先輩がいなかったら練習とか、どうなってたんだろ?」

さわ子「作曲だって大変だったでしょうねー、きっと、この世に澪ちゃんの歌詞にあんなに綺麗な曲を乗せれるのは、世界でもムギちゃんだけだったでしょうからねぇ」


純「そう考えるとムギ先輩って、軽音部には絶対いなくちゃならない存在なんですね~」

紬「みんな………」

紬母「みなさん、娘の為にそこまで…ありがとうございます」

紬父「本当に…本当になんとお礼を申し上げれば良いものか…」


唯「お礼なんていいですよ、私達は、私達の気持ちでムギちゃんのお友達になったんだもん、ねームギちゃん♪」

紬「…うふふっ、でも、本当にみんなには感謝してるわよ」

紬「それに…ここにいる誰一人が欠けても、今の私達は成り立ってなかったと思うの」

紬「だから、ここにみんなが集まってくれたのも、私だけじゃない…みんながいてくれたからなのよ…」

律「へへへ、今日はムギが美味しいとこ持ってくのかぁ?」

和「律、茶化さないの」

律「ああ、悪かった悪かった」


紬父「でしたら…折り入ってお願いがあるのですが…みなさん、その演奏、是非私達にもお聴かせ願えないでしょうか?」

紬母「考えてみれば私達はまだ、皆さんのライブをまだ一度も見た事が無かったのよね」

紬「わぁ…! それいいかも! ねえみんな、ここで演奏してかない? 私やりたい! パパとママに、私達の演奏、聴かせてあげたい!」

唯「でもでも、私達、今日楽器持ってきてない…」

紬父「それはご安心を…こういう事もあろうかと、倉に一通りの楽器は完備しております」

紬母「当然すべて調律済みで、いつでも演奏できるようになってますわ」


律「て事は、すぐにでもライブできんじゃん♪」

唯「じゃあ、やってみようかな…♪」

さわ子「ここにあるって事は、当然どれも超に超が付く一級品でしょうしねぇ、滅多にない機会だから、触らせてもらうといいんじゃないの?」

さわ子「みんな本場中の本場、それも最高級の一品の楽器………か…。 あの、せっかくだし私も良いでしょうか?」

純「あ、私も弾いてみたいかも…」

紬父「ええ! それはもう、こちらからもお願いします!」



和「じゃあ、私と憂は観客としてみんなの演奏、聴いてるわね」

憂「うんっ! みんな、頑張ってね♪」

唯「えへへ…ムギちゃんのお父さん、ありがとうございますっ♪」


 そして、私達はホールに場所を移す。

 手慣れた執事さん達のお陰とみんなで手伝った事もあって、舞台のセッティングにさほど時間はかからなかった。



 琴吹邸 楽器庫

紬「ここが琴吹家自慢の楽器庫よ、みんな好きなのを選んでね♪」

 ムギの案内で通されたそこは『楽器庫』と呼ばれる所だった。

 体育館並の広さのそこは24時間体制で空調が完備されており、毎週専門のスタッフを雇っているお陰で、常に最高のコンディションで楽器が保管されてると言う事だ。

 中にはグランドピアノやらバイオリン、ハープやらのクラシックに使用される楽器から、琴や尺八、三味線と言った和楽器まで完備されており、まさに世界中の楽器がそこに存在してると言っても良いくらいだ。

 そして、その一角に、バンド演奏に使われるギターやベースの保管スペースを見つけ、みんなでそこに向かう。

 これだけの広さの倉庫に、これだけ多種多様な楽器を置いておけるとは…つくづくお金持ちの凄さを思い知らされる…。


唯「ん~、こっちのギー太も可愛いねぇ~」ジャンジャン…♪

澪「レフティのベースがこんなにたくさん…ここは天国だなぁ…」

純「ああぁぁ、もうどれにしようか悩むなぁ~~~」

律「私の中古のやつよりも何倍も高級な奴だぞこれ…こんなの本当に使わせて貰っていいのか…?」

さわ子「ん~~、この手に馴染むフィット感…昔の血が騒ぐわねぇ~♪」

梓「ムスタングムスタング…あ、あった……これです! やっぱりムッタンが良いです♪」

律「私も、手に馴染むしHipgigにしよう…って、結局みんな変わってないのな」

澪「そうだなぁ~」

律「ま、みんな馴染んだ奴が一番だよな…」

だあああ失礼、楽器庫に立ち寄った後にホールへ向かったと言う事にしてください…


 楽器庫で選んだ楽器を運んでもらい、私達はホールに場所を移す。

 セッティングに手慣れた執事さん達のお陰とみんなで手伝った事もあって、舞台のセットにも、さほど時間はかからなかった。


 琴吹邸 ホール


 ―――ワイワイ…ガヤガヤ……

 舞台袖からホールを見回す。

 おかしいな…いつのまにこんなに客が来たんだ?

律「あのぉ…ムギさん、これは一体…」

唯「すごい数…私、こんな人数初めてだよ……」

澪「き…ききききききんちょ緊張ししししててててててて………!」ガクガクガクガク!!

梓「澪先輩! お…落ち着いて下さい!」

紬父「いやぁ、せっかくだったので屋敷にいる全使用人を呼んでみたのですよ! そしたらほら、この数で…はっはっは!」

紬「ざっと見て80人前後はいるわねぇ~、SPも呼んだらそれぐらいになっちゃったのよ♪」

純「って、防犯とかどーするんですか?」

斎藤「そこはご安心を…セキュリティレベルを最高のSレベルにして置きましたので、ネズミ一匹敷地内には入れませんよ」

律「いや…それどんだけですか………」

紬父「では、私も…」

紬母「みなさんの演奏、楽しみにしてますわ…♪」


 そして、私達7人を残し、おじさんとおばさんは席へと下がって行った。

 過去にやったライブのどれよりも大きな緊張感が場を包む…。

 私も柄にもなく手が震える…、あああ~、こんなキャラじゃないのになぁ…


さわ子「とーにかく! こうまで行ったらもう退けないわよ、私と純ちゃんも協力するんだから覚悟決めて行くの、いい?」

 さわちゃんがみんなに喝を入れる。 こういう時、大人の存在は頼りになるものだ。


さわ子「ほらりっちゃんも! 部長がそんなんでどうするの?」

律「……………………」

 まぁ、さわちゃんの言う通りだ……。

 ここで私がうろたえてたら…誰がみんなを支えるって言うんだよ…!


唯「…りっちゃん……」

梓「律先輩……」

 みんなが私を見つめる……。

 それは期待の証。 軽音部のリーダーとして、私の声をみんなが待っている…

律「うっし……じゃあ、みんな!!! やるぞ!!!!」

唯「うんっ!」

梓「やってやるです!!」

澪「……………やっぱり私…」

律「澪っ! 私達はいつか武道館で何千人って言う観客を相手にする夢を掲げてるんだぞ? こんな事で怯えててどーするってんだよ!」


澪「………………」

紬「澪ちゃん、終わったら、おいしいお茶を飲みましょう…ね?」

澪「……………うん、そう、だな……」

唯「澪ちゃん…!」

純「私、澪先輩と一緒に演奏するのに憧れてたんです、一緒に、頑張りましょう!」

澪「ああ…そう…だよな!」

律「よし、それじゃもう一息だ…あのさ、さわちゃん、言葉を借りていい?」

さわ子「……言葉?」

律「ああ………お前らと演奏出来て…私はサイッコーーーーーの気分だぜええええ!!!!」

さわ子「…っぷ……もう、気迫が足りないわよ…?」

さわ子「本場のシャウトってのは、こーゆーもんよ………!!!」

 さわちゃんが大きく息を吸い込み…怒声と共に私達の心を揺さぶる…!


さわ子「オメエラァァァ!!!!! 今日は死ぬ気で行くぞおおおおおおおっっっっっっ!!!!!!!!!」

一同「オオオオオーーーーッッッ!!!!!」

 さわちゃんの声に全員のボルテージが最高潮に高まって行く……!!

 今だ、この勢いに任せて行くんだ……!!


律「ああ! 行くぞみんな!! 私達が…放課後だぁぁぁぁぁぁーーーっっ!!!」

一同「オオーーーーッッ!!!」


 掛け声とともに私達はステージに躍り出る。

 そして、私達のライブが今、始まりを告げた………!


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最終更新:2011年10月26日 21:48